運命の赤い糸
都内某所に聳え立つビル。
ここはとある幹部のアジト。
そこに一人、自室のソファの上で項垂れている女性がいた。
その名は冥土 有栖。
彼女が着ているメイド服はしわが寄っており、疲れが滲み出ている。
「はぁ……」
小さくため息を吐いた冥土は“右目の眼帯”に手を添える。
彼女は飢えた獣のような目つきで、天井を見つめている。
その瞳の奥には、絶望の闇が映っていた。
原因は、彼女の主人にあった。
「ご主人様から連絡が一切来ない……」
主人である坂田が北海道に向かってから2日。
その間、冥土は坂田と一度も連絡を取っていない。
「ご主人様……私のことなんてどうでもいいのですか……」
冥土はソファから起き上がり、膝を抱えて座り直す。
「私はこんなにもご主人様を想っているのに……」
“眼帯”の隙間から血が滴り落ちそうになる。
それを抑えた冥土は、もう一度ため息を吐いた。
「もう嫌だ……ご主人様がいなければ……私は……」
彼女が坂田に付き従う理由、それは執着心である。
彼女は組織に入る前に、”とある事”で坂田に救われた。
それから、冥土にとって坂田は主人であり、想い人という特別な感情を持つようになった。
「やっぱり無理矢理でも行けばよかったかな……」
そう呟く彼女の左手首は赤く染まっていた。
「でも、私の愛が届いていれば、きっとご主人様にも伝わるよね」
彼女は手首の血を拭い、カッターに付いた自分の血を愛おしそうに眺めた。
「早く帰ってこないかな……ご主人様。」
拭ったはずの左手の小指から血が滴る。
それはまるで、運命でつながれた二人の赤い糸の様に。
そこに、ドアがノックされる音が響き渡る。
「誰……。」
彼女はドアに向かって問いかける。
「私です。平田です。」
ドア越しに聞こえるのは、憎たらしい女の声。
「……平田?」
冥土は嫌味と困惑で言葉が詰まる。
「入ってもいい?」
平田は少し遠慮気味に尋ねる。
「……どうぞ」
冥土がそういうと、ドアが開いた。
そこには、憎き存在である平田が立っていた。
しかし、彼女の格好には違和感があった。
「たまには遊びにきましたよ!」
彼女はいつも着ているエンプレスのスーツではなく、青いワンピース姿だった。
「今日は、私服なんですね……。」
冥土はそう呟く。
「ええ! たまにはいいでしょう? この服可愛いですよね?」
平田の微笑みに冥土は答えることが出来なかった。
平田のご主人様に対する忠誠心は、正直冥土も認めるほどだ。
そんな彼女が忠誠の証であるスーツを脱いで私服を着ている。
それが何故か気に食わなかった。
「今日は何をしにきたのですか。」
「だから言ったじゃないですか、遊びにきたって。」
冥土のため息混じりの言葉に平田は明るく答える。
「ここは遊び場じゃなくて私の部屋なのだですが……。」
「細かいところはいいじゃないですか。そういうことばかり言うから配下の一人もできないんですよ?」
平田の言葉に冥土は立ち上がり、手に持っていたカッターの刃を向ける。
「何?結局小言を言いにわざわざ私のアジトに入ったのですか?」
「そういうわけじゃないですよ。私は同じ幹部、ましてや今は代理ボスとして冥土さんを心配しているんです。」
平田はあくまでも爽やかに笑顔で答える。
彼女の笑顔に嫌気を感じつつも冥土は返す。
「心配……?それなら必要ないです。私はご主人様以外信じてないので。」
平田はため息をつく。
「信じてないですか……冥土さんにとってボス以外は全て敵なんですね……」
その言葉に冥土はカッターを下ろす。
そして、平田に問いかける。
「だったら何ですか?」
「いえ……ただ、そういう所が残念だなと思いましてね。」
「残念?」
冥土は笑う。
だが、それは嘲笑だった。
平田は気にせずに続ける。
「そうですよ。以前ボスは私に『幹部全員が仲良くなれば』と仰られていたので、冥土さんはその気がなくて残念です。」
「ふぅん……でも仕方ないじゃないですか。私はご主人様以外に興味なんてありませんし。」
冥土は心底つまらなそうに答える。
平田はそんな彼女に続ける。
「そうですか……ですが、私は冥土さんに興味がありますから」
平田は笑顔のまま言った。
