守護者達と隠し味

とある大きな一室。

室内には部屋の象徴を表すかのような円卓が置かれ、その周囲には8人の老若男女が席に座っている。

部屋の空気は重く、誰も一言も話さない。


「…………」


しかし、そんな重苦しい雰囲気の中、楽しそうに微笑んでいる人物もいる。


そんな時だった。


「では、これから報告会を始めます。」


そう言って開始の合図をしたのは、この会議の主催者である1人の女性だ。

彼女は金に染まった髪肩まで靡かせ、輝かしいオーラを見にまとっていた。

そして、今この場に居る全員の顔を見回して発言する。


「まずは皆、急な召集に応じてくれてありがとうございます。……早速ですが本題に入ります。」


そう前置きしてから、彼女は話し始めた。


「3日ほど前から警察上層部の人間が行方不明になっていた事件ですが……

先ほど警察側からこの事件は高確率で“エンプレス”が関わっているとの報告がありました。」


「————やはりか。奴らもつくづく変わらんな。」


一人の老爺が呆れたように呟く。

会議に出席している他の参加者も皆、同じことを考えていた。


そんな彼らの様子を見つつ、会議を進行していた少女は続ける。


「今回の件で我々の情報が洩れている可能性も考えなければいけませんね。」

「しかしよ、俺らに痛手になるような情報を知っている奴なんて警視総監ぐらいだろ。」


そう発言したのは、足を組み気だるそうに会議に参加していた男だった。

そんな彼の発言に彼女は指導するかのように発言する。


「それはそうですが、念のためです。」

「念のためねぇ……“姫様”は心配性だよな。」

「あなたの警戒心が全くないだけですよ。“サード”」


サードと呼ばれた金髪の角刈り姿でサングラスをかけた男は「はいはい」とあしらうように手を振り返事をする。


そんな彼の態度に諦めたかのようなため息を吐いて続ける。


「今後エンプレスが何かを仕掛けてくる可能性があります。何かあれば速やかな報告をお願いしますね。」

「りょうかーい。」

「招致した。」

「わかりましたわ。」


彼女の言葉に会議の参加者全員が承諾した。

その様子は姫を守る守護者かのように。




——————




「私からの報告は以上となりますが、他に何かありますか?」


彼女の問いに小さな手が一つ上がる。

手を上げたのはツインテールに白黒の二色髪の少女だった。


「“セカンド”ですか、何かありましたか?」

「うん。私。報告ある。」


セカンドと呼ばれた彼女は機械のような口調で話を続ける。



「私がエンプレスに送り出したスパイ。幹部の配下になった。」



彼女の報告にざわめきが起こる。


「なっ―――それは本当ですか!?」

「うん。私。嘘つかない。」


エンプレスが様々な事件を起こせる理由。

それには大勢の配下の存在があった。

彼らは組織の為なら命も惜しまずに消費する。

配下達は人の移り変わりが激しい為、彼らは事件現場などで手当たり次第に有望そうな人間に声をかけ、洗脳や人格矯正を行い、新しい配下を誕生させる。


こちらも何度か洗脳耐性のあるスパイをエンプレスに事件が引き起こされた直後の現場に送り込んでいた。

しかし、送り出した全員と連絡が取れなくなり、消息も不明。おそらくそのまま耐え切れずに洗脳されたか、スパイと発覚され、殺害されたのだろう。


それが今回、初めてスパイから幹部の配下になったと連絡が来た。

これは彼女らにとって今までにない大進歩だった。


「ボスの正体とか、幹部の情報など得られるのでしょうか。」

「ん。まだわからない。配下になったばかりなのもあるし。」


首を傾げて悩むような仕草をしながら彼女は続ける。


「ただ——幹部より位が低い人は、ほかの幹部の情報とか得られないって言ってた。」

「そうですか…やはり情報漏洩は味方だろうと厳重に守られていそうですね。」

「ん。そうだと思う。だからスパイのこれからに期待。」

「そうですね。使い捨てにされる前に多くの情報を得ることができればいいのですが……。」


そう。エンプレスの配下は幹部から直接役割を与えられない限り使い捨てにされる。


その証拠として、今までエンプレスが引き起こした事件の犯人は逮捕されても連行中に毒死する。

これはあらかじめ口封じのために遅効性の毒薬を飲まされている為だ。


————エンプレスの幹部たちは、配下を人ではなく道具として扱っている。


