カニバリズム

会議室を出た俺は九頭竜と紗月に連れられ、俺の部屋に入る。

なんで俺の部屋なんだよ。

会議室残っていればいいじゃん。


俺はそんなことを思いながらソファに座る。

それに続くように九頭竜と紗月も座る。

紗月に関しては俺の隣に座ってくる。


女性幹部は隣に座らないといけないルールでもあるのか?

俺モテモテじゃん。


そんなことを考える俺を他所に九頭竜が話を始めた。


「さて、北海道での我々の作戦を練りましょう。」

「ちょうど邪魔もいないしね。」


九頭竜と紗月は楽しそうに話し始めた。

なんか怖いけど二人が楽しそうならいいか。

なんだかんだ北海道に行くのが楽しみなのだろう。

俺は思い出したかの様に話しかける。


「そういえば、二人とも私の指名に快く承諾してくれてありがとうございます。」


俺は二人に深々と頭を下げた。

正直俺と旅行なんて生きなくない幹部ばかりだろうしな。

大人で冷静な判断ができる二人に感謝だ。


俺が頭を下げていると

「我々幹部全員ボスの命令ならば何事にもついていきますよ。」

「そうよ。あなたは私たちにとって神様みたいなものだもの。」


さすが二人ともお世辞が上手だな。

これが大人の余裕というやつか。

俺も見習いたい。


「そうですか。ありがとうございます。」


俺は二人のお世辞に乗る。

そのまま九頭竜は続ける。


「ではまず、滞在期間ですが……4日から5日間と考えております。」

「そうね。あまり長居もできませんからね。」


4泊5日なら北海道を満喫できるかな。

でも、北海道と一口に言っても広いからな。


まあ、まだ時間はあるんだし……ゆっくり考えればいいか。


まずは……札幌に行ってみたいなぁ。

あとは小樽も行ってみたいし、旭山動物園も行ってみたい。あと、美瑛の青い池にも行ってみたいなぁ。

全部は無理だろうけど。


作戦って言って誤魔化して色々周るか。


そんなことを考えていると紗月が話し始める。


「ボスも言ってたけど……対象の相手は九頭竜に任せていいの?」

「はい。基本的に対象の相手は九頭竜に行ってもらいます。まぁ何か問題が起きた場合は私か紗月が都度対応する形でお願いします。」


「承知しました。」

「わかったわ。」


二人は俺の言葉に納得した表情を見せた。

まあ、九頭竜が言葉巧みに誘ってくれれば何も問題は起きないだろう。

最悪争うことになったら紗月もいる。

俺は気楽に北海道を楽しめばいいや。


そんな俺の横で紗月が呟く。


「北海道だし……海に入りたいわね。」


俺はそんな言葉に反応する。


「海ですか。いいですね。3人で入りますか?」


俺の言葉に紗月は目を丸くする。


「ボスも海に行きたいの?」

「行きたくないといえば嘘になりますね。まあ息抜きというのも大切ですよ。」

「ボス、素直に行きたいと言ってください。」

「そっか!なら立派な水着を買わないといけないわね……。ボスにお見せするものだし。」


海に行くという話に3人とも楽しそうな雰囲気で話している。

それはまるで友人同士が旅行のスケジュールを組む様だった。




————————




「さて……私は一度失礼します。」


そういってボスは立ち上がる。


「ボス?どうしたの?」

隣で座っていた紗月は名残惜しそうに話しかける。


「"彼女"がそろそろ目を覚ます頃かなと思いまして。」

「ふぅん…そう。」

「すみません…。それでは」


そう言ってボスは部屋を後にする。


部屋の中には九頭竜と紗月が取り残された。


「……。少し妬けちゃうわね。」

紗月はボソッと呟く。


「今回の件に関してはお前が勝ってると思うがな。」

九頭竜はそんな紗月に言い返す。


「そう?まだ私にもチャンスあるかしら?」

「……。第一問題にボスにそんな感情があるのか?」

九頭竜は自身の疑問を投げかける。


