般若少女、そして邂逅

寂れた井戸が佇む洞窟。

洞窟内は殺伐とした空気に包まれていた。


「———っ!」


黒田は目の前の少女の首を切り裂いた。

はずだった。


「危ないなぁ…もう少しで死んじゃうところだった。」


自身を断罪者と名乗る少女は銀色の髪を靡かせ、悠然と佇んでいた。


「避けられた。想定外。」


黒田は少し悔しいといった様子で呟く。


「残念。私の“千里眼”で貴女の攻撃なんて全部お見通しなんだよね。」


少女は得意げに語る。

そんな少女に対し、黒田は淡々と言葉を紡ぐ。


「理解不能。」


その一言の後、目の前の少女の姿がブレて消えた。

否、消えるように動くのではなく、ただ速く動いただけだったのだ。


「っ!?」


先ほどまで目の前にいた少女が姿を消したことに驚きはしたものの、すぐさま冷静さを取り戻し、どこから攻撃が飛んでくるのか警戒する。


断罪者は……背後!!

黒田は背後から迫り来る殺気に反応し、躱す。


「遅い。」


突如背後から声が聞こえ、黒田は咄嗟に振り向くがそれよりも速く少女の持つナイフが喉元に突き刺さる。


瞬間になんとか躱しきる。


「へえ……”正義の守護者”だっけ?なかなかやるね!」


銀髪の少女は関心するように話す。

同じように黒田も彼女の言葉を返す。


「……そっちこそ。断罪者。」


目の前の少女はナイフを構え直し、戦闘態勢に入る。

黒田もそれに合わせるように短剣を構える。


(どうしようか。)


