親切と狂気は紙一重

午後22時過ぎ

自室の寝具にて安息の時間を過ごしていた俺に一つの電話が鳴り響く。

この時間に電話とは世間一般的に考えて非常識極まりない事であるのだが、その相手が相手であった為に俺は迷わず応答する。

携帯電話には『小鳥遊』と表示されていた。


「……もしもし」

『こんな夜遅くにすみません。"ボス"』


電話越しから聞こえる声は普段より落ち着いた雰囲気で、何処か少し疲れているようにも思える。

しかし、それは仕方の無いことだろう。

彼女は今現在、とある作戦を実行している最中であり、ここ最近は多忙を極めていたと聞いている。

恐らく今も作戦の実行最中なのであろう。


「いえ、大丈夫ですよ。それでどうしました?」

『報告させていただきます。』


俺は彼女に労の言葉を掛けつつ、用件を尋ねることにした。

すると、返ってきた言葉は彼の予想だにもしない内容だった。


『作戦遂行しました。』

「……え?どういうことですか?」

思わず聞き返す。

『以前私の部隊に命じられた警察幹部の息子とその周囲の友人の抹殺すべて完了しました。』

『これからアジトに戻り、平田達に報告しに参ります。』

「なるほど、わかりました。お疲れ様です。」

『いえ、これが我々の仕事ですので。』

「ご苦労さまです。ではまた何かありましたらお願いしますね。」

そう言って電話を切る。



_____




「寝て忘れよう…」


"ボス"とよばれた男。

巨大犯罪組織『エンプレス』の長。

彼は世間から残虐かつ冷酷な現代史上最悪な犯罪者といわれている。


それが俺、『坂田 優人』だ。


でも俺は世界中の人々に発信したい。

「俺は犯罪組織なんて作った覚えはない!!」


もはや日常となった胃痛とともに、今日もまた憂鬱な朝を迎えるのだった……。





_____




昔から両親の教えでどんな人にも親切にしてきた。

それは小さい子供から年配の人たちまで、体に何らかの不自由を持った人たちにも。

小学生の頃には表彰だってされた。

自己満足になってしまうが、人に親切にするとこんな自分でも誰かの力になれるんだって思うと嬉しかった。

だから大人になっても子供の頃と同じように周りの人達に優しくしていた。

周りからは偽善者呼ばわりもされていたこともあったが、そんなこと俺は気にしなかった。


そうするといつの間にか周囲に俺に賛同するといった人間が増えていき、いつしかその集団はボランティア組織となったのだ。

そして俺は組織の長として君臨することとなった。

しかし……

いつの間にか俺がボランティア組織だと思っていたものは犯罪組織になっていた。


理由は分からない。

訳が分からない。どうしてこうなったのか? いや、本当は分かっているんだ。

でも信じたくないだけなんだ。


俺の組織は『正義』を執行する為の組織だったはずなのに、気が付くとその対象は自分勝手な都合で他人を傷つける『悪』となっていた。俺はそれに気が付かないフリをしていた。


だって仕方がないじゃないか。

自分が傷つくのが怖かった。


そしていつの間にか巨大犯罪組織の完成というわけだ。

そしてなぜか彼らは俺を"ボス"と呼び、信仰宗教のように崇めている。

意味が分からない。

しかも俺には別の悩みの種が発生していた。



_____



大勢の集団を一人でまとめるのは大変だった。

そのため俺は特に活動熱心と周囲から慕われていた9人を幹部に指名した。

彼らは俺の命令は絶対に従うし、他の構成員も逆らう気もないのか大人しく従ってくれた。

しかし、彼らに任せっきりだと組織は崩壊してしまうので、俺は定期的に彼らに指示を出したりしている。

でも彼らはそれを勝手に拡大解釈し、俺の想像していたことと全く違うことを行ってくる。


例えば――――


『都心部から少し離れたところに町があります。結構土地が荒れた様子らしいので様子見かつ浄化をお願いしてもいいですか?』

俺は幹部の一人平田にそのような指示を出したことがある。

『わかりました。すぐに配下を向かわせます。』

彼女はすぐに指令通り人当たりの良い女性配下1名を町に送り、様子見をしに向かった。

その後、平田から来た報告は俺の想定とは全く異なっているものだった。


『……え?』

『私の送り出した配下1名が以前ボスのおっしゃられていた町の浄化が完了しました。』

『もしかして今ニュースになっていた…これですか?』

俺は自分が見ていたニュース記事を平田に見せつける。

記事にはこう書かれていた。



『狂気の町中無差別殺人事件』

〇月〇日

○○町にて無差別殺人事件が発生した。

犯人は女性1名。

彼女は刃物で無差別に町人を殺していった。

以下前話参照――――



『はい!そちらで間違いないです。私の配下が素晴らしい成果をあげてくれました!

