第18話 帰路

インタビュー動画の撮影・収録が終了した・・ライトがダウンし、カメラが三脚から外される・・様々な撮影・録音機器が片付けられていく・・。


マルセル・ラッチェンス、アランシス・カーサー、ハイラム・ケラウェイ、デザレー・ラベル女史、ミンディ・カーツ女史が歩み寄る・・スタジオアシスタントが数名来て、装着していた機器を取り外してくれる。


「・・改めましてお疲れ様でした・・そして、ありがとうございました・・大変に素晴らしい素材が収録できました・・きっと素晴らしいプロモーションビデオが完成するものと思います・・また、ハンナ・ウエアーさんから寄せられましたご要望には、鋭意検討させて頂きまして、直ちに着手致します・・さあそれでは、お三方には着替えをお願いします・・アドル・エルクさんは、一先ずこちらへ・・」


そう言うマルセル・ラッチェンスに促がされてソファーから立ち上がり、リサ・ミルズ、リーア・ミスタンテ、ハル・ハートリー等が待っているテーブルに歩み寄り、用意された席に座る・・ドレススタイルの3人は控室に向かう。


「・・ありがとうございました・・それで、この後はどうされますか・・?・・何かご要望があれば、出来る範囲でお応えしますが・・?・・」


と、アランシス・カーサーが申し出る・・。


「・・そうですね・・ドリンクディスペンサーのある会議室をお借りできますか・・?・・3人が戻ったら、協議と言うか話し合いをしたいので・・」


「・・分かりました・・直ぐに用意します・・」


そう言って、アランシス・カーサーは退がった・・。


「・・お疲れ様でした・・良かったですよ・・」


と、リサ・ミルズがこちらに顔を向ける。


「・・お疲れ様でした・・良いお応えだったと思います・・」


と、ハル・ハートリー。


「・・お疲れ様でした・・私も好かったと思います・・格好も好くて、益々艦長然として来ましたね・・」


と、リーア・ミスタンテが笑顔を見せる・・。


「・・お疲れ様でした・・本当に格好良くて、素敵でした・・」


と、パティ・シャノン。


「・・お疲れ様でした・・私も本当に好い受け応えだったと思います・・格好も好くて、素敵でした・・」


と、カリーナ・ソリンスキー・・。


「・・皆、ありがとう・・もう長いインタビューは無いだろうね・・あとは共同記者会見で、幾つか質問を受ける程度だろうな・・まさかプロモーションで・・何か演技をしてくれとかは、無いよね・・?・・」


「・・分かりませんね・・まだ時間はありますから、予想して置いた方が良いのかも知れません・・」


と、ハル・ハートリーがこちらを観ないで言う。


「・・そうか・・じゃ、その時には演技指導をお願いしますね・・」


そう言った直後にアランシス・カーサーが戻る。


「・・お待たせ致しました・・会議室の用意が出来ましたのでご案内します・・こちらへどうぞ・・お三方には別の者がお話しして、ご案内します・・」


「・・分かりました・・ありがとうございます・・じゃ、行きましょう・・」


そう言って立ち上がると、アランシス・カーサーの後に従って歩き始める・・。


案内されたのは、6階の会議室だった・・通されると中央に20人ほどが座れる大きい円卓がある・・固定端末は収納式のようだ・・それで取り敢えずは上座と観られる席に着く・・リサ・ミルズは、私の右隣に座る・・4人はそれぞれ間を空けて座る・・私は保温ボトルをテーブルの上に置き、ハーブティーを注いで口を付ける・・もうそれ程に熱くはない・・二口で半分ほど飲んだ・・。


「・・まだ寒いですから皆さんも、何か温かい飲み物を出して飲んで下さい・・」


コーヒーとホットチョコレートと紅茶と緑茶が、それぞれの前に並ぶ・・。


リサ・ミルズも自分の保温ボトルから、ハーブティーを飲む・・。


「・・リサさん・・チーフ・カンデルへの依頼メッセージは・・?・・」


「・・もう送信しました・・了解したとの返信も届いています・・」


「・・そう・・ありがとう・・」


全員が飲み終わって5分程が過ぎた頃合いでドアがノックされて、デザレー・ラベル女史が3人を案内して入室した・・。


「・・お待たせしましたが、お三方をお連れしました・・そしてこれが、3人分のフリーネーム・スペシャルパスです・・お届けしましたので、よろしくお願いします・・ご用がありましたら、通話かインターコールでお呼び下さい・・それでは、ごゆっくりお過ごし下さい・・」


