メインヒロイン

エンプレスアジト本部。

そこに萎びた人影が一人。


「つらい。北海道行きたい……。」


その人影の正体は平田。

彼女は自身の主である坂田のデスクに座り、一人蹲っていた。

平田は今、絶賛病んでいた。

ボスが北海道へ旅立ち、4日。連絡はたった一回の数分間の通話。

今まで毎日推していた存在がパッと数日いなくなるだけで、彼女にとっては死活問題であった。


「やはりここは黛に任せて私も……」


思い立ったが吉日、平田は立ち上がり北海道へ向かう準備を始める。

—————その時だった。

平田の所持する携帯電話の着信音が鳴り響く。


「誰から……もしかしてご主人様!?」


勢いよく取り出した携帯電話の画面には、憎きメイドの名前が表示されていた。


「ちっ……なんですか。こんな時に…。」


平田はしぶしぶ着信に出る。

聞こえてくるのは冷淡な声。


「平田さん。お元気ですか?」

「元気なわけないでしょ……。ボスと3日以上も会っていないのに。」

『そんな平田さんに朗報がありますよ。』

「朗報?何のこと?」


平田にとっての朗報はボスが任務を終えて帰ってくる。ただそれだけだった。

しかし、任務が終わっているにも関わらず連絡がこないことは今までになかった。

ということはまだ任務は完了していない可能性が非常に高い。

それに、5泊ほどの予定と聞いているが、状況によっては延長する可能性だってある。

そんな状況の中での朗報という言葉に彼女は頭を悩ませていた。


『ご主人様から平田さんに伝言です。」

「伝言……ってボスから!?」


直接本人の声ではないが、自身に向けた伝言に心を躍らせる平田。


「早く教えて!その伝言とやらを!」

『そんなに急がずともきちんと伝えますよ。』


待ちきれない。

そんな思いでいっぱいだった平田は、有栖から発せられた言葉に一瞬で驚きの表情となる。


『—————ご主人様より、リミッター解除の命令です。』

「え?リミッター解除って……。」

『はい。黛のリミッターを解除し、平田と黛は至急北海道に迎えとのことです。』

「……何かトラブルがあったの?」


北海道で何か起きたのか。不穏に感じる平田。

そんな彼女が感じたものは間違いではなかった。


『ご主人様が正体不明の三人に捕まっている状況です。』


平田の頭の奥で何かが割れる音がした。


「詳しく。」

『こちらも色々な準備があるので簡単に説明しますね。』


有栖は今までの経緯を説明を始める。




———————————————————




「酷い……」


正体不明の3人組。

しかもその中には今回のターゲットがいる可能性が高い。

そんな奴らが愛しのボスの自由を奪っている。

これまでの経緯を聞いた平田は怒りと悲しみが混ざり合った感情を浮かべる。


『だいぶ怒っている様子ですね。落ち着いてください。』

「落ち着いていられますか!?貴女こそ何故そこまで冷静にいられるのですか!」


感情の矛先が有栖に向けられる。

考えてみれば、彼女が最初に下手をしなければこのようなことにはならなかった。

その3人組が一番の悪者だとして、有栖も平田にとっては相当な悪人だった。


『わからないのですか?ご主人様直属の補佐という貴女が。』

「何を言って……」


その瞬間。平田の脳裏に一つの考えが生まれる。


ボスとあろう方が有栖一人の為にわざわざ犠牲になるとは思えない。

ましてや、一番大切にしてきたエンプレスを簡単に見捨てることなど。

考えれば考えるほどおかしな点が浮かび上がる。


「まさか……ボスはわざとここまで……?」

『気が付きましたか。ご主人様の至高なる考えに。』


通話越しの声だが有栖の笑みが容易に想像できた。

平田の出した答えに満足したようで、有栖は更に続ける。


「ボスは2人をお呼びです。よろしいでしょうか。」

「……すぐに北海道行のチケットを手配します。」

『それは何より。こちらも準備をして待っています。到着したら連絡をお願いします。』

「ええ、わかりました。それでは。」


有栖との通話を終える。


「急がないと……。」


そしてすぐさま平田は、とある人物に電話をかける。

もう1人の重要な役割を与えられた存在へ。


「もしもし。」

『平田ですか。何の御用で。』


彼女が電話をかけた人物は黛だった。

先ほどの有栖の言葉を思い出す。


「ボス直々の命令です。早急に”リミッター解除”をする準備をして私と共に北海道に同行してください。」

『ボス自ら?珍しいな……。それに俺はこちらで不都合が起きた時のためにいるのだが。』

「あちらで不都合なことがいくつか発生した模様です。それも黛さんを呼ばないといけないほどの。」

『なぜ九頭竜と紗月が同行して問題が発生しているんだ……それに有栖だって数日前に向かったはずでは……。まぁいい。承知した。早急とのことだが、何時にそちらに向かえばいい?』