『そうですか。よくやりましたね。』

『はい!』


(いやほんとによくやってるよ!!町の浄化って掃除やら整備やらしろってことだよ!!なんで町人皆殺しにしようとすることが浄化なんだよ狂ってるわ!!)

俺は心の中で盛大に叫んでいた。

俺の目の前にいる幹部の平田は目をキラキラさせていた。


『ではこれからもよろしくお願いしますね。』

『はい!必ずご期待に応えてみせます!!』

(いやお前どんだけ殺る気満々なんだよ!何がなんでも人殺ししてやるって顔してんじゃねぇか!もういっそ清々しいくらいだよ!!)

俺はそう叫びたい気持ちをぐっと堪えて笑顔を作る。


この事件の後も

『活動資金に余裕を持たせるために(仕事をして)お金をみんなで一度集めましょうか。』

『わかりました!すぐに回収します!』

組織の資金管理を担っている桐野は俺が指示を出した後になぜが配下に銀行強盗させているし…


その後も次々と俺の想定とは(悪い意味で)全く違うことを起こしていく幹部に俺の胃痛は暴走していた。



そして今回俺が小鳥遊に命令した作戦は――――


『警察やガーディアンズにエンプレスが慈善団体だと思わせるために最近素行不良で問題になっていた警察幹部の息子さんに更生支援をしましょう。』

『わかりました。お任せください。』


俺は幹部の中では一番人に優しく、組織の相談役割としておいていた小鳥遊を向かわせることで殺人や強盗もなく平和に物事を解決すると思っていた。

(そう命令した数時間後に息子と関係者皆殺しってどういうことだよ!!)

