第4話 リサ・ミルズ
朝は少し摘んで食べただけだったので早めの昼食をゆっくりと摂り、片付けてコーヒーを淹れるとソーサーごとベランダのデッキテーブルに置き、デッキチェアに寝そべって一服点ける。
深めのマンデリンとその一本を楽しみ終えると、少し体が冷えたので部屋に戻って熱いシャワーを浴びた。
それから気分を切り替えて、またクルー候補者個人データの検索・参照を始める。
一人、また一人と気になる人材のピックアップも進んでいったが、軽巡宙艦の乗員数は65人から70人弱と言ったところだから、候補者530人の中からなら1.5%程だろう。
気が付くともう18:20だったので気分を変えてメッセージボックスを見てみると、チーフ・カンデルからのものがあった。
「このメッセージには返信しなくて良いから、明日出社したら1階のラウンジに来てくれ。紹介したい人がいるから」とある。
返信不要とあったのでしなかった。
多分きっと、秘書室の中の誰かだろうな・と思いつつ今度は、ピックアップ・クルー候補リストと軽巡宙艦の乗員配置表を交互に見ながら、配置案を固めていく。
軽巡宙艦のメインスタッフとしては、艦長・副長・参謀・カウンセラー・機関部長・観測室長・メイン・センサー・オペレーター・メインパイロット・砲術長・メイン・ミサイル・コントローラー・補給支援部長・保安部長・生活環境支援部長・医療部長と言ったところだろう。
気が付くともう21:30を過ぎていたので今日はこれで切り上げて、今日のメディアのニュース報道のチェックを始めた。
同じ艦長仲間の声を聴いてみたいと思ったからだ。
記者会見を開いた艦長が7人、囲み取材に応じた艦長が14人、一通り話を聴く。
動画と音声は、勿論記録して保存した。2回繰り返して観て聴いても、深い人となりが判る訳でも無いが、幾つかの特徴的なメンタリティとか性格的な反応の一端などは、把握できたように思う・・ゲーム大会開始までにはまだ時間があるから、また聴かせて貰えるだろう。
併せて彼らが指揮する艦に遭遇した場合の、対処の参考にさせて貰おう。
また私への要対処メッセージの確認と、それへの返信作業に切り換えて取り組み始める。
少し集中して34件のメッセージを処理したところで、さすがに疲れたので今日は終わりにした。
翌朝私は、いつもより20分程早く出社した。
エレカーから降りてラウンジに向かいながら、携帯端末を取り出してチーフ・カンデルに通話を繋ごうとしたが、ラウンジに入ったらチーフが2人の女性と一緒に座っていて、私を認めて右手を挙げたので端末をコートのポケットにしまう。
「おはようございます。チーフ」
「ああ、おはよう、早いな、スマんな、朝早くから」
そう言いながらエリック・カンデルは、2人の女性と一緒に立ち上がって私を迎えた。
「いいえ、いつも朝はしばらくここで過ごすんで」
言いながら3人の近くにまで歩み寄る。
「早速なんだが、先ず紹介しよう。こちら、秘書課渉外主任のドリス・ワーナー女史。そしてこちらが同じ秘書課のリサ・ミルズさんだ。そしてこの男が我が社の未来の英雄(笑)アドル・エルクです」
「おはようございます」
と、朝から2人の女性に完璧なハーモニーで挨拶されて、思わず笑ってしまった口許を左手で隠した。
「あ、おはようございます。アドル・エルクです。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願い致します」
またも完璧なハーモニー。
「立ち話も何だから先ず座ろう。朝のお茶もまだだろ?」
チーフがそう言ってウエイトレスに目配せすると、近くのテーブルに陣取った。
2人とも素晴らしく美しい。さすがに秘書課の人だ。
ウエイトレスが来たので私はマンデリン(砂糖2杯)を、彼女達はレモンティーとミルクティーを、チーフはチェリーソーダ(氷1つ)を頼んだ。
