和服とペペロンチーノ


「断罪者ですか……。」


黒田を瀕死に追いやった犯人を捕まえるべく、彼女の話を聞く三人。

三人は“断罪者”という言葉には聞き覚えがあった。


それは、今回のターゲットである『金城 ほのか』の存在。


彼女はこの町の住人から断罪者と恐れられているとの情報がある。

実際、町の住人に聞いたところ何人か彼女を断罪書と呼ぶ人間がいた。

そうなると問題が一つ発生する。

それは、今回黒田を襲った犯人が”金城 ほのか”の可能性があるということだ。

三人は目を合わせる。

皆、考えていることは同じだった。


「黒田ちゃん。その断罪者の見た目ってどんな感じだったの?」


話を切り出したのは紗月だった。


「見た目は銀髪を肩まで伸ばした。白いワンピースを着た少女。」


黒田は淡々と答える。

もし、この見た目の少女が金城 ほのかだった場合、今後彼女を探す大きな情報となる。

九頭竜は黒田に質問する。


「そいつの戦闘スタイルはどのような感じだ?今後もし、戦闘になる際、参考にしておきたい。」

「戦闘スタイル。肉弾戦。だけど銃も使ってくる。」

「端的すぎるが……遠距離近距離どちら戦えるタイプなのは分かった。」


黒田の答えに九頭竜は少し苦笑いを浮かべる。

しかし、なかなか得ることができなかった情報を知ることができたのはかなり大きなことだった。


「あっ。思い出した。」


黒田は急にはっとした顔で呟く。


「どうしました?」

「大切なことを思い出した。断罪者には協力者がいる。」

「協力者?」


彼女の言葉に三人は疑問を浮かべる。


「般若のお面。わかる?」

「般若……ええ、わかりますよ。」

「そのお面をつけた女。断罪者を助けに来たと言っていた。」

「なるほど……」


三人の脳裏に現れた新たな存在、般若の女。

平田から提示された資料には、特に般若の女に関しての記載はなかった。


「その般若のお面の女は黒田ちゃんに何をしてきたの?」

「拳銃。右肩を撃たれた。」

「確か……医師から『右肩に銃創の確認あり』と言っていたはずだ。」

「なるほどね。じゃあ私たちはいま、断罪者ってやつと般若のお面をつけた女に気をつけなきゃいけないってことね。」


黒田と九頭竜は小さく頷く。


「でも、一番の問題はそこじゃない。」

「まだ何かあるのか。」


彼女は、神妙な面持ちで続ける。


「この町の海辺にある大きな洞窟。奴らはそこを利用してる。」

「アジトってこと?」

「わからない。けど、彼らが大切にしているものがある。」

「それは何だ。」


すると黒田は黙り込む。

そんな彼女を不審に思った九頭竜問いかける。


「どうした。なぜ話さない。奴らに口止めでもされているわけでもないだろう?」


申し訳なさそうな顔を浮かべる黒田。

彼女は口を開く。


「……ごめんなさい。少し躊躇った。」

「そんなに凄いものがあったの?」


紗月は首を傾げる。

それに応えるかのように黒田は続ける。


「洞窟の奥に井戸がある。」

「井戸?」


紗月は、より一層頭を悩ませる。

井戸が躊躇う理由になるのか。そういった様子だった。


「でも、ただの井戸じゃない。”死体が詰まった井戸”」


彼女の言葉に空気が一変する。


「死体が詰まった井戸……その死体は本物なのか?」

「本物。それに、洞窟内は死臭や腐敗臭で漂ってる。」

「うわ、気持ち悪い。」


紗月は井戸の様子を想像し、苦い顔を浮かべた。

井戸に詰められた腐った死体数々。

死体を見慣れている九頭竜や紗月もそんなものはあまり見たくはなかった。


「あの二人。私が井戸のことを知ったと分かった否や、すぐに殺しにきた。」

「なるほど……つまり、その井戸と死体には何かしらの関係があるということね。」

「その可能性は高いな。」


悩む二人。

ふと、紗月はそういえばと、隣に座っている人物の方を向く。


「ボス?さっきから静かだけど……何かあったの?」


隣に座る人物。

それは先ほどから一度も言葉を発していない坂田だった。


「……いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけです。」


彼はそう返すと大きく体を伸ばして話す。


「黒田さんを襲った犯人に関しては諸々把握しました。協力者の件に関してもね。」

「それを踏まえてお聞きしますが……この件に関して斉藤さん。どうされますか。」


それは複雑な問題だった。

紗月の気分屋によって助けた少女を襲った犯人が”金城ほのか”である可能性。

彼女とは、今後のことを考えても友好的な関係を築かなければならないのだ。


九頭竜の考えは一つだった。

それは、この黒田という少女を”始末”すればいいということ。

そうすれば、我々の顔を覚えた余計な存在が消え、問題を挟まずターゲットに交渉をすることができる。

組織にとって、不安や障害はなるべく排除したい。

情報は得るだけ得た。少女には申し訳ないが、ここで死んでもらう。

彼は、背後に忍び込ませていた拳銃を黒田に気づかれぬよう取り出す。


その時だった。

坂田が口を開く。


「———わかりました。私達は責任をもって黒田さんを襲った犯人確保に努めさせていただきます。」

「ボ……斉藤さん!?」


九頭竜は坂田の発言に大きく目を見開いて驚く。

紗月は面白そうといった様子で笑みを浮かべていた。

そんな坂田はいたって真面目といった顔で話を続ける。


「我々は困っている人々を助けるために今を生きています。そうですよね?く…間中さん。紗月さん。」

