ボランティア団体

エンプレスが滞在する旅館内。

その一室に坂田・九頭竜・紗月の三人は集まっていた。

室内は、独特な雰囲気に包まれていた。


「……。」

「なかなか起きないわね。」


三人の視線の前には眠ったままの白黒少女がいた。

少女は未だに目を醒ます様子はない。


「いつ起きてくれるのかしら。」

「……老若男女関係なく手にかけるお前がそこまでこの少女に固執するなんて珍しいが、何かあったのか?」


心配そうな顔をしている紗月を物珍しそうに九頭竜は話しかける。


「たまたまよ。路地裏にボロボロで死にかけている少女をみたら流石に何があったか気にならない?」

「それはそうだが……。」


九頭竜はチラリと坂田の顔を見る。

ボスの顔は薬の効果で見えないが、どこか落ち着きがない様に感じる。


「ボス。よろしいのですか。」

「……何がですか。」


九頭竜の言葉に坂田は反応する。

それを見た九頭竜は続ける。


「この少女を匿う事です。ボスのご判断なら異論はありませんが……。」


九頭竜も馬鹿ではない。

この少女がただの少女でないことは理解していた。


「素性不明で何を仕出かすかわからない人間を手元に置くことはあまり良くありません。それに……私達にそうするメリットもありません。」


九頭竜は少女を一瞥する。

坂田の様子は特に変わらない。


「九頭竜も真面目ね。たまにはこういう善意ある行動をすべきじゃない?」


紗月はそう言いながら九頭竜を茶化す。

坂田は小さくため息を吐く。


「まあ、私は紗月を信じますよ。最悪我々の不都合になる様でしたらその時は対応します。」

「……左様ですか。」


あまり納得していない様子の九頭竜に紗月は続ける。


「心配しなくても大丈夫よ。私もそこまで馬鹿じゃないわ。」

「はぁ……わかりましたよ……。」


九頭竜の説得に成功した紗月は満足げな顔を浮かべる。

その様子をみた坂田は話す。


「九頭竜の気持ちもわかります。ですが、紗月も考えなしに言っている訳ではないでしょう。彼女なりの考えがあると思います。」

「流石ボス。私のことわかってるじゃない。」


紗月は坂田の腕に抱きつく。

坂田は小さく体を震わせた。

九頭竜は小さく舌打ちをして———


「紗月……。あまり調子に乗るな。」

「はーい。」


九頭竜の注意を受けて、紗月は気の無い返事をする。

その時だった。


「ん……うん?」


三人が囲っていた少女が目を覚ます。


「あら、ようやく起きたわね!」


紗月は手を合わせて喜ぶ。

少女は目の前の光景に困惑していた。


「困惑。ここは何処。」

「ここは旅館の一室だ。お前が路地裏で倒れているところを我々が拾った。」


困惑する少女に九頭竜は事情を説明する。


「そう……。ありがとう。」


少女はそう言って起き上がる。

ふと、彼女は違和感を感じる。


先程まで目を開くのもままならなかった体が楽々と動く。体に無数にあった傷と右肩の銃創も処置されていた。


「疑問。体の治りが早い。」

「うちの医療スタッフは天才ですから。普通の処置とは違うんですよ。」


坂田は少女に説明する。

背後にいる九頭竜と紗月も同意する様に小さく頷く。

その様子に少女は無表情のまま続ける。


「あなた達は、一体何者?」


——その瞬間、三人を纏う空気が一変する。

殺伐した一室。

しかし、すぐに元通りになる。


少女は治療後の体だからか、その変化に気づくことはなかった。


「私達は非営利のボランティア団体です。活動中に倒れていた貴女をうちのメンバーが保護してくれました。」


坂田は優しい声色で答える。


「ボランティア団体?」

「はい。様々な事情で親や家族を亡くした子ども達を保護したり、人々が適切な生活が送れるよう支援する団体です。」

「……そう。」


少女は表情を変えることなく答えた。

そしてそのまま立ち上がる。


「もう大丈夫なの?」


紗月が少し驚きながらも心配そうに問う。


「——うん、大丈夫。それと助けてくれてありがとう。———私は”黒田 白未”。」

「黒田ちゃんね!私の名前覚えてる?」


無表情な黒田に紗月は問いかける。

黒田は、特に悩む素振りも見せずに答える。


「紗月さん。覚えてる。」

「さんじゃなくてお姉ちゃんだよ!」

「紗月お姉ちゃん……。」


少女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

紗月は満足そうに大きく頷く。

そこに坂田が割って入る。


「一応私からも自己紹介を……私は”斉藤 拓実”です。このボランティア団体の代表を務めさせていただいております。」

「ふふっ」


坂田の自己紹介に思わず笑ってしまう紗月。


「何かおかしいところでも?」

「あぁいえ……ごめんなさい。なんでもないわ。」


坂田の鋭い目線が紗月を捉える。

そこに九頭竜が続く。


「俺の名前は間中 総士。ボ……斉藤さんの考えに惹かれてこの団体で活動している。」


九頭竜はそう言いながら頭を掻く。

紗月は相変わらず笑いを堪えている様子だった。


「三人とも善人。」


黒田は三人を見て小さく微笑み、話を続ける。


「あなた達みたいな人。好意的。」

「私も黒田ちゃんのこと大好きよ!」


紗月は黒田を抱きしめる。


「苦しい。助けて。」


黒田は紗月を引き剥がそうとする。

九頭竜はやれやれと言った様子で二人を見つめる。


穏やかな空気の中、坂田は一人思う。


(どうしてこうなった!?)


