『集結』
第19話 夜と昼と
社宅に戻った私は、今日着ていたコートと上着の上下とシャツとネクタイを紙袋に入れると、外出用の軽装に着換えて紙袋を持ち、外に出た。
3軒隣がクリーニングサービス店なので、歩いて行って預けて依頼する。
戻った私は顔を入念に洗って、携帯端末での通話をスコットに繋ぐ。
「・・もしもし、俺だけど・・今、大丈夫か・・?・・」
「・・ああ、先輩・・早かったですね・・大丈夫ですよ・・」
「・・それで、どうだった・・?・・課長に訊いてくれたか・・?・・」
「・・ええ、課長の話ではチーフ・カンデルはやはり、営業職経験のある社員に広く呼び掛けて、ウチの業務のサポートをリモートで出来るメンバーを募るつもりのようだと・・」
「・・そうか・・やはりな・・リモートでのサポートでパートタイムでも良いなら、メンバーはかなり増やせるだろうな・・」
「・・そうですね・・残業にならないで済みそうなのは、結構ですよ・・」
「・・そうだな・・他には何か無かったか・・?・・」
「・・特には無かったようですけど・・」
「・・そうか、分かった・・いつも訊いて貰ってすまないな・・」
「・・お易い御用ですよ・・それより今日はどうだったんですか・・?・・」
「・・いやあ、凄かったよ・・さすがにトップクラスの女優さん達だよな・・インタビュー動画を撮影するのに3人、ドレスに着換えてくれたんだけど・・綺麗だったね・・眼を見張るって言うのは、こう言う事だな・・」
「・・全く、羨ましい事ばっかりしてくれますよね・・先輩は・・」
「・・悪いな・・ああ、今度の大きい集まりには連れて行くからな・・楽しみにしておいてくれ・・」
「・・お願いしますよ、先輩・・楽しみにしてますから・・」
「・・ああ、それじゃまた明日な・・」
「・・ええ、また明日・・」
それで通話を終えた。
巨大高層タワーマンションの15階・・リサ・ミルズの居宅・・・
自室に設置されている固定端末に向かい報告書を作成していると、傍らに置いている携帯端末が着信音を鳴らしたので取り上げる。
「・・はい、リサです・・あっ、アドルさん・・今日はどうもお疲れ様でした・・」
「・・どうもお疲れ様でした・・無事に着いた・・?・・」
「・・はい、お陰様で・・今はもう自分の部屋です・・」
「・・そうか・・それで今日の報告書なんだけど、もう取り掛かっている・・?・・」
「・・はい、もう始めていますが・・もう暫く掛かると思います・・」
「・・分かった・・あの、チーフ・カンデルからの返信で、明日話があるとか言ってた・・?・・」
「・・いえ、そのような話はありませんでしたが・・」
「・・明日からリモートで参加してくれる助勤社員については・・朝礼で課長から話があるかな・・?・・」
「・・あると思いますね・・」
「・・そうだろうね・・それと・・全員集合会議を開けるような場所は見付かった・・?・・」
「・・まだ見付かっていませんが、見付けます・・」
「・・分かった・・それじゃ、宜しく頼むね・・忙しい所をごめん・・お休みなさい・・」
「・・お休みなさい・・また明日・・」
「・・うん、それじゃね・・」
通話を切って端末を置き、また固定端末に向おうとしたが立ち上がると、テーブルのティーポットから一杯カップに注いで二口飲んだ。
フゥっと息を吐いてカップをキーボードの隣に置くと2歩退がり、ゆっくりとしたストレッチを8分程行い、深呼吸3回で心身を解す・・。
座ってハーブティーをまた二口飲んでから、報告書の作成を再開する。
(・・終わったらまたシャワーを浴びて直ぐに寝よう・・)
ベランダのデッキチェアに座り、ハイラム・サングスター氏が分けてくれたプレミアムシガーのボックスを開けて一本を取り出し、咥えて一服点ける。
