二度目の井戸

「ここが例の洞窟か……」


九頭竜、紗月、黒田の三人の前に大きな洞窟の入口が聳え立つ。


「ここに大勢の死体が詰まっていると思うとゾクゾクするわね。」


紗月がニヤリと笑みを浮かべる。

その様子に気づいた九頭竜は紗月の脇腹を突く。


「あら?どうかしたのかしら。」

「お前も少しは考えろ。」

「ふふっ……わかってるわよ。」


紗月はそう言うと、いたって真剣な顔つきに戻る。

九頭竜はそんな彼女に呆れてため息を吐く。


「はぁ……まあいい。さっさと洞窟に進むぞ。」

「あら?斎藤さんは待たないの?」

「あの人に関しては緊急の用事を済ませてから合流するとのことだ。だから先に我々は洞窟を進んでいくぞ。」


紗月の問いに答えた九頭竜はそのまま洞窟へ進行する。

それに続くように紗月と黒田も洞窟に入っていく。




————————————————————




「薄暗くて不気味ね。」


洞窟内は広い構造だが、薄暗く冷たい空気が流れており、居心地の悪い空間だった。


「なかなか広い洞窟だが……例の井戸にはどれくらいで到着するんだ?」

「大体10分。途中から異臭が出てくる。」


黒田は無表情だったが、異臭のことを思い出すと嫌な気分になる。

真剣な顔で進んでいく九頭竜。

どこか楽しみが抑えきれない紗月。

様々なことを思い出し、厭さを感じながら歩く黒田。

三者三様で洞窟内を進んでいく。

そしてそれは突然訪れた。


「異臭ってのはこれか……」

「確かにこれはキツイわね……」


三人の鼻に異臭が襲い掛かる。

臭いによる害を減らすため、鼻を抑えながら進んでいく。


「これはひどいな……」


歩くこと5分。

ついに例の井戸が見えた。


「噂通りだね。驚いちゃった。」


三人の視界に、井戸に敷き詰められた大量の死体が写り込む。

死後新しいものもあれば、腐敗して体の形状が変化している死体等、様々だった。


「不快。気持ち悪い。」

「そうね……一体どれほどの人間を殺したらここまでに達するのかしら。」


井戸の一般的な深さは30mといわれている。

そんな中、死体は井戸を溢れんばかりに敷き詰められていた。


「確かに、この人数を一人ですべて殺すのは無理があるな……」


九頭竜はゴム手袋を着用し、死体に触れる。


「明らかに外傷が多い死体ばかりだ、自殺というよりは殺人だろう。」

「同意。それに、銃創が残っている死体もある。」


黒田を襲った二人も拳銃を所持していた。

その二人がこの死体に手を下した可能性が高い。


「しかし、例の二人がこの死体達を生み出した犯人だとしても、何が原因でここまで起きたのかわからないな……。」

「確かにね。ただの快楽殺人鬼としか思えないわね。」


呆れた顔で紗月は井戸に詰められた死体を眺める。

その様子に気づいた黒田は、ふと疑問を浮かべる。


「疑問。二人は死体を見慣れている?」

「そうね。実は私とく……間中は警察と関わる仕事をしていたの。特に凶悪事件のね。だから死体は見慣れてるの。」

「紗月の言う通りだ。仕事柄、死因も判断しやすい。」


二人は黒田の疑問を受け流すかのように答える。


「偶然。詳しくは秘密。だけど私も警察とかかわる仕事をしてる。」


井戸の死体を調べながら黒田は話す。

その言葉を聞いた二人の空気が一瞬だけ変化した。


「へぇ。そうなんだ。偶然だね。」

「うん。偶然。でも安心した。」


黒田は安堵した様子を浮かべる。


「安心って、何か心配だったの?」

「私。目の前の人間がどういう人物か。色が見える。」

「色?」


紗月は首を傾げる。

その話を聞いていた九頭竜も、彼女が何を言っているかよくわからないといった表情を浮かべていた。


「そう。色。白に近づけば近づくほど安全や新設な人間。逆に黒は邪悪や危険を表す。」

「私の色は?」

「灰色。中立って言った感じだった。」

「ひどい!私は善人なのに~」


わざとらしい反応をする紗月。

そんな彼女を横目に九頭竜は話しかける。


「俺の色は何色だ。」

「あなたも灰色。」

「そうか……まあ間違ってもないな。」


九頭竜の背後で紗月が首を横に大きく振るが、彼にあしらわれる。


「最初に目が覚めた時、少し警戒した。だけど、斎藤さんがあまりにも純白だった。だから助けを求めた。」

「で、灰色の私達だけど、警察と関わる仕事をしているって聞いて安心したってこと?」

「その通り。それに……そういう人は灰色になりやすい傾向がある。」

「なんか凄い話だね。そんな能力初めて聞いたよ!」

「どうだかな……」


紗月は微笑みながら黒田の話を興味津々に聞く。

それとは正反対に、特に信じるといった様子もない九頭竜。

彼は、そのまま二人に背を向けて歩き出す。


「諸々の現状も把握した。犯人は現れないし、一度ここを出るぞ。」

「りょうかーい。一応写真撮っとくね。」


紗月は井戸の全体を携帯電話で撮影し、先に歩いて行った九頭竜についていく。


「黒田ちゃん?どうしたの?」

「———何でもない。今行く。」


井戸の前で携帯電話を見て立ち止まっていた黒田を呼びかける

彼女は呼ばれると、携帯電話をしまい、紗月の元へと駆けていった。




————————————————————




「今日は本当にありがとうございました。」

「いえいえ。むしろ私も杉山さんとお話できて良かったです。」


喫茶店で長々と話していた坂田と杉山。


