【番外編】2人きりのクリスマス。
「クリスマスが今年もやってくる~♪」
肌寒い気温の中、漆黒のスーツを着た平田は独りでに小さな声で歌を歌っていた。
日付は12月23日。
彼女が歩く街中はクリスマスムード一色に染まっていた。
電気屋や玩具販売店では大人たちが多く集まっていた。
おそらく子供のプレゼントだろう。
クリスマス仕様の包装紙に包まれた荷物を持つ大人の姿が見える。
「……はぁ。」
その光景は微笑ましいと感じつつも、羨ましいという感情も浮かべる。
「ボスは今年のクリスマスどうするんだろう。」
平田の考えは一つだけだった。
ボスと二人きりでクリスマスを過ごしたい。
ただそれだけ。
「また変にはぐらかされるのかな……。」
エンプレスに所属して数年。
平田は何度もクリスマスの予定を坂田に聞いてきたが、すべて予定があると断られ続けている。
クリスマスに予定=恋人と!?と最初は考えていた。
しかし、部下を使っていくら調べても坂田の周囲に恋人と思われる存在は見つからなかった。
ましてやクリスマスは一人で自宅で生活しているのが判明している。
自宅に押し掛けるのも勇気がないため、今までは諦めていたが、今年はどうにかボスと一緒に過ごしたいと切に願う平田であった。
「今日、ちょうど話す機会があるし聞いてみようかな。」
そう呟いた彼女は、少し浮足気味でアジトへと向かっていった。
——————————————————
「本日の報告は以上になります。」
「……ありがとうございます。」
エンプレスの諸々の活動報告を終え、一息つく平田。
「お疲れ様でした。今日の作業は以上になるので、ご帰宅で大丈夫ですよ。」
「はい……。あ、あっあの!」
坂田の言葉を聞いた平田は、咄嗟に声をかける。
「……?どうしました?」
仮面をつけた先の表情を読み取りながら、彼女は話を切り出した。
「いえ……。ボスは今年のクリスマスお忙しいですか?」
彼女の問いに、坂田は少し言葉を詰まらせた。
少し雰囲気が悪い気がする。
聞いては行けないことを聞いてしまったのだろうか。
「……ボス?」
「あ、いえ、なんでもないですよ。」
少し焦った様子を浮かべる坂田に首を傾げる平田。
「クリスマスですね。特に予定はないですよ。」
その言葉に平田は目を見開く。
今までなんだかんだ予定があると言われ続けてきたというのに、今回は予定がないと答えてきた。
彼女は勢い混じりに口を開いた。
「わ、私も予定がありませんので一緒にお食事でもいかがですか!?」
勇気を振り絞った言葉。
平田にとってチャンスは今この瞬間だけだった。
「食事ですか……。」
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
それに合わせて呼吸も荒くなる。
「良いですよ。時間はどうしましょうか。」
それは、平田が一番求めていた言葉だった。
胸の奥にあったモヤモヤしたものが晴れていく。
「夜はいかがでしょうか!会場などはまだ決めておりませんが……。」
「いいですよ。場所は私の方で決めてしまって大丈夫ですか?」
「はい、もちろんです!」
ついに決まった坂田とのクリスマス。
2人きりでもはやクリスマスデートと言っても過言ではない。
「では、場所は改めて連絡します。」
「わかりました!」
(ボスが決めた場所で2人きりの食事……ああっ、脳が溶けそう……。)
顔をでで覆った平田は、人前では決して見せることができない表情を浮かべていた。
———————————————————
坂田と別れ、帰路に着く平田。
彼女の脳内は明後日の12月25日のことでいっぱいであった。
ふと、とあることを思いつく。
「そうだ、冥土さんに報告しておこうかな。」
恋敵である有栖への報告という名の自慢。
それは最大限の煽りとも言えた。
「この話を聞いたら暴れ出しそうだなぁ……。」
悪魔のような笑みを浮かべる平田。
実は平田だけではなく、有栖も毎年のようにクリスマスを坂田と過ごそうと何度も試みていた。
しかし、彼女も平田と同じく何度も断られ続けていた。
「ふふっ……」
そんな有栖に坂田と2人きりでクリスマスを過ごすと言えばどうなるだろうか。
「あの冥土さんのことだし、暴れた後にずっとリストカットしてそうだな……。」
平田は笑みを未だ浮かべながら、有栖に連絡をしようと、携帯電話を取り出した。
「いや、待てよ……。」
その時、彼女の指の動きが止まる。
「冥土さんのことだし、場所を特定されて合流される可能性もあるな……。」
メンヘラをあまりにも拗らせた有栖の行動は時たまに異常な行動をしてくる。
そんな瞬間を何度も見てきた平田は不安を感じていた。
「やっぱりやめておこう。こんなチャンス二度とないんだし。」
そういって携帯電話をしまった平田は自身のアジトへと歩き出した。
———————————————————
12月25日の早朝。
平田が目覚めると、携帯電話に一通の通知が残されていた。
『今日の夜ですが、私の家に来てください。』