吹かして燻らせ、テーブルからグラスを取り上げてモルトを一口含む。
旨い・4口分ぐらいしか注いでいないグラスの琥珀色を透かして夕日を観る。
今日は結構早く帰って来た・・また一服燻らせて、モルトを一口含む。
妻と娘に通話を繋がないのを悪いと思いながらも、チーフ・カンデルからの親書メッセージが妻に届けられるまでは待とうとも思う。
だが、親書メッセージが届けられると言う事自体は、事前に話しておいても良いのではないだろうか・・と、そう考えた私は、シガーの一服を少し深めに喫い、グラスのモルトを呑み干して、注意深く火を揉み消して火種を外すと、携帯端末を取り上げて妻に通話を繋いだ・・。
「・・もしもし、俺だ・・」
「・・あら、あなた・・どうしたの・・?・・」
妻(アリソン・エルク)は、数秒で応じた・・。
「・・今、大丈夫か・・?・・」
「・・大丈夫よ・・」
「・・実は、今の俺の状況に会社としてどのようにサポートできるか・・サポートしていくか、に関連してな・・ウチの営業本部推進次長で、セクション・ファーストチーフでもあるエリック・カンデルさんが、お前に宛てて親書の形式でメッセージを送ってくれるそうなんだよ・・」
「・・へえ・・そうなの・・どんな内容なの・・?・・」
「・・大体の内容については解るんだけどな・・その親書メッセージがお前に届けられてそれを実際にお前が読むまで、内容についての話はしないでくれと止められているんだよ・・だから今は言えないんだ・・」
「・・そうなんだ・・分かったわ・・届いたら、取り敢えず読んでみるわね・・」
「・・悪いな・・変な話でさ・・」
「・・いいのよ・・大した話じゃないでしょ・・?・・」
「・・まあな・・」
「・・エリック・カンデルさんて・・結婚式に来てくれたわよね・・?・・」
「・・ああ、よく憶えてるな・・」
「・・そりゃ、憶えているわよ・・」
「・・あの当時と比べると、かなりボリュームアップしてるけどな(笑)・・アリシアは帰ってるのか・・?・・」
「・・いるわよ、代わる・・?・・」
「・・頼む・・」
妻が娘を呼ぶ声が聴こえてから、20秒ほどで繋がった。
「・・パパ!・・」
「・・おう、元気か・・?・・」
「・・元気!・元気!・・」
「・・クラブ活動は・・?・・」
「・・今日は早く終わったの・・」
「・・パパのせいで学校で騒がれてないか・・?・・」
「・・それがもう大変なのよ!(興奮気味に)あたしね、パパ! この3日間ぐらいで学校の全員と話したのよ! 生徒だけじゃないのよ! 先生も全員よ! それに今日は社会の授業で、そのゲーム大会の事を採り上げたんだよ!・・」
「・・それはスゴイな・!・それで、どう思った・・?・・」
「・・パパが大変な事になっているんだなって思った・・ねえパパ! パパの方は大丈夫なの・・!?・・」
「・・ああ、パパの方は大丈夫だよ・!・手伝ってくれる仲間や友達が、沢山いるからね・・」
「・・そうなんだ・・良かった・・あっ、パパ! 皆ね! パパの事を応援するからってさ・・!・・」
「・・そうなんだ・・それはスゴク心強いな・・沢山元気を貰えた気分だよ・・学校の皆に、ありがとうって伝えてくれるか・・?・・」
「・・うん、分かった・・皆に伝えておくね・・今度の土曜日には帰れるの・・?・・」
「・・ああ、金曜日の夜には帰るよ・・」
「・・ヤッターー! 訊きたい事がいっぱいあるんだ!・・」
「・・(笑)それは友達から頼まれた質問もあるんだろ・・?・・」
「・・そうだよ、よく解るね・・」
「・・(笑)じゃあ、訊きたい事リストを金曜日までに作っておいてくれるか・・?・・」
「・・分かった・・作っておくね・・」
「・・OK・・じゃあ、ママに代わってくれるか・・?・・」
「・・分かったよ、気を付けてね、パパ・・ママ、パパが代わってくれって・・」