「あるわよ」

「理由は?」

「だって……

   一人の男の子ですもの。」


そう答える彼女の顔は、恋する乙女を連想させた。





————————




目が覚める。

私は真っ暗な空間にいた。

一切の光が遮断された暗闇。


――ここは何処? 私、今まで何してたっけ……? わからない。自分が何をしていたのか思い出せない。


そんな時だった。


「……っ。」

猛烈な頭痛が私に襲い掛かる。

それと同時に私の過去の思い出が走馬灯のように駆け巡る。


(そっか……まだ“私”が“私”だった頃の記憶も残ってたんだ……。)


それは、私が“ご主人様”に出会う前の思い出。


————————




それは、私がまだ学生だった頃。


私の家族は家庭崩壊をしていた。


父は母が亡くなってからそれを誤魔化すかの様に働きもせずギャンブル中毒になった。

そのため父には多大な借金が課せられていた。


それを知った私は父にギャンブルを止めるよう説得したが、それも無駄に終わった。

もう父親には破滅しか見えていないのだろう。このままだと何をされるかわからない。

ギャンブルのために身体を無理矢理売らされることも恐れた。


私は一刻も早くこの家を抜け出す事に決めた。

しかし、一つ問題があった。


『大丈夫?お姉ちゃん?』


それは弟の存在だった。

私がいなくなれば、弟の身に危険が迫るだろう。何の罪もない弟をこんな場所に置き去りにするわけにはいかない。


私は必死に働き、家を出るために金を稼いだ。

朝から深夜まで掛け持ちで働く。

吐きそうにも死にそうにもなったが、私と弟の幸せの為と思えば辛さも消えていった。

それは小さな希望だった。


でも、その小さな希望は簡単に壊された。


深夜1時。

いつも通り夜勤から帰ってきた私の耳に響いたのは“ナニか”を切るような音だった。


それは肉のような、骨のような、とにかく私では今まで聞いたこともないようなものだった。


私は恐怖心で震えながらもその音がなる方向へと歩いていくと……そこには小さな明かりに照らされた父が立っていた。

そんな父は私に微笑みながら話しかける。


「遅かったじゃないか。“有栖”。」

「お父さん……。」

「まあいい…。———お父さんな、今日は久しぶりにご飯を作っているんだ。」


そんな事を言う父親の横には大きな鍋が置かれていた。

そして、その足元には“ナニか”があった。

それは人の形をしていて、内臓が露出し、骨も見えている


父に、これ何?と聞くと、父は笑顔で答えた。


「肉だよ」



“肉”



それは紛れもなく弟だった。

同時に猛烈な吐き気に襲われる。

咄嗟に口を手でおさえるが間に合わずその場に吐瀉物を撒き散らす。


「あ〜あ。なに吐いているんだ。汚いじゃないか。」


そう言って父は私が吐き出した吐瀉物を片付ける。


私はそんな父に問いかける。


「お父さん……なんで、そんな事を……」


私の問いに父は悩む素振りも見せず———


「こいつが変に俺に楯突いてきたから分からせただけだ。」


そう答えた。


「だからって、そんな、」

「なんだ?お前こいつの肩を持つのか?」

私の言葉を遮るように父が言う。

いつのまにか父の手には包丁が握られ、その切っ先が私の方を向いていた。


“狂ってる”

こいつは人じゃない。自分の息子を平然と手にかけるような人間なんて最早人ですらない、得体の知れない化け物だ。


「こいつの肩を持つなら、お前も殺してやるよ。目障りだからさ」


そう言って父は包丁を振り上げた。


迫りくる包丁を前に私はどうすることも出来ない。


“なんで” なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……

私何も悪い事してないのに……まだ死にたくない……こんな所で死にたくなんてない……!


