第8話 『トゥーウェイ・データ・ネット・ストリーム・ステーション』の撮影セットにて・・

「・・先ず紹介しましょう・・こちらがマスターディレクターのアランシス・カーサー・・隣がファーストディレクターのハイラム・ケラウェイ・・その隣がセカンドディレクターのデザレー・ラベル女史・・更にその隣がセカンドプロデューサーのミンディ・カーツ女史です・・」


「・・お早うございます・・初めまして・・アドル・エルクです・・お会い出来て嬉しいです・・こちらは、会社から私をサポートして下さる、リサ・ミルズさんです・・どうぞ、これからよろしくお願いします・・あの・・確か、デザレー・ラベルさんでしたよね・・?・・最初に通話でお話した・・?・・」


そう言いながら自分のメディアカードを全員に配る・・リサさんも自分のカードを全員に配っている・・。


「・・うわぁ、覚えていてくれてたんですね・!・嬉しいです!・有り難うございます・・初めまして・・どうぞ、よろしくお願いします・・大体私が初めて通話でお話しさせて頂いているんですけれども・・覚えていて下さっていたのは、アドルさんが初めてですよ・」


本当に嬉しそうに応えてくれている・・明るい人だな、と思う。


「・・それではアドルさん・・ここで立ち話と言うのも失礼ですので、先ずブリーフィングに入らせて頂ければと思います・・ご案内致しますので、こちらへどうぞ・・」


そう言って、マルセル・ラッチェンス・マスタープロデューサーが先に立って歩き始める。


30m程歩いて応接室に通される。ビジネスライクな応接室だ。


飲み物を訊かれたのでコーヒーと答える。彼女は紅茶を頼んだ。


上座を示されたので遠慮なく座る。彼女は右隣りに座る。


それからそれぞれが思い思いに腰を下ろす。


「・・先ず最初に確認をさせて頂きます・・希望される艦種は軽巡宙戦闘艦で宜しいですか・・?・・」と、マルセル・ラッチェンス。


「・・はい、それでお願いします・・」


「・・分かりました・・それでは、これをお預けします・・」


そう言って携帯端末とpadをそれぞれ一つ、私の前に置いた。


「・・これらはゲーム中の艦内で使う、貴方専用の物です・・まだ何の登録も行っておりませんので後ほど、様々な登録がありますがお願いします・・特に艦名の登録はお早目にお願いします・・既に決めていらっしゃいますか・・?・・」


「・・はい、ディファイアント(Defiant)にしようと思っています・・」


「・・ほう・・ディファイアント(Defiant)・・『公然と反抗する』ですか・・良いですね・・強そうです・・粘り強さを感じさせますね・・」


「・・有り難うございます・・」


「・・そしてこれがゲーム内で使用する貴方のカードです・・艦名は入っておりませんが、後でまたお渡しします・・ゲーム内のシステムで正規に発行されます・・ディファイアント(Defiant)の乗員には、運営本部から全員に配布します・・」


そう言ってメディアカードが渡された・・私の氏名とコードが記載されている・・。


『αC2ΘX9』とあった・・。


「・・これが私のアクセス・コードですか・・?・・」


「・・そうです・・承認アクセス・コードです・・そのコードで艦の全データと、ゲームデータの75%程にアクセスできます・・または、運営本部がゲーム開始前から定めている艦の仕様規程を改変する際に、コンピューターから口頭での提示が求められますので、貴方の音声で氏名とこのコードを入力して下さい・・」


「・・承知しました・・」


「・・これらの3つは失くさないで持っていて頂きまして・・忘れずに乗艦して下さい・・申し訳ありませんが、再発行は出来ません・・紛失された場合は総ての参加資格が剥奪されます・・艦の全乗員に、この3つは必ず貸与されます・・艦長以外の乗員全員にも同じ事が言えます・・1つでも紛失したら2度と乗艦できません・・艦長からも全乗員に向けて、これは徹底をお願いします・・それと、ゲームが開始されたら、今お持ちの携帯端末とPIDカードを艦内に持ち込む事は出来ません・・乗艦前に運営本部の受付にてお預け頂くか・・秘書の方にお預け下さい・・宜しくお願いします・・この事もこちらから全乗員に周知はしますが、艦長からも時折に周知をお願いします・・」