「・・久し振りに、結構話せたわね・・」
「・・ああ、元気そうで良かったよ・・それで、あれから家の方はどうだった・・?・・通話とかメッセージとか、誰か来たか・・?・・」
「・・そうね・・数件あったけど、全部転送したから私は見てないし、聴いてないわね・・ただ、噂で聞いたんだけど・・ご近所の数軒に記者が訪問したみたいなのよ・・具体的にどちらのお宅かは判らないんだけど・・申し訳なくてね・・」
「・・そうだったのか・・申し訳ないな・・じゃあご近所さん廻りの時に、よくご挨拶するようにしような・・?・・」
「・・そうね・・あっ、まだお土産の品物は買ってないのよ・・ごめんなさい・・」
「・・ああ、それはまだ良いよ・・取り敢えず親書メッセージが届けられたら、それをよく読んでくれないか・・?・・」
「・・分かったわ・・じゃあ、それを読んだら私から通話しても良い・・?・・」
「・・良いよ・・何時でも好いからな・・」
「・・OK・・それで、あとは何かある・・?・・」
「・・そうだな・・風邪を引かないようにな・・それと、悪いがアリシアの事は頼むよ・・」
「・・分かっているわよ・・貴方も気を付けてよ・・もう貴方1人の身体じゃないんだからね・・愛してるわ・・」
「・・俺も愛しているよ・・それじゃ、お休み・・」
「・・お休みなさい・・」
それで通話を終えた・・端末を置くとシガーの喫いさしを小箱に入れる・・さすがに冷えた・・総てをトレイに乗せて席を立ち、部屋に入る。
バスに浸かって温まろう・・そうしたら、夕食にしようか・・。
翌日(2/2・月 )・・強くはないが冷たい雨の降り頻る朝だった。
昨夜はビーフとチキンのグリルコンボ料理のテイクアウトパッケージを冷蔵庫から出して、電子レンジで加熱して簡単な付け合わせを自分で作って食べようと思い、そのように準備したのだが実際に食べ始めると直ぐに眠気が襲って来たので、少し食べただけで早く寝んだ。
そのせいかお陰か、今朝はいつもより2時間ほど早く目覚めた。
軽くシャワーを浴びてコーヒーを点て、昨夜の夕食の残りをベースにして簡単な朝食を作る。
コーヒーと一緒に朝食を摂りつつ、配信ニュースを観ながらメッセージボックスのチェックを進める。
最初はそんなに多くはなかったのだが、誹謗・中傷のメッセージが増えてきている。
知らないアドレスからのメッセージは自動で隔離しているし、語彙認識自動隔離機能も起動させているので、そのようなメッセージは最初から眼にする事もない。
登録しているアドレスからのメッセージを丹念に視て、返信が急がれるメッセージから先に手を付けていく。
そうして12件のメッセージに返信を書いて送信したぐらいで、普段社宅を出る時間になった。
朝食を片付けて食器は食洗機に入れてスタートさせ、コーヒーを飲み干してカップはシンクに置き、固定端末を落してから改めて顔を洗って歯を磨き、着換えて髪を整えてからバッグを手に社宅を出る。
エマ・ラトナーに調整して貰ったお陰か、加速の伸びとコーナリングがより安定して良くなっているように感じる・・さすがだ・・。
いつもの平日に比べて、15分程早く社の駐車スペースにエレカーを滑り込ませた。
1階のカフェラウンジに入ると、もうスコット・グラハムとリサ・ミルズとマーリー・マトリンが、もう一人の初めて見る若い女性と一緒に来ていた。
コーヒーを淹れて同じテーブルに着く。
「・・お早う、早いな・・?・・」
「・・月初ですからね・・課でもセクションでもフロアでも朝礼が長いですよ・・」
スコットがそう言いながら欠伸を噛み殺してコーヒーを飲む。
「・・リサさん、こちらの方は・・?・・」