「今度私が都内に遊びに行ったときには、坂田さんお気に入りのカフェに連れて行ってくださいね!」

「もちろんです。杉山さんも気に入ると思います。」


坂田はそういうと二人分かれるべく歩き出す。


「じゃあいつかまた!残りの北海道旅行を楽しんでください!」

「ありがとうございます。では……またいつか。」


二人はお互いの目的地へと歩き出す。

1時間ほど前に知り合ったばかりだというのに、二人のその様子は、友人同士の別れの様だった。


「いい人に会えたな……。」


坂田は小さく呟き、三人がいる洞窟へと歩いていく。




————————————————————




「素敵な人だったなぁ……」


町の商店街を少し外れた人影少ない道。

先ほどまで坂田と話していた杉山はその道を楽しそうに歩いていた。


「“私たちの組織”に是非入れたいけど、向こうの都合もあるよね。」


そう呟く彼女の目の前に、二人分の人影が現れる。

その人影を見た杉山は笑みを浮かべて話しかける。


「お疲れ様!今日の”活動”もよろしくね!」


彼女の言葉に目の前の二人は頷く。

その様子に満足した様子を浮かべる杉山は二人に提案をする。


「実はさっき、私たちの新メンバー候補の人が見つかったんだよね。」


彼女の言葉を一心に聞く二人の人影。

それは、杉山の従順な部下といった感じだった。


「思い出したらやっぱり我慢できなくなっちゃったな……」


杉山は者惜しげ奈顔を浮かべ、閃いたかのように大きく手を叩いた。


「よし。やっぱり攫っちゃおうか!」


そう話す杉山の眼は、きらきらと光っていた。

そんな彼女を見つめる二人の影は、賛成といった様子で手を叩く。


「うんうん。二人も賛成してくれて嬉しいな。じゃあ早速だけど…”地下室で”作戦会議をしよう!」


杉山は我先にと歩いていく。

彼女を追う二つの影。

一つは真っ白なワンピースを着て、肩まで銀髪を伸ばした可憐な少女。

そして、もう一つは般若の様な仮面をつけて着物を着こなす女性。


彼女たちは颯爽に目的地へと向かっていく。




————————————————————




洞窟に向かっていた坂田は、道中戻ってきた三人と合流し、そのまま旅館へと戻ってきた。


「三人とも、無事でしたか。」

「ええ。特に問題なく帰って来たわ。」

「すみませんでした。急な仕事ができてしまい……。」

「気にしないで。誰にでもそういうことはある。」


謝る坂田を特に気にしていないといった様子の黒田。

そんな二人を見た九頭竜は坂田に話しかける。。


「洞窟で実際に見たものに関してお話をしたいのですが、よろしいでしょうか。」

「ええ、構いません。お願いします。」


坂田の許可を得た九頭竜は続ける。


「洞窟内はとても広い構造でした。中は薄暗く、道中では曲道が多い印象です。」

「例の井戸はありましたか?」

「はい。例の井戸ですが、洞窟内を歩いていくと、道中異臭が漂い始めました。そのまま道を進んでいくと最初に黒田から言われた通り、大量の死体が詰まった井戸を見つけることができました。」

「これがその例の井戸。」


紗月は先ほど撮影した井戸の写真を坂田に見せる。


「これは…酷いですね。」


写真を見て、軽い吐き気を催す坂田。


「死体は死後数日前の物から数か月、あるは数年が経過して腐敗しているものまで、様々でした。」

「そうですか……確かにこれは、誰かが意図的に行ったものに見えますね。」


坂田は吐き気を抑えつつ、例の人物の話を出す。


「そういえば、黒田さんを襲った犯人は現れましたか?」

「いえ。我々以外の人間の気配は一切感じませんでした。」

「そうですか……。了解しました。」


坂田は少し悩む素振りを見せ、三人に話す。


「今後は犯人をさがしながら、二人組の情報を探るしかなさそうですね……」

「そうね。洞窟で待ち伏せする作戦もあるけど、危険だし環境が悪すぎるのよね。」


神妙な面持ちで案を考える坂田と紗月。


「今日はもう夜になる。解散したい。」

「大丈夫なの黒田ちゃん?私としては、一人にさせるのは心配だけど……」


黒田の急な提案に紗月は心配といった様子で問いかける。


「大丈夫。それに、急用ができた。」

「そっか。あまり無理しないでね?」


黒田は立ち上がり、三人に視線を向ける。


「今日はありがとう。あなた達に出会えて本当に良かった。」

「無理は禁物です。何かあれば我々に連絡を。」


坂田の言葉に頷いた彼女は旅館を後にした。




————————————————————




札幌空港。

そこに一台の旅客機が着陸した。


真っ先に降機してきたのは、一人の女性。

空港内の人々は彼女に奇怪的な視線を向けていた。

その女性は、黒のキャリーケースを片手に、黒のドレスとフリル付きの白いエプロンを着用しており、いかにも“メイド”の様な見た目であった。


異色の見た目のまま、彼女は手続きを終わらせていく。

右手には、”漆黒のカード”が握られていた。

そのカードを見た空港の職員は、メイド服姿の女性に次々と頭を下げていく。

そして、手続きを終わらせ、空港の外に出た彼女は、空気を大きく吸い、体を伸ばす。



「————ふふっ……大変お待たせしました”ご主人様”。今ようやく北海道に到着いたしました。」



そう呟いた彼女は笑みを浮かべ、キャリーケースを引きながら主の元へ歩き出した。

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