人に親切にしてただけなのに

『エンプレス』

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「くそっ! なんなんだよこいつら!」

「おいっ! しっかりしろ! 起きてくれよ!」

「いやぁ…もう嫌だ…」

都内にある廃ビル内を悲鳴を上げながら逃げ惑う若者たち。

そんな彼らを追いかけるのは漆黒のスーツに身を包んだ者たちだった。

手に持っている武器はそれぞれ違うが、漆黒のスーツの背中には赤い王冠のマークが刻まれていた。

そして、彼らは無言のまま逃げる男たちを次々と殺害していく。


一人、一人と絶命していく中、最後の一人となった。

その男は恐怖で顔を引き攣らせながら必死に逃げようとする。

しかし、足は震えて思うように動かない。

そして、ついに追いつかれてしまう。

背後から聞こえてくる靴音に男は振り返る。

そこには自分に向かって銃を構える漆黒の集団がいた。


男は自分の死を悟ったのか、涙を流しながら命乞いをする。

「ま、待ってくれ! 俺はまだ死にたくないんだ! 頼む……見逃してくれ!」

だが、その願いを聞き入れるほど目の前に立つ彼らは優しくなかった。


彼らのメンバーである一人の女は冷酷な目つきで引き金を引く。放たれた弾丸は彼の心臓を貫き、男はその場に倒れ込む。


その様子を見ていた漆黒の集団は表情一つ変えずに死体を見下ろした後、踵を返してその場を後にした。



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少し薄暗い明りが灯り不気味な雰囲気が漂うとある一室、そこには大きな円卓がそびえ立っていた。

そんな円卓には、まだ大人というものを知らない幼い少女からもう死期が迫っているのではないかと思ってしまうほど老いぼれた男など、10人の老若男女が囲っていた。


そんな一室の空気は殺伐としたものだった。

お互いがお互いに殺気を巡らせ息をするのもままならない状況。

何か引き金になるようなことが起こればいつでも殺し合いになるのではないかという苦しい雰囲気だった。


そんな空気を一人の男が一変させる。


「みなさん、そんなに緊張なさらずにリラックスしてください。」

そんな言葉を発すると、円卓を囲っていた全員の視線が彼に集中する。

それは殺意や嫌味のような視線ではなく、尊敬や好意の視線であった。


視線の先の男は漆黒のスーツを着用し、歪んだ笑顔のような絵が描かれた黒い仮面を被っていた、そんな彼はこの円卓を囲う人物の中でもひと際ただならぬ空気を身にまとっていた。


