肉の味

「お待たせしました。皆さん。」


喫茶店を出た坂田は旅館へと戻ってきた。

食事等、または作戦会議用として使用している部屋には、九頭竜と紗月。そして黒田が少し退屈そうに畳の床に座っていた。


「遅いわよ。斎藤さん。」

「すみません。少し作業をしていました。」

「まぁ、いいけど……後ろの子は何をしに来たのかしら。」


紗月の視線がメイド服姿の女性に向けられる。

九頭竜と黒田も同様に目を向ける。

黒田に関しては珍獣を見るかのような瞳だった。

メイド服姿の少女。有栖は深々と頭を下げて話す。


「何をしに来たかですか。それはもちろん、ご主人様の奉仕に参りました。」

「ストーカーもここまで来たら末期ね……。」


紗月は顔を引きつる。


「ストーカーとは失礼ですね。私はご主人様の為に生きているのです。これは必然的です。……それに、私は組織に命令されてここに来ま—————。」

「有栖。そこまでにしてください。」


坂田の発言によって有栖は口を閉じる。


「失礼しました。ご主人様。」

「いえ。これ以上情報を出すと、黒田さんの脳がパンクしちゃいますから。」


そういって話す坂田の視線には、この状況を訳が分からないといった様子でボーっとしている黒田が写っていた。


「この部屋に入室してから気になってはいましたが、この少女はどなたですか?」

「彼女は我々が路地裏で瀕死になっていたところを助けた方です。」


「へぇ……”助けた”ですか。」


一瞬、部屋中背筋が凍るような空気になる。

それに慌てたのか、坂田は有栖の肩を叩く。


「有栖。自己紹介を」

「……かしこまりました。私は冥土 有栖。隣にいるご主人様の専属メイドです。以後お見知りおきを。」


彼女の自己紹介に続くように黒田は話し始める。


「私の名前。黒田 白未。動けなくなっていた。けれど、三人に助けてもらった。」


彼女の自己紹介に有栖は笑みを浮かべて答えた。


「さて、お互い自己紹介も終えたところですし、現状に関してお聞きしてもよろしいですか?」

「ご主人様。現状とは。」

「長くなるので、有栖には後程個人的に説明します。———それより、黒田さんが有力な情報を得たとお聞きしたのですが……それは一体なんです?」


坂田の言葉により話は一転、断罪者の話になる。


「うん。実は私。午前中に情報屋に会ってきた。」

「……情報屋ですか。今頃珍しいですね。」

「確かに。だけど私の職種的には珍しくない。」


彼女の言葉に坂田はふと疑問を浮かべる。


「職種?」

「そういえば坂田さんにはいってなかった。私。警察に関わる仕事をしているの。」

「なるほど。そういうことですか。それなら情報屋を雇っていてもおかしくはありませんね。」


坂田は納得したように頷く。

隣の有栖は微動だにしないまま。


「それで、肝心の情報とは?」

「得た情報。それは断罪者が所属するグループがあること。」

「考えてはいましたが、複数犯で組織されたグループですか……中々に厄介ですね。」


三人は黒田が襲われた話から、断罪者と般若のお面を被った女性の存在を聞いていたため、複数犯の犯行ではないかと思っていた為、あまり驚きはしなかった。


「組織の人数とかは聞いているのか?」

「クループなのかって話だけど。人数は三人。以前話した断罪者と般若のお面。そこにあと一人。」

「最後の一人はどんな人間なのかしら。」


紗月の疑問に黒田は答える。


「最後の一人。詳しい情報は分からない。だけどあの二人を従えているらしい。」


黒田を瀕死に追いやる二人を統べる存在。

そんな厄介な存在がいるという話。


「……本当にその情報屋の話は正しいのか?」

「間違いない。彼の情報に間違いはない。」


紗月は少し考え、満面の笑みを浮かべて提案する。


「その話が本当なら、その親玉を潰しちゃえばいいんじゃない?」

「確かにそうだが、そう簡単に見つけることはできないだろ。」


彼女の提案を九頭竜は否定する。

そこに、黒田が割って入る。


「いや。それなら一つの可能性がある。」

「可能性?」

「うん。実は、その三人とつながっているお店がある。」

「お店ねぇ……怪しいお店か何か?」


茶化すように話す紗月に黒田は続ける。


「喫茶店。」

「喫茶店?」


九頭竜と紗月は首を傾げる。


「三人と友好的な関係者が経営している喫茶店が商店街にある。」

「喫茶店……ですか。」

「じゃあその喫茶店に行けば情報が得られるかもしれないのね。」


喫茶店という言葉に小さな焦りを浮かべる坂田。

しかしそんな彼の変化に気づいているのは有栖のみだった。


「この町にある喫茶店なんて数店舗しかないだろ。各自手分けして情報収集をするのが無難だな。」

「そうね。なら私は斎藤さんといくわね。」


そういって紗月は坂田の左腕を抱く。

有栖は無表情だが、何か嫌なものを感じさせるほど無言だった。


「そうか、なら俺は一人で探る。」

「あら、黒田ちゃんを一人にさせる気?」


九頭竜の言葉に待ったをかける紗月。


「——それを言ったらそこに突っ立ってる冥土もそうだろ。」