3人がそれぞれ空いている席に座ると、そう言って彼女は3枚のパスを近くに座っているハル・ハートリーに手渡し、会釈して退室する・・。


「・・寒いでしょう・・?・・自由に飲み物を出して下さい・・早かったですね・・」


「・・着て飾り立てるのと、只脱いで洗い落すのとでは・・掛かる時間が違います・・」


そう言ってシエナ・ミュラーは、ホットコンソメスープを出す・・。


「・・そう・・スッピンに戻るだけだしね・・」


そう言いながらハンナ・ウエアーは、大盛りでコーンスープを出す。


「・・お腹が空いたんですか(笑)・ハンナさん・・?・・」


ハル・ハートリーから受け取ったパスを、リサ・ミルズに手渡しながら言う・・。


「・・ええ、仰る通り・・小腹が空きました・・」


と、頬を染めながらそう応え、スープカップを持って席に着く・・。


エマ・ラトナーは甘いハーブティーを出して、席に着いた。


「・・皆さん、お疲れ様でした・・そして、ありがとうございました・・この1日だけで、予想以上の収穫が挙がったものと思います・・これも偏に皆さんのおかげです・・その1日も、もうすぐ終わりますので・・話をまとめましょう・・ハル・ハートリーさん・・対話の成果を報告して下さい・・」


「・・はい・・4人で手分けをして連絡を執りましたので、対象とする全員とは繋がりました・・結果から先に言いますとサブスタッフ対象者の全員は、『ディファイアント』への乗艦・アドル・エルク艦長の指揮下に入る事・提示されたサブスタッフポストへの就任を諒承しました・・」


「・・分かりました・・ありがとうございます・・短い時間でよくやってくれました・・ご苦労様でした・・感謝します・・よく諒承して貰えましたね・・?・・」


「・・ええ・・やはり、メインスタッフとサブスタッフの全員が・・同じ交友グループのメンバーであった事が・・功を奏したようです・・アドル・エルクさんが自分達を・・グループの全員を選び抜いて揃えてくれた事に・・皆一様に驚いて・・アドルさんに感謝していました・・アドルさんの人柄や為人を皆訊いてきましたが、いずれ会って面談できるからと・・答えるのは必要最小限に止めました・・皆一緒に同じ艦の乗員としてこのゲーム大会に参加できる事に、とても喜んでいました・・」


「・・ハル・ハートリーさん、リーア・ミスタンテさん、パティ・シャノンさん、カリーナ・ソリンスキーさん、改めてありがとうございました・・よくやってくれました・・続けてですみませんが、もう一度ここにいる全員で通話を繋いで話してみて下さい・・私の事を色々と伝えてくれても結構ですよ・・そこで、通話ででしたが全員の意志が確認できたところで・・今週の金曜日の夜までに全員を一堂に会して、面談と会議を行いたいです・・出来れば私の終業後でお願いしたいのですが、スケジュール的に厳しいようでしたら日中でも吝かではありません・・私が休暇を取得すれば良いだけの事ですから・・全員とまた通話を繋いでスケジュールの調整をお願いします・・連絡は私にでも、リサさんにでも構いません・・あと通話の際に、リアリティ・ライヴゲームショウの番組制作発表会見が2月22日、日曜日の18時から・・全艦長と全副長が出席した上での総合共同記者会見が2月25日、水曜日の19時から公開生配信で開催されますので・・全員に出来得る限りの出席を要請して下さい・・これらはまあ、厳しいようでしたら無理強いはしません・・只、今週中の全員集合は実現させましょう・・連絡、対話で時間を取らせてしまいますが、よろしくお願いします・・」


「・・分かりました・・ここにいる全員で改めて手分けをして、対象者全員と通話を繋いで対話します・・日中のアドルさんの手を煩わせるような事はしません・・金曜日の夜までで宜しいのでしたら・・必ず夜に全員集合させます・・場所はどちらが宜しいでしょうか・・?・・」