黒田は彼女の力量を測りかねていた。

決して油断していた訳では無いが、ここまで彼女が速い動きをするとは思っていなかったのだ。

恐らくこの少女は私と同等の強さ、もしくは黒田よりも強い。

ならばここで初めて本気を出しても良いだろう。


「じゃあ、そろそろ終わらせようか!」


断罪者はそう叫ぶと一気に黒田の方へ距離を詰める。

そしてそのままナイフで突き攻撃を繰り出す。


「それ。見切った。」


その攻撃を黒田は軽いステップで避けるとそのまま少女の腕を掴み取る。

それを受けて少女は驚いた表情を浮かべるが直ぐに笑顔に戻る。


「貴女……本当に人間?」

「人間。」

「そっか。面白いね。」


そんな会話を交わしていると、黒田が目の前の少女に向けて短剣を振う。


「それはこっちも見切ってるよ!」


だが、その攻撃も少女には当たらない。

彼女は振るわれた腕を掴む。

しかし————


「引っかかった。」


黒田は抑えられていない左手から拳銃を取り出しそのまま少女の首筋に銃口を当てる。


「あ……私、負けた?」

「正解。」


彼女はそのまま引き金を引こうとするが、その腕を少女が止める。


「待って。私を殺さないで。」


断罪者は泣きそうな顔で訴える。

黒田はそんな彼女に表情も変えず——


「命乞い。犯罪者に意味無し。」

「違う。私はただ……、」


彼女は何かを言いかけるが黒田は拳銃を再度彼女の額に当てる。


「お前は犯罪者。死して償うべし。」

「……うん。そうかもね……。でも、お願い……。」


少女は諦めたように目を閉じ、涙を流しながら懇願する。


「私を生かせばあなたの目的に役立つと思うの……。」


そんな少女の態度に黒田は少し考えるように沈黙し、ため息を吐く。


「もういい加減飽きた。さようなら。」


引き金を引いた—————のは彼女ではなかった。

自身の背後から発砲音が鳴り響く。


「ぐ……っ!!」


黒田は咄嗟に避ける。

しかし、銃弾は彼女の右肩を掠め、その右腕から鮮血が飛び散った。

黒田が振り向いた先には、拳銃を持った1人の人間が立っていた。

その人物は、般若の様な仮面をつけて着物を着こなしていた。


「も〜……遅かったじゃん。危うく殺されるところだったよ。」

「ああ、すまない。これでも急いできたんだ。」


断罪者はやれやれと言った様子で般若の女に言う。

般若の仮面からは女性の声。

黒田は肩を手で押さえ、目の前の二人を見据えて話す。


「やっぱり。複数犯……。」


激しく出血する。

黒田は歯を噛み締める。


「ん〜?あぁ、ごめんね。彼は私の仲間なんだ。」


断罪者は苦しそうな黒田を見て笑っていた。

般若の女は、黒田に拳銃を向けたまま話し始める。


「この人はどうする?我々の存在を知られてしまったし……”断罪”でいいですか?」

「うーん……最初は断罪でいいかと思ってたけど…」


断罪者は右肩を抑える黒田に向け、拳銃を発砲する。

銃弾は、黒田の太ももをかすめた。


「ぐっ……!」


彼女は撃たれた衝撃で膝をつく。

出血多量はもう免れない。


「……がっ……はっ……!」

「ちょっとお話したいよねぇ……」


断罪者は拳銃を腰のホルスターに戻す。


「まだ聞きたいことあるから、殺さないでおくよ」


黒田は体を起こす。

そして断罪者に銃を向けた。


「はぁっ……はぁ……!」


彼女は撃たれた傷の痛みと出血で意識が朦朧としている。

しかし、彼女は諦めていない。

今ここで自分が死んだら、全てが終わることを理解していたから……その強い意志が、彼女を立たせた。


「おや、まだ立てるんだ。びっくりした。」


断罪者は黒田に近づく。


「まだ……はぁ、死ぬわけにはいかない……!」


黒田は拳銃の引き金を引こうとするが、痛みでその指が止まった。

断罪者はその隙に彼女の手から拳銃を奪い取り、遠くへ飛ばす。

そして彼女は黒田の胸ぐらを掴んだ。

断罪者の表情は今までとはまるで別人の様に変化していた。


「ぐっ!……離して!」

「……お前に質問がある」


断罪者がそう言うと、彼女は黒田の耳元て囁く。


「な、何……」

「お前は……一体何者だ?何故この洞窟に入ってきた。ましてや死体の部位まで回収して……」


断罪者はそう質問したが、黒田は黙り込んだままだった。


「……まぁいい、いずれ分かることか。」


断罪者は黒田の腹部を蹴り飛ばす。

彼女はそのまま壁に叩きつけられる。


「グハッ……!!」


「———ふん、これでしばらくは起き上がれないで……マジ?……」


黒田は壁にもたれかかるようにして立ち上がる。何故か彼女の顔には笑みが溢れていた。


「……。」


彼女は何も口にせず微笑む。

断罪者はもはや恐れる様に彼女を見つめる。


————その時だった。


「……っ!?断罪者!後ろ!」


断罪者は思わず後ろを振り向く。

するとそこには、”煙幕を上げる爆弾”の様なものが転がっていた。


断罪者はすぐさまその場を離れる。

しかし、その煙幕から彼女は逃れることが出来ず、そのまま煙幕に飲み込まれる。


「っ!?」


断罪者は必死に逃げようとするが、視界は一気に遮られてしまった。

その瞬間気づく。

これは爆弾ではない。

爆弾に見せかけた煙玉だ。


「般若!奴を探せ!!」


しかし、彼女の叫びも虚しく、断罪者は黒田を完全に見失ってしまう。


「クソッ!」


