貴方だけの専属メイド、ここに参上。

北海道滞在3日目。

時刻は午前九時。


黒田から『午前中に用事がある』と連絡があり、俺達三人は各々本来の目的へと動こうとしていた。


「では、私は海岸周辺で捜索します。」

「私は商店街かな。」


その目的とはもちろん『金城ほのか』との友好化。

まぁ、仲良くなる予定の人物が猟奇的殺人者の可能性が出てきたんだけど……。


「ボスはどうされますか?」


頭を悩ませる俺に九頭竜から問いかけられる。


「そうですね……」


何も考えてなかったわ。

ぶっちゃけもうめんどくさい事すべて投げ捨てて帰りたい。

あと全部の日程は観光に費やさない?

その方が誰も傷つかずに平和でいられると思うのだけど。


「私は少しやることがあるので、それが終わるまではここにいようかと。」


俺が考えた答えは『作業があって手が離せないから二人で探しといて』だ。

正直昨日でだいぶ精神と体力を消耗したし、今日の午前中ぐらいはオフがいい。


「了解です。では、私は行ってまいります。」

「何かあったら連絡するね。」


俺の言葉に何の反論もなく、九頭竜と紗月の二人はそれぞれ目的地へと向かった。

多分あの二人なら俺がサボっていることに気づいてそうだが……

二人を見送り、自由となった俺。


「よし、サボるか。」


俺は携帯電話を取り出し、横になりながら気になった動画を開く。

朝食を食べたばかりのせいか、眠気が俺を襲う。

流石に二度寝をして二人にそれがバレてしまうと何が起こるかわからない。

俺は寝ないように集中しながら、寝転ぶ。




———————————————————




「っ……!!」


やばい!見事に寝落ちした!

はっと起き上がろうとした瞬間だった。



「———お目覚めになられましたか、”ご主人様”」



聞き覚えのある声が耳に鳴り響く。

その声に背筋が凍る。


「え……」

「ご主人様……まだ完全にお目覚めじゃない様子ですね。」


目の前には、幹部の一人である有栖の顔が写り込んでいた。

それと同時に、俺の頭の上で柔らかい感触を覚える。

俺はこの状況に困惑する。


「まさかとは思いますが……有栖ですか?」


俺は恐る恐る目の前のメイド服姿の有栖に問いかける。

いるはずがないんだ……彼女がここに。


「はい。貴方様の忠実なるメイド。有栖でございます。」


なんでだよ!!