「・・分かりました・・」


そう言いながらリサ・ミルズを見遣って頷く。彼女も頷いた。


「・・それでは次に申し訳ないのですが、アドル・エルクさんの生体データを採集させて頂きまして・・ゲーム・システムのデータ・ベースに登録させて頂きたいのですが・・宜しいでしょうか・・?・・」


「・・了解しました・・大丈夫です・・」


「・・それでは先ずこちらで・・両掌の掌紋パターンをスキャンさせて頂きます・・」


スキャナーが出されたので、パネルの上に両掌を置いてスキャンさせた。


「・・次に右眼の網膜パターンをスキャンして採集させて頂きます・・」


そう言われて網膜パターンもスキャンされた。


「・・色々とお願いをして申し訳ありません・・これが最後になりますので、こちらを口に暫く含んで頂けますか・・?・・」


そう言われて試料採集用の綿棒を渡されたので、20秒程口中に含んで返した。


「・・これでアドル・エルクさんの生体データの採集と登録は終了です・・これらのデータを保存したアイソリニア・チップを封入して・・改めましてアドル・エルクさんのゲーム内メディアカードを発行します・・お帰りの前にはお渡し致します・・」


「・・分かりました・・有り難うございます・・」


そう言ったところで、コーヒーと紅茶が来たので口を付ける。


「・・先日アドルさんから頂きましたメッセージで、ディファイアントのメインスタッフとして希望されている方々とは事前に面談をしたいとのご要望でしたので、連絡と調整をしましたところ・・シエナ・ミュラーさんとハル・ハートリーさんとは今日の午後でアポが取れましたので、面談も可能ですが会われますか・・?・・」


と、マスターディレクターのアランシス・カーサーが訊いた・・。


「・・はい、それはもう、是非ともお願いします・・」


「・・分かりました、お二人にはこちらから連絡して段取らせて頂きます・・こちらからのブリーフィングとセットの見学は・・まあ遅くともお昼までには終わるだろうと思いますので・・宜しくお願いします・・」


「・・こちらこそ、よろしくお願いします・・」


「・・それとですね・・こちらを差し上げますので、お持ち帰り下さい・・」


そう言ってファーストディレクターのハイラム・ケラウェイが、1つのソリッドメディアを私の前に置く。


「・・これは・・?・・」


「・・この中には、今後の日程が総て記載されております・・出来れば多くの企画・・イベントにご参加をお願いしたいのですが・・アドル・エルクさんのご都合もございますでしょうから・・ご無理の無い範囲内で・・ご参加にご協力をお願いできればと考えております・・取り敢えずはご覧になって頂いて、ご検討下さい・・それぞれの企画・イベントに於きましては・・開催前にこちらからご参加の是非について、確認のご連絡をさせて頂きますので・・その際には、宜しくお願い致します・・」


と、ハイラム・ケラウェイが説明した。


「・・ご丁寧に有難うございます・・持ち帰って検討させて頂きまして、出来る限り参加させて頂きたいと考えておりますので・・その際には、宜しくお願い致します・・」


私はそう応えてソリッドメディアを取り上げると、リサ・ミルズに手渡す。


「・・それでは、アドル・エルクさん!・そろそろ撮影セットをご案内致しますので・・じっくりとご覧になって下さい・・ご案内しながらもご説明させて頂きますし・・ご質問にも総てお答え致しますので・・お気軽に何でも訊いて下さい・・では、参りましょう・・」


そう言って、マルセル・ラッチェンスが立ち上がる。


「・・はい、分かりました・・行きましょう・・」


そう応えてコーヒーを飲み干すと立ち上がった。


応接室を出ると更に進んで、リフトホールに出る。


セカンドディレクターのデザレー・ラベル女史が説明した。


「・・撮影セットは、総て地下なのです・・総てご案内致します・・どうぞ、こちらへ・・」


地下1階で最初に入ったのは、巨大な円形ホールだ。中心に向かって同心円状に狭く低くなり、中央には演台のような物がある。壁が一番高い位置に在って、等間隔で20ヶ所に扉が設置されている。


「・・ここは、大ホールです・・今回のリアリティ・ゲームショウ最大で最初のセレモニーで使います・・20隻の艦の全乗員がここに集い、最初のスターターセレモニーが開催されます・・そのセレモニーの終了後に、上の20の扉からそれぞれの艦に搭乗します・・それでは、どれか一つの扉から入ってみましょうか・・?・・」