「・・あっ、お早うございます・・すみません、紹介が遅れました・・こちらは、ズライ・エナオさん・・今日からパートリモートでサポートに入って貰える方です・・私と同じ秘書課の方なので、今朝はラウンジにお誘いしました・・」
「・・お早うございます・・初めまして、ズライ・エナオです・・宜しくお願い致します・・アドル・エルクさんのサポートが出来て光栄です・・頑張りますので、宜しくご教授の程をお願い致します・・」
「・・お早うございます・・初めまして、アドル・エルクです・・こちらこそ、宜しくお願いします・・(笑)私のではなくて、営業第3課のサポートですからね・・今、秘書課の方と聴きましたが、営業職のご経験はあるのですか・・?・・」
「・・最初に広報で2年・・次に宣伝で2年・・その次に営業で2年・・今は秘書課で8ヶ月になります・・今回、チーフ・カンデルからの呼び掛けがありましたので、応募させて頂きました・・私の業務が今は薄くて、3時間ほどはお手伝いが出来ますのでご一緒させて頂きます・・改めて、宜しくお願い致します・・」
「・・ご丁寧にありがとうございます・・慣れるまでは、何でも訊いて下さいね・・焦らなくても、急がなくても良いですから・・」
「・・はい、分かりました・・ありがとうございます・・」
名前からも一見しても南方の人だ・・社内でも、この年頃の女性としても珍しい・・男性では4人知っている・・だが彼女の肌の色はディープブラウンなので、生粋の南方人と言う訳でもないのだろう・・どちらにせよその辺の事を詮索するのは意味が無い・・2年で移籍していると言う事は、どの課でもそれなりに実績を残していると言う事だ・・素養でも才能にも、恵まれている人のようだ・・連れて行く3人目のメンバーが決まったかな・・。
「・・今リサさんから昨日の撮影セットの見学と、インタビュー動画の撮影がどうだったか、様子を聴いていたんですよ・・」
マーリー・マトリンがロシアンティーを飲みながら言う。
「・・相変らず、羨ましい事をされていますよね・・アドル艦長は・・」
「・・(笑)これも艦長の役得って奴でね(笑)・・写真は見せたの・・?・・」
「・・観ましたよ~・・3人とも凄く綺麗じゃないですか~・・全く本当に羨ましい・・・」
「・・アドルさんも凄く格好が良くて、素敵なイケメンでしたよ・・一緒に行きたかったです・・」
と、マーリー・マトリンが身を乗り出させる・・。
「・・ありがとう・・今度ある大きい集まりにはマーリーも連れて行くから、楽しみに待っていてよ・・」
「・・本当ですか!?・・ありがとうございます!・・楽しみにしています・・」
「・・本当だよ・・それで昨日はその事で番組の制作側と話をしてね・・それも話を切り出したのはインタビューの途中だったんだけれどもさ・・私の関係者と言う事で、施設に入って見聞できる特別枠を3人分貰って来たよ・・」
そう言ってリサ・ミルズに右手で合図すると、彼女はバッグから3枚のフリーネーム・スペシャルパスを取り出して私に渡したので、私はそのままそれをスコットとマーリーとズライに配った。
ズライはかなり驚いたようだが、リサ・ミルズが笑顔で頷いたので受け取った。
「・・ゲーム大会の開幕前まで使える、フリーネーム・スペシャルパスだ・・リサさんを除いて、私の関係者であると言う前提での特別枠として、3人分だけだ・・使用条件としては、私とリサさんが同行している事・・観た事聞いた事は、このパスの存在を知る者以外には口外無用・・ネットワークへのアップは厳禁だし、如何なる撮影も許可できない・・そして、施設内に入っている間は番組の制作側から随伴警護者が就けられる・・このパスが1枚でも紛失すれば、3人とも入れない・・局の施設に入る直前の時点で、このパスと一緒にpidメディアカードも提示する事・・これが使用条件の総てだ・・諒承して貰えるなら、君達3人を連れて行ける・・良いかな・・?・・」