そんな男の発言に一人の少女が続いた。

青髪でウルフカットの少女『平田』。彼女も漆黒のスーツを身にまとっていた。

「"ボス"の言う通りです。これから殺し合いではなく重要な会議を始めるんです。皆さんくれぐれも話し合う姿勢でお願いしますね」

"ボス"と呼ばれた男と彼女の発言により、空気は一変した。

殺伐とした空気は和やかなものとなっていた。


「では、準備が整いましたのでこれから幹部会議を始めます。」

この発言を皮切りに円卓にて会議がスタートする。


様々な言葉が交わされる中、"ボス"と呼ばれた男が一人。

仮面の下の顔は見えないものの、この会議の空気を楽しんでるかのように見えた。






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この世界にはありとあらゆる犯罪が存在する。

窃盗・詐欺・侮辱・強姦・殺人など…

一般的には犯罪を行うと罪に問われ、罰せられる。

罰が犯罪の抑止力となっているといっても過言ではない。

そのため、一般人で犯罪を起こすということは多発しない。


しかし、この世には犯罪行為を犯すことを恐れない者もいる。

彼らは一般人と同じ世界に溶け込み、表では一般人として、そして裏では犯罪者・狂人として存在している。


そんな狂人達が組み集まる集団。

犯罪組織。

そして今、世界中で注目の的となっている犯罪組織がある。


配下だけでも数千人存在するといわれている組織。

幹部については顔も性別もほとんど判明していない。

目的は一切不明で謎に包まれた犯罪組織である。


しかし、その組織の恐ろしさと凶悪さだけは世界中の人々が知っている。

エンプレスにはまるで自分たちの犯行を見せつけるかのような特徴がある。

それは黒のスーツに背中に赤く王冠のマークが刻まれていることだ。

そのような特徴から彼らはこう呼ばれている。―――『エンプレス』と。



_____



彼らが引き起こした事件で明らかになっている一部を切り取る。



○とある小さな町で起きた無差別殺傷事件。

犯人はエンプレスの配下とされている。

彼女は刃物で無差別に町人を殺していった。

町人の9割が犯人の被害に遭ったとされている。

犯人は逮捕後、輸送中に死亡。

死因は遅効性毒による毒死。

犯行前に含まれていた毒とみられ

おそらく情報の漏洩を避けるためのものだと推測されている。

この事件がエンプレスによる初犯行とみられている。


○ある街の銀行で起こった強盗事件。

監視カメラに映った犯行グループは8人。

全員エンプレスの配下とされている。

銃火器を所持。

その場にいた警備員と客を全員射殺。

その後犯人たちは約2億円を奪い、駆けつけた警察官を相手にしながら逃走。

犯人8名中3人を逮捕、4人は警察による発砲で死亡。2億円のうち1億円が入ったキャリーケースを持った1名が逃亡し行方不明。

逮捕された犯人たちは全員、前述の事件と同様に遅効性毒による毒死した。

銀行員・警備員・客・犯人・警察官すべて合わせて41名が被害に遭う一大銀行強盗事件となった。

この事件以降、世間はエンプレスの存在を認知するようになる。



エンプレスの犯行が明らかになってから

当初は複数人の結束による犯行とみていたが、事情聴取をする際に犯人全員が毒死していること

また、彼らは死亡する際"ボス"と呼ばれる存在に感謝の言葉を述べ死亡するという奇妙な最期を迎えることからエンプレスには長や幹部が存在し、その者たちが配下に一連の事件を引き起こさせているのではないかと推測した。

