黒子のカフェ

平田との通話を終え、三人が向かっている洞窟へと向かう最中。


「ん……?」


目の前で物を探すような素振りを見せる少女がいた。

彼女は白いTシャツにジーンズを履いており、銀色の髪を後ろで一つ縛りにしている。

その顔はかなり焦っている様子。

困っている人を見捨てることができない俺は、いつものように話しかけようとした時だった。


「だいっ——————。」


俺の脳裏に洞窟の件が浮かび、話しかけるか悩んでいた。

そろそろ三人も例の洞窟に着いた頃だろう。

三人を待たせるのも良くないが、困っている人を見かけてしまうと、どうしても助けようとしてしまう。


———まぁ、死体が詰まった井戸なんて見たくないし、そういうのは死体を見慣れている二人に任せるか。


「何かお探しですか?手伝いますよ?」


俺はそんなことを思いつつ、目の前の少女に話しかける。


「お気遣いありがとうございます。実は財布を落としてしまいまして……。」


そう話す少女は困ったように俺に話す。

財布か、それは焦るに違いない。


「財布ですか。それは大変ですね。最後に持っていたのはいつですか?」

「今日の午前中ですね。海から戻ってきたときに自動販売機で飲み物を買ったのを最後に見てなくて……」


少女の顔は焦りと心配で泣きそうになっている。


「なら、私もお手伝いしますよ。」

「え!?いいのですか?」


少女の顔が希望を見つけたかのように明るくなる。

これで見つからなかったら大変だな……


「ええ。私もちょうど手が空いてますし(嘘) 一緒に探しましょう!」

「ありがとうございます……よろしくお願いします!」


俺の手を握ってくる彼女。

一瞬驚いたが、最近紗月にボディハラスメントを受けている俺は動じることはなかった。


「どういった見た目の財布ですか?」

「白色の革財布です。少し長めですね……」


白の革財布か。あんまり見かけないものだし、探せば見つかりそうだが……


「わかりました。最後に通った道を教えていただいても?」

「はい……海辺近くの自販機から路地裏に入りまして…そこから商店街を30分ほど歩いた感じです。」


海辺近くの自販機から入れる路地裏ってことは、紗月が黒田を拾った場所だな……

彼女はその前に一度通ったということだろうか?

