殺意の波動
守護者会議室。
そこに8人の守護者達が円卓を囲う。
皆、緊張した面持ちで、沈黙を保っている。
中には物珍しそうな顔で周囲を見渡す者もいた。
実は守護者達全員が集まることは珍しいことなのだ。
彼ら守護者達は自由気ままな性格の者が多く、強制されたものでなければ守護者全員が揃うことは基本ない。
しかし今回、彼女の呼び出しに守護者全員が揃っていた。
自由気ままな守護者達が全員揃うのには理由があった。
理由は一人の少女"セカンド"からの連絡だった。
彼女は緊急という名目で守護者全員を呼び出した。
内容を聞かされていない彼らだったが、緊急と言われた話には心覚えがあった。
それはセカンドがエンプレスに送り出した"スパイ"の存在。
『そのスパイが何か情報を得たのではないか?』という考えが守護者達全員の脳裏を過る。
そして、それは無機質な声によって直ぐに証明される。
「みんな。集まってくれてありがとう。」
「いえ、緊急の話ならすぐに参りますよ。」
「そっか。」
セカンドと"姫"の他愛のない話に痺れを切らした男"サード"は発言する。
「わざわざ来てやったんだから下らねえことだったらキレるぞ。」
彼はそう言った後、セカンドを睨み付ける。
だが、そんな視線を受けてもなお、彼女は平然とした表情だった。
そして、セカンドは守護者達に対し、"あること"を話し出す。
それはまるでロボットのように
「スパイから。エンプレスに関する。重大な情報を得た。」
セカンドの発言を聞いた守護者達はやはりといった表情を浮かべる。
そんな彼らの表情にこれといった感情も見せないまま彼女は続ける。
「幹部か配下。どちらかわからないけど。"エンプレスのメンバーが北海道に行くらしい"」
その瞬間、部屋の空気が一変する。
一番最初に発言したのはサードだった。
「……北海道?あいつら何を企んでんだ?」
「不明。だけど私のスパイ。幹部が北海道に行きたかったと言っていたところ。盗み聞ぎした。」
「それで実際に行くかわからねえけどな。」
サードはエンプレスが北海道に行くことに疑いをかける
そこに彼の疑いを否定する声が響く。
「北海道に行くのは事実だと思いますよ。」
そう言ったのは黒髪を肩まで伸ばした、ハイライトが消した黒い瞳の女性だった。
「"フィフス"か……。なんの根拠があってそんなことが言える。」
フィフスと呼ばれる彼女は答える。
「エンプレスの幹部レベルの人間が個人で北海道に行くことは容易いことです。……そんな幹部が『行きたかった』っていうことは北海道に行けない理由があるんですよ。」
「いけない理由?」
サードは首を傾げて彼女に問う。
彼女は続ける。
「例えば、何かの作戦として北海道に行く際、その作戦がどうしても自分が実行したかった作戦だとしましょう。もし自分以外の組織の人間が行くことになったらどう思います?」
「それはムカつくな。」
「そうです。ムカつく……じゃなくて『その作戦は自分が実行したい』と思うはずです。」
「確かにそうだが……。」
「しかし、幹部は行きたかったと呟いていた……。ということはその幹部以外の"誰か"が北海道に行くことになったのでしょう。」
フィフスはそういうとサードに『どうですか』といった表情を見せつける。
「なるほどなぁ……。フィフスの言う通りかもしれねぇ。」
サードは納得したかのように頷く。
そこに一人の老人が意見を述べる。
「その幹部が選ばれないということは、幹部クラスの人間が今回の作戦に関わっているのではないか?」
その老人の見た目はもう、80歳を超えているのではないかと思われるようなシワだらけの顔。
しかし、その眼光は鋭く、まるで鷹のように鋭く光っている。
老人の言葉にフィフスは続ける。
「"セヴンス"の言う通りです。今回は幹部の誰か……もしくは指導者が行くのかもしれません。」
「指導者自らが表に出る可能性は極めて低いが……まあありえなくはなかろう。」
セヴンスはセヴンスは顎髭をさすりながら、まるでサードのようにニヤリと微笑む。
「姫。どうする?北海道。行く?」
セカンドは姫様に問う。
彼女の問いに姫様は少し考える素振りを見せ—————
「そうですね。私たちも北海道へ行きましょう。少しでも可能性を追求したほうがいいでしょう。」
彼女は守護者統括として全員に告げる。