「……私は貴方達に手伝うとは一言も発していないのですが。」

「また冥土ちゃんの悪い所出てるなぁ。」


有栖は黒田という他人がその場にいようと、態度を変えるつもりはなかった。

むしろ黒田に手を出さないだけ彼女にしては我慢している方だった。


「———有栖。これは我々のためになることです。どうか手伝ってくれませんか?」


坂田が有栖に頭を下げる。

彼女は小さくため息を吐く。


「おやめくださいご主人様。……貴方がそこまで仰るのなら私も誠心誠意、お手伝いいたします。」

「ありがとうございます。」


坂田からのお礼を聞き、微笑んだ有栖は一瞬で表情を消して黒田の方を向く。


「紗月がご主人様と行動するとのことなので、私は単独で捜査いたします。」

「了解。でも相手強い。気をつけて。」

「畏まりました。ではご主人様、行って参ります。何かあればこの私にご連絡を。」

「調べもせずに向かうなんて何か心当たりがあるの?」


紗月の問いに有栖は立ち止まる。

彼女は一度坂田に視線を向け、話す。


「ええ。こちらに向かう際、商店街の北の方に一店見かけたので。」


有栖は早足でその場を後にする。


「そう、北ね……じゃあ私たちは海が見える南方向に向かいましょ。」

「あの……紗月さん?私は貴方と一緒に行くとは—————」

「じゃあ行くわよ!」

「ん——————!!。」


坂田は紗月の手に口を塞がれ引っ張る様に連れられる。



————————————————————




「はぁ……俺も行くか。」


九頭竜も情報を探るため、旅館を出ようと歩き出す。


「うん。同意。」


そんな彼についていくように歩く黒田。

九頭竜は彼女に気づき足を止める。


「何故ついてくる。」

「一人。不安。」

「それならあのメイドについていけばいいだろ。」

「あの人。狂ったものしか感じなかった。人間とは思えない。呪いの人形のような。」

「……間違いではないかもな。」


旅館を出て、商店街へ向かう二人。

一人で行動したい九頭竜についていく黒田。

九頭竜はそんな彼女を邪魔だというような態度を露にする。

しかし、黒田は一切気にする素振りを見せず、歩く。

それはまるで、親子のような二人だった。


そんな二人の数メートル後ろ。一つの人影が写る。


「———みーつけた。なんか隣に男がいるけど、誰かな?」


それは二人に断罪の時間が近づく合図だった。




———————————————————




冥土 有栖。

彼女にとって坂田 優人とは、唯一無二の存在だ。

絶望していた自分に救いの道を差し伸べてくれた主人。

冥土 有栖の今生きる理由。

それは”忠実なる完璧なご主人様のメイドになること”

しかし、彼女には、使用人としてあってはならぬ”恋愛感情”を主人に秘めていた。

その感情と元々持ち合わせていた彼女の隠れている才が混ざり合う。

それ故に狂気的かつ歪な愛が生まれた。


そんな彼女は、目の前の扉を開ける。


「いらっしゃいま———あら、先ほど振りですね。」

「ええ。こんにちは。」


とある喫茶店の店主である黒子。

店内の利用客は一人も見えない。


「どうかされましたか?主人の坂田様も不在に見えますが……。」

「いえ、実は少しお話したいことがありまして。」

「お話したいこと、ですか。」


黒子の表情は黒い布によって読み取れない。

そんな彼女を有栖はあざ笑うかのように見つめる。


「最近不審者が現れているらしいのですが、黒子さんは何かご存じですか?」

「いえ、特に。そういった話は一度も聞いたことないですね……。」

「そうですか。」


有栖はカウンターへと足を踏み入れる。

黒子は一切動くことはない。

一歩一歩その距離は近づく。

そして、有栖は彼女の耳元で一言。


「———ではこの喫茶店の”人肉サンドイッチ”の素材はどこからきているのかしらね?」

「人肉サンドイッチ?うちの料理に難癖ですか?私は何も存じ上げないのですが。」


黒子の返事に有栖は薄ら笑みを浮かべる。


「知らないふりですか。見苦しいですよ。」

「知らないふりって……じゃあ何ですか?何か証拠でも?人肉でも食べたことがあるとでも言うのですか。」


その黒子の声からは焦りが感じられる。

有栖は話を始める。


「最近私はご主人様に料理を振舞うことがあります。」

「……急にどうしました。業務報告ですか?」

「いえいえ、最後まで話を聞いてください。」


有栖から発せられる急な話に黒子は訳が分からないといった様子だった。

彼女はそのまま話を続ける。


「先ほど、ご主人様がここのサンドイッチを食べながら仰られました。”有栖が料理に使っている肉と同じ味がする”と。」

「そう、ですか。」

「“私が料理に使っている肉と同じ味”っていうから驚きましたよ。だって—————」


有栖は核心を突く。


「————私の料理は全て、”私の肉”を使っていますから。」


その瞬間。



有栖の左腹に銃弾が撃ち込まれた。





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