モノクロガール

坂田達との会議を終え、桐野は現在自身のアジトに戻っていた。

彼女を運ぶ車内には運転士ともう1人———


「桐野様。だいぶお疲れの様子ですね。」


最近自身に就いた“配下の1人“が同乗していた。


「疲れたよ〜… ていうか怖かった……」


桐野は小さなため息を吐く。


「桐野様も怖いと思うことがあるのですね。」

「私はピュアだからね!」


桐野は配下に満面の笑みで答える。


「しかし、なぜ私を迎えに呼ばれたのですか。」


配下は少し困惑した様子で彼女に問う。

実は桐野に『迎えの車に乗ってきて!』と連絡を受け同乗している。


他の配下とは違い、光がありまっ直ぐとした目。

桐野の純粋な性格もあり、彼女が最近少し気になっている配下の一人であった。


そんな彼女に桐野は問いかける。


「ねえ、あなた以前名前を聞いた時、”名前は無い”って言ってたよね。」

「はい。私たち配下は様々な作戦を追行するための存在。ただの捨て駒です。そんな捨て駒に名前は必要ありません。」


そう口にする配下に桐野は少し悩むような素振りを見せる。


(固いなあ……。こういうところはそこら辺の配下と変わらないな。)

(そういえば、この前ボスが言ってたな……。)


彼女はとある言葉を思い出す。




————————————————




『上の立場にいるものこそ下の立場の人間に慈悲を与えるのです。』


それは、ボスがいつかの幹部会議にて話していた言葉だ。


『ボス!どうして下の価値もない存在に慈悲を上げなきゃいけないんですか?』


桐野は首を傾げる。

他の幹部たちもあまり理解をして指定ない様子だった。


『たとえ配下の様に小さな存在でも、数十人、数百人と結束すると、いくら我々でも対処できないことが発生してしまう可能性があります。』

『あんな死んだ魚のような眼をした奴らに結束力も何もないと思いますが……』


ボスの言葉に平田は小さな反論をする。


『その考えです。』

『え?』


ボスは腕を大きく広げて話す。

その威圧感と、ボスの放つオーラに幹部達は息を呑む。


『その考えがあるからこそ私たちはいざとなったとき、対処できなくなる可能性が生まれるのです。』


九頭竜は腕を組みボスに問う。


『いかなる可能性を考え、反逆や裏切りをしようと思わせないように慈悲を与えると?』

『その通りです。わかってくれましたか。』


ボスはその通りといった様子で頷く。

それに続く様に幹部達は拍手で応える。


『ボス!私もこれから配下達に優しくしようと思います!』

『桐野。素晴らしい心構えですね。』

『それほどでも!』




————————————————





ボスの言葉を思い出した桐野は「閃いた!」といった表情で彼女は配下に告げる。


「わかった!あなた気に入ったわ!今日からあなたは『1番』って名前を付けてあげる!」


そう告げた彼女の眼は光り輝いていた。


「”1番”ですか……?。」

配下は小さな声で呟く。

その声は、困惑と少し満足していない様子も感じ取れる。

それはまるで、桐野のネーミングセンスを否定するかのような


そんな配下の様子を見た桐野は続ける。


「こんな特別扱いされてる配下いないよ?うれしくないの?」


桐野から冷たい声が発せられる。

そんな彼女の眼の光は徐々に失われていき、太陽の様な雰囲気が少しずつ殺伐としたものに変わっていくのを感じる。


「いえ、とても嬉しいです。ありがとうございます。」


震えた声が車内に響き渡る。

彼女の言葉に桐野はうんうんといった表情で頷き満足といった様子だった。


一瞬、感じた殺意。

何も言わなければ殺されていただろう。

配下、いや”1番”の額には汗が伝う。


「じゃあ早速帰って話し合おうか!」

「……何を話し合うのです?」


桐野の元気な声とは裏腹に、一番は不安な声で話しかける。


「何って言われても

————今後のことについてだよ!

