尋問

噂の井戸があるという洞窟に向かうべく旅館を後にする4人。

9月半ばの北海道。

時刻は14時22分。

町の気温表示計は22度と、過ごしやすい温度を表示していた。


「涼しいですね。私はこれぐらいが過ごしやすいです。」

「同意。私もこの涼しさは好き。」


他愛もない会話をしながら、町を練り歩く4人。


「……ん?」


ふと、坂田の携帯電話から着信音が鳴り響く。

携帯電話には『平田』と表示されていた。


「もしもし?」

『ボス。お疲れ様です。今よろしいでしょうか。』

「ちょっと待っててください。折り返します。」


坂田は電話を切り、ふと横に並ぶ三人を見やる。

その視線に、九頭竜と紗月の二人は気づく。


「斎藤さん。どなたからですか?」

「平田さんからです。少し長くなりそうですね……なので先に向かってもらってもよろしいですか?私は共有してある位置情報で向かいますので。」


坂田の返事に二人は顔を合わせて小さくうなずく。


「わかりました。それならば我々は先に向かいますね。」

「了解!何かあったら連絡してね!」

「待ってる。無理しないで。」


そういって三人は坂田と別れ、洞窟へ向かう。

坂田は三人を見送り、人がいない路地裏へと入る。


「……はぁ。」


非常に疲れた。

なぜか最近知り合った黒田が死にかけで紗月に拾われるし、彼女を襲った犯人が今回のターゲットである可能性は高いし……おまけに夢で見た少女と似ている容姿だときた。

黒田からもらった情報量が多すぎてついていけない。

しかも死体が詰まった井戸ってなんだよ。そんなの見たくもないわ。


俺は徐に携帯電話を取り出す。


平田との電話を言い訳に何とか分かれたけど、放蕩に向かわないといけないかなぁ……

そんなことを思いつつ、平田に電話をかける。

すると、1コールで着信が受け取られた。

早いよ。


「もしもし、平田ですか?」

『はい。ボス。先ほどはお忙しいところ申し訳ございません。』

「いえいえ、大丈夫ですよ。……それで、どうしました?」


彼女がわざわざ電話をしてくるということは、何か緊急なことが起きたのだろう。

俺は平田に要件を問う。


『いえ、こちらは特に問題はないのですが、そちらの現状が知りたく、お電話させていただきました。』

「なるほど。わざわざありがとうございます。」


なんだ?俺が仕事サボろうとしてないかの確認か?