なぜ彼女がここにいるのだろう。

しかもなぜか寝落ちした俺を膝枕で介護していた。

俺は彼女から離れるように起き上がる。


「なぜ、有栖がここに?」

「平田からの命令にて参りました。」

「平田から……?」

「そうです。“とある実験”もかねてですが……平田から『ボスが面倒ごとに巻き込まれているから手を貸しに行け』と。」

「なるほど……。」


俺が平田に黒田を匿ったことを言ったせいか……。

まずいな、有栖は状況を把握していないはず。

そんな彼女が黒田のことを知ったら……



『邪魔者は排除します。』

『うわーやられたー』



……みたいな感じになるに違いない。

ただでさえターゲットの件で面倒なことに巻き込まれているのに、余計大変なことになるだろう。


部屋の時計に視線を移すと、時刻は11時前を指していた。

まずい。そろそろ黒田が来てもおかしくはない時間だ。


「有栖。少し外に出ませんか?良い喫茶店を見つけまして。」

「言ってくだされば、飲み物もお食事も私がご用意します。」

「有栖も長旅で疲れているでしょう。たまには外食もいいものですよ。」

「ご主人様がそこまで言うなら……」


無表情ではあるが少し不満そうな様子で話す有栖を連れ、旅館を出る。

————三分ほど歩くと、賑やかな商店街が見えてきた。


「ここの町は賑やかですね。」

「はい。人々皆楽しそうに笑顔を浮かべていますね。」

「少々欝々しいですが。」


商店街は相も変わらず多くの人で賑わっていた。

人々を見る有栖の眼はまるでごみを見るかの様だった。

俺はそんな彼女に少し怯えながら目的地へと歩く。


「着きました。ここです。」


到着したのは、昨日杉山さんに教えてもらった喫茶店だった。


「ここがご主人様お気に入りの喫茶店ですか……」

「お気に入りといっても、昨日初めて行っただけですがね。」


店の扉を開く。

すると、昨日と同じ黒子の様に顔を隠した店主が俺たちを迎える。


「いらっしゃいませ……。おや、坂田様。連日お越しになり、ありがとうございます。」

「どうも。昨日に引き続き来ちゃいました。」

「ここの店主ですか。一風変わった衣装を身に着けているのですね。」


開幕早々有栖が毒を吐く。

彼女からしたら無自覚に話しているのだろう。俺以外の人間に対してはいつもこうだ。


「確かに初めてここにお越しになられた方のよく仰られます。ですが、実はこれが私の正装なので。」

「なるほど……その気持ちわかりますよ。私もこのメイド服を着ていると色々な目で見られますし。」


有栖は目を真っ直ぐに向けて続ける。


「だけどこの服は私の命よりも大切なものです。これを着ているからこそ私は生きていられるのです。」

「素晴らしい考えですね……!」


目の前で店主と有栖が握手を交わす。

有栖が他人と握手するなんて久しぶりに見たぞ。


「私は、”黒子 サトウ”です。メイド服の方。名前をお聞きしても?」


一瞬有栖から視線を向けられる。

俺は小さく頷くと有栖は口を開く。


「私は冥土 有栖。隣にいるご主人様の専属メイドでございます。」


え。専属にした覚えはないが。

俺は有栖に目で訴えかけるが彼女は気づくことはない。


「坂田様はどこかの現代貴族の方ですか?」

「違います。ただの一般人ですよ。」

「一般人は専属メイドなんていないと思うのですが。」

「いや、有栖は専属メイドじゃ—————」


店主の言葉を否定しようとした矢先、有栖に足を踏まれる。


「ご主人様……?」


有栖は狂気に染まった笑顔を俺に向ける。

非常に怖い。

有栖は笑顔を俺に向け続ける。

笑顔なのに、すごく怖い。

とりあえず、黙っておくか……。




————————————————————




「お好きな席にどうぞ。」


店主の言葉を聞いた俺は、昨日利用したテーブルに着席する。

イスは互いに1席ずつ置いてあるため、俺と有栖は互いに向かい合う形で座る。


「有栖と外食するのは久しぶりですね。」

「はい。私とご主人様が初めて出会った日以来です。」

「もうそんなに経つのですね……」


幹部と外食することはあまり多くない。

特に有栖はやたらと外食を嫌う性格の為、今まで共にしてこなかった。

そんな彼女と出会って以来の外食を共にしている。

そういえば……あの時はメイド服なんて着てなかったよな。

俺が悪ふざけでメイド服を渡して以来、何かを訴えるかのようにメイドになってしまって正直怖い。

専属メイドを自称しているし……。


「ご主人様。何になさいますか。」


少し考えていると、有栖から注文を催促される。

何を注文するか全く考えてなかったな。


「そうですね……では、アイスコーヒーとサンドイッチをお願いいたします。」

「では私もご主人様と同じものにします。」

「昨日も食べましたが、ここのサンドイッチは美味しいですよ。」

「サンドイッチがお好きなら私が毎日作らせていただきますよ?」


そういうことを言っているわけではないのだが……

問いかけてくる有栖を見て、ふと思い出す。


「———そういえば、ここの喫茶店ではサンドイッチの具に肉が使われているんですよ。」

「肉が挟まったサンドイッチですか。別に普通なのでは?」

「いえ、その肉が実は……”有栖の手料理に使用されている肉と似たような味”でして。」

「————————そうですか。」


有栖の雰囲気が少し変化した様な気がするが、気のせいかな?

