乙女心はわからない
「どうぞ、ボス」
「コーヒーですか。ありがとうございます。」
有栖からの連絡が来てから平田を呼び戻し、自室で待機する。
平田はコーヒーを入れて俺に手渡した後、昼の有栖と同じようにソファに座る俺の隣に腰を下ろした。
なんで反対にあるソファに座らないんだよ。
俺は平田に問いかける。
「私の隣で大丈夫なのですか?」
「ご迷惑だったでしょうか」
平田は上目遣いで俺を見つめながら不安げな声色で言う。
「いえ、そういうわけではありません。ただ、その……私が隣にいると緊張してしまって上手く話せないのではないかと心配になりまして」
俺の言葉を聞いた平田はクスリと笑う。
「ふふっ、お気遣いありがとうございます。ですが、私にとってボスの隣にいることが一番心が穏やかになるんです…」
「そうですか……」
そんなことを言われたら勘違いしてしまいそうになる。
まあ実際は平田・有栖の2人とも「お前サボってないよな?」って意味で真横で俺のことを監視しているのだろう。
……それにしても、この距離感は近すぎやしないか? 肩と肩が触れ合いそうなくらい近いし……
こっちが緊張で吐きそうになるわ。
そんな俺をを他所に、平田から質問を投げかけられる。
「そういえば…お昼に冥土さんからお聞きしたのですが、今日の夜にお二人でお食事会の予定だったのですか?」
平田からの問いに謎の違和感を感じたが、すぐにその違和感は消える。
「ええ。そうですね。実際は今回の件で中止となりましたが……」
「それはラッ———残念でしたね。」
そういって彼女はコーヒーの入ったマグカップに口をつける。
何か言いかけていたような気がするが聞き間違えだろうか。
「残念ですが、また次の機会にいただこうと思っています。」
本当に残念だ。
息抜きと共に珍しく幹部の意外な一面を見れるチャンスだったのに。
「有栖の料理を———「チッ」…え?」
有栖の料理を食べたことがあるか平田に聞こうとした瞬間だった。
誰かが舌打ちをする音が聞こる。
舌打ちの主は隣にいる彼女しかいないだろう。
ふと彼女に視線を移す。
「ボス?どうかしましたか?」
「い…いえ。」
平田も俺のほうを見ていた。そんな彼女と目が合う。
彼女は微笑んでいた。だが、目が笑っていない。
握っているマグカップは今にも握り潰れそうなほど震えていた。
なんとも言えない威圧感を感じた俺は彼女の機嫌を損ねないように別の話題を振ることにした。
「そっ、そうだ!平田は料理とかしますか?」
「はい。時間に余裕があるときは自炊していますね。」
そう言う彼女は「少し自信あるんですよ」と言いながら彼女は、携帯で撮影した料理の写真を見せてくれた。
和洋中様々な料理の写真を見る。
ほんとに得意そうだな…
「どうですか?」
平田は上目遣いでこちらを見てくる。
だからその仕草はやめてほしいのだが…
「とてもおいしそうですね。平田は将来良いお嫁さんになるのでは?」
「……あ、ありがとうございます……」
そういった彼女は下を俯く。
あれ?褒めたつもりだったが…乙女心はわからないな…
——————
部屋の何とも言えない空気を破ったのはドアがノックされる音だった。
入室許可を出し、部屋に入室してきたのはメイド服姿の少女、有栖だった。
「一仕事終え、ご報告に参りました……」
「お疲れ様です。有栖…?どうかしましたか?」
「いえ、平田もいるのですね。」
有栖の視線は俺の隣にいる平田に向けられていた。
いつの間にか平田はいつもの様子に戻っていた。
良かった。機嫌が戻ったようだ。
「ええ、基本的な指揮を執るのは彼女ですし、情報はすぐに共有したほうが良いでしょう。」
「ボスの言う通りです。それに私は“ボスの補佐”も行ってますしね。」
「そうですか……わかりました。」
いつも通り無表情の有栖だったが、何か様子がおかしい。
やはり一仕事終えてきて疲れているのだろう。
有栖を早く帰らせるためにも俺は報告を聞くことにした。
「話を戻しましょう。有栖。報告をお願いします。」