だが、それはいつもの爽やかさの消えた笑みだった。
その笑みを見て冥土は思う。
(気持ち悪い……)
そして、彼女は再びカッターを構え直す。
「あなたと話すことはないです。ここで殺します。」
「はぁ、仕方ないですね」
そう言って平田もカランビットナイフを構える。
二人の距離は1メートル程度だが、その間に緊張が走った。
先に動いたのは冥土だった。
彼女は平田に走り込み、一気に間合いを詰めるとカッターを振るった。
だが、その動きを読んでいたかのように平田はかわし、カウンターの回し蹴りを放つ。
「くっ!!」
その蹴りを片腕でガードするも、その威力は凄まじく、冥土は大きく吹き飛ばされた。
「あれ、もっと吹き飛ぶと思ったんだけどな?」
平田は嬉しそうに言った。
だが、そんな平田と違い冥土の表情は険しかった。
「……。」
彼女の顔から余裕が消えていく。
そして、腰に携えた長身のダガーの鞘を抜く。
平田はその様子を見て笑みを浮かべる。
「ふふっ♪さぁ第二ラウンドです」
そう言うと平田はカランビットナイフを冥土に向けて距離を詰めてきた。
冥土はそれを迎え撃つようにダガーを構える。
平田が距離を詰めると同時に、ダガーと平田のナイフが衝突した。
カンッ!という甲高い金属音が洞窟に響き渡る。
「ちっ!」
冥土は舌打ちすると、そのままダガーを横に振り払った。
それをバックステップで避けた平田は、そのまま後方へと距離を取る。
彼女は余裕といった様子で口笛を吹く。
その様子を見た冥土は、ダガーの刃を鞘に納めるて言う。
「はぁ……こんなことしても意味がないですね。」
「私は楽しかったですけどね!」
冥土は満面の笑みを浮かべる平田を睨みつける。
そのまま小さなため息をつきながら彼女に問いかける。
「で、本来の目的は何ですか?」
「目的ですか?だーかーらーさっきも言ったじゃないですか!遊びにきたって。」
「あなたが意味もなく幹部のアジトに来るわけない。ましてや私のアジトに。」
冥土の視線を受け流すように笑いながら平田は口を開く。
「冥土さんには何もかもお見通しなんですね。流石です!」
「変な御宅はいいから早く内容だけ教えてください。」
「ちょっとぐらいいいじゃないですかー。」
「早くしてください。」
冥土がそう告げると、平田は急に真剣な顔つきに変わり、話し始めた。
「……実はお願いがありまして、もちろん断って頂いても構いませんよ?無理強いなんてしないので」
「話を聞く価値もないと思っているので無視しても?」
「それは困りますね。話だけでも聞いてくださいよ。」
平田は肩をすくめながら冥土に一枚のカードを渡す。
それは漆黒の背景にエンプレスの象徴である赤い王冠のマークが刻まれていた。
冥土は物珍しそうにカードを受け取る。
「これは……?」
「エンプレスの関係者であることを示すカードです。まだ試作品ですが、渡しておきます。」
カードの裏側を見てみると、icチップのようなものが埋め込まれているのがわかる。
カード自体は小さいが、そのチップはかなり精巧に作られていた。
「これをどうしろと?」
冥土は平田に問いかける。
「実はこのカード、無制限のブラックカードみたいなものでして、このカード一枚あれば組織の息がかかっているものに関しては、支払いはかからずに購入できたり、施設を利用できたりするんです!」
平田はスラスラと説明していく。
冥土は漆黒のカードを眺めながら疑問を浮かべる。
「まぁ、たしかに便利ですが……このカードを使って何をしろっていうのですか。」
「よくぞ聞いてくれました!実は————」
平田のお願いに冥土は大きく目を見開いた。
「……そうですか、わかりました。それならば今すぐやりますよ。」
「流石組織のメイドさん!あとはまかせましたよ!」
平田はそう言うとすぐさま冥土のアジトを後にする。
部屋には、一人ぽつんと残されたメイドが一人。
「私は組織ではなくご主人のメイドなのですが……」
彼女は呆れたように呟いた。
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ガーディアンズ本部
そこには七人の守護者達が集まっていた。