絶賛サボるところだったよ。凄いな。超能力者かよ。


『ボス?大丈夫ですか。』

「ええ。大丈夫ですよ。こちらの状況ですね。」


どこまで言っていいのだろうか。

まぁ、九頭竜が把握しているのなら平田に伝えても大丈夫か……


「少し”面倒なこと”になりまして、今はその対応中です。」

「面倒なことですか?」。


その瞬間、電話越しだというのに平田の声が冷たいものへと変わっていくのが鮮明に伝わってくる。


「はい。九頭竜や紗月から聞いていますか?」

『いえ。私は何も知りませんが……お二人に何かあったのですか?』


どうやら、本当に何も知らないみたいだ。

まぁ、確かに平田と九頭竜はそこまで仲良くないもんな。

紗月もこまめに連絡をするタイプではない。

こういうのは組織としてあまり良く無いのだが……。

まぁ、犯罪組織がまともになったら大変なことになりそうだし、放っておくのが一番だろう。


「いえ、そういうわけではないです。」

『そうなんですね。安心しました。』

「ただ……」

『ただ?』


俺は少し溜めて、次の言葉を発する。

出来るだけ、平田の機嫌を損なわぬ様に……。


「紗月が少女を拾いまして……その少女の保護しているところです。」

『はい?』


平田の声のトーンが一段階上がったのがわかる。

怖い。確実に怒っている。


「簡潔に説明しますが、路地裏で死にかけていた少女を紗月が拾ったところ、その少女が今回のターゲットと関わりを持っていたので保護しました。」

『なるほど……急な話でなかなか理解し難いですが、事情は把握しました。』


マジでこの場に平田や有栖がいなくて良かった。

絶対あの2人がいたら黒田を殺せって言っていただろう。

なんなら俺に聞く前に手を出しているに違いない。

俺は、今回の人選に間違いはなかったと確信する。


『ボス。関係者と言っていましたが、ターゲットは見つかりそうですか?』

「ええ、朝に住所通りの場所に行きましたがもぬけの殻だったので、これからターゲットがいる可能性が高い場所に向かうところです。」




———————————————




今日の朝。紗月が黒田を拾う前、俺たち三人は平田が特定していた住所に行っていた。


「ここですか……」

「見たところ普通のマンションね。」


住所通りの場所にはマンションが建っており、外見は普通のマンションと変わりはない。

オートロック式でもないので、言うなれば少し古く、セキュリティが甘いマンションと言えるだろう。

まぁ

俺たちにとっては、変に怪しまれずに部屋の前に行けるので、そっちの方が都合がいい。

まぁ、強盗するわけでは無いのだが。


「部屋番号303。ここですね。」


目の前には、303とドアに小さな標識が立て掛けられていた。

インターホンを鳴らせば、きっと部屋にいるターゲット、『金城 ほのか』が出てくるだろう。


俺の隣にいた九頭竜がインターホンを押す。

ピンポーンと、こちら側にも音が鳴り響いた。


「……。」


30秒ほど経過しただろうか俺はある違和感を抱いた。


「出てこないですね……。」


そう、インターホンに対して何のアクションも起きないのだ。

普通なら、人が訪ねてきたら出てくるのが普通だ。

それとも、インターホンが壊れていて音が鳴らなかったのか?

いや、それは違う。

俺の耳にはしっかりと音が届いたから、壊れているなんてことは絶対に無い。

それに何より……俺たちの姿が見えていない訳が無いんだ。


「誰かいませんか?」


九頭竜が何度か呼びかけるも、やはり返答が返ってくることは無かった。

俺たちは少し不思議に思ったが、いつまでも立ち尽くしていると不審に思われるかもしれないので、いったんその場から離れることにした。

だが、その時だった。


「あ、開いちゃった。」


紗月がなんとなく回したドアノブがガチャリと鈍い音を立てて回り、ドアが開かれた。

ドアの鍵が開いていたのだ。

俺たちは一瞬顔を合わせたが、お互いに頷き合うといつでも応戦できるように構えて、中へ入っていく。


玄関に入っても、人がいるような気配は無かった。

しかし……家の中の様子から見るに、やはり今さっき出かけたという訳ではなさそうだ。

というか、まったく生活感がない。

本当にここに人が住んでいるのかという印象を抱かせるほどだ。

ていうかこれ不法侵入じゃね?


俺は突如焦りに襲われた。

不法侵入は立派な犯罪だ。

もしも警察に通報でもされたら……言い逃れなんてできやしないぞ!?