「・・オールOKです、先輩!・任せて下さい・・宜しくお願いします・・」
そう言いながらスコットは、パスを丁寧にカードホルダーに入れる。
「・・私も全部諒承します・・ありがとうございます・・楽しみです・・宜しくお願いします・・」
マーリー・マトリンはパスを両手で愛おしそうに持って、無邪気な笑顔を見せる。
「・・あの・・どうして私にこれを下さるんですか・・?・・」
と、ズライ・エナオが申し訳なさそうに訊く。
「・・君は今日の一番最初に会えた、新しい仲間だ・・そして私は君との間に強い縁を感じているし・・君は強く信頼できる人だと、私は感じている・・以上が理由です・・それで宜しいですか・・?・・」
「・・あの・・まだよく解りませんが、承知しました・・これは、大切にお預かりします・・」
そう言って彼女はパスを、セカンドポーチに大事そうに仕舞った。
「・・あと最後にそのパスは人に見せないでね・・じゃあ、そろそろ時間だね・・上がろうか・・?・・」
そう言ってコーヒーを飲み干す。
「・・先輩・・一服点けないんですか・・?・・」
「・・眼の前に女性が3人もいて煙草なんか喫えるかよ・・ホラ、行くぞ!・・」
そう言ってスコットを急き立てて立ち上がる・・。
営業第3課の朝礼では、チーフ・カンデルがリモートビューイングで参加してくれ、3課の業務をパートリモートでサポートしてくれる営業経験のある社員を広く募集した事を告げ、募集に応じて助勤としてパートリモートで業務をサポートしてくれる課員として、既に受け容れが決定している16人を紹介した・・。
切り換わった16分割でのマルチビューイングの中で、ズライ・エナオが少し固い表情を見せている。
1人ずつ短く挨拶して紹介は終わり、業務の担当と割振りのリファインと再構築は、課長と課長補佐と主任達のチームで可及的速やかに終らせると告げられて課の朝礼は終了した。
セクションの朝礼では、同じセクションの中で私の居るフロアでの業務に、リモートパートでサポート参加してくれる社員3名が紹介されたが、その他の方針や目標などについては課の再編成を待ってからと言う事になり、それで終わった。
フロアの朝礼に到っては、朝の挨拶をして暫くは個人担当業務を継続するようにと言われただけで終わったので、私は課長の許可を取って喫煙室に入った。
一本を喫い終わりフロアに戻って自分のデスクに着き、個人担当業務に取り掛かる。
フロアサーバーに入り自分のワークデータベースにアクセスして現状の把握を開始する。
どの項目数値を観てもとても大きい数値になっているが、驚いているような暇は無い。
先ずは新規顧客へのファーストコンタクトを済ませるのが急務だ。
定型文のように観えてしまうと失礼なので、よく読んで返信を書かなければならないが、最初の挨拶と弊社の説明と最後の挨拶は、定型文として作成した。
13件のファーストメッセージに対して返信を送信し終わった頃合いで、課長からのメッセージ通達が来る。
営業第3課のリファイン・ビジネス・ストラクチャーである。
私の業務をサポートしてくれるのはリサ・ミルズ、ダグラス・スコット、マーリー・マトリン、ズライ・エナオを含めて10名となっていた。
この全員に対して、私は改めて業務の割振りを思案し、決定して一人一人に対して社内メッセージで指示する。
勿論一人一人、保有する知識・経験・スキルレベルが違うので、それに即して考慮思案して、指導やアドヴァイスと共に社内メッセージで指示する。
思っていたよりも、課長からのメッセージ通達が早く来て良かった。
新しい体制を構築して再始動を促す事が出来たので、自分の業務に戻る。