彼らには唯ならぬ空気が溢れていた。
はじめに言葉を発したのは、この場を仕切る少女だった。
「皆さんお気づきだと思いますが……セカンドからの定期連絡が途絶えました。」
少女の言葉からより一層、場の空気が重くなる。
「セカンドから最後に連絡があったのは、午後9時。定期連絡を最後に途絶えています。」
定期連絡。
今回、エンプレスが北海道にいることからガーディアンズは生存確認かつ情報収集のため、セカンドには一日2回、午前午後の9時にガーディアンズ本部に連絡を入れる様にしていた。
しかし、その定期連絡が途絶えてしまった。
「最後の連絡では、『殺人犯に関する手がかり。見つけた。明日の朝。探索次第。連絡する。』とのことでした。」
少女の言葉に、白衣をきた女性が手を挙げ話し始める。
「姫ちゃん。セカンドが定期連絡を忘れている可能性はないのかしら。」
「それはないだろ。あんな細かい性格のガキが連絡を忘れるなんてありえない。」
そこに金髪の角刈りにサングラスを光らせたサードが割って入る。
「サードの言う通りです。彼女ほどキチッとした人間はガーディアンズの中にはいません。」
「ということは……」
「セカンドの身に何かが起きた可能性が高い。」
守護者達に決して認めたくない可能性が迫る。
「何かが起きるとなると……追っていた殺人犯に出くわしたか、もしくは”エンプレスに遭遇した”どちらかだろう。」
サードの隣に座る坊主姿の男は話し始める。
「セカンドの戦闘力は高いはずだが、エンプレスお墨付きの殺人犯なら返されてもおかしくない。」
「ならば、我々で迎え打ちますか?」
姫様の言葉に男は首を横に振り———
「俺が行く。俺一人で十分だ。」
「”フォース”。確かにあなたは我々守護者の中でも戦闘技術は高いですが……大丈夫ですか?」
姫様はフォースと呼んだ男を心配そうに見つめる。
彼はその心配を返すかの様に鼻で笑う。
「大丈夫だ姫様。それに俺にはこれがある。」
そう言って刀を見せつけるフォース。
姫様は少し考える素振りを見せるが、すぐに彼の方を向く。
「まぁ、貴方がそこまでいうのなら任せます。頼みましたよ。」
姫の目には期待の光が輝いていた。
そこに、白衣の女が話し始める。
「——姫様。エンプレスに送り出しているスパイから、連絡が来ています。」
「そうですか。繋げてください。」
彼女は差し出された通信器具を身につける。
通信器具から音声が響き渡る。
「もしもし。どうしました?」
『守護者様ですか。いきなりで申し訳ないのですが、お伝えさせていただきます。』
一瞬の無言の後、スパイから言葉が放たれた。
『エンプレスが新たな仲間を得た可能性があります。』
その言葉に、守護者達は騒めきだす。
姫様は、間髪入れずに話しかける。
「その話を詳しく教えてください。」
『わかりました。お伝えします。』
スパイからの話はこうだ。
彼女の支配者である桐野から聞いた話によると、
北海道に滞在しているエンプレスのメンバー数名が”一人の女性”を保護したとのこと。
あの残虐な組織が保護するほどの人物。
もしかしたらセカンドを追い詰めた犯人の可能性もある。
『今回得た情報は以上になります。』
「ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。」
『わかりました。貴重な御言葉、ありがとうございました。』
通信が切断される。
守護者達を囲う空気は、殺伐としたものになっていた。
「いまの通信にあった通り、エンプレスに新たな力が加わった可能性が出てきました。」
「厄介だな。」
サードは参った様子で頭を掻く。
姫様は続ける。
「フォース。敵の戦力が増えた以上、”フィフス”を連れて行くことを命令します。」
彼女は白衣を着た女性フィフスに目をやる。
「あら、私の出番なんて嬉しいわね。」
フォースとフィフスの二人は頭を深々と下げる。
「姫様の命令とあれば。」
それはまるで、姫に忠誠を誓った騎士のようであった。
そんな姫様の顔には、笑みが浮かんでいた。
悪魔の様な笑みが。
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