映画館

「仲間ですか……?」


杉山から放たれた突然の勧誘。

それは、携帯電話越しに言葉を聞いた坂田と紗月とって大きな疑問となった。


「あまり状況をつかめていないのですが、仲間というのは一体何の仲間になるということですか?」

『そういえば、私の組織について全く紹介していませんでしたね。これは失礼しました!』


電話越しの聞こえてくる彼女の声はいたって普通の明るい少女の声だった。


『以前坂田さんにはお伝えしたと思いますが、私は慈善活動を行っている団体組織の運営をしています。』

「人攫いと暴行は貴女にとって慈善活動というわけですか?」

『いえいえ、違いますよ!勘違いしないでください。』


坂田の皮肉交じりの言い方に杉山は笑いながら否定する。


『このメイドさんに手を出したのは坂田さんに交渉する為ですよ。』

「交渉…?」

『はい。坂田さんも今ボランティア団体を運営されているじゃないですか。私はあの時その話を聞いてこんなにも私たちと考えが同じだった人を野放しにするのはどうかと思いまして!』

「まさか、私が杉山さんたちの組織に入ることを拒否できないように有栖をこんな目に合わせたのですか……。」

『そう捉えていただいて構いません。こういった話は簡単に済ませたい主義なので。』


坂田と杉山の会話を横で聞いていた紗月は感じ取っていた。

組織のボスである坂田が今まで見てきた中で一番といっていいほど憤怒の様子を浮かべていることに。

彼自身は気づいてはいないが、彼女にとってそれは、珍しく恐怖を覚えるものだった。


(体が震えているわね。今のボスに体が自然と恐れているということかしら。)


そんな彼女も、杉山の発言には怒りを覚えるものがあった。

組織の幹部と仲間意識というものを抱いているわけではないが、有栖が好き勝手にされるのも気分が悪い。

彼女は、坂田はどのような返事をするのか気になっていた。

彼も、怒りとともに返事に悩んでいる様子だった。

その時だった。


『ご主人様!私のことは気にせず、こんな売女の提案なんて飲まないでください!』


携帯電話越しに聞こえる有栖の声。

彼女の言葉に二人は驚く。


『あれ、寝ているふりをしていたのかな。少し黙っていてね。』

『ご主人さ——————』


有栖の声が何者かによって遮られているのが分かる。


「有栖……!杉山さん。彼女に何もしないでください。」

『嫌だなぁ……少しおとなしくしてもらっただけですよ。』


坂田は見ず知らずのうちに左手を力強く握りしめる。


「どうするの。ボス。」


坂田の考えはとうに決まっていた。


「わかりました。私は貴女の組織に入ります。だからどうか、有栖を解放してください。」


「なっ————ボス!考え直しなさい!一人の女のために私達を捨てるというの!?」


「紗月。これが私の答えです。私に逆らうことは許しません。」

「ボス……。」


紗月は坂田の言葉に納得いかない様子を浮かべるが、おとなしく引き下がることしかできなかった。


「杉山さん。私は今の組織をからあなたの組織に入ります。」

『さすがは坂田さん。良き判断です。ではこの後すぐ私たちがお迎えに参りますね!少々お待ちください。』

「わかりました。お待ちしています。」


杉山との電話が切断される。

喫茶店内は沈黙に包まれていた。


先に口を開いたのは坂田だった。


「申し訳ないと思っています。しかし、取り下げる気はないです。」

「そこまで有栖が大切なのね。恋人というわけでもないのに。」


紗月の声には怒りが含まれていた。


「彼女が殺されてしまう可能性だってあります。仲間の一人の命は尊き命です。それが私の犠牲一つで助かるなら私はそちらを選びます。たとえ心や体のリミッターを解除してでも。」