「わかりました。では報告させていただきます———」
——————
「まず、今回私が情報を聞き出したのは警察上層部の【上島大貴】。スパイからの情報によると、ガーディアンズ発足時の関係者の一人とのことです。」
「結構な重要人物じゃないですか?」
ガーディアンズの発足に関わる人間となればかなりの地位にいるはずだ。
有栖は言葉を続ける。
「私もそう思い、様々な手段を使って情報を吐かせました。」
「なるほど。」
「どのような情報が手に入ったのですか?」
平田の問いに有栖は続ける。
【ガーディアンズ】
警察が対エンプレスのために結成した組織。
有栖の報告によるとこうだ。
ガーディアンズはエンプレスと似ており、8人の幹部で構成されているとのこと。
8人全員が戦闘に特化している者達と言われている。
詳しい実力は警察の数少ない選ばれたトップしか知らないらしい。
そして彼らにも我々と同じく配下が存在し、エンプレスが引き起こした事件の調査や、被害に遭った現場の復興作業などをしているとのこと。
それ、まさに俺が求めてる場所じゃん……。
というか俺がもともと作ろうとしてた組織じゃないか?
俺もガーディアンズに入りたいんだが、捕まって無実が証明されたら入れるかな?
俺がそんなことを思う中、有栖の報告は続く。
警察はガーディアンズの意思決定権は持っていないらしい。
発足当初は持っていたとのことだが、今はもう無いとのこと。
「警察とガーディアンズの内部分裂が起きているということでしょうか?」
俺の呟きに有栖は答える。
「ガーディアンズのボスが警察を嫌っているとの噂です。」
「似たような組織なのにですか。謎ですね…。」
そうなんだよなぁ…
平田の疑問に俺は内心同意する。
ガーディアンズ目線、警察との実力差にギャップを感じてるのか?
「他にガーディアンズに関する情報を得れたのですか?」
「いえ、今回拉致した人間は行動予定などの情報は持っていませんでした。」
「そうですか…。」
まぁ今まで全く情報がなかったガーディアンズについて少しでも知れたことは大きいだろう。
今後の問題はどのようにガーディアンズと直接対決するかだ。
あからさまな誘いだと怪しんで乗ってくれないだろうしな…
「あっ、そういえば」
有栖は何かを思い出し続ける。
「最後にガーディアンズの“ボス”は女性と言っていました。」
「女性ですか…」
女性ならより一層考えないといけないな…
男だったら脳筋な作戦でもある程度通用しそうだったが……
より一層作戦会議が必要になりそうだな。
俺はいざ捕まった時のための準備をしておくか。
「以上が今回得た情報すべてです。」
「そうですか。ご苦労様でした。」
報告を終えた有栖に俺は労いの言葉をかける。
隣で聞いていただろう平田に目を向けると、彼女も「お疲れ様です。」と声をかけていた。。
——————
「今回の情報は明日の朝に幹部全員に私から共有いたします。」
「そうですね、お願いします。」
「ではボス、お先に失礼します。冥土さんもすぐに帰ってゆっくり休んでください。」
「わかりました。」
平田はそういいながらソファから立ち上がり部屋を退出する。
なんか最後に有栖を見る目が殺意を持っていた気がするが……
気のせいだろう。
そんなことを思っていると有栖が俺の隣に座ってきた。
近い。
でも有栖にちょうど聞きたかったこともあるしいいか。
「有栖。一つ聞きたいのですが…」
「はい。どうぞなんでもお聞きください。」
そういって彼女は俺に耳を傾ける。
「今回拉致した人間はどうしました?」
俺が聞きたかったのは拉致した人間のその後だ。
今までは気にしていなかったが、拉致や尋問は基本的にすべて有栖が関与しているため、その対象の処遇も彼女が決めているはずだ。
対象を何かしらの形で解放しているなら俺はその人間にエンプレスの情報を流すことも可能なはずだ。
「もちろん殺害しました。」
「そうですか。殺害ですか———。」
ですよね!!俺の優秀な幹部達が生きて返すわけないですよね!!