と、シエナ・ミュラーが私の顔を真っ直ぐに観て訊く。


「・・そうですね・・では、リサさんにお願いしましょう・・全員が集合しても狭苦しさを感じさせない・・かつ対外的にあまり目立たない場所を探して下さい・・見付かったらシエナさんに連絡を・・大丈夫ですか・・?・・」


「・・はい、大丈夫です・・直ぐに探し出して報せます・・」


「・・ありがとう・・お願いします、シエナさん・・何か新しく想うところでもありましたか・・?・・先程の話し方は、これまでの貴女とは少し違うように聴こえましたが・?」


「・・私達は・・いや、私は・・私達を導いて・・いや、率いてくれる人を探し求めていたのかも知れない・・と思ったのです・・」


「・・そうですか・・では私は・・皆さんを導いて、率いて行ける程の人物となれるように・・精進するとしましょう・・ハンナさん・・貴女の個室が善い形で改装出来ると善いですね・・」


「・・そうですね・・期待しています・・」


「・・皆さん!・今週に行う全員集合会議が・・本艦最初の作戦会議です・・そのように意識して参加して下さい・・宜しくお願いします・・他に・・この場で話して置くべき事はありますか・・?・・」


「・・まだ局側からの、ブリーフィングやレクチャーを受けていないメンバーはどうしますか・・?・・」


と、ハル・ハートリーが訊く。


「・・その事については、本艦最初の作戦会議で討議しましょう・・それで宜しいですか・・?・・」


「・・分かりました・・」


「・・他にはありますか・・?・・」


と、見廻して訊き30秒と少し待ったが、誰も口を開かなかった・・。


「・・分かりました・・それでは今日は、これで終わります・・帰りましょう・・皆さんには、通話連絡・対話・課題や宿題・マニュアルの読み込みと、色々とやって頂く事が出来ましたが・・焦らずに、慌てずに取り組んで下さい・・何か判った事、気付いた事、懸念が出ましたら・・私かリサさんに連絡して下さい・・できれば日中の連絡はメッセージでお願いします・・我々は他の艦より編成上では先行しています・・無理に急がなくても大丈夫です・・落ち着いて取組みましょう・・それとくれぐれも、貸与された物は紛失しないようにお願いします・・改めて今日はありがとう・・ハルさん、リーアさん、パティさん、カリーナさんは私のエレカーで送ります・・シエナさんとハンナさんはリサさんを送ってあげて下さい・・」


「・・あ、私がアドルさんのエレカーを運転します・・今日はお疲れでしょうから・・」


そう言ってエマ・ラトナーが手を挙げる。


「・・貴女だって疲れているでしょう・・?・・それに貴女のエレカーはどうするんですか・・?・・」


「・・運転は私の得意分野ですから大丈夫です・・それに私のエレカーはオートドライヴで、アドルさんのエレカーの後を付いて来させますから心配ありません・・」


「・・1人、多くなりますよ・・?・・」


「・・あ、私がハンナのエレカーに乗ります・・そっちの方が近いですから・・」


と、パティ・シャノンが手を挙げる。


「・・分かりました・・それで行きましょう・・お疲れ様でした・・」


そう言って立ち上がり、借りていた保温ボトルをリサ・ミルズに返した。


1階のロビーエントランスで、マルセル・ラッチェンス等の見送りを受ける。


今後の来社で同行して来る私の関係者3人が決まったら、氏名は事前に連絡すると約した。


プロモーションビデオの公開はいつ頃になるだろうかと訊いたら、2月23日になる予定だと言われ、動画データは事前に送付するからと聞かされた。


最後に全員で見送りに来てくれた局側のスタッフ達と握手を交わして正面出入り口から出る。


そのまま徒歩で施設の正門から出て、朝に集合した店のパーキングに向かう。


私は最後尾に付いて歩きながら、携帯端末を会社のサーバーに接続させ、様々にブラウズさせる・・私を指名してでの新規業務依頼・・新規顧客登録もその増加数、増加率共にもう抜き差しならない状況だ・・あの噂・・噂だけで消えて欲しいが・・・。