そうなると、黒田の血が飛び散っているかもしれないし、一般人が見たら驚いてしまうだろう。


「わかりました。なら私は薄暗い路地裏を見てきます。人目が付きにくい場所に女性を行かせるのもなんですし。」

「すみません。ありがとうございます。では、私は商店街の方を見てきます。」

「はい。よろしくお願いします。」


少女は書店街の方へ歩き出す。

それに背を向けるように俺は黒田が倒れていた路地裏へと向かう。

そういえば、財布を探す前に一つやらなくてはならないことがあった。


俺は携帯電話を取り出し、九頭竜に電話をかける。

九頭竜は、すぐに応答した。


「もしもし、私です。」

『”間中”です。どうされました?』


携帯電話から九頭竜の声とともに風の音が少し流れ響く。

海風だろうか。もう洞窟前に到着してそうだ。


「実は、少し仕事ができまして……そっちは洞窟に到着した感じですかね?」

『そうですね。洞窟前で私含め三人がいます。』

「なるほど…大変申し訳ないのですが、三人にお任せしてもよろしいですか?」

『斉藤さんのお願いとあれば、お任せください。』


流石九頭竜。大人の対応で反対もしてこない。


「ありがとうございます。終わり次第私もすぐ向かいます。」

『承知しました。何かあればご連絡をお願いいたします。』


俺は彼の返事に安堵しつつ通話を終える。

これで財布探しに集中できるな。

なんなら洞窟に行かなくても済みそうだな。

そんなことを考えつつ、路地裏へと入る。


「さて……」


薄暗く、空気が重い路地裏。

数時間前に紗月が黒田を拾った場所へ向かう。

9月中旬の北海道ということもあるが、日が一切入らず肌寒い

俺は財布がないか周囲を見渡しながら歩く。


「このあたりだったな……」


見覚えのある場所へ到着する。

地面や周りの壁に少量の血痕が飛び散っているのが分かる。

それはまるで大きな争いが起きた後の様だった。


「これはまずいな……」


さりげなく地面を足で馴らし、壁に関しては砂をかけて少しでも血痕をごまかす。

違和感は拭えないが、薄暗いおかげもあってか、ぱっと見は分からない。


「これで少しはごまかすしかないよなぁ……」


そんなことを小さく呟きながら、俺は財布を見つけるため奥へと進む。

白い革財布なら薄暗い路地裏でも見つかると思うんだが……

なかなか目的の物は見つからない。

一度戻って商店街を捜索している少女に確認してみるか。

そんな時だった。

波の音が耳に鳴り響く。

その音につられるように路地裏を進んでいく。


「……海か。」


路地裏を進んだ先は海へとつながっていた。

大きな海が視界に広がり、磯の香りと波風が体全体で感じることができる。

悪くない気分だった。


「ま、後でどうせ行くことになるだろ。戻るか。」


俺は商店街へと戻るため、体を180度回転させた。

視界の横には、飲み物の自動販売機が設置されている。

そういえば、最後に財布を使ったの、ここって言ってたよな……


周囲を見渡す。

特に周りには財布らしきものは見当たらない。

路地裏も隈なく探したし、この付近にも無いとなると……やはり商店街だな。


「喉渇いたし何か買うか……」


海岸に出たことで日差しが一気に増し、体が冷たい飲み物を求めた。

財布を取り出し、小銭を自動販売機に投入する。

麦茶のボタンを押し、いざ受け取ろうとした時だった。


「あれ……財布ってこれじゃね?」


受け取り口に、白色の革財布が入っていた。

それは、少女が言っていたものと一致している。

飲み物を買った際に間違えて置いてしまったのだろうか。

俺は財布と飲み物を手に、今もなお探しているであろう少女の元へと向かった。




—————————————————




「ありがとうございます!本当に助かりました!」


少女は大喜びで頭を下げてくる。

先ほどまで財布を無くして絶望の顔だった彼女は笑顔に溢れていた。

やはり人に感謝されるのは嬉しいな


「あの、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「ええ、私は—————————」


ここで、本名を言うか悩んだ。

基本的にプライベートの俺は本名を伝えることにしているが……一応今は組織の人間として動いているし偽名の方がいいのかな。

まぁ、別にこの人自身が組織にかかわるわけではないし、別に本名を伝えてもいいか。


「私の名前は坂田 優人です。どうかお見知りおきを。」

「坂田さんですね!私は杉山 伶奈といいます!」


そう話す彼女は、満面の笑みを浮かべていた。



————————————————————




杉山さんの財布も無事見つかり、このまま解散と思われた矢先。


「何かの縁かもしれませんし、この近くに私が良く通っている喫茶店があるのですが……少しそちらでお話しませんか?今回のお礼ってことでお代はこちらが持つので!」


彼女は俺の手を取って上目遣いで提案をしてくる。

う……それをやられると弱い。


「わかりました。———でもお代は結構です。私は当たり前のことをしたにすぎないので。」

「気を使わなくて結構ですよ!行きましょう。」


そのまま杉山さんに手を引かれ、商店街を歩きだす。


「あの……」

「ん?なんですか?」


手を放そうにも彼女が俺の手をがっちりと掴んでいる。


「いえ、なんでもないです。」


俺は手を離すのを諦め、そのまま連れられる様に歩く。




—————————————————




「ここです!この喫茶店は私のお墨付きです!」


彼女に連れられた喫茶店。