平田はデスクに置かれた時計に目を向ける。

時刻は11時28分。

彼女はこれから行うことを想像して、時間を計算する。


「13時にはこちらに来てください。私も貴方が到着する間に準備を完了させておきます。」

『承知した。ではまた13時に。』

「はい。よろしくお願いします。」


そのまま黛から通信が切断され、淡々とした会話は終わりを告げた。

彼女は立ち上がってそのまま自身のアジトへと向かっていく。




———————————————————




自身のアジトへと到着した平田。

時計は11時50分を指していた。


「さて……急いで準備しなくちゃな。」


北海道に行くとしても旅行気分など一切ない。

彼女は必要最低限の荷物をキャリーケースに詰め込んでいく。

その内容は服や日用品など、様々なものだった。


「これって……。」


持ち運ぶものを選別していく中、平田はとあるものを見つける。


「どうせ任務が終われば帰るだろうし、これはいらないか。」


彼女が見つけたのは、露出度が少し多い黒の水着だった。


「結局着ずに終わっちゃうのかぁ……悲しい。」


この水着を購入した当時は北海道に行く気満々で、早急に任務を終わらせてボスと海を満喫するつもりだった。

それが今となっては初めの同行者にも選ばれず、トラブル対応のために呼ばれていくだけ。それが終われば滞在時間的にも遊ぶ余裕なんてないのだろう。


「まぁ、次の機会にとっておこっと。」


彼女は水着を収納して、次なる準備を始めていく。


「まぁ、荷物は一通り大丈夫かな。」




———————————————————





「さてと、戻ろうかな。」


準備を済ませた彼女は、再度車に乗り込み本部へと戻る。


「ボス、もう少しお待ちください。これから向かいます。」


体が車に揺られる。

体の奥がふつふつと湧き上がっていく。


「ふふ、ふふふ、あはは!」


彼女の表情はまるで戦地に向かう英雄の様だった。




———————————————————




平田との通話を終えて、道中を歩く有栖。

そんな彼女の携帯電話に一通のメッセージが届く。


「……。」


メッセージの内容を見た有栖は口元を緩ませた。

彼女は少しだけ天を見上げて呟いた。


「上手にやってくださいよ。”紗月さん”。」




———————————————————




「ここが例の映画館ね……。」


紗月は一人、ボスがいる可能性がある場所に到着する。

外見は寂れており、廃館寸前の映画館だが、中からは小さな明りが灯る。


「なんで私がこんな地味な作業をしないといけないのかしら。」


紗月は数時間前の有栖との会話を思い出す。




———————————————————




「あら、3人にボコボコにされて呑気に帰ってきたメイドじゃない。」

「……反論はないです。どうしましたか?」

「これを例の喫茶店で見つけたわ。」


紗月は取り出したのは小さな機会だった。


「これは……盗聴器ですか。」

「正解。この盗聴器が店中のありとあらゆるところに設置されていたわ。」

「用意周到ですね。」

「そうね……。私も一人調べてから気が付いたわ。一応喫茶店に入ってから可能性を考えてはいたけれど。」


紗月は盗聴器をサイコロの様に手の中で回す。

そして手を止めて、彼女は口を開く。


「だからボスは私たちを裏切る演技をしたのよ。」


有栖は目を見開く。


「なるほど……。確かに何故ご主人様は私一人の為に犠牲になったのか疑問でした。普通に考えればご主人様は私を見捨てるはずですし……。」


淡々と話す彼女は少し寂しげな表情を浮かべる。

紗月はそんな有栖に苦笑いを浮かべた。


「……まぁ、ボスも仲間想いな方だし、最初から助けるつもりだったとは思うけど……。」

「ふふっ。いつも嫌みのようなことしか言わない紗月さんがそんなことを言うなんて、明日は雨ですかね?」

「失礼ね。私だって思うところはあるわよ……。」


小さくため息を吐く紗月。


「話を戻すわ……。ボスは盗聴器の存在に気づき、奴らに気づかれないように私にメッセージを残してくれたわ。」

「メッセージ?」

「ええ。”リミッター解除”ってね。」

「……!?」


紗月が話した単語に有栖は驚きの表情を浮かべる。


「リミッター解除ですか……。ご主人様も久しぶりにお怒りになったということでしょうか。」

「その可能性は十分にあるわね。まぁ、確かに今回の件は私も不快な気分になったし。」


紗月はタバコを口に咥えると、ライターで火をつける。

そして、煙を口から吐き出すと……。

彼女は有栖の目を見つめる。


「路上喫煙はあまりよろしくないかと。」

「いちいち煩いわね。こんな事よりえげつないことをやっている貴女が言う?」

「私は小さなことで他人に目を着けられるのが嫌なので。」


有栖はそう言い終わると、小さなメモ用紙を有栖に手渡した。


「これは何かしら?」

「例の三人組がいるアジトの住所です。紗月さんにはこの住所に書かれた場所に行ってほしいのです。」

「……私に何をさせる気?」


紗月は有栖を怪しむように睨みつける。

有栖は紗月から目を逸らす事なく、彼女に答える。

その瞳の奥の光はどこか冷たく、背筋が凍るような感覚がした。


「簡単なことです。紗月さんには”張り込み”をしてもらいたいのです。」

「張り込み?」


予想をしていなかった答えに紗月は首を傾げる。


「はい。私は九頭竜さんと少し進めておきたいことがありまして。その間に奴らが何処かに移動などしないかずっと見張っていてほしいのです。」

「なんでそんな地味な作業を私がしないといけないのよ……。」

「お願いします。これは紗月さんにしかできないことなんです。」


うんざりした様子の紗月に頭を下げる有栖。

そんな彼女の様子に紗月は身を見開き、ため息を吐く。


「わかったわよ……。やればいいんでしょやれば!こうなったら意地でも見張っててやるわよ!」

「ありがとうございます。」


投げやりに答える紗月に有栖は軽く礼をする。

そして、彼女は最後に一言告げる。

それは紗月にとって意外な一言であった。


「では、よろしくお願いしますね。信頼しています。」


そういって有栖は背を向けて走っていった。


「信頼って……あなたの口からそんな言葉が聞けると思いもしなかったわよ。」


紗月はメモ用紙に書かれた住所へと向かう。

その足取りは聊か軽く見えた。

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