“一番”はこれから私の側近として働いてもらうんだから」


笑いながら話す桐野の顔は無邪気な子供の様だった。






————————————————





これから秋に差し掛かるというのに真夏の様に暑い9月初め。


「涼しい……生き返る。」


俺はショッピングモールに来ていた。

理由は来週の北海道に向けて必要な物を揃える為だ。


北海道に何を持って行こう?そう考えた時に、このショッピングモールに行けば大体揃う。

日用品や食料、新しい洋服や靴にアクセサリーなどもここで買えるのだ。


別に旅行に行くわけじゃないけどな!!

俺は必要最低限な物しか買う予定はない。


しかし、それでも持って行く物は多くなる。

荷物を極力減らそうと考える俺だが、自分の好きな商品を見て、良いと思った物をカートへ放り込み、レジに持っていく。

そうするとあら不思議……いつの間にか購入決定している。


「重……。」


両手に大きな荷物を二つ抱えて歩き回る俺。

腹ごしらえでもするか。

そんな事を考え、レストランへ向かう最中だった。


「……。」


俺の視界に様々な水着が映る。

そう、水着だ。

未だ暑い外もあってか、このショッピングモールには未だに海グッズ専門店なるものまで出店されている。


水着か……。

夏の北海道に行くのに海に入らないのは少し勿体無い気がする。

会議では冗談混じりに海に行こうって言ったけど……。

九頭竜と紗月は水着買うって言ってたな。

どこまで本気かわからねぇ……

とりあえず見るだけ見るか。


俺は重い足取りのまま店の中へと入る。


すると、そこには様々な種類の水着が展示されていた。

少し黒みがかった青の水着や、布面積の少ない、もはや紐のようなものまで展示してある。

俺はそれを目に焼き付けながら店の奥に進んでいく。


そこまで良さそうな物ないな……

そんな事を思っていた時だった。


浮き輪販売コーナーにて、イルカの浮き輪に目を輝かせている少女がいた。


中学生にも満たないような身長の少女。

普段ならどこかの親子の子供かなと思うぐらいだが、特徴的な箇所に視線が運ばれる。



ツインテールに綺麗に右と左で分けられた “白黒の2色髪”



服装は白のブラウスに黒のスカート、そして黒のソックス。

靴までも純白のスニーカーを履いている。


白と黒で統一された彼女はまるで白黒はっきりつける様な。

奇妙な違和感に襲われる。


そんな時だった。


「———!」


イルカの浮き輪を眺めていた彼女と目が合う。


やば、ずっと見てたのバレたか?

警察に通報されますねこれは。

まさかエンプレスとして捕まる前に個人的に捕まるとは。

そんな事を考えていた俺に少女は話しかける。


「何か要? 私。違和感。」


無機質な、まるでロボットの様な声が俺の耳に響き渡る。


「いや、随分とイルカの浮き輪に興味があるだなって……。」

「そう。私。泳げないから。」


泳げないのに海グッズ専門店に来るのか…

口に出しかけた言葉を抑え、彼女に話し始める。


「親はいないのか?迷子?」


周りを見ても親らしき姿は見えない。

迷子かと思い、そう問いかけたが違うのだろうか?

彼女は首を振り少し俯きながら一言こぼすように話し始める。


「失礼。私。成人してる。」


成人……..だと?見た目、言葉遣い、雰囲気すべてが幼い雰囲気を醸し出しているのに……。


「あ、あぁ。すまない。失礼した。」

そう答えると彼女は小さく頷き顔を上げた。


「大丈夫。それよりあなたは旅行に行くの?」


旅行………か?いや、まぁ間違いでもないしここは話を合わせとくか。


「そうだけど、何か用か?」

「わたしも旅行に行くの。だけど一人で旅行なんてしたことないから行き方もわからなくて。」


彼女は頭を悩ませるように話す。

なるほど、確かに初めて旅行に一人で行くってのは何をすればいいかわからないよな。


「ちなみにどこに行くんだ?」

「北海道。」


北海道かよ!!