「改めまして、秘書課渉外主任のドリス・ワーナーです。ハーマン・パーカー常務からの要請を受けまして、彼女をアドル・エルクさんの専任秘書として選抜しました。まだ若いですが既にセカンドレベルのセクレタリィです。アドル・エルクさんとハーマン・パーカー常務とを繋ぐパイプ役としても、アドル・エルクさんを業務上補佐するケア・マネージャーとしても問題はありません」
ドリス・ワーナー主任が立ち上がり改めて彼女を私に紹介したので、私も立ち上がって応じる。
「分かりました。ご丁寧に有難うございます。改めて宜しくお願い致します。それと、私の事はどうぞアドルと呼んで下さい」
そう言って右手を差し出す。
「こちらこそ、ご丁寧に有難うございます。私の事はどうぞ、ドリスとお呼び下さい」
そう応えて握手を交わした。ドリス・ワーナー渉外主任。腰の辺りにまで伸びるライトブラウンのサラサラなストレート・ロングヘアが素晴らしく美しい。
「宜しくお願い致します。リサ・ミルズさん。どうぞ、アドルと呼んで下さい。ゲーム大会が終わる迄で長丁場になるかも知れませんが、お付き合い願います」
彼女も立ち上がって私と握手を交わした。
「こちらこそ、宜しくお願い致します。私の事はどうぞ、リサと呼んで下さい。至らない点もあるかも知れませんが、精一杯務めさせて頂きます。お願い致します」
握手を交わしながら彼女は真っ直ぐに私を見る。瞳の色はヘイゼルだったが、暗褐色のナチュラルボーイッシュショートヘアがフットワークの軽さを感じさせる。
挨拶が終わったので3人とも座って一息吐く。丁度いいタイミングで飲み物も届けられたので、もっと落ち着いたリラックスタイムになった。
「もうこちらのお二方に、お前の連絡先は全部教えてあるからな」
エリック・カンデルはそう言って自分の飲み物に口を付けた。
そこでドリス主任もリサ・ミルズも自分のメディアカードを私の目の前に置いてくれた。
「何かあったり、どんな質問でも疑問でも構いませんので、いつでも連絡を下さい」
「有難うございます。お世話になります」
「お前がこっちに上げてくれる報告書のフォーマットも、もう彼女には知らせてあるからな。あまり時間が無ければ口述筆記でも大丈夫ですよね?」
「ええ、それは勿論。いつでも大丈夫です」
「お前、今度の土曜日には撮影セットの見学とか、顔合わせとか打ち合わせとかブリーフィングとかレクチャーとかで行くんだろ?」
「ええ、行って、観て、聞いて来ますよ」
「リサさんと一緒に行ったらどうだ?色々と観たり聞いたり説明されたりするんだろ?お前が一人で行って、何か一つでも聞き漏らすような事があったらマズいからな」
「え、そりゃマズいですよ。せっかくの休みなのに。そこまで付き合わせちゃ、予定もあるでしょうし、ねえ?」
引くだろうと思って話を振ったのだが、興味津々と言った感じで身を乗り出して来る。
「私なら大丈夫です。私もアドルさんと同じでこの業務に関する限り、休日出勤で出張の扱いにさせて頂けますし、このゲーム大会に関連して、アドルさんが見たり聞いたり話し合われたりする事には、アドルさんの秘書として同席するべきだと考えていますし、私自身も非常に興味があります」
エリック・カンデルは1つ頷くとドリス・ワーナー主任を見遣る。
彼女も彼を見ていて目が合ったので、そのまま言った。
「それじゃあドリス・ワーナー主任、彼女の休日での勤怠に関してはお任せしても宜しいですかね?」
「はい、承知しました。こちらの勤怠事務として処理しますので、お任せを」
「それじゃ現状での打ち合わせは、この位で宜しいですかね?」
「はい、これで結構です。今後は二人で話し合って調整して貰えればと思います。申し訳ありませんが、秘書課の朝礼が始まりますのでお先に失礼致します。まだもう少し時間がありますので、始業までごゆっくりなさって下さい。それでは」
そう言うとドリス主任とリサは、立ち上がって一礼をしてラウンジから出て行った。
初めて知る香水の香りが残る。隣のテーブルから灰皿を取って目の前に置くと、チーフ・カンデルがソーダの残りを飲み干して立ち上がった。
「俺も朝礼があるから行くよ。あと15分はあるから、お前はゆっくりしてろ。それじゃあな」
