エンドロールと副作用

夢を見ていた。

それは過去の正夢。

場所は学校の屋上。


制服姿の私。

上履きを脱いで裸足になって屋上を歩く。


「はぁ、空が綺麗だな。」


私は柵に寄りかかって呟く。

雲一つない青空が広がっている。

風も心地いい。

このまま眠ってしまいそうだ。


「……あーあ、どうしてこうなったんだろ?」


私の視線は自然と下へ向いた。

下には地面しかない。

強いて言うなら5階分の高さが存在しているぐらいだ。


私は今日ここで人生のエンドロールを迎えるのだ。


辛かった。

周囲に明るく振る舞うのが嫌いだった。

なんで興味もない人に笑顔を振る舞わないといけないのだろう。


勝手に勘違いされて告白されて。

私がそれを断れば噂され。

妬まれ。

陰口も叩かれた。

私は、ただ普通に暮らしたいだけなのに。


そんな毎日を過ごしているうちに、心から笑えなくなった


親友と呼べる人もいない。

形だけの友人。

親に相談しても『明るくしてればいい。』って言われて。

私は、どうすればいいのか分からなくなって。


もう嫌だった。

こんな思いするなら明るく振る舞わなければよかった。


「まぁいいや……疲れたし」


————もう楽になろう。


「さよなら。」


私はそのまま飛び降り————————




————————




「……ま。………様」

「うん…?」

「桐野様。起きてください。」

「ん……。もう着いたの?」


配下の声に私は目を覚ます。


いつのまにか車はアジトに到着していた。

私は車内で少し寝てしまっていたらしい。


私は車を降り、その場で軽く身体を伸ばした。


「ふぅ……。」


少し疲れたな……。

いや、疲れる様な事をした訳では無いが、何となく気分的に疲れたと言うか……。

この感じは久しぶり――

嫌な夢を見たかのよう。


不意に脳裏に浮かんだその考えを振り払う様に頭を振る。

そして気持ちを入れ換えて顔を上げると、そこには見慣れた建物が建っていた。


「さて!今日も一日頑張りますか!」

私はいつものように元気よくそう言うと、建物へと足を踏み入れた。





————————




坂田が有栖との“お食事”をしている最中。

アジトの会議室には平田と九頭竜が未だ話し合っていた。

室内は重い空気が漂う。

原因は、彼らが今手にしているものにあった。


「……。」


二人が手にしていたのは『友好予定人物リスト』だった。

リストには老若男女様々な名前と所在地が書かれている。


「“友好”を最優先か…。」

「私も昨夜ボスから言われたときは驚きましたよ……。正直、一か八かでの提案でしたから…。」


リストに書かれている名前を見つめながら九頭竜と平田は会話をする。

平田も小さなため息を吐きながら続く


「ボスも今までは控えめだったのに、いきなり人が変わったかのようになって…。」


口を尖らせながら話す彼女はどこか嬉しそうだった。

それに気づく九頭竜だったが無視して続ける。


「————しかし“友好”を実行するには今までよりも相当な労力を必要とするな…。」


彼の発言に平田は反応する。


「そうですね…。配下だけでは実現不可能でしょう。」

「ついに俺たち幹部の出番というわけか。」

「そうなりますね。」


幹部の出番。

それは幹部直々の実行が行われることを意味していた。


エンプレスは基本的に今まで、事件や作戦の実行犯は配下が行っていた。

それは、情報漏洩阻止や幹部にもしものことが起きないための防止が主な理由だ。


例外として、有栖や小鳥遊のような配下をあまり信用していない幹部は自らの手で実行することもあるが…。


幹部が全員そろって表に顔を出すことは今までに無い。

その事に九頭竜は億劫な思いを募らせていた。


「あまり表に顔を出したくないんだがな……。」

「それは仕方ないですよ。ボスもその覚悟を持ってのことですし。」

「確かにそうだが…。」


九頭竜は諦めたかのようにため息を吐く。

幹部たちが表に出る事によって発生する様々なリスクは平田も十分承知だった。

彼女はさらに続ける。


「ということは、本格的に“戦争”がはじまりそうですね。」


「ああ、そういうことになるな。」


平田は険しい表情を浮かべる。

そんな平田とは対照的に楽観的な表情を浮かべる九頭竜は、再度リストに載っている名前を確認しながら平田に問いかける。


「————このリストの誰から順番に“友好”にするんだ?」


リストに書かれた名前は13人分。

二人の目は選別の目に移り変わる。

それはまるで、品定めのような目をしていた。


先に声をあげたのは平田だった。


「それなら、この人とかいいんじゃないですか?」


彼女が指をさした先————。


そこには『金城 ほのか』という名前が記載されていた。



————————





エンプレスのアジトは複数存在する。


幹部一人一人に分け与えられており、坂田が所持するアジトを本アジトとし、ここは重要な会議や報告がある場合に使用される。


アジトによっては会議室や幹部それぞれの自室だけではなく、様々な施設が備え付けられている場所もある。


例えば大きな運動場が地下に存在していたり、娯楽室や図書室といったものまで置かれているアジトも存在する。


これらの施設が存在する理由は、幹部直属の配下のストレス解消の為や、幹部自身の私利私欲の為など、様々な理由があった。

それらに効果があるかなどはどちらにせよ幹部にとっても配下にとっても、それは必要不可欠な物になっていた。