その通知をみて、大きく目を見開く。
普段仕事の際に迎えに行く程度の事しかしない坂田の自宅に入ることができる。
「これって、俗に言うおうちデートってやつ!?」
興奮冷めやらぬ朝。
今日は一日中フリーであるため、平田は朝から化粧や服装選びに時間をゆっくりかけることにした。
「ボスはどういう格好が好きかな……。」
エンプレスに入ってから基本的にスーツ姿しか坂田には見せてなかった。
いざ、私服を着ていくとなると悩んでしまう。
「クリスマスに関するコスプレもありかな?」
彼女が手にしたのはサンタ服のコスプレ衣装。
例年着る機会がないが、クリスマスというイベントの関係上、こういうコスプレも場の盛り上げとしては選択肢に入っていた。
「こっちはサンタで、これは……。」
サンタ服とは別に彼女が手にしたのはトナカイのコスプレ衣装らしき物だった。
「って、この服露出多すぎでは……。」
その衣装は、肩や腹が大きく曝け出され、ほとんど下着のような物だった。
「流石にこの服は着ていけないなぁ。」
咄嗟に衣装を片付けると、彼女は改めてクローゼットから服を探していく。
「結局これが一番なのかも。」
彼女が選んだのは、普段着こなしている漆黒のスーツであった。
いざ、クリスマスといえど、自分の主人である存在の自宅に入る。
そう考えると正装の意味も含め、無難なスーツ姿が一番良いと考えた。
「今日はより一層力を入れてメイクしないと。」
衣装選びに数時間かけた平田はメイクを自分の手で進めていく。
その様子は、これから恋愛の戦場に向かう女性その物だった。
いかに坂田に気に入ってもらえるか。
ただ、それだけだった。
———————————————————
「はぁ、緊張する……。」
その日の夜。
坂田の自宅前に到着した平田は、過去最高に緊張していた。
「大丈夫。今日は2人でご飯を食べるだけ……。」
そう言いながらも、クリスマスの夜に男女が2人きり。
平田も意識していないわけではなかった。
「まあ、一応?準備はしてあるけど。」
彼女が左肩に抱えるバックには、”様々な道具”が入っていた。
あまりにもぎこちない動きをしながら、彼女は坂田が住む部屋番号のインターホンを押す。
すると、返事はないが、エントランスのオートロックが解除された。
「ボスの部屋は最上階か。」
ここから先は平田ですら一度も足を踏み入れたことがない領域。
エレベーター内でひとり緊張が走る。
「ここか……。」
目の前に現れたドア。
いざ、備え付けのインターホンを押す。
すると、ドアの鍵が解除される音が聞こえた。
平田は緊張冷めやらぬ中、ドアノブに手をかけ、ドアを開けた——————。
その瞬間だった。
「おかえりなさいませ。”平田さん”。」
メイド服姿の人間が平田の前に現れた。
「な、なっ……!」
「どうされましたか。ひどく困惑しているようですが。」
その正体は有栖そのものだった。
「どうして冥土さんがここにいるんですか……。」
「なぜって言われましても……。」
すると、有栖の背後から人影が現れる。
「私もいるわよ。」
その人影とは、紗月であった。
彼女は、普段の服装とは打って変わってサンタクロースの格好をしていた。
「紗月さん!?」
「まぁ、ボスから誘われてね。私も暇だったしきたわけ。」
「そうですか……。」
平田の頭の奥で、何かが崩れる音がした。
もはや泣きそうであった。
「ちなみにボスはいらっしゃいますか……?」
「今なんか買い物にいっちゃったね。すぐ戻るって行ってたしもうすぐ帰って来るんじゃないかな?」
「その間、私と紗月さんで料理を作っていたところです。」
「そうですか……。」
もはや叶わなくなった2人きりのお家デート。
いや、そもそも坂田には2人きりで過ごす考えはなかったかもしれない。
大きく落胆する平田。
そんな彼女をみて、有栖は声をかけた。
「まあ、そこまで落ち込まずとも、楽しみましょうよ。」
「ボスと2人きりならまだしも、なぜあなた達変態2人も同じなのですか……。」
「あら、心外ね。私を変態呼ばわりなんて。」
落ち込んだふりをする紗月。
しかし彼女は口を開く。
「でも、今はボスが外にいて家の中は私たちに任されているのよ?」
「それがなんなのですか……。」
平田の問いに、紗月は満面の笑みを浮かべる。
「ボスも”今日は無礼講だ”って言ってたし、多少部屋の中で”ナニ”をしようが勝手だと思うのだけど……”例えば寝室とかね”」
「……。」
「平田さんも料理作りのお手伝いをしますか?”材料は任せますよ”。」
紗月と有栖の言葉に平田はため息を吐いた。
「はぁ……。それじゃあお邪魔しますよ。」
彼女は靴を脱いで部屋に入っていく。
その様子を見た紗月は声に出して笑う。
「ははっ、やっぱり平田ちゃんも変態じゃない。」
紗月と有栖も部屋の中に戻っていく。
クリスマスの夜は始まったばかりだった。
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