出発前夜

9月9日。

9月も三分の一が終わりを迎えようとしている今日。

未だ夏の暑さは続いている。


アジトの会議室には4人の幹部が集まっていた。


「いよいよ明日ですか。少し楽しみです。」

「私もボスと旅行するなんて楽しみで仕方ないわ。」

「ずるいですよ。私も行きたかった……。」

「一応言っとくが……仕事だからな…?」


室内は、北海道に向かう3人と平田の声が鳴り響いていた。

俺の正面に九頭竜が座り、俺の左右隣には平田と紗月が座る。

なんで隣に座ってくるんだよ。


「ボスが5日間もいないと寂しいですよ。」


そんな俺にお構いもなしに平田は少し不安げに話す。


「大丈夫ですよ。こういう時のための直属補佐じゃないですか。私が不在の間頼みましたよ。」

「ボス……!私頑張ります!」


頼りにされた平田は勢い良く坂田に抱きつく。

その様子は喜ぶ子犬の様だった。


「平田。嬉しいのはわかりましたから少し離れてください。」

「あっ、すいません。つい嬉しくて……」


彼女はスッと離れるがどこか寂しげな表情だった。

坂田は気を取り直して話を始める。


「さて、いよいよ明日、我々は北海道に向かいます。……とりあえず、明日からの流れを確認しましょうか。」

「そうですね。では私から。」


九頭竜は足を組みながら説明を始める。


「明日の朝、我々は飛行機で北海道へと向かいます。

その際、空港で所持物や荷物の確認があるとは思いますが……既に我々の息がかかってる者が対応してくれます。」


「———それなら私の”武器”は、身につけていても大丈夫と言うわけね。」


紗月は腰に携えていたリボルバー式の銃を抜き、トリガーに指をかけ回転させる。


「そう言う事だ。——ボスも何か持ち込みたいものが有れば気にせずにお願いします。」

「はい。わかりました。」


「——では再確認ですが、滞在期間は9月10日から9月15日の5日間。ターゲットは『金城 ほのか』。我々は彼女が住む〇〇町隣の市街地に立する旅館を拠点とします。」

「ボス。一緒の部屋で寝ましょうね。」

「貸切なんですから一人一部屋でいいのでは……。」


紗月の誘いに坂田は困った様子で返す。

それに平田が続く。


「ボスの言う通りです!私だってボスと寝た事ないのに!」

「あら?ボスの側近である貴女が寝た事ないのね?」

平田の反論に紗月は煽る様に返す。


九頭竜はそんな二人の様子を見て坂田に話しかける。


「ボス。モテモテですね。」

「これはモテると言うのですかね。でしたら九頭竜にお譲りしますよ。」

「勘弁してくださいよ。ボス。」

「冗談です。——私は幹部全員愛してますよ。」


坂田は九頭竜に笑いながら返す。

彼の言葉に二人が反応する。


「ボス……いま愛してるって…。」

「はい、言いましたが……。」

「愛してるって私のことよね?……ボス?」

「え?」


二人の目が獲物を狙う怪物の様に切り替わる。

坂田はそんな二人の様子に焦りをみせる。


「——盛るのはいいが、せめて会議が終わってからにしてくれ。」


九頭竜が二人に待ったをかける。

彼の言葉に彼女達は我に返り、すぐに平静を取り戻した。


「そ、そうですね。会議中でした。」

「ボスも会議が終わったら、ゆっくりお話ししましょう?」


坂田はそんな二人を見つめ話す。


「私は無理矢理は好きじゃないので……。」

「相思相愛は和姦なのでは?」

「そうですね!」

「なぜそう言う話になるのですか…。」


坂田は呆れたといった様子で九頭竜に話を振る。


「……。九頭竜。話を続けてください。」

「急に私に降らないでくださいよ……まあ、いいですけど。」


そう言って九頭竜は続ける。


「この作戦の最終目標は“ターゲットとの友好化”。基本的に彼女との交渉は私が一任します。何かあれば紗月が。最悪の場合はボスに対応をお願いします。」

「わかりました。」

「ええ。もしもの場合は私の出番ね。」


九頭竜の言葉に坂田と紗月は頷く。


「基本的に紗月はボスの護衛。ボスはターゲットを友好者にするかの最終決定をいただければと思います。」

「頼みましたよ。紗月。」

「ふふ。おまかせよ。」


坂田の言葉に紗月は身体を震わせる。


「明日午前6時にここに集合し、送迎車にて空港に向かいます。8時ちょっと過ぎの便なので…10時には向こうに到着するかと。」

「朝起きれるかしら?今日はボスの家に泊まっていい?」

「配下に起こす様、お願いしてください。私は荷造りで忙しいので。」

「酷いなぁ。もうちょっとお姉さんに優しくしてもいいんじゃない?」


紗月は口を膨らませる様に話す。

九頭竜はやれやれといった様子で


「以上が確認事項です。何かありますか?」

「特にありません。」

「私も特にないわ。」


九頭竜の問いに坂田と紗月は首を横に振る。


「では、明日の用意もありますし、今日はこの辺で解散にしましょう。」


そう言って九頭竜は立ち上がる。


それに続く様に坂田も立ち上がり、彼の腕に抱きついていた紗月と平田も、持ち上げられる様に立ち上がる。


坂田は九頭竜と紗月に向け、口を開く。


「九頭竜。紗月。明日から忙しい5日間になります。無理をせずに頑張りましょう。」


彼の言葉に二人は大きく頷く。


「わかりました。ボスも無理をせずに。」

「辛くなったらいつでもお姉さんに頼りなさい?」


二人の言葉を聞いた坂田は満足した様子で部屋を後にする。




————————————————————




「………。あの。」


部屋を退出した坂田は“自身の両腕にまとわり付く怪物”に声をかける。


「なんですか?ボス。」

「どうしたのかしら?ボス?」


“怪物”———平田と紗月の二人は坂田に疑問の声をぶつけた。


「いや、その……二人とも……いつまで私の腕に?」

「いつまでって……永遠ですかね?」

「永遠ね。」

「……え?」


二人の答えに坂田は困惑する。

彼のことなどいざ知らずに彼女達は続ける。


「だって愛してるっていったじゃない?」

「そうです。ボスには責任をとってもらわないといけないですね。」


普段とは違う二人の様子。

それに困惑する“指導者”