ファーストディレクターのハイラム・ケラウェイに促がされて、私達は大ホールを外側に向かって登り、ある扉からその中に入った。


そこはスターベース(宇宙基地)のスペースドックを模したような撮影セットだった。


「・・ここはスターベース(宇宙基地)の中の、スペースドックの一部である、スペースポートです・・宇宙艦の左舷が接舷していて・・中央にあるのが乗艦のためのエアロックです・・それじゃ、乗ってみましょうか・・?・・」


と、セカンドプロデューサーのミンディ・カーツ女史に促されて、初めて足を踏み入れる。


タラップを登って外壁ハッチの前に立つ。


ミンディ・カーツ女史がタッチパネルを操作すると、外壁の一部が浮き上がって左にスライドする。


すると外側のエアロック・ハッチが顕れる。


またカーツ女史がタッチパネルを操作し、ハッチを外側に開放させた。


ハッチを潜って中に入ると、そこは学校の教室ぐらいの広さの部屋になっている。


「・・ミンディさん、ここはもしかして減圧室ですか・・?・・」


「・・そうです! よくお判りですね! ここはクルーの全員が入れる減圧室になっています!・」


「・・クルー全員・・?・・」


「・・はい! そうです! ああ、アドル・エルクさん・・これがちょうど軽巡宙艦の撮影セットです! ちょうど良かったですね!・・」


「・・ああ! これがそうですか・・」  


「・・はい! 総てご案内しますね・・」


撮影セットなのにエアロックは3重のハッチで、減圧室も設定されているとは、凝った造りだな・・いや・・?・・


「・・ミンディさん・・もうカメラが設置されているんですか・・?・・」


「・・はい! カメラは16の方位に設置されています・・通路やターボリフトにも同様に設置されています・・カメラが設置されていないのは、個室だけです・・それじゃ、行きましょうか・・」


そう言って三度タッチパネルを操作して3枚目のエアロック・ハッチを開放する。


3枚目のハッチは上に開いた。


ハッチを潜って通路に入りながら、私は全方位から観られているような感覚をほんの一瞬だけ覚えた。


通路は左右に伸びている。人が普通に歩いてすれ違える通路だ。


8m程の等間隔を置いて通路の両側に交互でドアが並んでいる。


「・・ここはデッキ15・・一般クルーとサポートクルーの個室が並ぶエリアです・・部屋の間取りは言わば・・1LDKです・・それにプラスしてシャワールーム・バスルーム・レストルーム・Dタイプのフード、ドリンクディスペンサーがあります・・ご覧になられますか・・?・・」


そう言って、ファーストディレクターのハイラム・ケラウェイが、すぐ傍の個室のドアをマスター・カードキーとタッチパネルの操作で開いて、私達を中に案内した。


言われた通りの間取りだが、心持ち広いように感じる。


華美でもなければ無駄も無い・・機能的で洗練されていて、それでいて冷たさは感じさせない・・このままでもリラックス出来るようなデザインだ・・上手く飾り付けたり、レイアウトを替えたりすれば、自分なりの生活感も出せるだろう・・はっきり言って今の社宅よりも良い・・1人用にしてはベッドが広すぎる・・。


「・・いかがですか・・?・・」と、ハイラム・ケラウェイが訊く。


「・・良いですね・・私が今住んでいる社宅よりも良いですよ(笑)ここから会社に通いたいですね(笑)・」


「・・(笑)ご冗談でしょう(笑)艦長の個室もすぐにお見せしますが、こんなものじゃありません・・驚かれるかも知れませんが、きっと気に入りますよ・・じゃあ、行きましょう・・」


と、マスターディレクターのアランシス・カーサーが笑って言い、促がされて部屋から出た。


更に通路を左に20m歩くと、リフトがある。


「・・これは、ターボリフトです・・リフトなんですが、ターボリフトと呼んで下さい・・特に収録が始まったら、絶対にリフトとは呼ばないようにお願いします・・クルーとなる人達にはもう言ってありますが、今後集まる度毎にそれは逐次伝えていこうとは考えています・・それじゃ、乗りましょう・・」


やや強引にマルセル・ラッチェンスはそう説明すると、皆を促して乗り込む。


「・・デッキ14・・」


口頭で行きたいデッキレベルを音声で入力すると・・すぐ下の階で止まった。


降りると非常に広い空間が拡がっていて、それでいてかなり明るかった。


「・・ここは一般クルーとサポートクルーが利用できるトレーニングジム、プール、シャワー、サウナ、各種のエクササイズ施設、ヨガと瞑想の施設、10人程度で利用できる会議室、Dタイプのドリンクディスペンサーがあります・・勿論、カメラも設置されています・・」