守護者達の表情は皆一様に晴れやかだった。
それは、姫様の一言をまっていたかのような。
「しかし、奴らが北海道のどこへ、いつ来るかもわからねぇ。その点に関してはどうする?」
サードは少し面倒な顔をして、姫様に問う。
それに追従するかのように、他の守護者達も次々に不安の声をあげる。
そう、エンプレスが北海道に行くとわかったところで、日時や場所が不明のままでは彼らには辿り着けないからだ。
しかし、そんな心配な声をしり目に、安心しきった顔を見せる人物が一人。
「大丈夫。私のスパイ。聞いてくれる。」
そう発言したのはセカンドだった。
「今回奇跡的に情報を得ただけで、そんな簡単に幹部が情報を吐くとは思えないけど……」
フィフスはセカンドに、疑念をぶつける。
それもそのはず、作戦の関係者でもないただの配下が幹部に作戦の情報を教えるとは思えない。
そんな彼女の疑問にセカンドは、少し間を置いて 答えた。
「私のスパイ。幹部に名前を聞かれた。気に入られている可能性がある。」
「気に入られてるだけじゃ教えてくれないでしょ……?」
「幹部。結構頭が悪いらしい。そこが狙い目。」
セカンドの発言にサードは笑いながら答える。
「幹部が馬鹿?笑わせんなよ、あの犯罪組織の幹部がだぞ?」
「スパイ。数週間みた結果。これみて。」
そういってセカンドはサードに1枚の資料を渡す。
「なんだこれ……?『幹部桐野の失策行動リスト』…?」
そこにはスパイが目にした幹部の様々なミスやドジが書かれた書類だった。
「スパイが就いた幹部。ドジらしい。」
「ドジって言われてもな……」
サードはそう呟きながら書類に目を渡す。
どれもこれもくだらないものばかりだった。
「ん……?」
そこに気になる文が一つ。
「"配下に幹部しか知らない今後の予定・作戦を共有する"か……それも数週間で3回…。」
「そう。それが狙い。」
セカンドは無表情のまま、サードに指を指す。
サードはそんな彼女に笑いつつ話始める。
「こんな狙ったかのような馬鹿な奴が幹部をやっている理由は分からねえが……確かにコイツなら場所と日時を聞き出せるかもな。」
彼はそういうと姫様に資料を投げ渡す。
彼女は資料に目を通しながら続ける。
「今回はセカンドのスパイに期待をしましょう。もし情報を得られなければ数日後に誰でもいいので北海道で数日……いや、数週間の滞在をお願いします。」
姫様の言葉にセカンドは続ける。
「北海道。私。いく。」
そう発言する彼女は準備万端といった様子だった。
姫様はそんな少女に微笑みながら————
「なら今回の件はセカンドにお任せします。皆もよろしいですね?」
姫様の提案に守護者達は頷く。
彼女はその様子に満足した様子で深く頷いた。
「では、今後の話もしますか。」
姫様は思い出したかのように手を叩き話始める。
「エンプレス殲滅作戦について————————」
————————————————————————————————
坂田のアジト内に存在する自室。
そこに5人の幹部が集まっていた。
「皆さんわざわざ私の部屋に集まる必要はないのでは……」
自身の部屋で話し合いが始まることに胃を痛める坂田。
「申し訳ございません。しかし、もう始まったことを中断するのはよくないと判断しました。」
少し反省したかのように坂田に謝罪する平田。
「もともとは俺とボスと紗月の3人で話し合う予定だったんだが……。」
そういって少し頭を悩ませている九頭竜。
「私はボスの横で話が聞ければどこでもいいわ。」
周りのことなど何も気にせずに坂田の左腕にに抱き着いている紗月。
「私は暇だから来ました!!」
全く反省した素振りも見せない桐野。
……どうしてこうなったんですかね。
そう考える坂田の胃痛が加速した。
そんな坂田を知りもせず九頭竜は話を始める。
「今回、北海道に行く日時が決定しました。」
「おお!いつですか?私も行きます!」
桐野はついていくといった様子で問いかける。
「桐野ちゃんはお留守番よ。ボスが選んだのは九頭竜と私なの。残念。」
「ぐぬぬ……」
大人、そして選ばれた者として余裕といった様子の紗月。
何も言い返せずに桐野は口をすぼませる。
そんな二人の様子を見て、やれやれといった様子で九頭竜は続ける。
