断罪者と守護者

目を開ける。

視界には見知らぬ海岸が広がる。

俺は砂浜の上に倒れたまま、ぼーっと空を見上げていた。


———これ、夢の世界だ。


俺の直感が頭の中で発言する。

そういえば、昨日も“変な夢”をみた様な……


俺の疑問を無視するかの様に、自身の身体が起き上がる。

砂浜の上で俺は立ち上がり、辺りを見渡した。

海と空しかない世界だ。

白い砂浜と、青い海が無限に広がっていて……水平線まで何も見えない。


俺の体はそのまま砂浜を歩き始める。

足底は砂が体重によって沈んでいく感覚に変わる。

そしてそのまま、俺の身体は止まる事なく歩き続ける。


2分ほど歩き続けた俺の前に、“大きな洞窟の入り口”が現れる。

“大きな洞窟”の中は薄暗くて、そして、ジメジメとしていた。

しばらく歩くと、入り口からの光が届かなくなり、辺りは真っ暗になる。


俺は携帯電話の明かりを頼りに、洞窟内を進んでいく。

5分ほど歩いた俺の視界には———


————寂れた井戸が映った。


その時だった。


『ねぇ、あなた……誰?』


背後から女性らしき声をかけられる。

俺は咄嗟に振り返る。

そこには———真っ白なワンピースを着て、肩まで銀髪を伸ばした可憐な少女がいた。


『えっと……君は?』

『質問を質問で返さないで欲しいのだけど……それよりお兄さんは?どうしてここにいるの?』


彼女は不満げに口を膨らませる。


『それは申し訳ない。改めて、俺の名前は坂田 優人。言って伝わるかわかんないけど、ここに迷い込んでた。』


俺の自己紹介に彼女は不満げな顔を一変させ、笑顔を見せる。


『そうなんだ。坂田さんね……。よろしくね!』

『あ、ああ。』


未だ彼女は喜ぶ様にその場でぴょんぴょんと跳ねている。


『どうかしたのか?』


俺が尋ねると彼女はニッコリと微笑む。


『ううん!なんでもない!』


……なんなんだ?まぁ、特に気にする事でもないか。


『で、君の苗字はなんていうんだ?出来れば名前も教えて欲しいんだけど。』

『うん!いいよ!』


彼女はそう言うと、少し嬉しそうに顔をほころばせる。

可愛いなと純粋に思う自分がいた。こんな純粋な笑みを浮かべる彼女を見て嫌悪感など抱くはずもない。


『私の名前は——————』


そこで会話は中断された。




————————————————————




「……っ!」


目が覚める。

全身、びっしょりと寝汗を掻いていた。

途端に気が重くなる。


「……思い出した。」


あの銀髪の少女は以前、俺がみた夢にも現れていた。

その瞬間、夢の記憶がフラッシュバックする。


現実で一度も目にしたことが無い銀髪の少女。

彼女はいったい誰なのか。

なぜ、前回俺の前で倒れていた少女は今回、俺に好意的な目を向けていたのか。

何もわからない。

夢の世界の人間なのだろうか。

それとも、現実に存在する人間なのか。


「まあ、今考えても仕方ないか。」


俺は小さく呟き、体を起こす。

……はずだった。


体が思うように動かすことができない。

それは、何か”重り”を乗せられたかのように。


「一体何が……」


金縛りだろうか。体を動かそうとしても、何かが”纏わりついている”。


そうだ……紗月。彼女が隣で寝ているはず。

俺は襲い掛かる違和感に抗いながら、隣で寝ているだろう紗月を呼び起こす。


「さ、紗月。起きていますか?」


返事はない。

ふと紗月が寝ているであろう横に視線を動かす。

しかし、そこには紗月の姿はなかった。


紗月は先に起きてどこかに行ったのだろうか。

このままじゃ一生起きれない。


「……仕方ない。」


紗月に起こしてもらう作戦を諦めた俺は、全身全霊持っている力を使い、無理やり体を起こそうとする。


すると、徐々にが起き上がっていく。

よし!このまま一気に——————


その時だった。


俺の視界に金縛りの犯人が現れる。


「ボス……もう食べられないわよ…」


そこには、”寝言を発しながら俺の全身に掛け布団ごと抱き着きながら寝る紗月の姿”があった。


……うん。まだ夢の世界の様だ。

俺は再度眠りにつくために目を閉じる。

その瞬間。部屋の襖が開かれ———


「もう朝の9時なのですが……」


呆れたように俺と紗月を見つめる九頭竜が現れた。




————————————————————




同時刻、とある海岸。

白黒少女こと黒田は、昨夜訪れた洞窟に再度足を踏み入れていた。


「昨日。何も準備しなかった。今日。準備万端。」


そう呟く彼女の背中には大きなリュックサックが背負われており、左手にはクーラーボックスを持っている。。


「……。」


懐中電灯を照らしながら、洞窟内を進んでいく。

そして自身に訪れる異臭。

腐敗した死体の臭い。彼女は昨日その異臭を嗅ぎすぎた為か、そこまで不快感を覚えることはなかった。


黒田は、”あの場所”へと向かっていく。

そして、歩くこと5分。


「着いた。ようやく。」


彼女の目の前には昨日見かけた”寂れた井戸”が現れていた。

異臭の元凶である井戸には変わらず腐敗した死体が詰め込まれている。

しかし、彼女はある異変に気付く。

それは、一番上に置かれた死体。


「この死体。昨日はなかった。」


昨夜訪れた際に触れた一番上にあった死体とはまた違った死体が置かれていた。

薄暗い井戸の中をよく見てみると、それは死後数時間前のような“腐敗もしていない死体”だった。


「———私が帰った後。誰かが死体を置きに来た。なぜ。」


彼女の脳裏に様々な疑問が浮かび上がる。

井戸の正確な深さはわからないが、ざっとこの井戸に捨てられた死体はおよそ10人弱。

特に若い男女の死体が多い。

犯人は単独での行動? それとも複数?