悩める相談役割としておいていた小鳥遊ですら殺人を行うということに頭を抱えていた。



そして、今に至る。



_____



携帯のアラームが鳴り響く部屋。

時刻は朝の8時を示していた。


今日は幹部会議の日。

月に何度か訪れる胃が一番痛くなる日だ。

現在の状況報告。行ったこと。今後の活動・作戦など大切な会議であった。

もちろん幹部だけではなくボスである俺も出席しなければならない。

というか行かなきゃ監督責任で幹部たちから無残に殺されるだろう。

俺は早々に準備をする。

すると携帯から一件の通知が届いた。


『ボス、お迎えに参りました。』

そう、エンプレスの送迎係がアジトまで迎えに来てくれるのだ。

「行くか……」

俺は身だしなみを整え、最後に仮面を着けた。

この仮面は自分の顔の変化や焦りを幹部に悟られないためのものである。

組織が犯罪組織になってきた時から特注で依頼し、それから毎日組織の人間の前に出る日は欠かさす着用している。


また、エンプレスには制服のようなものがある。

漆黒のスーツに背中には赤い王冠のマーク。


これは幹部の一人である平田の提案だった。

目的は二つ。

一つは組織のイメージアップのため。

もう一つは、統一感があり都合がいいからとのことだった。

そして、その提案はあっさり受け入れられた。

これに関しては俺も特に嫌だとも思わなかった。



俺は仮面とスーツを着用し、迎えの車に向かった。

車内には運転手ともう1人乗っていた。

見覚えがある人物だった。


「おはようございます」


彼女は丁寧に挨拶をしてくる。

青髪のウルフカットがトレードマークの平田だった。


「あぁ、おはよう」

「今日の幹部会議もよろしくお願いしますね」


平田はニコニコしながら言う。

怖い。しっかりしないと殺すぞという意味だろうか。


なぜ俺と同じ車に? 俺は不思議に思ったが、とりあえず車に乗り込んだ。

車は俺たちを乗せて走り出す。

アジトへと。

すでに胃が痛い。




_____



沈黙の車内。

だけど私はこの空気が心地よかった。

私の名前は『平田 雫』

私はエンプレスを率いるボスの補佐を中心にしています。

補佐といっても、大した仕事はありませんけどね……

私たちのボスはとても偉大な方で、幹部と配下含め全員ボスに命を救われた人間です。


私は幼いころ両親の虐待を受けていました。

毎日2階建てのアパートのベランダに追い出されて殴られたり、食事も満足にもらえなかったりしました。


ある日、私がいつも通り両親にベランダに追い出されていた時、ボスが助けてくれたのです。

ボスは私がベランダに追い出されている私を見つけ、見つけ次第警察に通報して両親を捕まえてもらいました。


警察の人が来て、両親は逮捕状が出て逮捕されていきました。

その時、初めてボスに感謝の言葉を述べました。

「ありがとう」って。

そしたらボスは言ったのです。


「お礼なんていいよ。俺は当たり前のことをしただけだよ。」


その一言を聞いたとき、心の底から嬉しかったんです。

この人は命の恩人。そして私の運命の人だって。

幼いながら思ったんです。


私は最後に聞きました。


「あなたの夢は何ですか?」

「俺の夢?そうだな…親切による世界征服かな?」


ボスは少し照れくさそうに笑って私に私に答えてくれました。

その言葉を聞いた時、私の胸に熱い何かがこみ上げてきました。

今までの私の人生の中で感じた事のない感情。

それが一体何なのか分からなかったけど、決して嫌な気分ではありませんでした。


その後私は施設に引き取られることになりました。

私はボスの夢を応援するためにボスの考えを個人的に解釈し、施設内の子供たちにボスの考えを広めて行きました。


幸いなことにこの施設は孤児院という名目もあってか、子供が多くいる環境でしたので布教するのは簡単でした。

そしてその噂は徐々に広まり、施設内の子供全員がボスの教えに従っています。

みんな最初は戸惑い気味でしたが、次第にその教えの素晴らしさに気付いていくのです。

しかしその施設にて事件が発生しました。

なんと施設内の大人達が私たちに恐れてか逃げ出してしまったのです。

当然みんな動揺していましたが、そこにあたかも救世主のように現れたのは……


「施設の子供たち…助けに来たよ。」

そう、ボスです! ボスは皆を落ち着かせるため、まずは深呼吸して心を静めるよう言いました。

そして、みんなで心を一つにして頑張ろうと励ましたのです。

するとどうでしょう。

みんなの緊張や恐怖といった負の感情が和らぎ、次第に落ち着きを取り戻していったではありませんか。

さすがはボスです。

まさにリーダーに相応しい振る舞いと言えるでしょう。

その後、ボスは私たちを引き取る場所があるといい今現在エンプレスのアジトである施設に保護されました。

当時からその施設にはボスと同じ考えを持ち、ボスを崇拝している人々が集まっており、私たちにとっては楽園のような場所でした。

私は好みの全てをここに捧げようと決意しました。




_____




エンプレスが世界的に拡大し、人数規模も大きくなってきたタイミングで私はボスに幹部として任命されました。

しかもボス直属の補佐という任命のもと。

私は嬉しさで気が狂いそうでした。私はこの為に今まで生きてきたのだとさえ思いました。

「はいっ!頑張ります!」

私は元気よく返事をしました。

しかしそんな私とは裏腹に、ボスの顔はとても暗く、暗いというよりも、とても冷たい顔をしていました。

私はゾクッと身震いし、鳥肌が立ちました。

(なぜボスはこんな表情をしているのだろう)

私は考えました。

そして一つの答えにたどりついたのです。


『ボスは自分の考え・夢に反対する存在に危機を感じているのかもしれない』と。


それからというもの、私はボスからの指示に従いながら孤児院の仲間たちを配下として世界平和の為に活動していきました。

最初は組織内で私の事を知らない人も多く、色々と問題も起きました。

しかしそれもすぐに解決し、私は次第に組織中から尊敬される存在になっていきました。




_____



私たちが乗っていた車はいつの間にかアジトへと到着していました。

もう少し二人の時間を過ごしていたかったのもありますが仕方ありません。

ボスにお声掛けしますか。



「ボス、アジトに到着しました。」

「そうだね。さて、円卓へと向かおうか。」



これからも私はボスのために身を捧げます。

永遠に―――。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る