狂人2人と違和感
有栖が目覚めてから数分後、隣の病室で寝ていた平田も目を覚ましたと報告があった。
俺は有栖に「平田の様子を見てくる」と一声かけ、平田がいるであろう隣の病室へと入る。
そこにはいつもより少し疲れた様子の平田がいた。
「目が覚めたと聞いて来たのですが……。大丈夫ですか?」
「ボス!?ご迷惑をおかけして申し訳ございません!もう大丈夫です。」
そういって平田は起き上がる。
「あまり、無理しないでくださいね。」
「無理なんてとんでもないです!元気です。」
そういって平田は笑顔を見せびらかす。
「先ほど有栖にもお聞きしたのですが……”なぜあの時急に頭を叩きつけたのですか?”」
俺の問いに平田は明らかな動揺をしていた。
「————あ、あの時は…少し予想外なことが起きてびっくりして叩きつけちゃいました……。」
そう言って、てへへといった仕草をする平田。
ダウト。
予想外なことが起きても、気を失うまで机に頭を叩きつける奴がいるわけがないだろ。
有栖に聞いた時も同じような反応されたし、二人で何か内々の約束が結ばれているのだろうか。
「そうですか。急にあんなことをするので驚きましたよ。」
「あはは……すみません…」
平田は平笑いをして答える。
「あなたは(俺が捕まった際に告発するための)大切な存在なんです。何かあればいつでも私に言ってくださいね。」
「ボス……。ありがとうございます。」
平田は顔を赤くして答える。
あれ?また怒らせたか?
お前如きが指導者顔するなって顔だ。
一応形式上は指導者をやらせていただいているんですが……。
そんな他愛のない話をしているところに病室のドアが開かれる。
病室に入室してきたのは有栖だった。
先ほどまで病衣姿だった彼女はいつの間にか普段のメイド服に着替えていた。
「ようやく起きましたか。”自称お隣さん”」
「やめてくださいよ…お互い様でしょ。”自称メイドさん”」
二人の会話に猛烈な圧を感じる。
二人ってこんなに仲悪かったっけ。
会議の時に二人で何かを企む様子が見えたんだけどな…。
俺の勘違いか?
ふと平田と有栖を見るとお互いに互いを親の仇かの様に睨み合っている。
怖いよ。
適当に何か偉そうな事言ってやめさせるか……。
「二人とも戯れは後にして、今はお互いが無事なのを喜びましょう。」
「戯れなんてものじゃないですが…ボスが言うなら引き下がります。」
「ご主人様の命令であれば。」
そういって二人はいつもの調子に戻っていく。
俺の言葉に素直に従うなんて珍しいな。
俺は二人の変わりように思わず笑ってしまう。
「ボス?」
俺が笑う姿に二人とも物珍しそうな顔になっていた。
「いえ、二人がいつもの調子に戻ってくれて良かったと思いまして。」
俺は少し笑いながら二人の問いに答える。
「今日は素直に従うんですね」なんて言った時には最期—————
有栖が腰に携えたダガーが飛んでくるだろう。
「私もボスに見守ってもらえて嬉しかったです!」
「ご主人様の御心使いに私も嬉しく感じます。」
2人は笑みを浮かべながら俺にそう答えてきた。
俺はその言葉を聞いて、少し恥ずかしさを感じつつも社交辞令だと言い聞かせて続ける。
「私が北海道に居る間は任せましたよ。」
任せるから知らぬ間にガーディアンズや警察に捕まってないかな。
帰ってきたら組織が丸ごと無くなってるとか。
「お任せください!私もボスの帰りを待っています!」
いや、待たなくて良いよ。捕まってれば。
「ご主人様が戻られる時には、美味しい料理を作ってお待ちしております。」
あ、それは食べたいかも。
有栖の料理美味しいし。
「では、2人も元気に戻った事ですし、私は用事を済ませにいきますね。」
「わかりました!お気をつけて!」
「行ってらっしゃいませ。ご主人様。」
そう言って病室を後にする。
“あいつ”に頼んでたもの取りに行かなきゃな……。
俺は目的の物を貰いに行くためにアジトを出た。
————————————————————————————
坂田が退出した病室。
そこには、殺伐とした空気が満ちていた。
「ご主人様、行っちゃいましたね。」