シエナ・ミュラーとハンナ・ウエアーとリサ・ミルズは、先頭を並んで歩いている。


「・・リサさん・・アドルさんが貴女を送って行ってやってくれって頼んだのよ・・」


と、シエナ・ミュラーが横目で観る。


「・・分かっています・・そう言うだろうと思いました・・」


「・・リサさんて、若いのに強いよね・・アタシなんか、アドルさんの近くにいると15才になっちゃう・・」


と、ハンナ・ウエアー・・。


「・・そうなんだ・・アタシは18才かな・・?・・」


「・・大して違わないよね・・?・・」


その2人のやり取りで、クスっと笑う・・。


「・・良かったよ・・笑ってくれて・・」


と、ハンナ・ウエアー・・。


「・・会社の方、大変なんでしょ・・?・・大丈夫・・?・・」


と、シエナ・ミュラーが気遣って見遣る。


「・・大丈夫でしょう・・サポートメンバーも、まだまだ増やせますから・・」


「・・なら、良いんだけどね・(小声で)・ねえ、リサさんが強いのってキスしたから・・?・・アタシはまだ、手さえ握って貰ってないんだけどね・・?・・」


「・・ハンナ!?・あんた、何言ってるのよ!?・・」


「・・良いと思いますよ・・手を握っても、ハグしても・・キスは影響が大きいですけれども・・でも私は、もう2度とアドルさんには触れません・・秘書ですから・・その代わり私は、平日のアドルさんの直ぐ近くにいつも居ます・・皆さんがアドルさんにどのように触れたとしても・・もう私は何とも思いません・・平日の方が休日よりも遙かに長いですからね・・」


「・・その言葉が聴きたかったよ・・リサさん・・あたし達より貴女の方が、ずっとライバルが多いんだからね・・しかも一人でアドルさんを守らなきゃならない・・キツくなったら連絡して・・職場訪問ってことで、乗り込んでも良いよ・(笑)?・・」


と、ハンナ・ウエアー・・。


「・・ありがとうございます・(笑)・そうはならないように努力しますが、もしもそうなるようでしたら、宜しくお願いします(笑)・」


「・・宜しくお願いします・・お世話になります・・」


そう言ってリサ・ミルズは、エレカーの後部座席に左側から乗り込む・・右側からはパティ・シャノンが乗り込む・・助手席にはシエナ・ミュラーが座り、ハンナ・ウエアーが運転する・・エマ・ラトナーが自車のオートドライヴセットに掛っている間に、先に発車した・・。


「・・あたし達は基本的に今月はヒマだからさ・・先にリサさんを送って行くね・・」


そう言いながらハンナ・ウエアーは、リサ・ミルズから貰ったメディアカードを、エレカーのカードスロットに滑り込ませて、ナビゲーションビューワーで彼女の住所を読み出させて、行先としてセットする。


「・・あ、あの私は、最寄りのパブリックステーション迄で、本当に結構ですから・・」


「・・好いの、好いの・・リサさんは、遠慮なんかしなくたって良いんだからね・・」


かなり強めに遠慮しようとしたリサ・ミルズだったが、パティ・シャノンが右から彼女の肩を軽く押さえて言ったので、それ以上は諦めたようだ・・。


「・・あのアドルさん・・このエレカーはご自身で購入されたのですか・・?・・」


私の車を運転しながら、エマ・ラトナーが訊く。


「・・いや、会社と折半で買った物だから・・半分社用車だね・・」


「・・運転していて感じる様々な感触からも判りますが・・この車は調整が必要です・・でないと三ヶ月を待たずに色々な不具合が発生し始めるでしょう・・」


「・・そうなんだ・・それは困ったね・・」


「・・アドルさん、私は車の業界にも伝手がありますから、安く購入できるように手配します・・」


「・・うん・・じゃあ、宜しく頼むかな・・いや、でもね・・君が今乗っているあの車は・・私の収入4年分でも買えないよ・・それだけ承知して考えてくれるのなら、1台見繕って貰うかな・・私が払って、生活できる範囲内でね・・」


「・・ご心配なく・・好い車をすごく安く見繕いますから・・暫くお待ち下さい・・それとも、あの車をそのままお譲りしましょうか・・?・・」


「・・やめてください・・あの車で出社したら、何を言われるか判ったものじゃない・・私には分不相応すぎるよ・・エマさんの見繕いに任せます・・」


「・・分かりました・・お任せ下さい・・」


「・・そんな事よりも、運転の感触だけでその車の状態が把握できると言うのはすごいね・・エマさんが運転・操縦に於いて超A級であるのは、間違いがない・・が、それだけではなく、エマさんにはエンジニアとしても高いポテンシャルがある・・そしてその事を、本人も知っている・・まあ、それでなければエクセレントフォーミュラ・クラスのマスターパイロットにはなれないだろうがね・・エマさんとリーア機関長に組んで貰えば・・色々と出来る事が拡がるだろうね・・」