そう言って右手を軽く挙げると足早に出て行った。
私は三口目のコーヒーを口に含んで飲み、その日最初の一服にゆっくりと火を点けた。
オフィスに入るとスコット・グラハムはもう来ていて、デスクには着かずに立ったままファイルなど拡げて見ていたが、私を視ると片手を挙げた。
「おはようございます!ああ、良い顔してますね。休めましたか?」
「おはよう。ああ、おかげ様でね。暫くぶりに充実して過ごせたよ」
「さっきラウンジでチーフと他に、2人の凄い美人と一緒にいましたね?」
「目ざといな(笑)ああ、秘書課の人だよ。この前の会見の後でチーフと常務の3人で昼飯を食ったんだけど、その時に常務の提案で大会が終わるまで俺に専任の秘書を就けてくれるって言ってさ。それで今朝、紹介されたって訳さ」
「へえ、あのショートヘアの娘ですよね?」
「分かるか?」
「そりゃ分かりますよ。素敵に可愛い娘ですね」
「秘書課の人だからな」
「もう結構、話したんですか?」
「ちょっと打ち合わせしただけさ。総てはこれからだよ。ほら、始まるぞ」
始業のチャイムが鳴り始める。フロア・リーダーを囲んで朝礼が始まる。
スコット・グラハムが私の業務を手伝ってくれて、整理や調整と同時に業務の先行を進めてくれていたので、随分助かった。彼には感謝しかない。本当に今度、奢ろう。
10:00からの休憩時間に私の端末にメッセージが来たので、見たらリサさんからだった。
昼食をどこで摂るのかと訊いてきたので、1階のラウンジで摂りますと答える。
まさかなあと思いながらも昼休みに1階に降りると、彼女はもう来ていた。
「どうしました?何か、忘れていた事でも?」
「いいえ。これからは一緒にお仕事をする事になりますので、お近付きになれればと思いまして。ご一緒にお昼でもと思ったのですが、宜しいでしょうか?」
「え?ああ、ええ、良いですね。ああ、良いですよ。やはりもう少し、知り合わないといけないでしょうね。でもせっかくのお昼ですし、お友達と食べた方が良いんじゃないんですか?」
「大丈夫です。主任も同僚たちも、分かってくれています」
「いや、リサさんが無理しなくても良いと思いますよ。別に顔を会わせなくても連絡方法はいくらでもありますし、打ち合わせも話し合いもできますから」
「私がそうしたいんです。ご迷惑でしょうか?」
「いや、迷惑だなんてそんな。どうぞ、座って下さい。私は日替わりランチプレートを取って来ますから」
そう言って先に座っているよう彼女に促すと私は、ランチプレートの列に並ぶ。
彼女はラウンジの禁煙エリアに入っていくと、手前に近いテーブルに着いた。
今日はBランチだったので、サラダ(小)とゆで卵とスープを追加した。
プレートにコーヒーとオレンジジュースも乗せて、彼女が着いているテーブルの向かいに座る。
彼女は可愛らしいランチボックスを取り出した。勿論手造りのお弁当だ。
「お弁当は、自分で造るの?」
「ええ、前の夜に大体の下ごしらえは済ませるので、朝はそんなに時間を掛けなくても出来ます」
「これまで、秘書として誰かに就いた事は?」
「短期のピンチヒッターでしたら3回ありましたけれども。専任は今回が初めてなんです」
「そうなんだ。それじゃ僕も頑張らないとね(笑)」
お互いに喋りながら、少しずつ食べ進めていった。
「土曜日は、何時に行くんですか?」
「そうだね。朝早くに行って、向こうのラウンジで朝食を摂ろうと思っていたんだけど?」
「分かりました、良いですよ。ご一緒します」
「大丈夫?」
「大丈夫です。私、朝には強いんです」
「分かった。向こうには2人で行くと、私から伝えて置きますよ。待ち合わせの時間と場所については、あとで私からメッセージします」
「分かりました、お願いします。あの、艦の乗組員については、どなたにお願いするのか、もう決められたんですか?」
「そう、半数ぐらいのポストについては、大体案が固まってきましたかね」
「そうなんですか」