昨夜私が訪れた後に犯行を行ってこの井戸に捨てたのか。

それとも、死体を集めているのか。


「わからない。でも、これは異常。」


黒田の額に冷や汗が浮かび上がる。


「とりあえず。一部回収して帰ろう。」


そう呟いた彼女は、リュックサックから小さな肉切包丁を取り出す。

そして、一番上に置かれた死体を井戸から取り出す。


「重い。でも。これは必要なこと。」


そういって彼女は肉切包丁を死体に振りかざす。


ザク。

ザク。

ザク。

そう死体が話すかのように、死体が鈍い音とともに切断されていく。


「固い。死後硬直。」


腐敗していない死後硬直の死体だからか、思うように死肉を切ることができない。

まるで、切れ味の悪いノコギリを無理やり引いているような気さえしてくる。

ザク。

ザク。

そうして、ゆっくり、ゆっくりと切り進んでいく。


「ようやく切れた……」


“死体の右腕”を持つ彼女の顔は疲労しきっていた。血糊は乾いているが、臭いまではとれなかった。

持っていた右腕をラップに包み、持ってきたクーラーボックスへ入れる。


「疲れた。帰る。」


そう呟いた彼女は、再度リュックサックを背負い、クーラーボックスを持って井戸を後にしようとする。

その時だった。

背後から女性の声が聞こえてくる。


「あなた、誰?墓荒らしさん。」


黒田は声の方を振り向き、懐中電灯をかざす。

そこには銀髪を肩まで伸ばし、白いワンピースを着た少女が自信を見つめていた。


「主犯者?あなたこそ誰。」

「質問に質問を返されるのはあまり好きではないのだけど……」


銀髪の少女は、小さくため息を吐きながら


「私は『断罪者』。この町を守る者。」


大きく手を広げて、彼女は答える。


「——断罪者?厨二病?」


黒田は少し馬鹿にする様に話す。

断罪者である少女はその言葉にムッとする。


「あなた、少しうるさいわよ。墓荒らしのくせに。」

「墓荒らしじゃない。」

「墓荒らしじゃなかったら、何なの?」


彼女は意味不明といった様子で首を傾げる。


「私は“正義の守護者”。世界を平和にするために生きてる。」

「正義の守護者?貴女こそ厨二病じゃない?」


断罪者はやれやれといった様子で指摘する。

その様子が気に入らない黒田は舌打ちをする。


「うるさい。それよりも——」


黒田の次の言葉は、核心に入るものだった。


「この死体。貴女がやったの?」


彼女の問いに、断罪者は真顔になる。

しかし、すぐに満面の笑みを浮かべ———


「そうだよ。町に悪事をもたらす人間は“断罪”しないといけないしね。」


そう放つ彼女の笑みは狂気が含まれていた。

まるで、悪魔のような笑みを。

その笑顔に、黒田は身震いする。

断罪者の彼女は、間違いなく噂の殺人鬼だった。


「そう。なら話が早い。」


黒田はリュックサックとクーラーボックスを下ろす。

そして、彼女は徐に短剣を取り出し———


「悪いけど。ここで死んで。」


少女の首を切り裂く。






————————————————————





俺を抱き枕扱いしていた紗月を九頭竜に退かしてもらい、俺達三人は朝食を食べていた。なかなか離れず大変だった……

最終的には九頭竜が叩き起こしてたし。