————————




薄暗い明りが灯された地下室。

部屋には様々な薬品や物質が保管されていた。

室温は肌寒く、真夏の地上を忘れさせる。

ここは薬剤研究室。

様々な薬の開発。研究を目的とした施設である。


この研究室は一人の老爺が入り浸かる場所だった。

男は長い白髪を掻き上げながら、目の前のフラスコに意識を集中させる。


「この物質達を10mg投入すれば後は過熱して調合するだけじゃな……。」


フラスコの中に様々な物質を投入する。

そしてフラスコを火で熱しようとしたときだった。


地下室の扉がノックされる。


「誰じゃ…?入室を許可する。」


扉が開かれ、中へ入ってきたのはメイド服を着た無表情な少女だった。

彼女は抑揚のない声で言った。

まるで機械のように。

感情も何も込められていないような声音で。


「相変わらず薬剤の研究開発しかしていないのですね。“野々村”。」

「“冥土”か。……まぁ、そういうな。儂にも色々と事情があるんだ。」


『野々村 元治』

エンプレス幹部にして序列8位。

老体に漆黒の黒衣を着ている研究者。

その黒衣には赤い王冠が刻まれている。

そんな彼は非実行要員であり、配下も数名のみとかなり特殊な幹部。


幹部としての役割は、エンプレスが犯罪実行に使用する薬品の開発。

彼が開発する様々な薬品の中で幹部が気に入ったものがあればそれを犯行に使用することがある。


例えば、配下が実行時に飲む遅効性の毒薬も彼の開発によるものだ。


有栖の皮肉の様な発言に彼は続く。


「……それに、儂はこうしてここで研究している方が性に合っている。……ところで、お主は一体何しに来たんだ? 儂に何か用があってきたのではないのか?」

「そうでした。私としたことがうっかりしてました。」


そう言った彼女は、自身が持っていた工具箱から中身が空の注射器を彼に渡し、話し始める。


「自白剤の交換をお願いします。」

「自白剤か。使用したのは?」

「3日前、警察上層部の人間から情報を得るために使いました。」


彼女はそう言うと“自白剤を使われたであろう者”の写真を見せた。


「そうか。それはご苦労なことだ。こちらもすでに新しい自白剤は完成しておる。」


そういって彼は部屋の奥へと行ったかと思うと、すぐに戻り新しい自白剤を彼女に渡す。


「ほら、新しい自白剤だ。受け取れ。」

「どうも。早急な対応ありがとうございます。」


有栖は自白剤を受け取ると感謝の言葉を彼に述べ


「別に良い。儂の開発薬を主に使用するのはお主が一番多いしな…。」

そんなことを言いながら彼は過熱途中のフラスコを回し持つ。


「それは……どのような薬を開発しているのです?」


彼女はフラスコに興味深く指をさして問う。


「これか?これは何といえばいいのか……」

悩むそぶりをする野々村。彼が次に口を開いたのは3分後だった。


「————3分間の間だけだが…、“人をラジコンの様に操ることができる”薬じゃな。」


「そのような薬も作れるのですね。」

「ただ、便利なものではない。服用した人物は死亡するとみていいだろう。何人か使って結果は出た。」

「———そうですか。残念です。」


そういって彼女は肩をがくりと落とす。

彼女の落ち込み具合に疑問を感じながらも続ける。


「このような便利な能力は激しい副作用という代償が付きやすい。よって儂の薬は便利なものが多い分、片道切符のものばかりよ……」

「そうなんですね。まるで錬金術の等価交換みたいですね。」

「錬金術を同じにされるのはあまりうれしくないのだがな…。」




————————




「では私はこれで。」

「達者での。また何かあれば来ればいい。」


自白剤を受け取った有栖は工具箱を手に持ち、出口へと向かう。

それと同時に野々村もフラスコの過熱を再開する。


ドアの前まで到着した有栖は、急に何かを思い出したかのように立ち止まる。


「そういえば。」

「何か忘れ物か?」


野々村の問いに彼女は答える。


「————“例の薬”の件。ありがとうございました。」


彼女は深々と礼をする。


「例の薬…?ああ、思い出した。」


————『“人間の血液と肉を美味と感じるようになる薬”のことか?』


野々村の言葉に有栖は頷く。


「はい。二つとも十分な活躍でした。」

「そうか。お主がどのようなことに使用したかは詮索しないが……

———あの薬の複数使用はあまりお勧めしないでおくぞ。」


野々村の言葉に有栖は首を傾げる。

それはまるで“この後も永遠に使い続ける”と言っているようなものだった。


「どうしてですか?」

「人間は共食いには適していない存在じゃ。食べ続ければいつか拒絶反応が現れ、狂ってしまう……。———最悪の場合死に至るぞ。」


話を聞いた彼女の顔は無表情のままだった。だが正常ではない“何か”が混ざったかのような狂気を野々村は感じた。


そんな彼女は「そうですか」と言って出口のドアを開け————


「大丈夫です。私も“あの人”も既に狂ってますから。」


有栖はそう言って地下室を後にする。

彼女の顔は狂気に満ちていた。

そして、その言葉の意味を知るものは誰もいない。



「————副作用は既に現れていたか。」

野々村の呟きが響き渡る地下室には、フラスコの加熱によって物質が混ざり合う臭いが漂っていた。

それは、何か不幸なことが起こるような香りだった。




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