すると、店主がオーダーを伺いに来た。


「ご注文は。」

「アイスコーヒー2つとサンドイッチを一つ。以上で」

「かしこまりました。」


有栖の注文に俺は違和感を覚える。


「あれ?私と同じものではなかったのですか?」

「そこまで空腹ではないと感じたので止めました。」

「そうですか。」


腹が空いていないのなら仕方ない。

残してもお店側に失礼だしな。

そんな彼女は律儀といった言葉が似合うように姿勢を正して座っている。

こういうところを見ると、うちの幹部達って節度を弁えている奴らばかりだな。

まぁ、平気で犯罪を犯すけど。


「ボス。どうされました。私の顔に何か?」


有栖は少し照れ臭そうに話す。

いけない。気付かないうちに彼女を見つめていたようだ。


「すみません。ただ、(姿勢が)綺麗だなと」

「そうですか。お褒めに頂き光栄です。」


彼女は淡々と言った様子で答える。

今の俺の発言セクハラで訴えられないよな……

俺は内心ヒヤヒヤする。

そんな中、注文の品が運ばれてきた。


「お待たせしました。アイスコーヒー2つとサンドイッチです。」

「ありがとうございます。」

「では、ごゆっくりなさいませ。」


目の前に置かれたサンドイッチは昨日と同じものだが、なぜか食欲をそそられる。


「いただきま—————どうしました?」


有栖が鋭い目つきでサンドイッチを眺めていることに気が付く。

そんな目で見られたら食べ辛いのだが……


「ご主人様にお聞きしたいのですが、————このサンドイッチは美味しいのですか?」


彼女がそんなことを聞くということは、あまり美味しそうに見えないのだろう。

それか自称メイドの血が騒いでいるのか。

俺はそのままサンドイッチを一口食べる。


「ええ。おいしいですよ。有栖も食べます?」


俺は手にしていたサンドイッチを彼女に向けた。

その瞬間、彼女は何とも言えない表情を浮かべ、何かに葛藤する様子を見せる。


「大丈夫ですか?」

「ご心配をおかけしてすみません。いただきます。」


そういって有栖はサンドイッチを口にする。


「……。」

「どうですか?」

「……美味しいです。ご主人様の舌に間違いはありませんね。」


有栖にサンドイッチを返される。

そして気付いた。

俺の食べかけのサンドイッチ渡してしまったことに。

部下に間接キスを共有してしまった……

彼女が葛藤していたのはこれが理由か。

でも、何も言わずに一口食べてくれたのは、彼女なりの気遣いなのだろうか。


「無理をさせてしまいましたね。すみません。」

「無理なんてとんでもないです。むしろご褒……いえ。なんでもありません。」


やっぱり無理をしていたのか

よく見ると、中身の肉には一切口をつけてないように見える。

俺は心の中で全力謝罪する。

そんな時だった。


「ご主人様。携帯電話が鳴っております。」

「ああ、すみません。」


携帯電話には紗月と表示されている。


「誰からです?」

「紗月からです。出ますね。」


電話に出ると、紗月の声が携帯電話から鳴り響く。


「ボス。お疲れ様。今どこにいるの?」

「今はとある喫茶店にいますね。有栖も一緒です。」

「有栖?なんで彼女がここに?」


紗月は少し驚いた声をあげる。

俺もよくわからない。

いつのまにかいたし。


「詳しい話は帰ってからします。ところで要件は?」

「黒田ちゃんが旅館に来たわよ。ボスがいなかったから連絡した感じ。」

「なるほど。」


まずいな……このまま帰ったら有栖が黒田の存在を知ることになる。


「それと、黒田ちゃんが”有力な情報”を得たらしいわ。」


有力な情報か……

情報屋って体にすれば有栖も殺しはしないか……?


「わかりました。今すぐに向かいます。」


俺は賭けに出た。


「ご主人様。紗月は何と?」

「詳しい話は後です。旅館に戻りますよ。」


サンドイッチを無理矢理口に運び、アイスコーヒーで流し込む。


「行きますよ。有栖。」

「畏まりました。ご主人様。」


席を立ち上がり、店主に頭を下げる。


「店主さん。ご馳走様です。」

「ありがとうございます。お気をつけて。」


俺は心の底から祈りながら有栖を連れ、喫茶店を後にする。

彼女が暴走しませんように……

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