第2回 メイドの料理を食べてみようの会

晴天。

陽の光が差し込み暖かい室内。

実際の外は9月始めという事もあり灼熱の外だが、エアコンが効いている部屋に入ってくるのは陽の暖かさのみ。

そんな中俺は—————


「どうぞ。ご主人様。」


有栖との2回目の“お食事”が始まろうとしていた。


「ありがとうございます。」


俺はテーブルを眺める。

それは以前とは比べ物にならないほど上達したといえる料理達が並べられていた。

いや、前回のお弁当も美味しかったんだけどさ。


でも、お弁当のクオリティは限界がある。

目の前に広げられた出来立ての手作り料理に俺は感動すら覚えていた。


事の発端は有栖からの提案だった。


俺が北海道に行くことに向けたエールと、前回のリベンジを含めて出発される前に手料理を食べてもらいたいと、提案されたのだ。


俺は有栖の手料理が美味しかった事、また前回はお弁当で妥協していたこともありすぐに了承した。


元々有栖から食べたい料理を聞かれていた為か、並べられた料理は俺の好物の中華料理ばかり。


いや天才じゃん。

本当にメイドじゃん。


左から麻婆豆腐。レタス炒飯。エビチリ。中華スープ。

どれもこれも美味しそうで、食欲をそそる香りを放っている。

前回のお弁当も美味しかったが、今日は一段と気合が入っているというか、本気を感じる。


「では、いただきますね。」

「どうぞ。召し上がれ。」


俺はレタス炒飯から口にする。

うん。うまいな。というか感想がそれしか思いつかない。

俺料理に詳しい人間じゃないし。


しかし前回のお弁当も美味しかったけど今回は前回の何倍も美味しくなった気がする。

なんだろう、味付けを変えたのかな?

そんなことを考えていると有栖がずっとこちらを不安そうな目で見つめていることに気づく。

あ、食べてから何にも言ってないな。

とりあえず美味しいのは事実だし伝えておくか……。


「おいしいですね。また一段と料理の腕を上げましたね。」

「ありがとうございます。うれしい限りです。」


俺の感想に無表情で返す有栖。

もうこれくらいは当たり前ということだろうか。

俺は炒飯で少し乾いた口を中華スープで潤す。

ん?この中華スープ……

美味いな…。


“少し赤みかかった”中華スープは鳥と野菜の出汁だろうか。なんか中毒になりそうな味だな。

おかわりがあればもっと飲みたいほどだ。


「これも美味しいですね。このスープの赤色の元は何ですか?」

「私がご主人様に向けた愛です。」


うん……? まあそういうことにしておくか。

前回のお弁当の時からだが、有栖は料理関連で答えたくない質問には”俺への愛”や”私”と答えることが多い。

ごまかし方が下手すぎる。

でも有栖の料理って今まで食べたことが無いような味付けなのにすべて美味しいからびっくりなんだよな……。

本当にどんな食材を使っているか気になる。


そんなことを思いつつ次はエビチリを口にする。

うめえ……。

俺エビ好きなんだよな……。


有栖が調理したエビチリは程よい辛さでプリプリとした海老の身が食欲をそそる。

最高だなこれは。


「数週間でこんなに料理の上達ができるものなんですね。」


俺は有栖を率直に褒める。


「ご主人様の為に頑張りましたので。ご主人様に美味しいと思っていただけて光栄です。」


未だ無表情を貫く彼女だったが、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出している。

俺はそんな彼女を微笑ましく感じながら最後の料理”麻婆豆腐”を口にする。


結構辛いけど、辛い物好きな俺にとってはちょうどいい辛さだな。

こういうのは四川風っていうのかな?

炒飯とも合って食欲が増進する。


少し量が多いかなって思ってたけどそんなこともなく、すぐに完食しそうだ。

その時だった。


「ご主人様、麻婆豆腐は美味しいですか?」

「ああ、美味しいで……。」


その瞬間、俺の背筋が凍り付く。

有栖からただならぬ雰囲気を感じる。

え、怖い。

何か地雷を踏んだか?

直ぐに褒めなかったから……?