一通り観て廻ったが、特筆できるようなところや変わっているような点は無い。


だが、それぞれの施設や部屋の中にあるメンテナンスハッチの場所は訊いて教えて貰った。


「・・デッキ13・・」


「・・ここはサブスタッフと、医療室看護士、厨房のセカンドシェフの個室が並ぶ居住デッキです・・ここの間取りも1LDKなんですが、少しスケールアップしています・・プラスしてシャワールーム・バスルーム・レストルーム・クローゼット・サウナ・Cタイプのフード、ドリンクディスペンサーがあります・・あとリビングに固定端末があります・・観てみましょう・・」


そう言って、またファーストディレクターのハイラム・ケラウェイが、個室のドアをマスター・カードキーとタッチパネルの操作で開いて、私達を中に案内した。


広い・・これはもう1LDKじゃない・・間取り自体は変わらないが、明らかに広い・・雰囲気も印象も先刻に入った部屋と比べてあまり変わらないが、高級感はアップした・・贅沢な物とか珍しい物を置いている訳では無いが、確実にグレードアップしている。


固定端末はコンパクトな物だが、機能的で使いやすいようだ・・狭いクローゼットと言っても30着は収納できる・・サウナも2人入れる・・。


メンテナンスハッチの場所を訊いたら、クローゼットの内壁とサウナの内部にあった。


ベッドもかなり大きな物だったが、訊くと内部にシークレットキットとサバイバルキットが1つずつ収納されているとの事だった・・。


「・・デッキ12・・」


ここも14デッキと同じで非常に広く、そして明るい空間だった。


「・・ここはサブスタッフと、医療室看護士・厨房のセカンドシェフが利用できるトレーニングジム、プール、シャワー、ジャグジーバス、各種のエクササイズ施設、ヨガと瞑想の施設、数人で利用できる会議室、Cタイプのドリンクディスペンサー等があります・・」


と、マスターディレクターのアランシス・カーサーが説明した。


ここも一通り観て廻ったが14デッキとあまり変わらない印象だった・・しかし、ここを利用できるのは多くても20人余りぐらいになるのだろうが、そうなると凄く広い・・広過ぎるな・・そして、ここのメンテナンスハッチの場所もついでに訊いておいた。


「・・デッキ11・・」


「・・ここは艦長、副長を含むメインスタッフと、医療部長、スタッフドクター、看護士長、厨房のファーストシェフが居住する個室のデッキです・・間取りは2LDKなんですが、2LDKにしてはかなり広いです・・ベッドルームが2つあるのは、その個室の居住者に訪問者があった場合に宿泊できるようにとの配慮です・・プラスしてシャワールーム・バスルーム・レストルーム・クローゼット・サウナ・バースタンド・Bタイプのフード、ドリンクディスペンサーがあります・・リビングの固定端末は・・グレードアップしています・・ベッドルームにも固定端末があります・・メンテナンスハッチは・・ベッドルーム、バスルーム、サウナにあります・・」