「ええ。もちろんよ。任せて頂戴。」

「……。」


九頭竜は訳が分からなくなっていた。

なぜこんなにも面倒なことにわざわざボスは手を突っ込んだのか。

しかし、今考えてみると紗月がこの少女を拾ってからのボスの様子はおかしかった。

いつもであれば、ボスは少女が目を覚ます前に始末していたはずだ。

今まではそうだった。

助けたとしても、洗脳して配下にするか、野々村の実験用のモルモットにしていたはずだ。

おかしい。

何か考えがあっての行動だろうが、理解が追い付かない。

ふと紗月の方を見ると、未だ笑みを浮かべて楽しそうにしている。


「何がおかしい、紗月……」

「いえ?何でもないわ。」


紗月の態度に九頭竜はいら立ちを覚える。

そんな中、黒田は急に立ち上がった。


「ありがとう。私も協力する。」


彼女はそう言って深々と頭を下げる。


「黒田ちゃん。体はもう大丈夫なの?」

「大丈夫。こう見えて私。強い。」


黒田は少し微笑みながら答える。

坂田は彼女の様子をみて安堵を浮かべる。


「よかったです。最初見たときは生死の狭間を歩いていた様子でしたから。」

「心配かけた。ごめんなさい。」

「いえいえ、無事が一番ですから。」


坂田はそう言って黒田の頭を撫でる。

彼女は気持ちよさそうに目を細めた。


「あなたの手。なぜか安心する。」

「そうですか。ありがとうございます。」


坂田は少し嬉しそうに笑う。

紗月は羨ましそうな目線を黒田に向けるが、その目線に気づくことはなく彼女は話しかける。


「疑問。あなた達三人は戦えるの?」

「ええ。私は人並みにですが……間中さんと紗月さんは強いですよ。」


坂田の言葉に二人は胸を張る。


「当たり前だ。力をつけなければやられるからな。」

「もちろん!紗月お姉ちゃんは強いよ〜!」

「ボランティア団体。結構凄いんだね。」

「ええ……私もここまでとは思ってなかったですが……」


笑顔を浮かべる三人と少し複雑な顔を浮かべる一人。

対照的な男女は断罪者に会うべく、海辺の洞窟へと向かう。




————————————————————





薄暗く空気も澱んだとある一室。

そこに、二人の少女がテーブルを囲っていた。


「あら、質素だけど美味しそうね。」


一人は銀髪を肩まで伸ばした。白いワンピースを着た少女。

彼女はテーブルに置かれた料理を見て、微笑みながら言った。


「”断罪者”。お世辞はいいです。早く食べましょう。」


もう一人は般若のお面を付けた着物姿の女性。

彼女は断罪者の言葉を鬱鬱と感じながら流す。


テーブルの上にはペペロンチーノが二皿置かれていた。

具はキャベツのみ。

質素な見た目だが、それは確かに美味しそうな香りだった。


「”般若”は釣れないなぁ……ま、そういうところも可愛いんだけどね。」


そう言って、テーブルの向かいに座っている少女はペペロンチーノを食べ始める。

そして、食べ始めてから数分経過したときだった。


「しかしまあ、着物をきた女性がペペロンチーノを食べるって…なんか面白いね。」


断罪者はそう言って、目の前の般若に向けクスクスと笑う。

般若は彼女の小馬鹿にした様子に動じることなく答える。


「別にこれが私の制服なだけで、和に徹しているわけではないので。」


般若はそう言いつつ、パスタを口に運ぶ。

断罪者は彼女の答えにつまらないと言った様子を浮かべ、食事に戻った。

そのまま会話も続くことなく、二人はペペロンチーノをただ無言で頬張る。


「————そういや、逃げられた例の子はどうする?」


お面を横にずらしながらパスタを食べていた般若は、思い出したかの様に断罪者に話しかける。

話の内容は以前自分達の”井戸”の墓を荒らしていた少女についてだった。


「そうね……断罪はもちろんするわ。まさか逃げられるとは思ってなかったけど。まあ、あの怪我じゃ遠くにも行けないだろうし、すぐ見つかるでしょ。」


断罪者はパスタを口に含めながら話す。

その顔は恍惚に染まっている。

断罪者にとって、罪人を裁くことは至高の悦びであり、生きがいであった。


「では、とりあえずあの白黒少女を探すことを目標にしますか。大変だなぁ……」

「大丈夫よ。私に任せなさい。」


断罪者は自信満々に話す。

般若はふと脳裏に浮かんだ言葉を彼女に投げかける。


「また”駒”でも使うんですか?」

「よくわかったわね。その通りよ。」


彼女の返事に般若の女は小さなため息を吐く。


「そういえば、駒から昼に報告がありました。『断罪者を探している三人組がいる』と。」

「あら。私も人気者になったのかしら。」

「それはわかりませんか……警察組織や関係者ではなさそうとのことです。」

「そう。一体何かしら。変なセールスはお断りだけど。」


鼻で笑う断罪者はパスタを完食し、フォークを皿の上に置く。


「ごちそうさま。じゃあ私は”井戸”に戻るわね。」


彼女はそう言うと席を立ち、般若の女に背を向けた。

そんな彼女を般若は引き止めるように話しかける。


「一つ助言を。駒の件ですが……けれど使いすぎても壊れますよ?」

「何言ってるのよ。」


般若の女の問いに断罪者は満面の笑みを浮かべ————


「————駒は壊れるためにあるのよ。」


その笑顔は狂気に染まっていた。

まるで、駒が壊されることを望んでいるかのように。

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