最後の言葉でエマ・ラトナーとリーア・ミスタンテが少し緊張する・・ハル・ハートリーは改めてアドル・エルクの観察力と想定力に感心した・・。


「・・ところでハル・ハートリーさん・・皆さんの今月のスケジュールは、あまり埋まっていないのですか・・?・・」


「・・はい、アドルさんの言われる通り、私達はこのゲーム大会のリアリティ・ライブショウへの参加を希望して、事前に自分を登録していますので、大会が開幕するまではどの艦からオファーが掛かるか分かりません・・因って基本的に開幕までの私達のスケジュールは、ほぼほぼ空です・・」


(・・ふん・・1つ思い付いたがこれは下衆なやり口だし、彼女達にこれ以上の負担を強いるのもまずい・・忘れるとしよう・・今は学びの時期でもあるしな・・)


「・・そうですか・・分かりました・・」


「・・何か、お考えがありましたか・・?・・」


「・・あるにはありましたが忘れました・・気にしないで下さい・・」


「・・分かりました・・」


「・・ハルさん、リーアさん、カリーナさん・・今はマニュアルを読んでいて下さい・・」


「・・分かりました・・」


と、3人とも貸与された携帯端末を取り出す。


「・・エマさん・・レースで凌ぎを削っている時・・他のパイロットの呼吸を感じますか・・?・・」


「・・勿論感じますよ・・でなければ、抜かれて抜き返すなんて芸当はできません・・」


「・・やはり、『ディファイアント』のメインパイロットは貴女にしか任せられない・・艦同士の通信に、制限が全く掛らないなら連戦から乱戦に雪崩れ込むような事態も在り得ますから、その場合に必要なのは相手艦の呼吸が読める事と、徹底的に軽いフットワークと、とにかく他艦を圧倒する程に高い加速性能なのですからね・・それとエマさんにはカウンセラーとも組んで貰いましょう・・そうすれば相手艦の艦長が何を考えているのかも、ある程度は解るだろうね・・」


「・!・人の思考が解るのでしょうか・?!・」


私の最後の言葉に少し驚いた様子で、エマ・ラトナーは訊く。


「・・思考の仔細まで解る必要は無いですよ・・周辺宙域のチャートと自艦の航行方位と速度・・それに対する相手艦のコースとスピードと態勢・・それと相手艦長の呼吸と感情がある程度分かれば、相手艦が何を目的としているかが分るでしょうからね・・」