そのため、スパイとして紛れ込んでもすぐに殺される可能性が高いのだ。

これはある意味ギャンブルだった。


姫様と呼ばれる少女は一つ気になることをセカンドに投げかけた。


「そういえば…幹部の直属になったのならそいつの名前や役割ぐらいは知れたのでは?」

「うん。それも配下からきいた。」


セカンドの発言にこの場にいたすべての人間が息を呑んだ。

それもそのはず。

エンプレスの幹部は今まで一人もどのような人物か判明していなかった。

幹部候補は何人か存在するが、明確な証拠が存在しなかった。

そんな中、幹部の情報を得たことは今後の方針に大きな影響を与えるものになるだろう。


「ん。スパイから送られてきた情報いうね。」


セカンドから口にされる情報。

それは————


「名前『桐野 春香』

金髪のセミロングで身長は小さめ。いつも明るい。」

「……それだけ?」

「うん。スパイから来てるのはこれだけ。」


セカンドの言葉に部屋中が何とも言えない空気となる。

そんな空気を破ったのはサードだった。


「まぁ……。名前や見た目の特徴だけ知れただけいいだろ。」

「それもそうですね。」


役割や、使用する武器や細かい特徴を期待していた彼らにとって今回の情報は少し期待はずれだった。


ただ、これは彼らにとって大いなる一歩だった。


「では、今後はセカンドが送り込んだスパイの情報を待ちながら、“桐野”という人物の情報を探りましょう。」



“「全ては我ら“ガーディアンズ”の勝利の為に。」”


姫様の言葉に全員が頷いた。

それは、守護者達の誓いの合図————。





——————





朝日が昇り、空腹を感じる昼時。

時刻は13時を示していた。


昨夜に有栖の報告から得たガーディアンズの情報を幹部全員に共有したところ、急遽幹部会議が開かれ、今後の方針や作戦・対策について話し合うことになった。


その中で、平田から友好予定人物リストを優先的に進行させる方針が伝えられた。


幹部達も一応俺の指示ということもあり、まずはそこから手を付けていくことで一致したようだ。


少し不安だったが、彼らも殺しや拉致を優先するというわけではないようで安心する。

犯罪好きの狂人には変わりないが。


その後の話し合いは全て聞き流し、幹部からの提案は特に犯罪めいた要求もなかったので全て承諾する。


そんな中、平田から衝撃的な発言が飛び交う。


「では、友好予定人物リストの作戦を完了するまで一度全ての作戦を中断させます。

————ボス。よろしいでしょうか。」


————………ん??

今、なんて言った?

話を適当に聞き過ぎて言葉の認識すら適当になったか俺。

犯罪が大好きな幹部達が友達作りのためにそれを止めるわけないよな。


「すみません……。もう一度宜しいでしょうか。」

「聞き取りにくく、申し訳ございません。

———— 友好予定人物リストの作戦を完了するまで一度全ての作戦を中断させますがよろしいでしょうか。」


うん……。

いいに決まってるだろ!!

聞き間違えじゃなかった…マジかお前ら……一時的だけど、犯罪を犯さなくなるのか。

幹部達の成長に泣きそうだよ。


「————ボス?」

何も言わない俺を心配したのか、平田が俺に話しかける。


「これはすみません。私としたことが。」

「ボス…何処か御調子が悪いのですか?」

「いえ。どこも悪くはありません。……むしろ平田の言葉に元気が出ました。」

「それは…ありがとうございます。」


俺の言葉に下を俯く平田。


————まずい、テンション上がりすぎてまた変な地雷踏んだか?「……でも」

「ん?」


「私も、ボスの言葉に元気が出ました。」


彼女は未だ下を向いたままだが、震えながら俺にそんな事を言う。

いや、絶対怒ってんじゃん。

なんかよく見ると有栖も俺のこと睨んでるし。

他の幹部もなんか少し笑ってるし。

これ、会議終わったら殺される?


————そんな絶望的な状況の俺を救ってくれたのは九頭竜だった。


「———ボス。惚気は後にして、今後の方針の採決をお願いします。」

「惚気ではないのですが……。」


これのどこが惚気に見えるのかわからないが、話の流れを戻してくれた九頭竜に感謝だ。


俺は平田に声をかける。


「平田——?大丈夫ですか。」

俺の掛け声に平田は顔を上げた。


「大丈夫です。ふふっ。ボスを心配していたのに逆に心配されちゃいましたね。」

彼女はそんなことを言いながらも、普段の調子に戻っていた。

 