穏やかな雰囲気から一点、殺伐とした雰囲気となった一室。

このままだとまずい……これは”作戦H”だな。


「有栖。この麻婆豆腐は今まで食べたことがない美味しさで驚きました。」

「そうなのですか。」

「そうです!特に辛さが絶妙で私好みの味です。」


“作戦H”

それは名付けて『褒めちぎって幹部の機嫌を直そう!』だ。


最近気づいたことだが、幹部達のほどんどが褒められると機嫌が良くなるのだ。

俺はそれから、幹部たちの機嫌が悪い時によく褒めるようになった。

褒めて伸びるタイプなのかもしれない。


今回も褒めまくれば機嫌も治るだろう。

効果が出ているのか、既に有栖から放たれた冷たい雰囲気は少しずつ収まっていた。


「一番気になったのは麻婆豆腐に使われた”ひき肉”です。あまり食べなれてないような風味がしました。

————他の”ひき肉”とは違った旨味が凝縮されていて私はこの”ひき肉”が”一番好き”ですね。

ほかの料理でも食べてみたいです。」


最後に、一番気になっていた麻婆豆腐に使われている”ひき肉”について美味しいと褒めて今回の”作戦H”を終了する。


その時だった。


「それ、本当ですか……?」

「はい……?」


有栖の雰囲気が一変する。

穏やかでも冷たくもない雰囲気。

まるですべてが狂ったかのような。


「”ひき肉”。一番好きって……」

「ええ。あまり食べたことがないひき肉で、私は一番好きですね。」

「好き。好き好き……。」


有栖は急に舌をうつむいて壊れたロボットかの様に独り言を永遠と喋りだした。

怖いんだけど。


「有栖?大丈夫ですか?」

「……っ!大丈夫です。問題ないです。」


俺の声掛けに有栖は普段通りの無表情に切り替わる。

あれ……気のせいだったのか……?

有栖の変わり様に少し不安に感じた俺だったが、彼女はそんな俺をよそに続ける。


「ご主人様。今日の感想をいただきたいのですが…。」


彼女は完全にいつもの様子に戻っていた。

俺はそれに安堵しながら有栖に今日の感想を伝える。


「今回もすべて美味しかったです。特に麻婆豆腐とスープは格別でした。一度私は北海道へ向かいますが、帰ってきたらまた何か食べさせてくださいね。」


俺は忖度のない感想を伝える。

実際すべて美味しかったし、帰ってきたら毎日作ってもらいたい。


「ありがとうございます。今後の励みになりそうです。」


有栖は社交辞令といった様子で俺の感想を受け止める。

うん。今日も仲良く話せたな!


そんなことを思いながら、俺はふと部屋の時計を見る。

時刻は13時45分。

やばい。14時から九頭竜たちと会議の予定が入ってるんだった。

俺は立ち上がり有栖に伝える。


「すみません。これから九頭竜たちと会議があるので、急で申し訳ないですが失礼します。」。

「わかりました。お気をつけていってらっしゃいませ。」


俺は急いで会議に向かう準備をする。

彼女はそんな俺に対して律儀に礼をする。


「すみませんが、後片づけの方を宜しくお願いします。」


俺は片付けを有栖にすべて擦り付け部屋を後にした。

背後から一瞬寒気がしたが気のせいであってほしい。




———————————————————


有栖との”お食事”を終え、自室のドアを開く。

そこには———


「ボス。お疲れ様です。」

「お先に失礼してるわよ。」


なぜか俺の自室に置かれたソファに座っている幹部達4人がいた。

正面から右の台には紗月、左の台には平田と桐野、正面の台には九頭竜が座っていた。


え、いつの間に俺の部屋はプライバシーが無くなった?

ていうか、北海道の件の話し合いなのになんで平田と桐野もいるんだよ。


俺の疑問に答えるかのように平田は話しだす。


「やはりボスの補佐として作戦の把握は必須かと思いまして。」


そんな平田の発言に桐野は続ける。


「暇だからきました!!」


うん。まあ、平田はわかるけど……。

桐野は論外だろ。


そんな俺の視線に気づいた桐野は、ぷくっと頬を膨らます。

ちょっと、可愛いかったからやめてくれ。


そんな俺たちの様子をみた紗月は間に割り込むかのように話しかける。


「まあ、いいじゃない。賑やかになるだろうし。」

「この二人に何言っても無駄ですよ。」


紗月の言葉に九頭竜も同意しながら、二人は諦めたと言った表情だった。

なるほど。この二人も、なかなかに苦労しているようだ。


九頭竜と紗月の力をもってしても変わらなかったということは潔く諦めたほうがいいだろう。


俺はそう思い、九頭竜の隣へ座ろうとする。


「ちょっと。ボスの席はここよ。」

「はい?」


そんな俺の腕を掴んで、「ここに座れ」とソファの座席を手で軽く叩く紗月がそこに居た。

なんで?