外観は瓦作りのシックな喫茶店で、一言で言うとお洒落。

店名は『喫茶・星々』と書かれている。


「いらっしゃいませ。」


店内に入ると、舞台黒子の様な顔に黒い布を被せた店主らしき人物が声をかける。

声からして、女性だろう。

一瞬驚いたが、そのまま杉山さんは奥のテーブル席へ俺の手を引く。

濃く一般的な木材で作られたテーブル席に座る。


「ご注文はいかがなさいますか?」


席に座ると、店主さんが注文を訪ねてきた。


「杉山さん。なにかおすすめのメニューはありますか?」

「そうですね……。やっぱりここのマスターが淹れたコーヒーは美味しいですよ。」

「ありがとうございます。では私はアイスコーヒーでお願いします。」


俺の注文に首を頷かせる店主。

少し浮き上がった黒い布から、華麗な顔が一瞬写る。

なぜ顔を隠しているのか気になるが、何か事情があるのだろう。


「私はアイスコーヒーとサンドイッチをお願いします!」

「承知しました。少々お待ちください。」


店主はそういうと、厨房へ向かう。

物静かな人の印象だ。

しかし、変に干渉されないことは個人的に好みだ。

俺が休みの日によく行く喫茶店とも雰囲気が似ていて居心地がいい。


「いい場所ですね。」

「そうですか!気に入って頂けて安心しました!」


彼女は嬉しそうな反応をする。

そういえば聞きたいことがあるんだった。


「財布を見つけたのは確かですが……なぜそこまで嬉しそうな顔をずっと浮かべているんですか?」


俺の質問に彼女は一瞬驚いた表情を浮かべ、少し恥ずかしそうに話し始める。


「そうですね……最近の世の中は困っている人がいても、見て見ぬふりをする人が多いじゃないですか。そんな中、坂田さんは私に話しかけて助けてくれたことが嬉しくて……。」


まあ確かに。今の時代誰にでも関係なく親切にする人間は珍しいか。

俺にとっては当たり前の行為なんだけどな……


「なるほど。私にとってはいつも通りのことだったので、ここまで感謝されるとは思ってなかったです。」

「いつも通りってことは……坂田さんは、よく人助けの様なことをよくやられているんですか!?」


彼女は目を光らせて聞いてくる。

その様子はテンションが高い桐野と似ていた。


「そうですね。誰にでもに親切にすることが私の唯一の取り柄なので。ボランティア組織も立ち上げましたし。」


まあ、犯罪組織になっちゃったんだけど。

ふと、杉山さんを見ると、俺に対して崇めるような視線を向けてきた。

なんか怖いな……。


「実は私もこの町限定ではあるんですけど、”慈善活動”を行う組織に入っているんですよ。」

「それはいいですね。慈善活動って主に何をされているのです?」

「活動内容は様々ですが、主に多いのは犯罪の取り締まりですかね。この町の治安を守っています。」


犯罪の取り締まりか、それって俺の組織のことがバレたら一発で連行されるじゃん。

俺は少し冷や汗をかきつつも、話を続ける。


「犯罪の取り締まりですか、最近は物騒な事件が多いですし……くれぐれもお気をつけてくださいね。」

「ふふっ。ありがとうございます。」


そんな緩和をしていると、店主がコーヒーとサンドウィッチを持ってテーブルにやってきた。


「お待たせしました。」


テーブルの上にアイスコーヒー2つ。杉山さんの方にサンドイッチも並べられる。

配膳を終えると、店主はすぐに戻っていった。

俺は注文したアイスコーヒーを口にする。


「このコーヒー。美味しいですね。」

「ですよね!ここのコーヒーは格別なんですよ。」


まるで自分が淹れたかのように胸を張り自慢げに話す杉山さん。

彼女はそのままサンドイッチを口にする。


「おいしい~!」


サンドイッチを幸せそうな顔で食べる彼女を眺める。

幸せそうだ。

そんな中、ふと彼女と目が合う。


「坂田さんも一口どうですか?」


彼女はそう言うと俺に食べかけのサンドイッチを向けてきた。

いや、このまま食べたら間接キスにならないか?

でも、美味しそうなサンドイッチだな……


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて…。」


俺は彼女が口をつけていない部分を手でちぎり、そのまま口にする。

おいしい。

でも、少し不思議な味だな……どこかで食べたことはある味なんだが……


「おいしいですね。すべて店主さんが作られているのですか?」

「そうです。ここのメニューはすべてマスターの手作りなんですよ!」


カフェの店主は全員料理が上手なのだろうか?

まぁ、わざわざ飲食店として経営しているんだし当たり前か。


「どうぞ。」


すると、いつのまにかテーブルに来ていた店主にサンドイッチを渡される。


「え?頼んでないですよ?」

「サービスです。常連である杉山さんのお連れ、それに恩がある方とのことなので。」


店主はそういうと、カウンターの方へ戻っていく。


「マスターはああ見えて優しいんです。」

「ははは……ありがとうございます。」


店主の気遣いに感謝をしつつ、サービスでいただいたサンドイッチを口にする。


シンプルなパンと肉、それにレタスという構成だが、シャキシャキとしたレタスの食感がたまらなく美味しい。そして何よりソースが絶妙だ。甘しょっぱいこの味は……マスタードだろうか?肉とソースがよくなじみ、相乗効果でさらに美味しく感じる。


俺はサンドイッチを食べすすめてようやく肉の味の謎に気づく。


それは————




“有栖が料理に使用している肉”と同じ味だということに。

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