———そこに、新たな“挑戦者”が現れた。


「何をしているのですか?……“ご主人様”」


あ、終わった。

坂田の脳内には走馬灯が流れ始めていた。





————————————————————





桐野のアジト


幹部自室では桐野と配下である一番が書類処理をしていた。


「うん……?」

「……。」


書類を見て頭を悩ませる桐野とは裏腹に一枚一枚書類を颯爽と処理する一番。

桐野はというと難しい顔で書類を睨んでいた。


だが、そんな時、桐野の動きがピタリと停止した。

一番が思わず桐野を見る。

それに気づいてか気づかずか、桐野は口を開いた。


「やっぱり一番を側近にしてよかったよ。今まで時間がかかってた作業が大幅に短縮されてるし!」


桐野はノリノリな気分で一番に話しかける。


「ありがとうございます。桐野様のお役に立てて光栄でございます。」


一番は書類に目を通しながら感謝の言葉を述べる。


「別に感謝なんてこっちがしたいくらいだよ!」


そういって桐野は隣に座る一番の方を叩きながら笑う。

一番はそれにこたえるかのように「あはは……」と笑っていた。

するとまた二人は作業に集中する。室内には再度静寂が訪れる。



書類処理をして30分が経過した頃。

桐野は一人小さく呟く。


「明日には三人は北海道かあ……。」

「北海道ですか?」


桐野の呟きに一番は聞き返す。


「そうだよ……”幹部三人”が明日から5日間北海道に行っちゃうんだよね。私を置いてだよ?ずるいよね!」


桐野は少し怒ったかの様に答える。


「桐野様はなぜ置いて行かれたのですか?」

「すごい失礼なこと聞くね……」

「すみません。つい気になったもので。」

「まあいいや……」


そういって桐野は続ける。

「私以外の優秀な幹部3人だからね。しょうがないよ。」

「桐野様より優秀な幹部様がいらっしゃるのですね。」

「いるよ!なんなら私が一番劣ってるかも……。」


平田は落ち込みながら話す。


「そんなことないです。私はほかの幹部様は存じておりませんが……私にとって桐野様は優秀たる人物です。」

「――――――っ!私一番のこと大好き!」


僧居て桐野は目の前の配下に抱き着く。


「ほんとに貴女はほかの幹部と違う”匂い”がするね。」

「”匂い”……ですか?」


一番は首を傾げながら質問する。


「うん!”匂い”私、人の匂いでその人がどういう人が大体わかるんだ~。」

「そう……なのですね。」


満面の笑みで話す桐野とは打って変わり、一番は額に大汗をかく。


「ん?どうしたの。顔色悪いよ?」

「いえ……!なんでもございません。」


桐野の問いに彼女は首を横に大きく振り、口を開く。


「ちなみに、私の匂いから何がわかるのですか?」

「さっきも言ったけど一番は特殊なんだよね。配下って基本なんの匂いもしないんだけど、一番は“混ざった匂い”がする。」


桐野は腕を回しながら話す。


「正義の匂いと悪の匂いがするんだよね。エンプレスには珍しい匂い。」

「そうですか。ありがとうございます。」


桐野の答えに一番はなんともない様子だった。


「ま、配下には変わりないんだしこれからもよろしくね!」

「はい。よろしくお願いいたします。」



そんな会話を交わした二人は“上司”と”部下”に見えた。

そのまま二人は作業に戻る。




————————————————————