彼は背中に大汗を掻きながら心の中で叫ぶ。




——————————————————




紗月と二手に分かれて捜査をして30分ほど経過した頃。

携帯電話の着信音が鳴り響く。

画面には”紗月”と表示されていた。


「もしもし。」

『紗月です。ボスのお電話ですか。』

「そうですが、電話ということは何かありましたか?」


坂田は神妙な面持ちで紗月に聞く。


『そうなのよ。ちょっと来てもらえないかしら。』

「わかりました。すぐに向かいます。」


電話越しの紗月の声はいたって真剣な声色だった。

今回は真面目な案件なのだろう。

俺はすぐさま紗月に指定された場所へと向かう。


「お待たせしました……大丈夫ですか?」


紗月に呼ばれた場所は町の路地裏。

町中は明るいにも関わらず、そこは薄暗く、寂れていた。


「ボス。こんなの拾っちゃった♪」


そこには、血まみれになってボロボロになった少女を抱えた紗月がいた。

え……?これって————


白のトップスに黒のスカート。

髪色はきれいに白と黒で二つ分かれて染められている。


彼女が抱えていたのは『北海道旅行に来た』と多くの写真を俺に送信してきた”黒田白未”そのものだった。


「紗月。その少女は何処で拾ったのですか?」

「ちょうど今さっきよ。この路地裏で倒れていたところを私が偶然見つけたの。」


紗月は自慢するように胸を張る。

彼女の様子を見て、俺は一安心した。


「そうですか。紗月がこの傷をつけたわけではないのですね。」

「当たり前じゃない。私は好き好んで人をいたぶらないわよ。」


なら、この大量の傷はどこから生まれたものなのだろうか。

自分で傷つけたというレベルではない。


「紗月がその少女を見つけたとき、他に誰かいました?」

「いや。見てないわね。私が見つけたときにはすでにこの状態だったわ。」

「そうですか……。」


ということは、彼女はここまで満身創痍の状態で逃げてきたということか。

傷だらけの彼女だが、幸い息はあるようだ。

……しかし、最近知り合った中とはいえ、知り合いがこんな状態で傷つけられて良い気持ちはしない。


「少し、気に障りますね……」

「ん?ボスいま何か言った?」

「いえ、なんでもありません。」


思わず自身の気持ちが口に現れていたようだ。

聞かれていなくてよかった。


ふと紗月の方を見やると、彼女は黒田のことを抱きしめていた。

彼女の血液が、紗月の服に少しずつ付着してきている。

そんな中だった。


「ボス。この子どうする?」


彼女はペットを拾った子供のような目で俺を見つめる。

やめろ。そんな目で俺を見るな。


「そうですね……。一度九頭竜も呼ぶべきでしょうが、紗月はどうしたいですか?」


俺は一度、紗月の意見を聞くことにした。

知り合いといえど、簡単に助けるとは言いづらい。

一応犯罪組織だしな……。

俺が様々なことを考えている中、紗月は口を開く。


「そうね。私としてはこの子を助けてあげたいわ。この子を育てれば立派な人材が生まれると思うのよね。」


紗月は少女の頭を撫でながら話す。


「そうですか。なら一度旅館へ戻って治療しましょう。あそこには確か、万が一我々に何か起きた際の為にエンプレス直属の医師がいたはずです。」

「あら、ボスもこの子を助ける考えなの?」


紗月は物珍しそうに俺に顔を向ける。

あれ、なんか微妙な反応だな。

そっちが助けたいって言ったのに。

とりあえず、適当な理由をつけとくか……。


「……いえ、私は幹部である紗月の考えを尊重しただけです。貴女にはたまに天才的な勘が備わっていますし。」


実際俺も最初から助けたいと思っていたし……。

勘に関しては、ガンマンなら勘がいいと決めつけました。はい……すみません。


「そう。嬉しいわボス。それなら早速旅館へ戻りましょう?」


紗月は黒田を背負い、旅館へと歩き出した。

なんか、お母さんみたいだな。

黒田は成人済みらしいけど。

俺は彼女に着いていくように歩き出した。



———————————————————



(その結果がこれか……)


坂田は紗月に抱きしめられている黒田を見て頭を抱える。


顔は隠せてるし、あらかじめ決めておいた偽名を使ってるから俺だとバレることはないだろうが……


俺は3つの選択肢に迫られていた。


①このまま黒田を帰して本来の作戦を再開する。

②黒田をボロボロに追い込んだ犯人を探す。

③情報漏洩阻止のために黒田を始末する。


まあ③はないとして……俺達もやらなきゃいけないことがあるしな…。

迷うな……どうする……。


———だが俺のとるべき選択肢は決まっていた。


「黒田さん。私達は貴女を傷つけた犯人を捕まえたい。ご協力願えますか?」


九頭竜が少し驚いた顔をしているが関係ない。

結局俺は、人に親切な行いをしたい。

目の前にいる黒田を救いたい。


彼女は少し思案した後、俺に告げた。


「私は私を助けてくれた三人を信じる。お願い。協力してほしい。」


黒田は俺に手を差し伸べる。


「ええ、もちろん。」


俺は彼女の手を受け取り、答える。

この時俺はようやく自覚したのかもしれない。

俺が俺である事の証明をするためにも、この事件は絶対に解決しなければならないのだと。

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