「みなさん。ここまでにしましょう。」


俺はすぐにここを出るべく、二人に提案をする。


「え?でもなんの情報も得てないわし……まだいてもいいんじゃない?」

「私も紗月に同意です。ここにターゲットの手がかりがある可能性が高いですし。」


犯罪行為を続けようとする二人に俺は頭を悩ませる。

そうだった。二人とも大人だけど一応犯罪組織の幹部だったの忘れてたわ……。


「こんなに人が住んでいた様子がないんです。これ以上探しても無駄でしょう。それに、一度町の住人から話を聞いて彼女の情報を探りませんか。」


俺は再度二人に説得を続ける。


「まあ、ぱっと見何もなさそうだし、私はそれでいいよ。」

「ですね……。まぁターゲットが戻ればまた会いに行けばいいですね。」


そういって九頭竜と紗月は渋々と俺の提案に賛同してくれた。

た、助かった……。なんとか説得に応じてくれたな。

俺は安堵する。

これで住民に通報されて捕まる心配もなさそうだ。

ふと、九頭竜の方を見ると、コンセントに何か細工をしていた。

何か真剣な面持ちだ。


「……九頭竜。何をしているのです。」


俺は九頭竜に尋ねる。


「盗聴器です。仕掛けておけばターゲットが戻ってきた際、情報を得れるので。」

「……そうですか。バレぬようお願いしますよ。」

「もちろんです。」


まぁ、バレても俺が捕まるわけではないが、目の前で普通に犯罪行為をしている人を見ると何ともいけない気持ちになる。


「よし。これでいいな。」


そんなことを考えていると、九頭竜は盗聴器を設置を終わらせる。

凄い手馴れてる……こいつ何回もやってるな。

俺は一瞬、蔑みの視線を向けながら部屋を後にする。




———————————————




平田との通話中ということを忘れ、朝の記憶がフラッシュバックする。

そういや、あの盗聴器活躍したのかな……。


『ボス?聞こえてますか?』


突然平田の声が耳に鳴り響く。

まずい。全く話を聞いてなかった。


「すみません。考え事をしていました。どうしました?」


誤魔化すのも面倒なことになりそうなので正直に答える。

すると、平田は少し間を置いて答えた。


『"ターゲットがいる可能性が高い場所"って何ですか?』

「ああ、それはですね。海辺の洞窟で、助けた少女がそこでターゲットに襲われたとのことです。————また、洞窟の中に不可解なものもあるらしく、一度私たちが行くことにしました。」


俺はすべて正直に答える。

特に間違ったことを言っていないはずだ。


『そうですか。ちなみに不可解なものって何ですか?』


まぁ……聞いてくるよな。

俺は少し躊躇したが、平田に答える。


「死体が詰まった井戸ですね。」

『何ですかそれ。気持ち悪いですね。』


流石の彼女も俺の言葉を聞いて、気持ち悪いという感想が出てきて少し安心した。


「少女の話を聞いていると、今回のターゲットはなかなか危ない人間なのかもしれませんね。」

『なるほど……調べが足りず申し訳ありません。』


携帯電話越しから、平田の謝罪の声が聞こえる。

なんか怖いな……機嫌が悪くなっている気がする。


「いえ、平田の情報のおかげでここまで来ています。何も悪くはありませんよ。」


俺は必死に彼女をフォローする。

こういう時、なかなかいい言葉が浮かばないな……


『お褒めの言葉をありがとうございます。これからも精進してまいります。』


平田の声色はいつも通りになっていた。

そればかりか、少し声色が高くなった気がする。

こういうところは簡単で安心する。


「ざっとこんなところですかね。平田からほかに何かありますか?」

『いえ。諸々把握しました。特にありません。』


良かった。

これ以上何か聞かれても何もしてないからわからない。

何も仕事をしていないって思われたら大変だ。

いや、実際ほとんど何もしてないけど……


「では、私は待たせるのも申し訳ないので、洞窟に向かいますね。」

『わかりました。お気をつけて。何かあればご連絡をお願いします。』

「平田も何かあれば、連絡をお願いします。」

『承知しました!』


平田とそんな会話をして、電話を切る。

なんか、解放された感が否めないな……

俺は体を大きく伸ばして、三人がいる海辺の洞窟へ向かった。





———————————————




ボスとの電話を終える。


「はぁ……ボスが元気そうでよかった……」


二日ぶりのボスの声。それだけで安心する。

少し聞いていなかっただけで、胸の奥が痛くなる。

ボスと少しの間だったが、声を聴くことができてすっきりする。


「しかし、"紗月が少女を拾った"と聞いたときは驚きましたが……」


普段他人には一切の優しさを見せない紗月が少女を拾った。

ましてやそのまま生かしている。

九頭竜もいるというのに

今までにはない出来事で、私は困惑していた。


しかし、たまたまその少女が今回のターゲットに大きくかかわっていたと……。

本当にたまたまなんですかね?

もしかすると、ボスが何かに気づいて少女を保護したとか……。

まぁ、いろいろ考えても仕方ないですが。


私は考えるのをやめ、携帯電話の通知を眺める。


「———ふふ。やはり"彼女"を向かわせておいてよかったです。」


平田は"とある人物"から届いたメッセージを見て、笑みを浮かべる。



メッセージ主の名前は『冥土 有栖』と表示されていた。



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