不穏

銃声が鳴り響いた喫茶店内。


「まさか主人に自身の肉を食べさせているメイドがいるとは思いませんでした。」


喫茶店のオーナーである黒子は、目の前で倒れている有栖を見て呟く。

拳銃で撃たれた彼女は、倒れたまま起き上がる様子もない。


「たとえ気付いたとして、それを指摘しに来るなんて、馬鹿としか言いようがないですよ……」

「確かにそうかもしれないですね。」


背後から聞こえてくる声。

それは間違いなく有栖の声だった。


「————っ!?」


黒子は咄嗟に背後を振り向く。


「しかし私としては、”撃たれた相手が血を流していない”ことに気づかずペラペラと独り言で自白する人の方が私は馬鹿だと思いますが。」


有栖のメイド服には左原の部分に小さな穴が開いていた。

そこから、本来なら赤い血液が流れるはずだった。

しかし、彼女は血液を一滴たりとも流すことはなかった。


「……防弾チョッキですか。」

「ご名答。ようやく気が付きましたか。」


黒子の表情は黒い布によって伺えない。

しかし、有栖から見て彼女は大きな焦りを浮かべていることを感じ取っていた。


「話は戻りますが、黒子さん。貴女はどこからこの肉を手に入れているのです?パッとみたところ“私と同じ”手法ではなさそうですし。」


有栖は左眼の眼帯と自身の右太腿の包帯を外す。

隠された箇所を見て、嫌悪感を浮かべる黒子。


有栖の左眼は丸ごとスプーンで抉られたかのように眼球が存在せず、右太腿に関しては外側を何枚かでスライスしたかのようにすり減り、人工物で縫われていた。

それはまるで————


「自分の肉を主人に食べさせているって聞きましたが、ここまでとは……。狂っている……。」

「”狂っている”ですか。私にとってはこれが本当の愛のカタチなのですが。」


何食わぬ顔で傷ついた自身の体を眺める有栖。

黒子は彼女の狂った姿に小さな恐怖を覚える。


「さて、確認は済みましたし、そろそろ終わりにしましょうか。」

「終わりにさせる?何をです。」


有栖は腰に携えていたダガーの鞘を抜き答える。


「————それはもちろん、黒子さん。貴女の人生を。」


有栖は黒子の首元を断つ様にダガーを振るう。

己の死を間一髪躱す黒子。

しかし、すべてを躱すことはできず、顔を隠す黒い布が切り裂かれ、その素顔が露わになる。

はずだった。


「ようやく貴女の顔を拝めると思ったのですが。珍しいお面を着けているのですね」

「お面ではありません。これこそ、私の本当の顔なのです。」


隠されていた顔。

そこから”般若のお面”が現れる。


「そうですか。ならその顔ごと断ち切るだけです。」


再びダガーを構えなおす有栖。

その時だった。


「————そうはいかないよ。」


背後から聞こえてくる明るい声。

有栖は瞬時に声の主の方向へ振り向く。

そこには————


「何方ですか?」

「うーん……まぁ皆には”断罪者”って呼ばれているかなぁ。」

「そうですか。……黒子さんの仲間と認識してよろしいでしょうか。」

「正解。彼女から緊急信号が出ていたから助けに来たところかな。」


断罪者は笑顔で有栖の問いに答える。

その笑みからは何故か敵意も、害意も、戦意すらも感じられない。


「さて、ここで質問です。メイドさんにはこれからどんな運命が待っているでしょうか?」


断罪者からの突然の問いに動じることなく有栖は答える。


「そうですね……”貴女たち二人を殺害し、ご主人様にご褒美を頂く”ですかね。」


有栖の答えに断罪者は自身の両腕を交わす。


「不正解!正解は————」



「”ご主人様の脅し道具”でした。」



断罪者の背後から聞こえてくる声。

そこには白いTシャツにジーンズを履き、銀色の髪を後ろで一つ縛る‘’杉山 伶奈‘’が声を高らかにして現れる。


「前ばかりに集中していたらだめですよ。」


その言葉と同時にスッと脇腹にナイフが刺る。

激痛に顔が歪みながらも有栖は後ろに振り返る。

そこにはナイフを握る般若お面の黒子がいた。



「————がぁ!!」


有栖は黒子を思い切り蹴り飛ばし、ナイフを抜く。

抜いた個所から血液が流れたしているのが分かる。

だが、今はそんな場合ではない。


「殺す。」


蹴り飛ばした黒子に止めを刺すために有栖はもう一度振り返り、ダガーで斬りかかる。


「そこまでだよ。」


その瞬間。

首元から何かを撃たれた感触を覚える。

全身の力が抜けていく。

それは、立つことすらままならなかった。

慌てて起き上がろうとするも、体の感覚が失われていき、動くことができない。


「何……を。」


有栖の体は仰向けに倒れ、さらに足と腕を拘束される。

抵抗しようとしても、体は動かない。

そして、目の前には三人の女性が立っている。


「即効性の麻酔薬だよ。ごくわずかの量で効果が表れるし、注射器もとても小さくてエアガンで撃てるように工夫されているの。便利よね。」


杉山の長い説明を聞き終えることなく、有栖は深い眠りについた。


「気持ちよさそうに寝ていますね。」

「まぁ、これで脅しの材料が手に入りました。地下に連れていきましょう。」


断罪者は眠った有栖を背負う。


「般若。大丈夫?結構力強く蹴られていたけれど……。」

「はい。なんとか。痣にはなりそうですが。」


黒子は蹴られた腹を慰めるように撫でる。


「無事ならよかったです。動けるなら行きますよ二人とも。」

「かしこまりました。」


杉山の言葉から、歩き出す三人。


「坂田さん。待っていてくださいね。」


彼女は微笑みながら小さく呟いた。




————————————————