私は主に新規顧客との間での最初期のメッセージとデータの遣り取りを行いつつ、新規での業務依頼と新規での委託に対しても、最初期のメッセージとデータの遣り取りと、様々なフォローを担う業務を遂行していく。
時折気分転換も兼ねて、リサやスコットやマーリーや『ディファイアント』のメインスタッフ達とも、短いメッセージの遣り取りをする。
エリック・カンデルと話す機会を窺っているのだが、どうも今日は無理なようだ。
10時の休憩時間には、また喫煙室に入る。
昼までの2時間も同じように続ける。
リサやスコットにあの噂が別の方位から聴こえて来たかメッセージで訊いたが、まだ聴こえては来ていないようだ。
昼の休憩時間に入る20分ほど前に、シエナ・ミュラーからメッセージが届く。
見ると全員集合会議についての周知とスケジュールの調整が済んで、2月4日(水)の19:30には全員が集合出来る旨の報告であり、このメッセージはリサ・ミルズにも送信したと言う事だった。
私は返信のメッセージで彼女の労を労い、了解した旨を伝えて他に報告はあるかと訊いたところ、現在収集中の情報もあるので会議の席上でまとめて報告したいとの返答だったので、それへの対応も含めて了解したと返信した。
午前中の業務が終ったので、また喫煙室で一服点けて喫い終ってから顔を洗って、1階のラウンジに降りる。
ラウンジでは今朝のメンバーがそのまま同じテーブルに同じように座っていたので、私はちょっと笑いながらセルフサービスで取っていく料理を数点トレイに載せ、パンとスープとコーヒーを載せて同じテーブルに着いた。
「・・どうだい・・?・・」
「・・マアマアですかね・・ただ、フロアチーフがちょっと渋い顔をしていたんで・・今日、残業してくれない・・?・・って言ってくるかも・・」
「・・こんなにサポートメンバーが増えているのにかよ・・?・・」
「・・つったって全員、タイムパートでしょ・・?・・でも確かに戦力にはなってますけれどもね・・」
「・・まあ、やるとしても1時間だよな・・1時間なら、良いんじゃないか・・?・・」
「・・まあ、そうですね・・」
「・・あの、アドルさん・・私、1つ噂で聴いたんですけれども・・?・・」
と、マーリー・マトリンが心配そうな表情で言う。
「・・どんな噂・・?・・」
と、スコットが訊く。
「・・営業第4課が創設されて・・初代課長にアドルさんが抜擢されるって・・」
「・・そっちでも聴こえたか・・」
と、大きく息を吐く。
「・・これで、3件目ですね・・」
と、リサ・ミルズ。
「・・こりゃあ、可能性が上がって来たかな・・?・・」と、スコット。
「・・でもセクションを跳び越えて、そんな事が在り得るのかな・・?・・」そう言って、また食べる。
「・・総ては営業本部の意向と決定に因るでしょうからね・・起こり得ない事でもないんじゃないですかね・・?・・」
「・・ああ・・チーフ・カンデルにメッセージで訊いてみるかな・・?・・」
そこまで言って、ズライ・エナオが一言も喋れないでいる事に気が付く。
「・・ああ、ゴメンね、ズライさん・・こっちの話ばっかりでさ・・こっちの冬は寒くないですか・・?・・」
「・・いえ、大丈夫です・・お気遣い、ありがとうございます・・こちらに来てもう12年になりますので、慣れました・・それに私の故郷でも冬は寒いですし、山の上はこちらの冬よりも寒いですよ・・」
「・・そうですか・・それは、そうでしょうねぇ(笑)・・それで4人に訊きたいんだけど、僕を指名してでの新規顧客に応対していて・・何か気付いた事はある・・?・・」
「・・まあ、ほぼ全員がアドル・エルクさんのファンですと表明されておられていて・・我が社と取引契約を結ぶ事を希望されている・・個人事業主様か、有限の法人様ですね・・株式を公開されている法人様で・・先輩を指名して、依頼を下さっている方は・・今のところ、いらっしゃらないようですね・・」