「くだらない言い争いはやめろ……。話を続ける。北海道に行く日程だが…」
彼は一つの資料を机の上に置き、話を始める。
「日程は9月10日から9月15日の五日間。滞在場所は今回の友好対象者が住む○○町の隣に属する市街地の旅館だ。」
「旅館?いいじゃない。雰囲気出るわね。」
紗月は嬉しそうに話す。
その様子をみて、九頭竜は続ける。
「今回滞在する旅館は我々の息がかかっている。そのため他の利用者は存在しない。安心して滞在することができる。」
「いいですね。私としてもそれは安心です。」
坂田は安心したといった様子で頷く。
そこに平田が呟く。
「9月10日ということは一週間後ですか。」
「そうだ。結構急ぎで申し訳ないが…ボスと紗月には早急な準備をお願いしたい。」
「大丈夫です。すぐに北海道へ向かう準備をします。」
「わかったわ。急いで水着を買わないといけないわね。」
九頭竜の言葉に坂田と紗月の二人は頷いて了承する。
その瞬間、冷たい声が降りかかる。
「「水、着……?」」
声の主は平田と桐野だった。
二人の瞳はハイライトが消え、紗月を睨んでいる。
その異様な眼光に紗月は一切動揺せず口を開く。
「あ、これ言っちゃいけない奴だったわね。いけないいけない。」
「お前わざとだろ……。」
九頭竜の呆れたような指摘に紗月は「てへっ」といった表情で少し舌を出し、右頬のえくぼを覗かせる。
その可愛らしい仕草によって二人のエンジンがかかる。
「紗月さんだけずるいです。今すぐ私も連れて行ってください。」
「私もボスと海に行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい。」
「怖……。」
九頭竜は平田と桐野の様子にドン引きといった表情を表しながら考える。
(まさか桐野まで兆候があったとは思ってもいなかったが……)
「そんな情緒だからボスに振られるのよ。お二人さん。」
紗月の煽りのような発言に、今でも殺し合いが始まるかのような空気が女性陣三人の中に生まれる。
————これはまずい。そう思った九頭竜は三人を止めようとする。
その時だった。
「皆さん。落ち着いてください。ここは私の部屋なのですが……?」
三人を超えるような殺気。
その殺気に幹部達は一斉に声の方向へと目を向けた。
そこには只ならぬ雰囲気を醸しながら話す坂田が存在していた。
「ボス……」
やっとのことで口を開けることができた九頭竜。
坂田は話を続ける。
「私が九頭竜と紗月を指名したのです。不満があるのなら私に言ってください。」
「い、いえ……。」
ボスが珍しく怒っている。
4人の脳裏にその考えが生まれていた。
平田と桐野は、坂田の変わり様に動揺する。
二人はすぐに坂田の前に直立し————
「すみません。ボスの前でまたお見苦しい姿をお見せしました。」
「ごめんなさいボス!許してください!!」
まるで坂田に媚びを売るかのように謝罪した。
平田と桐野は冷や汗をかきながら頭を下げる。
((まさか、ボスがここまで怒るなんて想像もしていなかった……!!))
二人の額には大量の汗が浮かんでいる。
「ボス。私も悪かったわ…。少し幼稚すぎたわ。」
そんな二人に紗月も続いた。
そんな3人の様子を見た坂田は話し始める。
「いえ、分かっていただけるのならよかったです。」
いつの間にか坂田から発せられていた殺気は消え失せていた。
4人は安堵の息を漏らす。
と、同時に恐怖も感じていた。
これが、本物の殺気だと。
未だ少し怖がる平田と桐野。
その二人に気づいたのか、坂田は続ける。
「今回は九頭竜と紗月に同行してもらいますが、平田と桐野もいつかどこかに同行してもらいますね。」
そういった坂田から発せられる空気は先ほどとはうって変わって明るい空気を醸し出していた。
「ボス……!ありがとうございます!」
「うれしい!ありがとうございますボス!!」
二人は安堵と嬉しさが混ざった感情で喜び、敬礼する。
九頭竜と紗月はその様子に一安心する。
「では、今日はこの辺にしましょう。私は一度北海道へ向かう準備をしてきます。————それでは。」
そう言って坂田は立ち上がり部屋を後にする。
それは悪の指導者としての姿そのものだった。
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