と、マルセル・ラッチェンスはそう説明してドアを開けると私達を招き入れた。


「・・ここを皆に見せたら、何て言うかな・・?・・」


ざっと見渡してから、リサ・ミルズを見遣って言う。


「・・さあ・・私と同じで何も言えなくなるのでは・・?・・アドルさん、どうしてメンテナンスハッチの場所を訊いているんですか・・?・・」


「・・何かあった時の非常時通路とか、秘密の抜け穴ってのは重宝するでしょ・・?・・ああ、ラッチェンスさん・・ここを撮影しても良いですかね・・?・・」


そう問い掛けるとマルセル・ラッチェンスは、腰に手を置いて私に向き直る。


「・・まあ、よろしいですけれども・・他人に画像を渡したり、ネットに載せるのは勘弁して下さい・・個室の間取りは非公開、と言う事にしておりますので・・」


「・・分かりました・・見せるにしても肉眼でのみ、と言う事にします・・」


「・・宜しくお願いします・・」


了承を得たので携帯端末を取り出すと、各部屋ごとに撮影した。


それにしてもこれは2LDKの広さじゃない・・4LDKの広さだ・・このクローゼットなら300着は収納できるな・・。


「・・これでワインセラーがあったら邸宅ですね・・何か・・いつかは住みたい夢の家って印象です・・ああ、個室に酒を持ち込んでも良いですか・・?・・」


この点に付いては、セカンドプロデューサーのミンディ・カーツ女史が説明した。


「・・まず私物を持ち込めるのは、個室の中だけです・・武器・危険物・処方された薬品以外の薬物・爆発物・習慣性の高い嗜好品の持ち込みは禁止です・・持ち込みたい私物は、乗艦前に運営本部の受付に預けて下さい・・審査に通れば、個室迄お届けします・・お酒は大丈夫ですよ・・但し、飲酒が許可されているのは個室とラウンジだけです・・また、喫煙が許可されているのは個室だけです・・貴重品や壊れやすい物は落ちて破損しないように固定して下さい・・撮影セットですが、戦闘で被弾すれば揺れますので・・また、持ち込んだお酒のボトルをラウンジに持って入るのはご遠慮下さい・・宣伝になりかねませんので・・」


「・・詳細な説明をありがとうございます・・戦闘で被弾したら本当に揺れるんですか・・?・・」


「・・揺れますよ・・そうでないとリアリティ・ゲームショウとして、面白くないでしょう・・?・・」


「・・そんなものですかね・・あ、ベッドには何が入っています・・?・・」


「・・まあ、マニュアルにも書いてありますけど・・シークレットキット、サバイバルキット、フードキット、メディカルキット、あと武器が若干収納されています・・」


「・・ええっ、白兵戦になる可能性もあるんですか・・?・・」


「・・まあ、ゼロではないですね・・」


「・・そうなんですか・・」


私は嘆息して左手を頭に当てた。


「・・まあ、まずそんな事にはならないだろうと思いますがね・・それじゃ、まだ先がありますから、行きましょう・・」


と、そう言ってマルセル・ラッチェンスが私達を促して外に出た。


「・・デッキ10・・」


「・・ここが艦長、副長を含むメインスタッフと、医療部長、スタッフドクター、看護士長、厨房のファーストシェフが利用できるトレーニングジム、プール、各種のエクササイズ施設、ヨガと瞑想の施設、数人で利用できる会議室、休憩室、Bタイプのドリンクディスペンサー等があります・・」


このような施設が3つもあって、人によって使用を制限すると言う事に、私は強い疑問を感じていたが、口に出しては何も言わなかった。


ただ違う場所にあると言うだけで、機能的にはほぼ同じだし、特に何の変哲もない・・。


「・・デッキ9・・」


両開きの大きいドアが開くと、かなり広いホールのような部屋だったが、向かって左側にはバー・カウンターがあって30ほどの椅子が並んでいる。


フロアには大、中、小、様々な大きさや形のテーブルがあって、それらの周りに程好い間隔で椅子が並べられている。


フロアの奥のエリアはステージのようになっている。


「・・ここは、バー・ラウンジです・・100人でもゆったりと座れますし、立食パーティーなら300人でも余裕です・・全員で参加するどの様な催し物にも対応できますし、どのような飲食も可能です・・あのバー・カウンターの奥が厨房になっていますが、広くて多機能ですのでどのような調理にも対応できます・・酒の品揃えも豊富ですし、どのようなアルコール飲料も取り寄せられます・・勿論、公的・正式なセレモニーにも対応できます・・フード、ドリンクディスペンサーも補足的に設置されていますが・・Aタイプです・・」


「・・良いですね・・気軽にフラっと立ち寄れるような雰囲気も出せそうですね・・」


「・・スコットさんが、羨ましがりそうですね・・」と、リサ・ミルズが言う。


「・・全くだね・・」私も同じ思いで応じた。


「・・ここを現場で取り仕切るのは、ファーストシェフとバーのマスターですが、担当する部所は補給支援部です・・」


「・・どんなカクテルも作れますか・・?・・」


「・・勿論、作れます・・」


「・・デッキ8・・」


「・・ここは、全体会議室と倉庫のデッキです・・全乗員が参加する会議とブリーフィングの為のスペースです・・セレモニー用に使えない訳ではありませんが、適性は高くありません・・ここで使っているビューワは、メインブリッジで使っている物と同じ物です・・倉庫は、食品・食材・その他のあらゆる物品・冷蔵、冷凍とを問わず何でも保管・保存できるスペースです・・また、このデッキはメンテナンスハッチを多く設定しています・・」