と、スコットが飲み食いしながら、それでも言葉を選んでゆっくりめに言う。
女性陣を見渡すと、3人とも頷く。
「・・うん・・やっぱりそうなんだよね・・ところでスコットさ・・お前、そんな喋り方してると真っ先にウチの副長に嫌われるぜ(笑)・・?・・」
「・・えっ、そりゃ大変だ・・たった今から改めますよ・・」
そう言いながらビーフシチューの残りを掻き込むスコット・グラハムである。
「・・(笑)・リサさん・・これにハーブティーを貰えますか・・?・・」
そう言ってコーヒーを飲み干した後のカップをリサ・ミルズの前に差し出す。
「・・はい、分かりました、良いですよ・・」
そう言って保温ボトルを取り出すと、なみなみと満たしてくれる。
「・・今日のブレンドは・・?・・」
「・・はあ、6種類だと母は言っていましたけれども、私にはハーブの主張がお互いに圧迫し合っているように感じられて・・今日のブレンドはあまり良くないですね・・」
と、彼女にしては珍しく渋い表情で説明したので、恐る恐る香りと味を観じたのだが、それほど悪いような印象は受けなかった。
「・・そんなに悪くはないですよ・・眠気覚ましにはなります・・」
「・・そうですか・・それは良かったです・・母に伝えておきます・・」
「・・恐縮です・・ああ、それと午前中に副長からメッセージが届きましたが、そちらにも・・?・・」
「・・ええ、届きました・・」
「・・そうですか・・分かりました・・」
それだけで、それ以上は続けなかった。
「・・ねえ先輩・・もうメンバーは決まったんですか・・?・・」
スコットが食べる手を休めて訊く。
(と言うより、もう殆ど無い)
「・・うん?、ああ・・メインスタッフとサブスタッフは決まったよ・・名実共にね・・まだ制作側からのブリーフィングやレクチャーを受けていないメンバーはいるけどね・・それは、これから進めるさ・・」
「・・あの・・アドル・エルクさんて、不思議な方ですね・・」
と、ズライ・エナオが不意に言う・・。
「・・どうしたの、急に・・?・・」
と、スコットが訊く。
「・・いえ、あの・・こんな言い方をすると失礼に聴こえるかも知れないとは思うんですけれども・・アドル・エルクさんは、最初は普通の方に観えるんですけれども・・お話を聴いたり、会話をしたりしていると・・頼もしいと言うか、すごく頼れる人に観えてきます・・」
「・・ありがとう・・最近、何人かの人にそう言われます・・最初は違和感が強かったんですけれども・・今は、認識できていなかった自分の特質なのかなって、考えるようにしてます・・」
「・・話すだけでファンを増やせる人なんて、先輩ぐらいしかいませんよ・・」
スコットがそう言うと、リサ・ミルズとマーリー・マトリンも頷く。
「・・それ以上言うなって・・照れるからさ・・じゃあ、もうそろそろ食べ終えて、上がろうか・・?・・」
午後の業務時間に入ってからも、午前中と同じように推移していく。
14:00を過ぎた辺りでフロアチーフのヘイデン・ウィッシャーから残業1時間の要請が届いたので、私は諒承した。
随分と久し振りに残業したので、疲労感が否めない。
終えて駐車スペースに降りたのが18:02・・少々手間取ったから、コーヒーは帰宅してからにしよう・・。
「・・アドル・エルク係長・・」
自分のエレカーに近付いて解錠した直後に、後ろから聴こえた。
「・・マーリー・マトリンさん・・どうしたの・・?・・」
まだドアは開けずに、振り向いて訊く。
「・・お話したい事があって・・待っていました・・」