俺は心の中でツッコミを入れる。

俺も北海道って言いたいけど、一応の場合を考えると言えないしな…

俺は少し考え————

彼女に携帯電話の画面を見せる。


「この旅行サイト、すぐに飛行機や船の予約取れて宿まで探してくれるから使ってみれば?」


それは、九頭竜が今回の北海道に行く際に利用していたサイトだ。

今後プライベートで旅行する際にと、オススメされたのだ。


俺が教えたサイトを彼女はすぐに自分の携帯電話でアクセスする。

彼女は目を輝かせながらサイトを眺めていた。


「これ。わかりやすい。助かった。ありがとう。」


彼女は、頬を少し赤く染めて俺に感謝の言葉を述べる。

そんな彼女を見て、少し照れ臭い俺は、視線を逸らす。


そんな時、俺の携帯電話が鳴り出した。


画面を見るとそこには見慣れた名前が表示されていた。

その名前を見て、俺はすぐに電話に出ることにする。


「もしもし?」

『———ボス。急に電話してごめんなさいね。』


電話越しに一言謝罪する声の主人は紗月だった。


「大丈夫ですよ。どうしました?」

『それが……北海道に着ていく服が選べなくて、選んで欲しいのだけど。』


「……まさか、その為だけに連絡してきました?」

『あら?悪かったかしら?』


なんで男の俺に選ばせるんだよ。

平田とか小鳥遊に聞いとけよ。


「私以外に適任がいるかと思うのですが……。」

『私はボスに選んで欲しいのだけど?』


なんでだよ!

こっちは買い物中だぞ!

服選びに付き合う暇は無いのに。


「はあ……。」


俺はため息を吐く。

でも、幹部達の頼みを断って後々報復を喰らうのも嫌だな……


「わかりました。これから向かいますね。」

『親切なボスなら来てくれるって信じてたわ!それじゃあ待ってるわね!』


そのまま紗月との通信が切れる。


「大丈夫。何かあった?」


憂鬱な俺を気にしてか、横にいた白黒の少女が話しかける。


「いや、職場の人間に呼ばれただけ。俺は帰ります。」


俺の言葉に目の前の彼女は少し寂しそうな顔をして———


「貴方。親切な人。これからも仲良くしたい。」


そう言って俺に連絡交換アプリのQRコードを見せる。


「普通、初対面でたまたま話した人間に連絡先交換する?」

「普通しない。でも。貴方は特別。」

「特別って……。」


俺は少し怪しみつつも彼女と連絡先を交換する。



「———貴方からは“親切な魂”が見えるから。」



彼女は何か呟いていたが、俺には聞こえなかった。




————————————————




「それじゃあ。また今度。」

「今度があるかわからないが……次会った時は北海道の感想を教えてくれ。」


そう言ってショッピングモールを後にする坂田。

一人残された白黒の少女は、一言呟く。


「次も会いたいな。多分彼は。"選ばれた人間"。」


携帯電話がが鳴り響く。電話口から聞こえる声に、少女の表情は少し曇る。

が、すぐに普段の表情に戻して応対する。


「もしもし。何。」


彼女は電話相手に話しかける。


「わかった。これから用意する。」


そう言って電話を切る少女。

そんな彼女の目の前にはいつの間にか目の前に車が停まっていた。

彼女は黙って車に乗り込む。


その車の中には、白衣を着た女性がいた。

彼女は白黒の少女に話しかける。


「買い物はどうだったの

       ————————"セカンド"」


問いかけられた少女は——————


「いい出会いができた。収穫。」

「出会い……?買い物じゃなくて…?」


白衣を着た女性は困惑した表情を浮かべていた。



そんな彼女に見向きもせず、白黒の少女はは足をパタパタと揺らし、満足そうな笑みを浮かべていた。

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