「・・すごいですね・!・」


「・・いや、呼吸が読めて、ある程度感情移入が出来れば、解ると思いますよ・・」


エマ・ラトナーは運転しながら私をチラチラと観ている・・。


「・・安全運転でお願いしますね・・」


ハッとして前に注意を戻すと、頬を染める・・。


「・・エマさんは、水泳が好きなんですね・・速いんですか・・?・・」


「・・いえ、泳ぐのが好きなだけで、速くはないですよ・・」


「・・僕もたまに泳ぎに行きますよ・・あと、プールの中を歩いたりもします・・」


「・・そうですか・・今度、ご一緒にいかがですか(照れながら)・・?・・」


「・・そうですね・・何も無ければご一緒しましょうか・・」


私のその言葉にハル・ハートリーがフッと顔を上げたが、後が続かなかったのでまたファイルに眼を落した。


ハンナ・ウエアーの運転するエレカーが、リサ・ミルズの住所の来客用駐車スペースに滑り込む。


「・・ねえリサさん・・ここがリサさんの実家なの・・?・・」


と、パティ・シャノンが外を見上げながら訊く。


「・・いえ・・ここに住んでいるのは私だけです・・」


「・・えっ、このタワーマンションのCМに出たけど、間取りがスゴイよ・・賃貸だよね・・?・・」


と、ハンナ・ウエアーがリサ・ミルズの顔を観ながら訊く。


「・・はい・・あの・・あまり訊かないで下さい・・それとこの事は、アドルさんには言わないで下さい・・」


「・・リサさんね・・私達はこれからかなりに長い間、一緒にやって行くんだよ・・知らせなくても、いずれ知る時は来るよ・・」


と、シエナ・ミュラー。


「・・でも・・私の実家の事は、アドルさんには知られたくないです・・」


「・・リサさんのお父さんって・・まさか社長さんじゃないんでしょ・・?・・」


と、パティ・シャノン。


「・・・・・・・」


「・・・マジ・・!?・・」


と、ハンナ・ウエアー。


「・・大丈夫だよ、リサさん・・アドルさんは、リサさんのお父さんが社長さんだって知っても・・最初はチョット驚くだろうけど、特に何とも思わないよ・・アドルさんは、そのくらいの事で態度がガラッと変わるような人じゃないと思うね・・」


と、シエナ・ミュラーが励ますように言う。


「・・そうなら良いんですけど・・」


「・・ねえリサさん・・貴女はアドルさんの秘書でしょ・?!・秘書である貴女がアドルさんを信じて支えなくちゃいけないんじゃないの・・?・・」


「・・それは分かっています・・」


「・・ねえリサさん・・せっかくここまで来たんだし、貴女とはもっと仲良くなりたいし・・アタシ達はヒマだからさ・・ちょっとお部屋にあげてくれない・・?・・」


そう言ってハンナ・ウエアーは、リサ・ミルズの顔を観ながら悪戯っぽく微笑む。


暫く前に私の社宅に帰着した・・社宅のガレージに駐車させた私のエレカーの運転席で、エマ・ラトナーはキーボードをAIに接続してアプリケーションソフトの調整を行ってくれている・・彼女のエレカーは近くの公共駐車スペースに停めており・・他のメンバーはその中で待っている・・。


「・・3つのアプリのバグを取って・・駆動系との連動に於ける誤差を修正しています・・これが終れば結構調子が良くなる筈です・・この3つを統合するアプリもあるんですけれども、それと置換してしまうと会社で行っている定期点検の時に戸惑わせてしまうと思いますので、やりません・・あと・・4分程で終わりますので、もう暫くお待ち下さい・・」


「・・やっぱりすごいね・・結構デキるシステムエンジニアの上をいく腕だね・・OSも弄れるの・・?・・」


「・・出来ますけど・・それこそ点検の時にスキャンチェックを受け付けなくなっちゃいますね・・」


会話をしながらもエマ・ラトナーの指は、キーボード上を目まぐるしく走る。


「・・キーボードとか、色々なツールも車内に積んでいるの・・?・・」


「・・ええ、積んでいますね・・だから走っていて、うん?って感じたら直ぐに駐車して調整します・・だから、あの車はもう7年目なんですけれども・・同じシリーズの後継車種に比べて・・調子とか基本性能でもかなり上ですね・・だからディーラーに持って行くと、いつも驚かれます・・」


「・・ますます頼もしいね・・ブリッジのシステムチェックとメンテナンスは、エマさんに中心になって貰った方が良いかも知れないね・・」


巨大タワーマンションの15階、リサ・ミルズの居宅である・・。


シエナ・ミュラーが借りた双眼鏡で室内から窓の外を眺めている・・。


「・・観える・・?・・ウチの会社が入っているビル・・?・・」


と、ハンナ・ウエアーがソーサーごとハーブティーのカップを両手で持ちながら訊く。


「・・観えるよ・・スッゴク小っちゃいけどね・・」


と、そう言ってシエナ・ミュラーが双眼鏡をリサ・ミルズに返し、代わりにジンジャーエールで満たされたグラスを受け取る・・。


「・・ベランダにも出られるんですけれども、今日は風が強いので危ないですから・・」


「・・間取りは2LDKだけど・・リビングの広さがとんでもないね・・」


と、パティ・シャノンがコーヒーを飲みながら言う。


「・・アドルさんが決めた全員集合会議だけど・・ここでやろうよ、リサさん・・」


ハンナ・ウエアーがハーブティーを二口飲み、ソーサーごとカップをテーブルに置いて、そう提案する・・。


「・・!・えっ!・それは・・・」


「・・貴女の生い立ちをアドルさんに隠し通す事は出来ない・・ここならメインスタッフとサブスタッフが全員集まっても狭苦しくない・・そして、ここ以上に対外的に目立たない場所は無い・・また今挙げた2つの条件を満たせる場所は・・おそらく見付からない・・リサさん・・そうなると結論は・・?・・」