「紗月。寝相が悪いのなら明日からやはり部屋を分けましょう。」


俺は少し注意する様に話す。


「ごめんなさい。今日はたまたま気が抜けていただけだから。明日からは大丈夫よ。」


紗月は謝りながら、味噌汁を口に運ぶ。

本当に反省してるかこれ?


「部屋を分けないので有れば、私は少し離れた場所で寝ますね。」

「いいえ、ダメよ。ボスは私の護衛対象なんだから。いつでも守れる様に、そんな事はさせないわ。」


彼女は首を横に振り、強い口調で言う。

なんでだよ。


「今日は貴女に殺されかけたのですが……。」

「それは悪かったわ。明日からは気をつけるから。」


紗月は俺の手を握りながら、少し反省した様な顔を見せた。

うっ……それをやられると弱い。

俺は小さくため息を吐く。


「……次はないですからね。」

「ありがとうボス!お姉さん頑張るから!」


紗月は満面の笑顔で喜び、俺に抱き着く。

少しドキッとしたけど、もはや指摘する気にもならない。

俺は一人黙々と朝食を食べ進める九頭竜を見る。


「はあ……九頭竜。今日のスケジュールを教えてください。」

「わかりました。……今日はこの後、友好者が滞在している○○町に直接向かい、情報を得ようかと。そのまま直接ターゲットに会えれば話は早いですが……。」


九頭竜は淡々とした様子で説明する。

確かに、これからするのってただの人探しだよなぁ……

早く見つけて友達になれればいいけど。

俺はそんなことを考えながら、食事を進めていく。




————————————————————




「では、ターゲットが住む町へ向かいますか。」

「了解!」

「行きましょう。」


俺の言葉に続くように二人も答えた。

タクシーへと乗り込み、目的地へ向かって走り出す。


そういえば、頻繁に黒田から来てた写真が急に止まったけど、落ち着いたのかな。

俺は携帯電話の画面を眺める。

10分に1枚の頻度で送られてきていた写真は海の写真を最後に止まっていた。

なんかこの写真の場所、見覚えがあるような……。

でも北海道なんて今回初めて来たしな…。

勘違いか。

俺は彼女に『いい写真だな』とだけ返事をして携帯電話を閉じる。




————————————————————




「ボス。到着しました。」


いつの間にかタクシーは目的地へ到着していた。

三人はタクシーを降りると、町が目の前に広がる。


「ここに、ターゲットがいるのですね。」

「早く見つけてあとは遊びましょ。」

「遊ぶのは置いといて……私も紗月に賛成です。なるべく早くターゲットを見つけましょう。」


三人は町中を進んでいく。

町中は夕方なのにも関わらず、人が多くいた。


「とりあえず町の人間に話を聞くのが一番ですかね。」

「そうね。じゃあ手分けして情報収集する?」

「そうだな。じゃあ二手に分けれよう。」


情報収集のため、俺と紗月のペアと九頭竜の単独で別れる。


「九頭竜。何かあれば連絡を。」

「わかりました。ボスもお気をつけて。」


俺は紗月を連れて町中へ繰り出す——————



「———ボス。抜け出して海に行きましょう?」

「人探しをしましょう。」





……やっぱり護衛外そうかな。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る