九頭竜をふと見る。

彼は俺に対して首を横に振る。

そうですか……。


俺は九頭竜の様子をみて諦めて紗月の隣へ座る。

その瞬間、彼女は俺の左腕に抱きついてきた。

そして、体を俺に預けるように寄りかかってくる。


俺は一瞬驚いたが、最近の女性幹部達に似たようなことをされてきた俺にとっては慣れたものだった。

腕組まれたら逃げれないのが唯一怖いけど。


そんな中、平田と桐野の視線に気づく。

二人は親の仇の様に俺を睨みつけていた。

いや、そんなに紗月の隣がいいなら3人で仲良く座りなよ。このソファ3人用だし。


そんな事を考えていた時、九頭竜が話を始める。


「今回、北海道に行く日時が決定しました。」

「おお!いつですか?私も行きます!」


九頭竜の言葉に桐野が便乗するかの様に話す。

いや、桐野は留守番です。

俺がそう思ってると、桐野は紗月に指摘され少し落ち込んでいる様子を見せていた。


しかし、決まったのか。結局早かったな。

そんな簡単に宿や飛行機が取れるのか。

俺は九頭竜の早い行動に関心する。


「日程は9月10日から9月15日の五日間。滞在場所は今回の友好対象者が住む○○町の隣に属する市街地の旅館だ。」

「旅館?いいじゃない。雰囲気出るわね。」


旅館はいいね。正直ホテルより好きだな。

温泉に浸かりたいな……。


「今回滞在する旅館は我々の息がかかっている。そのため他の利用者は存在しない。安心して滞在することができる。」


マジで!?わざわざ仮面外す必要ないじゃん。


俺が懸念していた“人前に素顔を晒す事”を旅館内はしなくて済むと思うと一安心する。

この仮面、もはや体の一部になってるな。


「いいですね。私としてもそれは安心です。」


俺が話した瞬間だった。

(—————っ!?)


猛烈な腹痛に襲われる。

やばい、さっきの有栖の料理か?


俺は先程食べた麻婆豆腐を思い出す。

実を言うと辛い物は好きなのだが、食べると高確率で腹痛を引き起こす体なのだ。


このままだとまずい。

トイレに行かなければ俺は一生晒し者になるのだろう。


目の前で4人が言い争いをしているが全く内容が頭に入らない。

海?水着?何言ってんだ……?

あまりの腹痛に視界がぼやけ始める。

まずい。もう切り上げるしかない!

とりあえず言い争いを止めるか……。



「皆さん。落ち着いてください。ここは私の部屋なのですが……?」


俺の部屋だからもう出てってくれ。

俺はトイレに行きたい。

俺の声に4人は一斉に目を向ける。


とりあえず平田と桐野を帰らせよう。


「私が九頭竜と紗月を指名したのです。不満があるのなら私に言ってください。」

「い、いえ……。」


平田と桐野はなぜか泣きそうな顔をしている。

泣きそうなのは俺だよ。


「すみません。ボスの前でまたお見苦しい姿をお見せしました。」

「ごめんなさいボス!許してください!!」


そんな俺に二人は大袈裟とも言える謝罪をする。

いや、謝罪はいいから出てってくれないか。

会議を終わらせたいんだけど。


「ボス。私も悪かったわ…。少し幼稚すぎたわ。」


紗月まで俺に謝罪をする。

いや、何で言い争いをしてたかわからないんだけど……。

とりあえず許しておこう。


「いえ、分かっていただけるのならよかったです。」


俺の言葉に4人は安堵の息を漏らす。

漏らしそうなのは俺なのだが。


というか言い争いの理由はなんだ?

海にいきたいとか?水着って言ってたし。

それなら幹部達で勝手に行ってくれればいいのに。


俺は平田と桐野の二人に告げる。


「今回は九頭竜と紗月に同行してもらいますが、平田と桐野もいつかどこか(の海に幹部達と一緒)に同行してもらいますね。」


二人は俺の言葉にはしゃいでいた。

そんなに海に行きたかったんだな……。

ってそんな事考えてる場合じゃなかった。


————こいつらもう出ていく気しないし俺から出ていくしかないか。


「では、今日はこの辺にしましょう。私は一度北海道へ向かう準備をしてきます。————それでは。」


俺は4人にそう言って立ち上がり部屋を出て行く。

そしてダッシュで憩いの場へ向かった。





———————————————————




時は少し遡り、坂田が有栖の料理を食べて退出した場所に戻る。


坂田が退出した部屋にはメイド服姿の有栖と食器だけが残されていた。


「ふふ。はは。あははは。あははははははは!!!!」


高らかな笑い声が部屋中に鳴り響く。

笑い声の主は有栖だった。


彼女はテーブルに置かれた食器を眺める。

その瞬間、高揚感が訪れる。


「また、美味しいって言ってくれた。」


有栖は食器を重ねながら一人呟く。


「今日は自信作だったんですよ?ご主人様。」


そう言って彼女は自分の腹部を撫でる。


「私の事。1番好きっていってくれましたね。」


そんな有栖の顔、いや、全てが狂気で包まれていた。


「少し痛かったけど、“斬った甲斐がありました”」


彼女はメイド服の上半身部分を少し捲る。

————腹部が晒される。




そこには“赤く滲んだ大量の包帯”が巻かれていた。

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