そこで言葉が途切れた。2人ともしばらくそのまま食べ続ける。オレンジジュースのグラスを半分ぐらいまで空けた。
「土曜日は、長い時間になっても大丈夫?」
「大丈夫です。最後まで、ご一緒できます。」
「それは良かった。僕も、聞ける話は全部聞いて置きたいから」
「はい、そうですね」
「何か、ただのゲーム大会なのに、大事になってきちゃったね(笑)」
「本当にそうですね」
「君は、僕がこの大会に出て、勝ち残り続けることが社の為にもなると思う?」
「思いますよ。だってアドルさんがここの社員であることは、もう広く知られていますから」
「そうなんだろうね。昨夜さ、この番組で艦長に選ばれた他の人達の会見やらインタビューの報道を観たんだけど、君は観た?」
「観ました。少しでしたが」
「今回、業務上の秘書として私に社命で就いてくれる君に、頼めるような事じゃないかも知れないし、選ばれた他の艦長たちが指揮する艦が、僕の指揮する艦と実際に対戦する事になるかどうかも分らないけど、選ばれた他の艦長たちの情報って、集められるかな?」
言い終ってジャーマンポテトを2つ、口に入れる。
「そうですね。主任に訊いても良いですか?」
「勿論、それは良いよ。是非、訊いてみて下さい」
そこでまた言葉が途切れる。昼食ももう残りは少ない。コーヒーを二口飲んで残りを片付けていく。最後のパンの残りを食べて水を飲み、ナプキンで口を拭っていると、彼女もランチボックスを閉じて片付けた。
「コーヒーでも?」と言って立ち上がろうとしたが、彼女が左手で制した。
「あ、大丈夫です。私はこれで」
と言って右手で保温ボトルを取り出すと、カップを取り外してお茶を注いだ。
「いつもお昼用に持って来るハーブティーです」
「何か、珍しいフレーバーですね。オリジナルブレンドですか?」
「ええ、母の趣味で。数種類、ブレンドしています」
私はちょっと失礼して、コーヒーを取って来た。
「コーヒー党なんですか?」
「ええ、マンデリンには煩いです(笑)」
そこでまた言葉を切って食後のお茶を堪能した。
「午後の始業時間までは、何をして過ごされるんですか?」
と、彼女に訊かれて、
「そうですね。大体まったりしています。特に決めてやっていることはないですね。チェスを嗜む同僚と一局指したりする事もありますが、そうだ。昨日からの続きで、艦内配置案を固めていきますかね、リサさんは?」
「私は大体軽いエクササイズ・ダンスをしています」
「へえ、食後すぐなのにすごいですね」
「そんなに激しくは動きませんし、これも慣れですね。軽く動くと消化も促進されますし、エネルギーにも早く変換されて、午後の業務でも動き易くなります。シャワーを浴びて汗を流せば、すごくサッパリしてリフレッシュできますよ?」
「そうなんですか。じゃあ、午前中に調子の良い日があったら、僕も試してみようかな」
「是非、その時にはご一緒しますから」
(笑・笑・笑)
2杯目のハーブティーの温かさを、カップを通して掌で確かめるようにゆっくりと飲み終えると、彼女はカップを保温ボトルに取り付けてランチバッグにしまった。
「どうもごちそうさまでした、アドルさん。お昼に付き合って頂きまして、本当に有難うございました。お話しできて、本当に良かったです。ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました、リサさん。改めて、これからよろしく」
彼女はランチバッグを左腕に掛けて立ち上がり、私に一礼してラウンジから出て行った。
私はコーヒーの残りを飲み干すと、総てをプレートに乗せて持って立ち上がったが、そこで初めてここが禁煙ラウンジで、ここで昼食を摂っているのは女性社員が圧倒的に多くて、彼女達のおそらく半分以上が、私に視線を集中させている事に気が付いた。
私は食器をプレートごと返却口に置く時に「ご馳走様!」と努めて明るく声を掛けて禁煙エリアから出ると、そのまま禁煙エリアから離れた場所のテーブルに着き、灰皿を目の前に置いて一服点けた。
(こりゃあ、えらい事になってきたかなあ)