「———今日は疲れちゃったし、帰っていいよ。お疲れ様!」


桐野は一番に告げる。


「わかりました。では、また明日よろしくお願いいたします。」


彼女はそう言って頭を下げ部屋を退出する。



物静かな廊下。


「……。」


彼女は、配下専用の部屋に戻らず少し外れた場所に向かう。


周囲に人がいないことを確認し、通信器具を取り出す。

通信相手は真の主。


『もしもし』


通信器具から無機質な声が聞こえてくる。


「もしもし、"セカンド様"ですか。」

『うん。あなたから連絡してくる。つまり。また何か情報を得てきたの?』

「その通りでございます。重要な情報を得たので報告させていただきます。」

『重要な情報?教えて。』


通信器具から聞こえてくる声は無機質なままだが、通信器具越しでも伝わるぐらいの好奇心が伝わってくる。


「エンプレスが北海道に行く日が確定しました。」

『早急。早く教えて。』


無機質な声が少し高くなる。


「明日からです。急な情報で申し訳ないですが……。」

『了解。すぐに手配する。』

「手配って……?」

『警察。奴らに言う。プライベートジェット用意してくれる。』

「なるほど。わかりました。」


セカンドの言葉に彼女は納得する。

通信器具越しの無機質な声が、いつもより少し嬉しそうに感じられた。


『じゃあ、またあったら教えて。』

「わかりました。どうかお気をつけて。」


彼女は通信を終える。


「はぁ……。全く疲れるわね……。」


通信器具をポケットにしまい、自分の部屋に戻っていった。




————————————————————



「はあ……」


なんとか三人の怪物から逃れた俺は帰宅する。

犠牲になったのは北海道から戻った後の休日。


俺は"一人一人に時間を設ける"と約束を交わし、難を逃れた。

紗月は一緒に北海道に行くんだから別にいいだろ……。


三人とも俺の休日に何を仕掛けてくるかわからない。

ついに俺は"用済み"と殺されるのだろうか。

いざとなったら飛行機そのまま乗り継いで海外に逃げるか。


「————そうだ、不在の間"あいつ"に連絡しないとな。」


俺はおもむろに携帯電話を取り出し、とある人物に電話をかける。

携帯電話から聞こえてくるコール音、そして————


『もしもし……』


声の主は男性。

淡々とした声だが、電話に出てきてくれたことに俺は少し安堵する。


「——もしもし、"黛"ですか。」


俺は電話先の主、"黛"に問う。


『はい。どうしました?』

「……貴方にしか頼めない要件がありまして。」

『そうですか、要件とは?』


電話越しの声に俺は少し微笑みながら———


「私が北海道にいる間、————————してもらえます?」

『————ですか。わかりました。』


俺の頼みに彼が了承してくれたことに再度安堵する。


「よかったです。そのお願いの電話でした。」

『わかりました。では明日からよろしくお願いいたします。』

「はい。お願いしますね。」


彼との電話を切る。


「これで、安心して北海道に行けるな。」


時刻は23時。俺は必要なものをカバンに詰め込み、就寝する。

それは、修学旅行を楽しみにする学生の様だった。








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