「この喫茶店のパンケーキ美味しいわね。」

「……。」

「ふわふわでバターとメープルシロップがよりいいアクセントを加えているわ。」

「あの……」

「そしてこのパンケーキに抜群に相性がいい紅茶も最高ね。」

「紗月さん……?」


坂田の申し訳なさそうな声掛けに、有栖は目を見開く。


「あら、ボスどうかした?」

「どうかしたも何も、長居しすぎではないですか?まともに捜査をしている様子もないですし……」

「そうかしら?私としては真面目に考えて行動しているのだけれど。」

「ならそろそろ別の場所も行きましょうよ……。」


彼女の様子に坂田は呆れるようにため息を吐く。

紗月は口元に付着したメープルシロップを紙ナプキンで拭う。


「その必要はないわよ。」

「……どういうことです?」

「だってほら。これを見て頂戴。」


紗月は徐に携帯電話を取り出し、画面を坂田に見せる。


「これは……。」


画面に映し出されていたのは紗月と有栖のメッセージでのやり取り。

会話の内容は今回の喫茶店捜査のものだった。




————————————————


『進捗は?』

『怪しい喫茶店を一店舗見つけました。理由としては人肉を取り扱っている可能性が高い喫茶店だからです。そこを探ろうかと。』

『そう。なら私とボスは優雅にお茶会をしているわね。』

『戻り次第殺します。』


————————————————




「なるほど。有栖が目星を見つけていましたか。」

「そう。だから今私とボスは優雅にお茶会タイムってわけ。」

「有栖にもしものことがあった場合を考えて、私たちも有栖が見つけた喫茶店に行くべきだと思うのですが……」

「あの殺人メイドに限って一般人に襲われたところで跳ね返せるでしょ。」


紗月は呆れたような声でそう言った。

確かに有栖は幹部の中でも実力派であり、基本何をされても無表情で動じないメンタルをしている。

むしろ犯人の方が心配なくらいだ。

しかし、坂田は彼女のとある事に心配を覚えていた。


「でも、こまめに連絡してくる彼女が30分以上何も報告が無いのも珍しくないですか。」

「それは確かにそうね。」


坂田の言葉に、紗月も少し心配になったのか表情が固くなった。

二人はその後少し見合わせ、同時に頷く。

そして同時に立ち上がると、ほぼ同時に喫茶店を後にする。


「有栖の位置情報から例の喫茶店に行きましょう。」


彼女の位置情報を頼りに商店街を歩いていく。

坂田にとって、見覚えのある街並みに代わっていく。


「まさか……。」


そして、目的地へと到着する。

それは、今朝も利用した黒子という名前の店主が経営している喫茶店だった。


「ボスはこの喫茶店を知っているの?」

「はい。2度利用したことがあります……。」

「なるほどね…。」


二人は、店のドアを開けて中に入っていった。

カランという心地良いベルの音が鳴る。

喫茶店内は店主どころか、人の気配が全くしなかった。


「有栖?迎えに来ましたよ。」


坂田の声はただ小さく響くだけだった。

不審に感じる二人。


「誰かいないの?」


そういって紗月はカウンターへ入り、奥の扉を開ける。

彼女の遠慮がない行動に坂田は顔を引きつる。


「紗月。それは不法侵入では……」

「不法侵入なんて今更じゃない?」

「それはそうですが……」


紗月はお構いなしに、有栖の姿を探した。

扉の先には、6畳の広さの厨房につながっていた。

しかし、そこには誰の姿もなかった。


「誰もいないわね。」

「まぁ、いたら出てきますよ。」

「ということは、冥土ちゃんはここから移動したってことよね。」

「でも位置情報はここを示していると……。」


もしかしたら有栖が襲われて死亡、もしくは重傷を負っているのかもしれない。

坂田に最悪の考えが浮かび上がる。

紗月も珍しく重苦しい表情を浮かべる。


「あの殺人メイドがやられるとは思えないけど……探った方がよさそうね。」

「そうですね————ん?電話ですね。」


携帯電話には杉山さんの名前が表示されていた。


「そういえば……」


この喫茶店を薦めてくれたのは杉山だった。

坂田は何か情報を得れるかと思い着信を受け取る。


「杉山さん。昨日ぶりですね。」

『坂田さん!電話に出てくれてよかったです。』


電話越しに聞こえてくる妙に明るい杉山の声。

坂田は何故かその声を聞くと胸騒ぎがした。


「どうしたんですか?」

『いえ、そろそろ到着する頃かと思いまして。』

「到着?」


『ええ。————黒子の喫茶店にです。』


彼女のその言葉を聞いた瞬間、坂田は硬直した。

そして、一つの結論にたどり着く。


「有栖はどこですか!!」


坂田の珍しく荒げた声に紗月は目を見開く。


『急に叫ばないでくださいよ。驚いたじゃないですか。』

「大切な人を連れ去った人に遠慮もなりもないですよ。」

『でも、坂田さんの態度によって彼女がどうなってもいいのですか?』

「やはり……。あなたが犯人なのですね。」

『まぁ、正解ってことでいいですかね。』


彼女の言葉と同時に送られてきた写真。

そこには、手足を縛られ、床に横たわっている有栖が映し出されていた。

彼女が着ているメイド服はボロボロになり、傷ついた身体が露出する。


「何が目的ですか……。」

『よくぞ聞いてくれました!目的は————』


彼女の声はより一層明るくなる。


『私たちの組織に入ってほしいのです!』


それはまるで勇者が新しい仲間を募集するような。

希望の声色だった。



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