そう思いながら座っていた。
少し早めにオフィスに戻ったが、自分のデスクに着く前にスコットに捕まった。
「先輩!我が社の女性社員達のストレスレベルが、明らかに少し上がってますよ」
「やっぱり、分かるか?」
「そりゃ、分かりますよ。僕が先輩と一番話してるって、みんな知ってますからね。それでどうしたの?どうしてなの?って、みんな訊いてくるんですよ。一体どうしたんですか?」
「どうって、秘書に就いた彼女と一緒に昼飯を食っただけだよ」
「なんでそんな事したんですか?」
「なんでって、別に問題無いだろう?常務のお声掛かりで秘書として俺に就いた彼女と、打ち合わせがてら一緒に飯を食っただけだよ」
「先輩、今先輩に注目しているのは社内だけじゃないんですよ。どこで誰が視ているか判らないんですから、社内で迂闊な事は勿論ですけど、目立つような事はしない方が良いですよ」
「迂闊な事だとは思わないけどな。目立ってたなって言うのは、食い終って彼女がラウンジから出て行った後に気付いたよ」
「そうでしょう?ですからせめて社内では自重しましょうよ」
「ああ、解ったよ。多分もう2度と無いだろうと思うからさ。ホラ、もう始まるぞ」
そう言って椅子に座るのとほぼ同時に、昼休み終わりのチャイムが鳴る。
その日(1/27:火)の業務は定時で終えて社を出た。
帰路、買い物に寄ったマーケットで、店の人にも買い物客にも話し掛けられる。
応援されたり羨ましがられたりだ。ギャラが幾らかも訊かれたが、今のところそこら辺の事は全く解らないからと答える。セルフィーは丁重にお断りした。
帰宅してシャワーを浴び、雑多な家事を終えて夕食も済ませてから今夜もまた、艦内配置のクルー人事案策定に取り組みながら、時折報道されるニュースにも眼を向けていたが、私も含めて艦長たちの周辺は今日も喧しい。
もう艦長たち全員の会見か、インタビューのビデオが繰り返し流されている。
気になる人が浮上した。
「ハイラム・サングスター」54才。
現役の海上護衛警備隊の中佐で、軽巡洋警備護衛艦の現職艦長だ。
なんでも息子さんが自分の名前で応募したのが当選したと言う事で、当選はしたが参加は辞退する意向であったのを、家族全員から説得されて参加することにしたそうである。
参加するにあたって彼は、有給休暇と併せて半年間の休職を申請し、受理された。
彼自身が許可したので、経歴は総て公開されている。
特筆に値するのは現職として12年間、半世紀以上前から海賊が出没していた海上輸送航路の護衛警備任務に就き、3つの大きな海賊組織とそのシンジケート・ネットワークに打撃を加え、3つとも摘発して壊滅に追い込んだ功績に依り、勲章を授与されている。
この人が指揮する艦と遭遇したら、かなり厳しいことになるだろうなと思った。
だがクルーは女性芸能人だから、誰を選んで配置するかで、戦い方も結果もかなり違ってくるだろう。
我に帰るとまた頭の働きを、艦内配置のクルー人事案の策定に戻す。
色々と考え併せて彼女たちの情報やデータを様々に相互参照しながら配置案を固めていく。
ベランダで煙草を2本喫い、色々と相互参照して考えながら2杯のコーヒーを飲み干すまでに、ほぼ150分ほどが経過した。
頭の疲れを自覚したので視ると、11:15だったので切り上げて寝た。
翌日(1/28:水)は、朝から珍しくしのつく雨で気温が低い。
寒かったので熱いシャワーで体を温める。いつもより熱さを感じるコーヒーの味が体内に染み渡っていく感覚が、残っていた眠気を拭い去る。
昨日より一枚多く着込んでエレカーに乗り、出社した。
いつもの習慣で先ず1階のラウンジに入る。マンデリンを自分で淹れて席に着き、灰皿を目の前に置いて一服点ける。
もう三日目だからか、出社しても声を掛けて来る社員は昨日よりは少ない。
半分以上飲んで一本目を揉み消した頃、携帯端末にメッセージが来たので観るとリサさんからだ。
「お早うございます。朝早くにすみませんがご報告もありますので、そちらに参ります」
(何故ここにいるのが判る?)