「そうですね。」
2人の会話は、どこかぎこちない。
「私達、本当に選ばれなかったんですかね。」
平田は肩を落としながら呟く。
「ご主人様の考えもわかります。確かに今回の作戦は九頭竜と紗月が1番適正だとも考えられます。」
淡々と話す冥土に平田はため息を吐く。
「それはわかるけど……。やっぱりボスと海で“キャッキャウフフ”したかった!!」
「いつの時代の子供ですか……」
声を荒げる平田を冥土は呆れたかのに見つめる。
「じゃあ冥土さんはしたくないの!?ボスとキャッキャウフフを!」
「したいに決まってます。」
「仲間じゃん!!」
冥土の即答に平田は壮大なツッコミを入れる。
そんな冥土は、平田との言い合いに飽きたようで小さく呟く。
「ご主人様、私の事なんか眼中に無いのでしょうか。」
その瞬間、平田の明るい表情が少し暗くなる。
「そんなことないと思うよ。ボスは冥土さんの事も大事に思ってるはず。ただ、優先順位が決まってるだけで……」
その言葉に続くように彼女はいつもの天真爛漫な表情に戻る。
それを見た冥土は無表情になり—————
「まあいいです。私は来るべき時のために料理の練習をするだけです。」
無表情な冥土の目はどこか狂気に満ちていた。
「今度は、"どこ"を調理するの?」
平田は恐る恐る彼女に“次の食材”を聞いてみる。
「次ですか?まだ決めてはいないですが……多分————ですかね。」
「……。本気?」
「本気ですよ。私はご主人様にすべて余り残さず食べていただきたいので」
冥土は自然と笑っていた。
それを見た平田は小さくため息をつく。
「まあ、冥土さんがそう言うなら私は何も言わないけど……」
彼女はそれ以上は何も発さなかった。
2人の静かな空間には、平田のため息だけが残るのだった。
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薄暗い地下室。
様々な薬品が陳列され机には薬品を作るための実験器具が所狭しと並んでいる。
棚のあちこちには、瓶詰にされた生き物たち。
そして──それを愛でるように、あるいは観察するように佇む男が一人。
そこに淡々とした声が響き渡る。
「————野々村、調子はどうですか。」
「主殿か。」
目の前に現れたのは我が主殿。
仮面の奥底には知性の光が宿っているが、どこか狂気も孕んでいるように感じる。
「調子はまあまあかと……。歳の割には体も動きます。」
そういって体を伸ばす。
「そうですか。それはよかったです。」
目の前にいる主殿は満足したかのように頷く。
儂は話の本題に入る。
「ところで……今日はどういったお話で?」
主殿は思い出したかのようにに手を叩く。
そして、指を一つ立て……
「"頼んでいた例の薬を取りに来ました"」
「例の薬ですか。そういえば頼まれておりましたな。」
そういって様々な薬が入った木箱を棚から取り出し、主殿の前に置く。
そして、その箱を開け……
紫色に染まった液体が入った小さな瓶を渡す。
それは“自分の顔を他人に認識できなくさせる薬”だ。
簡単に言えば薬を含んだ人物の顔は他人からのっぺらぼうのように見えるが、それが当たり前かのように認識させる。
主殿のように顔を隠したい人がどうしても表に顔を出さないといけないときなどに使用するのが一番だろう。
薬を手に持ち確認するように眺めたあとに懐に入れる主殿。
「ご苦労様です。助かりました。」
主殿はそういって、軽く頭を下げる。
儂は主殿に頭を下げられることに恐縮してしまうが、それを表情には出さないようにする。
「お役に立てて光栄です。」
儂は頭を下げる。
主殿は「そういえば」と言葉を漏らし、儂に質問してきた。
「最近、私以外の幹部で薬の依頼をしてきた方はいますか?」
そんな主殿はただならぬ雰囲気を出しており、儂は冷や汗をかく。
幹部で最近薬の製薬を依頼してきたと言えば……
「"冥土"が最近薬の依頼を一つしたはずです。」
「冥土ですか。意外ですね。」
主殿はそういって顎に指を置き考え込む。
しかし、その様子はすぐに解かれる。