「・・仕事の話・・じゃないよね・・?・・マーリー・・君の気持は解っているけれども・・僕はそれに応えられない・・この事について君がどう思おうとも、それは君の自由だよ・・でも僕の君に対する態度について、感情的に反応して行動するのは控えて欲しいんだ・・解るよね・・?・・」
「・・解っていますけれども・・私はそんなに我慢できません!・・」
私はマーリーの手を取ってエレカーの助手席のドアを開けると彼女を乗せた。
自分は運転席に滑り込んでウインドウのスモークレベルを8まで上げる。
「・・どうすれば、我慢できるのかな・?・マーリー・マトリン・?・・週に2回、ハグするって言うのはどうかな・・?・・」
「・・週に3回、キスして下さい・・」
「・・3回は多い・・1回だな・・」
「・・ダメです・・3回です・・」
「・・多い!・・じゃあ、2回だ・・これで決定だ・・まだゴネるのなら君の扱いを考え直す・・」
「・・分かりました・・2回で結構です・・」
「・・好い娘だ・・火曜と木曜な・・今日は月曜日だけど、特別って事でね・・」
そう言って私はマーリー・マトリンの右頬にキスをする。
マーリーは上体をビクッとさせて受け止めると、そのまましがみ付いて来た。
そのまま30秒ほどハグしてから解き、身体を離す。
「・・近くのステーション迄で良いね・・?・・」
ウインドウのスモークレベルを通常値に戻し、モーターを起動させてからそう訊くと、マーリー・マトリンはコクリと頷いた。
最寄りのパブリックステーションの正面出入口でマーリー・マトリンを降ろして帰路に着く。
途中でマーケットモールに寄り、3日分ほどの食材を購入する。
公共の場で私を観る人の8割ほどが気付く。
話し掛けられる度合いも増えたが、受け答えたり受け流したりも上手くなってきた。
買い出しを終えて社宅のガレージにエレカーを滑り込ませたのが、20:45頃。
車から降りて見遣ると玄関前に人影が観える・・女性だ・・。
5歩歩み寄って、ハンナ・ウエアーだと判った。
「・・ハンナさん・・」
「・・今晩は、アドルさん・・」
ハンナ・ウエアーが私を観て微笑み、会釈した。
「・・どうしました・・?・・こんな時間にわざわざ・・」
「・・質問しに来ました・・」
「・・えっ?・・ああ、そうですか・・わざわざご苦労様です・・こんな所で立ち話も何ですので、散らかってはいますが上がって下さい・・」
解錠してドアを開き、彼女を招き入れる。
「・・どうぞ、お入り下さい・・」
「・・お邪魔します・・」
「・・どうぞ、ご遠慮なく・・」
彼女をリビングに案内し、取り敢えず座って貰ってエアコンを起動させる。
「・・綺麗なお宅ですね・・」
「・・ありがとうございます・・失礼ながら着換えさせて頂きまして、お茶を淹れて来ますので暫くお待ちを・・」
そう言って買って来た食材を冷蔵庫に入れてから自室に入って着換えると、今手許にある最高級のマンデリンを点てる。
「・・生憎、今ウチにあるお茶と言いましても、これしか無いものですから・・」
そう言いながら淹れ立ての一杯を、砂糖とミルクのポットと共に彼女の眼の前に置き、自分の前にも置く。
彼女は砂糖を一杯だけ入れて混ぜると、ソーサーごとカップを取り上げた。
「・・これがマンデリンなんですね・・香りも良いですし、美味しいです・・」
「・・ありがとうございます・・ああ、それはそうと、スタッフメンバーへの連絡と対話をやり終えて頂いて、ありがとうございます・・お疲れ様でした・・」
「・・どう致しまして・・それでリサさんから、場所についての連絡はありましたか・・?・・」
「・・いえ、まだですが、追っ付け来ると思いますよ・・!あっ、それよりハンナさん・・何時から待っていたんですか・・?・・」
「・・そんなに待ってはいませんでしたよ・・」
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