そう思いながら禁煙エリアに移るべきかどうか迷ったが、結局ソーサーごとカップを持って禁煙エリアに入ったのだがその瞬間、10数人の女性社員の視線が集中したのを感じた。
席に着くと3分ほどしてリサさんが禁煙エリアに入って来たので、コーヒーを飲み干してソーサーとカップを脇に除ける。
「お早うございます、アドルさん。朝早くからすみません。相席しても宜しいですか?」
「お早うございます、リサさん。どうぞ、どうぞ。朝からご苦労様です。何か飲みます?」
「はい、それでは紅茶を」
「ミルク?レモン?」
「あ、ミルクで」
「ミルクは先に入れる?」
「はい」 「砂糖は?」 「1つで」
「了解しました」
そう答えて席を立った私は、カウンターでミルクティーを淹れるとソーサーに乗せて持ち、彼女の前に置いた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
そう答えてカップを取り上げ、一口飲むとそのままカップを置いて、
「美味しいです。紅茶を淹れるのもお上手なんですね?」
「それほどじゃありませんよ。リサさん、よく私がラウンジにいるって判りましたね?」
「それは、アドルさんは、大体いつも朝はこちらにいらっしゃると伺っていましたので」
「そうでしたか。それで、お話と言うのは?」
「はい、昨日のお昼にアドルさんから依頼された件についてなのですけれども、主任に訊いてみましたところ、法に触れない範囲内で外部に洩れないなら、情報収集も問題無いだろうと言われましたので。これを」
そう言ってリサさんはスーツの左内ポケットから小さいソリッドメディアを取り出すと、私の眼の前に置いた。
「これは?」と、思わず手に取って観る。キーホルダーが付いている。
「この中には、アドルさん以外の艦長に選ばれた19人についての、調べられる範囲内での情報がまとめてあります。お役に立てるかどうか、判りませんが」
「え、リサさん、これを何時間でまとめたんですか?」
「3時間から4時間程度です。ブロックやシールドされていない情報やデータだけ抽出してまとめましたので、あまり手間は掛かっていませんし、とりとめのないものになってしまっているかも知れませんが、お渡しします。お役に立てれば嬉しいです。私の今の仕事は、アドルさんとのお仕事だけですので、気になさらないで下さい。私にできる事でしたら、何でもお手伝い致します」
「リサさん。要らない面倒を掛けてしまって本当にすみません。軽い気持ちで頼んでしまって、配慮が足りませんでした。謝罪します。ですが、これ程のものを用意して頂きましたので、有難く頂戴して活用します。改めて、有り難うございました」
「そんなに丁寧なお礼はいいですよ。私達はパートナーじゃないですか。他人行儀に気を使わないで下さい。仕事抜きでもアドルさんのお手伝いが出来るのは嬉しいです。どんな面倒ごとで疲れても、こんな美味しいお茶が頂けるのなら吹っ飛びます」
私はソリッドメディアを丁寧に上着の内ポケットにしまうと、照れ隠しの苦笑いを顔に浮かべながら、ティーカップを両手で持ち、眼を閉じてゆっくりとミルクティーを味わって飲む彼女を観ていた。
「ミルクティー。お好きなんですか?」
「はい、ハーブティーの次に好きです。アドルさんが淹れてくれたミルクティーは、母が淹れるものより美味しいです。あ、これはお世辞じゃありませんよ」
「(笑笑)有難うございます。熱いのは、大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。私、猫舌じゃありませんので」
「そうなんですか。それで、リサさん。もしもご都合が宜しければ、今日のお昼もご一緒に如何ですか?」
「え、はい。私は大丈夫なんですけれども、アドルさんは大丈夫ですか?私、昨日あの後で、女性社員の皆さんの視線が凄くて」
「ああ、リサさんもそうでしたか。僕も昨日、あの直後から凄く感じましたし、同じフロアでよく話をする若い同僚がいるんですけれども、彼があの後女性社員たちから色々と訊かれたようで、何をやってるんですかと言われましたよ(笑)」
「(笑)じゃあ(笑)どうしましょうか?またここだと」
「(笑)そうですね。じゃあ、9階のスカイラウンジに席を取りますので、そこでどうでしょう?」
「あっ、そこの予約でしたら、私の方で取ります。アドルさんが取ると、またすぐに知れ渡りますから」
「それもそうですね(笑)じゃあ、お願いしようかな。それじゃ、詳しい話はその時にと言う事で。もう、朝礼が始まりますよね?」
「はい、そうですね。それじゃ、後はお願いしてお先に失礼させて頂いて宜しいですか?」
と、彼女は左手首のクロノ・メーターを見遣るとそう言った。
「どうぞ、片付けて置きますから、気を付けて」
そう応えると彼女は立ち上がって会釈し、そのままラウンジから出て行った。
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