と、ミンディ・カーツ女史が説明してくれた。


「・・デッキ7・・」


「・ここは、脱出ポッドとシャトルの格納庫及び発進デッキです・・勿論両方ともでしたら、全乗員が搭乗できる分の機体数は揃えられています・・ああ・・まだルールを細かく読んでいないんでしたね・・先程にお預けしたPADにも携帯端末にも、ルールは細かく書いてありますので精読をお願いします・・シャトルの内部もご覧頂けますが、観ますか・・?・・コックピットと言っても、今の新型エレカーの運転席とさほど変わらない操作配置にしてありますが・?・」


「・・いや、大丈夫でしょう・・シャトルの操縦はパイロットチームに任せようと思っていますので・・ありがとうございます・・分かりました・・要するに、ゲームフィールドの一つとして・・艦外に出られる局面もあると言う事ですね・・?・・」


「・・その通りです・・詳しくはルールの熟読をお願いします・・」


と、アランシス・カーサーが説明した。


「・・デッキ6・・」


「・・ここは正式に言うと天体精密測定観測室・・まあ通り名で天体測定ラボと呼んでいます・・隣が総合精密分析室・・簡単に言って分析室ですね・・その隣が士官室です・・まあ、艦長・副長とメインスタッフ達のミーティングやブリーフィングや休憩に使えます・・どのようなものの観測や測定ができるのか?・どのような分析ができるのか、についてもルールに詳しく書いておりますので、こちらも精読をお願いします・・」


「・・要するにブリッジのセンサーで捉えたものの正体が、その場での表示ではよく判らなかった場合に、ここで改めて精密に測定して分析すれば判明する局面もある、と言う事ですね・・?・・」


「・・まあ、そう言う事ですね・・」


と、ハイラム・ケラウェイが応じた。


「・・デッキ5・・」


「・・ここは医療室と入院病棟です・・先程にも言いましたが、戦闘で被弾すればゲームと言えどもセットが揺れて、転んだり倒れたりぶつけたりして軽傷を負うクルーも出るでしょうから、その場合に対応する医療施設です・・ここでも撮影は行われますし、医療部長・スタッフドクター・看護士長も出演はしますが、プロの医療従事者です・・ので芸能人ではなく、人事はこちらで指定して配置させて頂きます・・とは言え乗員ですので、艦内では艦長の指揮下に入りますが、医療活動に於いては彼らに指揮権があります・・例えば艦長が病気やケガに倒れて、任務遂行不能状態と判断できる場合には、医療部長の権限に於いて艦長をその任から解く事も出来ます・・入院加療が必要な病気やケガを負った場合・・艦が入港するまで入院病棟に収容して、治療・看護に当たります・・」


と、マルセル・ラッチェンスが説明する。


「・・いかにリアリティ番組とは言え、ケガを負うほどの揺れを起こす必要があるのですか・・?・・」


と、珍しくリサ・ミルズが訊く。


「・・ケガと言いましても、軽い擦過傷・打ち身・打撲程度に抑えます・・骨折までするような事はありません・・リアリティ番組であっても、安全プロトコルは遵守しなければ許可は降りませんし、責任問題にもなりますので・・」


「・・火傷とか呼吸器へのダメージについては、どうです・・?・・」


今度は私が訊いた。


「・・ごく軽いレベルでなら、起こり得るでしょうが・・直ぐに治療しますので大丈夫です・・後遺症は残しません・・それも安全プロトコルとして厳しく設定されています・・」


「・・戦術として、生物化学兵器による攻撃と言うのは、あるのですか・・?・・」


また、私が訊く。


「・・ゲームルールを熟読して頂きたいのですが・・特別にお答えしましょう・・あります・・その場合、直撃されたデッキにいたクルーは戦死扱いとなり、速やかに退艦して頂きまして、遺体は残らなかった、と言う事になります・・アドルさん、今聴いたこの話は申し訳ないのですが、他言無用でお願いします・・宜しいでしょうか・・?・・」


「・・分かりました・・他の人には洩らしません・・」


「・・デッキ4・・」


「・・ここがエンジンルームです・・メインエンジンルームにサブエンジンルーム・・軽巡宙戦闘艦の性能諸元を読んで貰えれば解ると思いますが・・メインエンジンルームからもサブエンジン4基の制御・調整ができますし、サブエンジンルームからも舷側スラスター8基の制御・調整ができます・・それ以外の推進装置へのアクセスはブリッジから行います・・まあここからでもバイパスは繋げられますが、かなり手間が掛かります・・ブリッジには機関部長の席もありますが、機関部員は通常ここにいます・・ここが壊滅したら、例えブリッジが健在でも、もう戦う術は無いでしょう・・詳細は性能諸元に明記されておりますので、精読をお願いします・・さあ、それではいよいよメインブリッジへご案内します・・」