「そう。ならもういいわ。」


紗月は坂田に背を向け歩き出す。


「————心底失望したわ。さようなら。」


彼女はそういって喫茶店を出ていく。

鳴り響いたのはドアに付属している鈴の音。




——————————————————




「紗月……。」


坂田の寂しさを含めた声。

それから数分後、寂しい空気を吹き飛ばす程の明るい声が室内に響き渡った。


「坂田さん!お迎えにあがりましたよ!」


扉を勢い良く開けたのは、元気溢れた杉山だった。


「杉山さん……。」

「早速私達のアジトにご案内します。私についてきてください。」


杉山は坂田の手を掴み、喫茶店を後にする。

笑顔の杉山に対し、深刻な顔つきな坂田。

そんな二人は商店街を練り歩く。




———————————————————



「ここです!」

「ここは……。」


案内された場所は、小さな映画館だった。


「映画館をアジトにしているのですか。」

「そうです。潰れて解体するところを私が買い取りました。」


映画館の中に入るとそこは、潰れて寂れた雰囲気が漂う。


「この雰囲気が良くないですか?私こういう場所が好きなんですよね。」

「私も嫌いではないですが……」


杉山の後をついていくと、STAFFと表記されたドアが現れる。


「この先が私たちのアジトです。どうぞ!」


開かれた扉の先には—————


「———新入りですね!いらっしゃい!」

「———坂田さん。また会いましたね。」


二人の人物が出迎えた。


「紹介します。新しく私たちの仲間となった坂田 優人さんです。」

「よろしくお願いします。」


杉山の紹介に少女は目を光らせる。

「これからよろしく!私のことは断罪者って呼んでね!」

「はい。断罪者さん。よろしくお願いします。」


断罪者のあいさつに続くように隣の人物も挨拶をする。


「はじめまし……いえ、またお会いしましたね。」

「その声は……黒子さんですか。」


坂田の答えに、般若は頷く。

「正解です。ですがこの場では”般若”と御呼びください。」

「承知しました。」

「突然のことで申し訳ないとは思いますが、ボスが坂田さんをどうしても欲しいとのことでしたので、このような強行に取らせていただきました。」

「般若。恥ずかしいことを言わないでください。」

「申し訳ございません。」


杉山の指摘に頭を下げる般若。

そんな彼女たちのやり取りに苦笑いを浮かべる坂田だった。




————————————————————




「そういえば、有栖はどこですか?無事なのですよね。」

「有栖……ああ!あのメイドさんですね。大丈夫ですよ。別室で休んでいただいているだけですので。ご案内しますね。」


そういって彼女に案内されたのは隣の控室。

そこには静かにベッドで眠る有栖の姿があった。


「有栖……!」

坂田は有栖のもとへ駆け寄る。

彼の声に有栖は目を見開いた。


「ご主人…さま……?」

「はい。坂田です。話せますか?」


有栖はとても疲れた様子で衰弱していた。


「すみませんご主人様…貴方から頂いたメイド服がボロボロになってしまいました……。」

「メイド服なんて何度でも差し上げます。有栖が無事でいてくれて本当に良かった……。」


ほっと胸を撫でおろす坂田。

有栖も小さく微笑み、起き上がる。


「動いても大丈夫なのですか?」

「大丈夫です。それよりも……私たちの現状を教えていただきたいです。」


坂田はエンプレスの現状を伝える。


「ご主人様は私の為に組織を……。」

「はい。私はこれから杉山さんの組織に入ることになります。なので、組織のことはお任せします。」

「そうですか……承知しました…。」


二人の会話に杉山が割って入る。


「感動の再開のところ申し訳ないのですが、メイドさんの無事も確認できましたし、そろそろ彼女には退出していただきます。」

「わかりました……。」


そういって有栖は立ち上がり、二人に一瞥する。


「ご主人様、何かあれば必ず私に必ずご連絡をお願いします。」

「わかりました。有栖もお気をつけて。」


両者別れの挨拶に互いの手を握る。

そして有栖は少しふらつきながらも部屋を後にした。




—————————————————





「さて。これから坂田さんには今後仲間になっていくうえで私達について様々な説明をさせていただきます。何かわからないことがあればお気軽に聞いてくださいね。」

「わかりました。」

「そんな緊張しなくていいよ”さかちー”!」


断罪者は坂田の肩を叩く。


「あのすみません。”さかちー”って私のことですか?」

「うん。そうだよ。坂田だからさかちー!」


満面の笑みを浮かべる断罪者。

杉山と般若も特に否定する素振りを見せない。


「なにか問題でもあった?」


頭にハテナマークがついているような顔で問いかける断罪者。


「いえ、なんでもありません。良いあだ名をありがとうございます。」

「うんうん!どういたしまして!」


断罪者は坂田の言葉に満足といった様子を浮かべていた。


「では、我々について説明を始めますね。」


そんな杉山の言葉を皮切りに説明が始まった。




———————————————————




映画館を出て商店街を練り歩く有栖。


「……。」


彼女の目の前にとある人物が現れる。


「あら、冥土ちゃんじゃない。奇遇ね。」

「ええ。本当に奇遇ですね。」


二人を囲う異様な雰囲気。


「行きましょうか。」

「ええ。行きましょう。」


主人を失った彼女たちは


—————狂気の笑みを浮かべながら並んで歩き出した。

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