シエナ・ミュラーがジンジャーエールを半分程飲んで、グラスをテーブルに置く。


「・・分かりました・・ここで全員集合会議を開催します・・皆さんへの連絡、対話の上でスケジュールの調整は宜しくお願い致します・・」


「・・そう来なくっちゃね、リサさん・・そっちの方は合点承知って事でね・・それじゃあ、これ以上はお邪魔だし・・アタシ達にはやる事が山積みだしね・・帰ろうか、みんな・・?・・リサさん・・色々とプレッシャーを掛けちゃってゴメンね・・でも、リサさんとアドルさんなら絶対に大丈夫だよ・・アタシ達が応援してるんだからね・・」


そう言ってハンナ・ウエアーは、リサ・ミルズの両手を両手で握った。


「・・終わりました・・」


そう言ってエマ・ラトナーが表示ウインドウを閉じてキーボードを外す。


「・・これでかなり調子は上向くはずです・・」


「・・ありがとう・・でもこれでエマさんが1台見繕ってくれても、こいつを手放せなくなったら困るね・・?(笑)」


「・・そうなったら、2台所有されてもよろしいでしょう・・それぐらい安く見繕いますよ・・」


「・・ありがとう、エマさん・・お疲れ様でした・・気を付けて帰って下さい・・あの3人を、宜しくお願いしますね・・」


「・・こちらこそ今日は、本当にありがとうございました・・私は・・アドルさんのために頑張ります・・」


そう言って私の顔をジッと観るので、私は彼女の右手を右手で取って左手でポンポンと軽く叩きながら言う。


「・・みんなで一緒に頑張りましょう・・それじゃ、お疲れ!・」


そう言って車から降りたので、彼女も降りた。


彼女が自分のエレカーに乗り込むまで付いて行って送り届け、車内で待っていた3人に右手を挙げて挨拶すると、周囲の安全を確認して発進OKと合図する。


彼女は直前に私を観て左手を挙げて挨拶すると、発進した。


私は彼女のエレカーが暫く直進して、左折して走り去るまで見送る。


ハンナ・ウエアーが運転して巨大タワーマンションの駐車スペースからエレカーを発進させる。


「・・今日は・・色々と・・驚いたね・・」


と、シエナ・ミュラーが助手席で言う。


「・・あと一つ、ハッキリさせなきゃいけない事があると思うけど・・それを確かめるのは、もっと先でないと分からないかも知れない・・」


運転しながらハンナ・ウエアーが呟くように言う。


「・・アドルさんの会社の社長さんが・・何を考えているか・・よね・・?・・」


と、パティ・シャノンがシエナ・ミュラーの後ろから訊く。


「・・リサさんにこれ以上訊いても・・社長さんの真意は分からないね・・」


と、シエナ・ミュラーが嘆息する。


「・・アタシ達がアドルさんを支えて・・『ディファイアント』が勝ち抜いて行けば・・ハッキリして来るんだろうね・・」


と、ハンナ・ウエアーが眼を細める・・。


「・・それがもしも・・アドルさんとその家族を・・傷付ける様なものになるなら・・アタシ達にも考えがあるって事だね・・」


言いながらシエナ・ミュラーは・・真っ直ぐに前を見据えた。


「・・あなた・・アドルさんの事・・どのくらい好きなの・・?・・」


助手席でハル・ハートリーが訊く。


「・・あたしは・・アドルさんの為なら・・何でもやるよ・・」


運転しながらエマ・ラトナーが・・絞り出すように言う。


「・・それなら・・私達は皆、アナタと一緒だよ・・エマ・・」


と、カリーナ・ソリンスキーが言う。


「・・そう・・それで今・・あたし達は・・それで良いって事だよ・・」


と、リーア・ミスタンテがファイルの表示から眼を離さないで言う・・。


エマ・ラトナーが運転するエレカーは、センタータウンハイウエイに乗って、更に加速して行った・・。



第一部

『・・まさか・・当選!?・・』   完

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