今気づいたけど有栖が来ているメイド服に返り血みたいなのついてるし!
少しでも期待した俺が馬鹿だった。
こんな天井考えをしてるのはこの組織で俺だけだ。
「よくやりましたね。お疲れ様です。」
「いえ。仕事ですので。」
俺の讃えに彼女は表情を変えることなく応える。
ガーディアンズに対してはまた新しい作戦を考えるか……。
そんなことを考えていた時だった。
一つの作戦を諦めた俺の隣で、有栖が口を開く。
「話は変わりますがご主人様。今回の“お食事”が中止になった件なのですが…」
“お食事”か。今後の予定のすり合わせかな?
俺はいつでも空いてるぞ。
「予定のすり合わせですか?それなら———」
「いえ、実は一つ提案が…。」
俺の発言を待たずして有栖は発言する。
———提案?
「もしご主人様がよければなのですが……。明日お弁当をお持ちするので、そちらを食べていただいて感想を教えていただけますか?」
「ほう、お弁当ですか。」
お弁当!?
異性から作ってもらうお弁当とか俺が昔憧れてたことじゃん。
拒否なんてするわけないだろ。
「お弁当でも私は大丈夫ですよ。」
「———っ本当ですか。」
俺の発言に無表情だった有栖は微笑んでいた。
「ええ、有栖のお弁当お待ちしておりますね。」
「はい。必ずご満足していただけるものにいたします。」
そんな彼女はとても楽しそうな雰囲気を醸し出していたのであった。
——————
「では、私もこれで失礼します。」
「明日も忙しいと思いますし、お弁当はあまり無理せずに作ってくださいね?」
「承知しました。」
そういって彼女は部屋を後にする。
自室に残った俺は独りでにつぶやく。
「今日も疲れたな…」
朝から様々な会議に張り巡らされ、夜は有栖と“お食事”の予定が平田と今後の方針を決める会議に代わるし…。
深夜にはガーディアンズについての報告もあって…。
そう思うと今日は特に忙しかったんだなと思う。
「帰るか…。」
俺は送迎係に連絡して部屋を後にする。
——————
とあるマンションの一室。
「——♪」
そこにキッチンで鼻歌を歌いながら料理をするメイド服姿の少女がいた。
彼女は愛する主人の為、腕によりをかけて手料理を作っている。
キッチンには肉や野菜など様々な食材が並んでいた。
彼女はその食材を手際よく切り、フライパンに油を引いて焼いていく。
そして出来上がった料理を皿に盛り付け、冷蔵庫に保存する。
「朝は早いし、寝る前に作るのが一番だなあ…」
そして最後の料理が完成する瞬間——
そこで彼女が呟く。
「あ、隠し味入れるの忘れてた。」
そう呟いた彼女はキッチンに並べられていた“注射器”を手にする。
注射器には赤い液体が入っており、それを躊躇なく調理中の料理に注入した。
赤い液体は少しずつ蒸発していき、鉄の香りが広がっていく。
「ふふ……完成。」
最後に完成した料理を冷蔵庫へ仕舞い、キッチンの片づけを始める。
キッチンには鉄の臭いが漂っている。
その臭いはキッチンだけではなく部屋一室に充満していた。
「痛っ——。やっぱり“肉”切りすぎたかなぁ…」
「止血用の包帯あったっけ…」
彼女の表情は笑顔で、そして狂気に満ち溢れていた。
——————
「疲れたな…」
キッチンの掃除を終わらせたメイドは一人ベランダに出て煙草を吸う。
彼女の手には大量の包帯が巻かれており、左手首には注射痕がいくつもある。
先ほどまで着用していたメイド服は脱ぎ棄てられ、下着姿となっていた。
「当分お風呂入るときは痛くなりそうだなあ…」
一人煙草を吸う彼女は笑って呟くのであった。
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