彼女はすぐさま黒田の姿を探すがどこにも見当たらない。

そして、彼女は思い出す。

最後に感じた違和感を。


「蹴り飛ばした先か……」


断罪者が黒田を蹴り飛ばした先には、元々黒田が背負っていたリュックサックが置かれていた事に気づく。


「あの挑発的な態度。彼女は最初からこれを狙っていたのかもしれませんね。」

「どうだかね……。」


薄暗い洞窟を懐中電灯の光で照らす。

出口に続いている道には黒田のものであろう血痕が残されている。


「まぁ、あの様子じゃ遠くにも行けないでしょ。探しに行こうか。」

「了解。」


二人は洞窟の出口に向け歩いていく。

それはまるで、これから罪人を捕まえる警察の様だった。




————————————————————




友好関係を結ぶターゲットである『金城 ほのか』の情報を探す三人。


「……紗月。」


坂田は頭を抑えながら紗月に話しかける。


「何?ボス。」


紗月は首を傾げて坂田の方へ振り向く。

その手にはアイスクリームが握られている。


「ボスも食べる?」

「いらないです。」


坂田は首を横にふる。



「……私たち二人も手分けして情報を探りましょう。その方が時間効率が良いです。」


坂田は呆れた様に紗月を見つめる。


「あら。私のこと嫌いになっちゃった?」

「そういうわけではないですが……」


不満げな顔をする紗月の言葉を否定する坂田。

彼は少し悩んだ素振りを見せ、続ける。


「先程から紗月の様子を見てると、明らかに探す気がない様に見えるのですが……」


坂田は申し訳なさそうに話す。


「ん〜?そんなことないわよ?」


そう返す紗月は手に持っていたアイスクリームを頬張る。


「嘘つかないでください、先程から調査もせずに美味しいものしか食べてないじゃないですか。」

「だって、美味しいものだらけなんだもの。」

「貴方は小学生ですか……」


坂田は頭を抱える。


「あ、あそこのたい焼き美味しそう!ちょっと買ってくるわね」

「え?ちょ──」


制止する間もなく紗月はたい焼き屋へと駆け出す。


「……ったく、あの人は……」


坂田はため息をつくと、紗月の後を追いかけるように歩き出した。




————————————————————




「ん~!おいしいわね!」

「……。」


小さな少女のようにたい焼きを食べる紗月。

坂田は手に持っているたい焼きに未だに口をつけずにいた。


「あら?食べないの?」

「私はいいですから、紗月が食べてください。」

「そう?じゃあ遠慮なく」


紗月は美味しそうにたい焼きを食べる。

そんな彼女を見て、坂田は一言。


「やはり、二手に分かれましょう。」


紗月に向け、再度提案する。

彼女は小さく首を傾げて


「……でも私はボスの護衛よ?」


坂田の鋭い視線が紗月に向かう。

彼は視線を逸らさずに、言葉を続ける。


「ここは小さな町に変わりはありません。いくら護衛とはいえ、別れて調査するぐらい構わないでしょう。それに九頭竜もいるわけですし。」

「まあ……それはそうね。」


紗月は言い返せないと言った様子だった。

坂田も彼女の様子を感じ———


「では、私は奥の方に行ってきます。紗月も何かあれば連絡してください。」


彼は早々と東の方へ向かう。


「あっ……こういうときは早いんだから…。」


紗月は諦めた様に呟く。

そして、体を大きく伸ばす。


「しょうがない。一仕事しますか!」


彼女は町の商店街へと歩き出した。





————————————————————




「はぁ…はぁ……」


町の路地裏を走る一人の少女。

右肩からあふれ出す血液。

それは、彼女が着る白のトップスを赤に染める。

少女は息を荒くしたまま、一歩ずつ前へ進んでいく。

少女の体は、ボロ雑巾のようだった。


「危険。早く逃げないと。」


彼女は自身の滞在場所であるホテルに向かっていた。

しかし、意識は朦朧として、足取りもおぼつかない。

このままだと出血多量で死んでしまうだろう。


「あと少し…」


ホテルまでは、あと4分ほど。

しかし、少女の体に限界が訪れる。

少女は、その場に倒れこんだ。


「危険。ここで倒れてはだめ。」


しかし、少女の体は動かない。

それどころか、視界もぼやけてきた。

もう、駄目かと思ったその時だった。


「あら?こんなところに女の子?」


そんな声が聞こえたかと思うと、少女は何かに抱きかかえられた。


「だ、誰……。」


まともに目を開くことができない少女は、最後の力を振り絞り話しかける。


「私?ん~……まあいっか。」


自身を抱きかかえる女性は独りでに呟くと少女の耳元で囁く。


「————私の名前は紗月 銃華! 

     "紗月お姉ちゃん"って読んでね!」

「紗月……お姉ちゃん…」


白黒の少女はそう呟くき、意識を失った。

紗月は、抱きかかえた少女を見て———


「これは、いい人材になりそうね。」


笑みを浮かべていた。




++++++++++++++++++++++++++++++




どうもさりりです。

初めての戦闘シーンの執筆に頭を悩ませていたのと、引っ越し作業の影響でなかなか更新ができませんでした……。

読者の皆様、おまたせしてしまって申し訳ございませんでした。





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