そして現在、警察ではエンプレスのトップである長や幹部の捜索及び逮捕に全勢力を持って当たっているが未だ行方は掴めていない。

彼らにはいずれも懸賞金がかけられており、長または幹部と思われるものには法外な金額で懸賞金がかけられている。


警察に関してはエンプレスに対する特別組織を結成した。

その名は『ガーディアンズ』。

この組織は警察とは別の機関であり、主にエンプレスが関連している事件の犯人を捕まえることを目的としている。

メンバーのほとんどが戦闘に特化したプロで構成されていて、その実力は折り紙付きだ。

警察は今まで以上の捜査体制を取りながら、彼らに対抗するための組織を設立したのだ。

しかし、エンプレスも黙ってはいないだろう。

ガーディアンズは彼らにとって正反対の存在なのだから。



_____




「では次の議題についてなのですが…」

そう言って進行をしていた幹部の一人が言葉を詰まらせる。

すると、隣にいた別の幹部がその異変に気付き声をかける。


「どうした?なにか問題でも?」

「……いえ、これは私ではなく"九頭竜さん"がお伝えになったほうがよいかと」

進行役の者によって指名されたことにより、黒髪オールバックで漆黒のスーツを着た男。"九頭竜"は口を開いた。

「…実は昨日、『ガーディアンズ』の動きが確認された。」

その一言で場の空気がまた殺伐としたものに変わった。


「またあの組織ですか!いい加減目障りですね!」

「九頭竜さんからの報告を確認する限り、私たちの次の狙いが見透かされている可能性があるということですね…」


「あぁそうだ。奴らは我々の動きに気付いたのか、今までとは比べ物にならないくらいの戦力を投入するとの情報もある。」

「なっ!?まさかそこまで大きな組織になっていると!?」

「奴らも本気を出してきたのかなぁ…」

「その可能性は高い。我々としても対処を考えなければならないと私は思う。」

「そうですね…」

部屋は沈黙に包まれた。

皆考えていることは同じだった。『ガーディアンズ』への対策をどうするかである。


沈黙を破ったのは茶髪を一つ縛りにしたハスキーボイスの女『小鳥遊』だった。

「とりあえず、今は様子を見るしかないよ。相手もまだ準備段階だと思うし。」

彼女は気だるそうに言うと机に突っ伏した。


小鳥遊の発言に平田が続いた。

「ですが、万が一に備えてこちら側も何かしらの準備をしておいた方がいいかもしれませんね……」

彼女は彼女は少し考える素振りを見せた後で、とある人物を見つめながら口を開いた。


「"ボス"は今回の件、どうお考えでしょうか。」


平田の発言から幹部たちの視線が一気にその人物へと注がれていく。

その視線は期待のまなざしというものだろう。

すると、それまで黙って話を聞いていた人物がゆっくりと口を開くのであった。



「たまにはこちらから彼らをお出迎えするのもいいのではないでしょうか。」



ボスの発言に幹部全員が驚愕の声を上げる。


「なっ!?まさか…!!」

「あの者たちをここへ呼ぶという事ですか?」

「いくらなんでもそれは危険すぎます!」

「彼らは我々幹部の情報を知らないはずです!もしバレてしまったら我々にとっては痛手を負うことになりますよ!それにもしボスに何かあれば私は―――」

幹部たちは次々に反対の意見を述べる。


しかし、それでもボスは動じることなく、落ち着いた様子で幹部たちを見つめる。

そして、質問を投げかける。

「皆さんはこの組織を立ち上げた時からの夢を覚えていますか?」


突然投げかけられた問いに幹部たちが困惑した表情を浮かべる中、1人が自信満々に手を挙げる。

「我々に敵対する不必要な人間をこの世界から殲滅する事です。」

肩まで伸ばした金髪をなびかせた少女『桐野』は胸を張って答えた。

その男の発言を聞いた満足そうにボスは頷く。

しかし。


「でもこのままだと彼らはより戦力を増加してくるかもしれない。」

「それは…」


「我々が彼らに敗北すること。それは夢の実現が不可能になると言う事です。」


ボスの言葉に桐野は口ごもった。


そのやり取りを見ていた九頭竜は口を開く。


「ボスはガーディアンズを迎え入れた上で奴らを殲滅するとお考えですか?」


九頭竜の発言に幹部全員がはっとした。


ボスは九頭竜のほうを見やると首を縦に振り口を開く。

「そうです。我々にはガーディアンズに対抗する力は十分にあります。」

「そこであえてこちらに誘い込むことで油断させ一気に叩くと。」

「はい。向こうも警戒はしているでしょうが、こちらの戦力を正確に把握していないはず。そして、こちらの兵力なら勝算は十分にあると考えます。」

「なるほど、確かにその手ならば我々も十分に対策ができますね。」

ボスの発言に幹部全員が幹部全員が納得したようにうなずいた。


それからボスは先ほど質問に答えた桐野のほうを見つめ

「桐野。少し虐めちゃいましたね。すみません。」

と謝った。

「いえ、ボスは何も悪くありません。ボスの考えを迅速に思いつかなかった私が悪いです!」

「いえいえ。私は桐野が真っ先に手を挙げてくれて嬉しかったですよ。」

「ボス……!ありがとうございます!」

ボスの誉め言葉により、桐野は体を左右に揺らしていた。彼女の顔は笑顔に満ち溢れていた。




_____




「……では今後我々は元々予定していた作戦を実行しつつあえてガーディアンズをこちらに誘い込み【殲滅】するという流れでよろしいでしょうか。」

「はい。異論ありません。」

「俺も賛成です。」

「同じく賛成します。」

「了解した。」


「では今回の幹部会議を終了します。これからガーディアンズを迎える準備をいたしましょう!」


円卓での会議が終了し幹部全員が次々に部屋を退出し、部屋に残されたのはボス一人だった。

そんな彼は―――

(胃が痛い。つらい。おうち帰ろう…)

心の中で泣き言を言いながら胃痛と格闘していた。





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