「嫌!」


私は咄嗟に父親を押し返す。

そのまま二階へ駆け込む。


「待ちやがれ!」


父親が追いかけてきた。

私は必死に逃げ回る。


だが、いつまでもつか分からない……このまま逃げてもいずれ捕まるのは時間の問題だ……


(嫌だ、死にたくない!私まだ生きていたい!!)


あの化け物が怖くて堪らないけど、それでも死ぬよりはマシだ。


私は母の部屋に閉じ籠る。

ドアには鍵をかけたが、破られるのも時間の問題だろう。

父親がドアを何度も叩く。


「有栖。ここにいるんだろ?出てきてくれ。」


もう限界かもしれないと思ったその時だった。

ナイフのようなものが母の机の上に置いてあるのに気づいた。

それはナイフにしては見た目が小さく軽い。

鞘を抜くとまるで人を殺すために作られたかのようなな細い刃が出てきた。

それを見た瞬間、私は理解した。


これは母と弟からの最期のメッセージだと。


私は今日、初めて人を殺すことになるだろう———


目の前にある短剣を持ち、ドアに手をかける。


ドアを開けると父は満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。

しかしすぐに険しい表情になる。

それもそうだろう、私の握る短剣が父には見えているのだから。


「有栖……まさか……。」


父が声を震わせながら呟く。

私はそのままゆっくりと父に近づく。


そして、そっと父の心臓に短剣を突き立てた。

父は口から血を吐き出すとその場に倒れる。


父が倒れたと同時に私の手には生暖かい人の血の感触が残る。

それはまるで夢の中で人を刺した時のように現実味がなかった。


しかし、間違いなくこれは『殺し』だ。それも自分の意志でやったことだ。

私はこの手で父親を刺殺したのだ。その事実は変わらない……


私はその場に崩れ落ちるように座り込み、自分の両手を呆然と眺める。

私が人を殺めた……その事実に呆然としていると、ふと弟のことを思い出す。


私の唯一の希望が亡くなってしまった。

私は弟と一緒に生きていたかった。


「……。」


私は一階に降り、かわいい面影が亡くなってしまった弟だったモノを抱きかかえる。

大量の血液が私の服を、手を赤く染めていく。

鉄臭い匂い、 生暖かい感触、 体温のなくなった死肉。


そんな時だった。

私の脳裏に一つの名案が浮かびだす。


「一緒になる方法…一つだけあった…。」


私は抱きかかえていたモノを短剣で切り裂いていく。

肉を切り、骨を断ちながらバラバラにしていく。

そして、そのバラバラになったモノを大きな鍋に入れていく。


「これで一つになれるよね……。」


私は赤く染まった鍋をかき回す。

ぐるぐると……ぐるぐるぐるぐるとかき混ぜる。

グツグツと煮込み、かき混ぜて、かき混ぜていく。




————————



「……っ!!」


私ははっとしたような感覚に襲われ目を覚ます。

私はベッドに横たわっていた。

ここは…アジトの病室内…?


私はゆっくりと身体を起こした。

頭が痛い。身体が重い。

まだ、記憶が混濁している……。


曖昧な意識のまま聞き慣れた声が耳に響く。


「起きましたか、"有栖"」


そこには


「ご主人様……。」


私の目の前には新たな"希望"が座られていた。


「大丈夫ですか?随分とうなされていましたが…。」

「……昔の夢を見ました。」

「そうですか。」


ご主人様は私に追求することもなく、その場で私を見つめている。

病室には私とご主人様の二人きり。

なんだかそれが居心地が良く、どこかくすぐったくて。

つい、顔がほころんでしまう。


「どうしたのですか?急に笑い出すなんて珍しいですね。」

「いえ、気になさらないでください。」


いつも無表情の私を心配してか、ご主人様が少し慌てるような姿を見せる。

そんなご主人様が私を見つめながら話しかける。


「今度、有栖の料理食べさせてくださいね。」

「————!!はい。お任せください。」


全く。ご主人様にはかなわない。

任せてください。ご主人様。


"食材"はまだまだありますから———


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