「わかりました。それだけ知れれば大丈夫です。」
そういって背を向けて出口へと向かう主殿。そして、その去り際に声が部屋中に響き渡る。
「可能なら————の作成をお願いしてもいいですか?」
「————ですか。」
"——"か…あまり人間に使用するのはお勧めしないが……
「北海道から帰ってきた後に使用したいので。」
「なるほど……。承知しました。最善を尽くします。」
「ありがとうございます。期待しています。」
主殿はそう言って研究室を退出する。
研究室は再度静寂に包まれた。
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「はあ……。」
自身のアジトに戻ってきた桐野は一人ため息を吐く。
桐野は配下に荷物を預けると一人自室へと向かう。
自室に入った彼女は一言。
「北海道行きたかったなぁ…。」
最初から期待はしていなかったが、いざ選ばれないと少し悲しいものだ。
私はほかの幹部と違って戦闘力も無ければ頭脳もない。
なぜ幹部に選ばれているかすらわからない。
以前ボスに聞いたことがある。
『何故私を幹部に選んでくださったのですか?』
私の質問を聞いたボスは—————
『あなたの力が必要だからですよ』
今でもそう言ってくださったことを覚えている。
だからこそボスのために、そして私の目的の為にも北海道行きを勝ち取りたかった。
しかし結果はこの様だ。私は選ばれなかった。
私以外の幹部は優秀だ。頭脳明晰、戦闘力も高い、おまけに美人ときたものだ。
唯一私が勝っているとしたら若さだけだろう。
でも平田さんも冥土さんも選ばれなかったのは意外だった。
あの二人はいつも互いが側近として争っていたし、実際ボスも二人のどちらかと何度も行動していたからだ。
まあ選ばれた九頭竜さんと紗月さんについて改めて考えてみると今回の作戦に適しているのは間違いないんだけど。
「私もいつか一緒になりたいなぁ…。」
桐野は小さな声で呟く。
そんな時だった。
自室のドアが小さくノックされる。
「入ってきていいよ。」
桐野はドアの向こうにいる相手にそう声をかけた。
すると、ゆっくりとドアが開き、一人の少女が入ってくる。
それは、“最近新しく加わった配下の一人”だった。
「お食事をお持ちしました。」
配下はそう言って桐野の前に料理が乗ったトレーを置く。
「ご苦労様。もう出てっていいよ。」
「かしこまりました。」
桐野がそう言うと、配下は部屋を出て行こうとする。
その時だった。
「キミ、名前は何て言うの?」
桐野はふと目の前の配下に声をかける。
配下は桐野の声に振り返り答える。
「私ですか?配下に名はありません。」
「そうだっけ?そうだったかも」
「———また何かありましたらお声掛けください。」
配下はそう答えると部屋から出て行った。
(あんなに目が綺麗な配下、はじめて見た。)
エンプレスの配下は皆、一度洗脳と記憶改変をされ無事配下となる。
そのため配下は基本的に正気を失っている。
桐野は、あの配下のことが気にかかりながらも食事を口にする。
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物静かな廊下。
そこには先程まで桐野に食事の配膳をしていた少女がいた。
「……。」
彼女は周囲に誰もいない事を確認する。
そして、小さな通信器具を取り出す。
『もしもし。こちら。“セカンド”』
通信器具から聞こえてくる声。
その声の主は、どこか幼げな、しかし無機質な雰囲気を残した女性の声だった。
「セカンド様ですか。こちらコードネーム0612。重大な情報を得たので通信させていただきます。」
『重大な情報?』
彼女はどこか不審そうな声で尋ねる。
セカンドのそんな声を聞いた少女は続ける。
「エンプレスの幹部達が北海道に向かう可能性がございます。」
『北海道?』
通信器具からは無機質な声が鳴り響く。
それは、今後の運命を大きく変える密告だった。
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