「——幹部の皆さん聴いてください。今後の方針として、友好予定人物リストの作戦を完了するまで一度全ての作戦を中断とします。」


「わかりました。」

「了解。」

「ご主人様の仰せのままに…。」


俺の決定に反対の意見は現れなかった。






————————





そして今、会議が終わり自室に戻る。

室内には有栖もいた。

理由は明確だった。


「ご主人様……これが私の作ったお弁当です。」


有栖から渡されたのは可愛くラッピングされた少し大きめな弁当箱だった。

普段無表情な彼女にしてはギャップが凄いというか、意外過ぎる。


「開けてもいいですか?」

「……どうぞ」


許可を貰って中を見ると、そこには色とりどりのおかずが入っていた。

定番の卵焼きに唐揚げ、野菜炒めとポテトサラダもある。

そしてご飯はおにぎりになっている。

これなら昼も夜もこれで十分だな。

俺は弁当箱を手に取り、じっくり見る。


「どれも美味しそうですね。」

「ありがとうございます…。」


俺はふと気になったことを有栖に聞く。


「この卵焼き…少しピンクがかってますね。何か入れたのですか?」


俺の疑問に有栖が少し微笑みながら


「私の想いが注入されてます。」

「そうですか。」


なんか隠し味でも入れてるのかな……?


「食べてもいいですか?」

「どうぞ。その為に作りましたから。」


隣に座る有栖に許可をもらい卵焼きを口にする。

これは……。一般的な卵焼きとは違う味がする。

言葉にできないが…“鉄分が多く含まれてるような味”と甘さがうまくかみ合って今まで食べたことがない味だ。

普通においしい。


「美味しいです。」


素直な感想を伝えると有栖は嬉しそうにはにかんだ。

たまにはそういう顔もするんだな。


「よかったです。少し自信がなかったので…。」

「いえいえ、美味しいですよ。普通の卵焼きとは違う味で少し驚きましたが……私はこっちのほうが好きかもしれません。」

「お世辞は大丈夫ですよ。」

「お世辞ではないのですが…。」


有栖とそんな会話をしながら次は唐揚げにを口に入れる。

うん、これもうまい。

この唐揚げもどこか普通のから揚げとは違う味がする。

言葉にできないないし、弁当のおかずにしては珍しい味だけど俺は好きだぞこれ。


「どうですか?」


俺が食べている姿を不安げに見つめてくる有栖。


「すごく美味しいです。弁当のおかずにしては珍しく感じますが……好きな味ですね。」

「ふふっ、ありがとうございます。」


俺の答えを聞いて安心したのか有栖が笑顔を浮かべた。

今日の有栖は表情豊かだ。

こんな一面が見れたのだから、改めて"お食事"の約束ををしてよかったと思う。





————————



おにぎりやポテトサラダはごく一般的なものだった。

有栖は当初、料理に自信がないと言っていたが俺からしてみれば一般的な料理の実力はあると思う。

平気で人殺しする裏でこんな一面もあったんだな。


俺は最後に野菜炒めを口にする。

何だろう…有栖から一瞬寒気を感じたような…。

気のせいか。


ん…なんだこの野菜炒め。

肉野菜炒めか?

食べたことがない肉の触感だな…少し硬い。

味もあまり食べたことがない味だ。なんの肉だろうか。


「この野菜炒めに入っているお肉はなんのお肉ですか?」

「えっとそれはですね……」


有栖は急に顔を赤く染める。

そんなに言いにくいことなのか?


「私です。」

「え?」


え?私ってことは人肉……?

そんなわけないよな…


「有栖も面白い冗談を言うのですね。」

「冗談じゃないのですが……。」


俺は苦笑いをしながら、有栖は微笑みながららそう言った。

なんか怖いしこれ以上は詮索するのをやめておこう。




————————




その後、あまり会話も無いまま俺は弁当を完食する。

感想を正直に言うなら————


「すべてとてもおいしかったです。」

「ふふっ…ありがとうございます。」


俺の言葉に有栖は嬉しそうな表情を浮かべた。


「本当に自信がなかったんですか?」

「私はあまり料理をしないので…」

「その割には上手でしたよ。将来はいいお嫁さんになるのでは?」


冗談半分にそんな事を言うと有栖は普段と変わらない無表情に戻る。

あれ…また地雷だった?


少し焦る俺に

———スーツの袖が有栖に掴まれた。


「また今度……。他の料理も食べていただけますか?」

それは、過去一番の笑顔だった。


「ええ。もちろん。いつでもお待ちしてますね。」


そんな会話をすると、有栖は恥ずかしそうに俯いた。

なんか…俺も恥ずかしいな…。


それは、犯罪組織のアジトとは思えぬ和やかな空気だった。

こんな日々が毎日続けば…と。


そんなことを望む。


「……。」


彼女の狂気にも気づかずに。


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