「・・デッキ3・・」


ようやくメインブリッジが観られる・・その中に入って最初に覚えたのは、巨大な卵の中に入って内側から殻を観ているような感覚だった。


卵の細い方の部分が艦の推進方向(前方)に設定されている。


ブリッジの前方中央に大きなメインビューワが設置されていて、殆どの操作パネルとシートがそれに向けて設定されている。


卵の殻の内側にはマルチビューワがほぼ隙間無く嵌め込まれているが、各シートの前のタッチパネルはコンパクトにまとめられている。


ブリッジの一番前まで歩いて行き、振り返って全体を見渡す。


うん、良い眺めだ。気に入った。


一番前に設置されているシートと操作パネルに眼を留めて暫く観てから、マルセル・ラッチェンスを見遣る。


「・・そこはメインパイロット・シートです・・両脇はサブパイロット・シート・・そしてここが貴方の席ですよ・・アドルさん・・キャプテンシートです・・」


そう言ってマルセル・ラッチェンスが、ブリッジ後部中央部に対で並んでいる少し大きい2つのシートの、向かって左側の方を示す。


私はブリッジの一番前から歩み寄って、そのシートの右脇に立った。


「・・どうぞ、座ってみて下さい・・良い機会ですから、このシートを通じて貴方の体型データを採ります・・」


私が持っていたコートをミンディ・カーツ女史に預けて、身体全体をシートに預けるようにして深く座ると、マルセルが合図してデザレー・ラベル女史がシートの背凭れの外側に携帯端末をセットして起動させた。


「・・どうですか・・座り心地は・・?・・」


「・・良いですね・・このままでも充分にイケると思います・・」


「・・今ここで貴方の体型データが採れれば、開幕までには貴方にピッタリのシートが出来上がりますよ・・どうだ・・?・・」


「・・OKです・・採れました・・」   「・・良し・・」


「・・どうでしょう・?・リサ・ミルズさん・・でしたね・?・隣の席に座ってみられては・?・副長の席です・・」


「・・よろしいですか・・?・・」


「・・どうぞ、どうぞ・・まだまだお試し期間中ですから・・」


そう言いながらアランシス・カーサーが彼女のコートを預かると、リサ・ミルズはゆったりと滑るように私の左隣に座り、私と顔を見合わせて微笑む。


「・・どう・・?・・」


「・・良いですね・・気持ち良いです・・」


「・・副長の隣がカウンセラーの席で、艦長の隣が参謀の席です・・その隣が参謀補佐ですね・・上から吊られている3つのシートは、メインセンサー・オペレーターとサブセンサー・オペレーターの席です・・他の配置については、性能諸元をお読み下さい・・それでは、続けてご案内しますのでこちらへどうぞ・・」


と、マルセル・ラッチェンスに促されたので、立ち上がった。


案内されたのはブリッジ後部、右脇から入れるあまり広くない部屋だが、集中制御室のようでもある。


「・・ここはエンジンルームに例え誰もいなくても、リモートコントロールで操作・調整の出来る遠隔集中制御室です・・ブリッジにも機関部長の席はありますが、ここに入れるのは機関部長と副機関部長だけです・・では次に、艦長控室をご案内しましょう・・」


艦長控室はブリッジ後部から見て、向かって右前部にあるドアから入る。


控室とは言うが、かなり広くてグレードの高い部屋だ。


大きい専用デスクに、メインスタッフが全員座れるミーティングデスク。


15人が座れるソファーセットもある。


ビューワは中型だが、性能はブリッジのものと変わらない。


ドリンクディスペンサーもタイプAだ。


壁に縦30cm、横50cm程で水槽が嵌め込まれている。


マルセル・ラッチェンスを見遣ると、少し肩を竦めた。


「・・観賞魚も入れられる水槽として造りました・・まあ、ご自由にお使い下さい・・結構リラックスもできるように作りましたが・・勿論カメラも設置されていますので、気を付けて下さい・・それでは、反対側の副長控室もご覧ください・・」

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