20話 【女王の凱旋】7-魔法少女アルカステラ-
天空城の大広間、漆黒剣と純白剣が激しくぶつかり合い、白に黒に黄金にと目まぐるしく塗り替わっていく。
鍔迫り合いの最中にも、幾重にも放たれた色とりどりの魔法がぶつかり合い。ルシエラとアルマ、二人の周りを極彩色に彩っていく。
森羅万象を一か所に閉じ込めたような神々しささえ感じる攻防が繰り広げられ、
「……っ!」
撃ち負けたルシエラが壁に叩きつけられて膝をつく。
「お前は実に愚かなのだよ。お前が来る前にしたことはちゃんと見ていた、だから知っている。周りの連中に力を与えるため、蓄えた魔力を使いすぎたことをね」
アルマはそこに追い討ちをかけることなく、そんなことをすれば至極当然だと鼻を鳴らす。
「そうですわね」
ルシエラは手の中にある色褪せた魔石を見て肯定する。
急造のプリズムストーンは既に魔力が尽きて久しい。ミアとの勝負で鍛えられたルシエラの技量と魔力、自らの正しさを証明した上で勝ちたいというアルマの想い、その二点によって辛うじて勝負の体を成している状況だ。
「人は誰しもが孤独の闇の中、人々は私の孤独を見向きもせずに自分を照らせ照らせと主張するだけ。とはお前の台詞だったかね」
深紅の絨毯の上を悠然と歩き、アルマは得意げな顔でルシエラに語る。
「ええ、我ながら愚かしい台詞を言ったものだと思いますわ」
「いいや、その言葉は正しいのだよ。なのにお前は同じ失敗を繰り返した。他人のために力を使って自分の力をすり減らし、本当に叶えたい願いを手から零す」
「わたくしは何も零してなどいませんわ」
「そうかね? お前が魔力を分けてやった連中も、大いに苦戦しているようだがね」
アルマはルシエラの眼前に剣の切っ先を向け、左手でプリズムストーンを天に掲げる。
たちまち大広間の床に大宮殿の庭が映し出される。大宮殿の庭には無数のマジカルビーストと仮面魔法少女、更にアルマの触手が襲来し、それに負けじと全員が必死に応戦していた。
──シルミィさんやエズメさん、パーティに参加していた方も戻ってきましたのね。
一致団結する仲間を見て、ルシエラは思わず笑みがこぼれる。
あの中の誰一人として諦めてなどいない。それは全員が自分を信じてくれているということだ。ならば膝をついている暇はない、ルシエラは自らに喝を入れて立ち上がる。
「何が可笑しいのだね」
「わたくしの行動は間違っていなかった。そう確信できましたわ」
「意味不明なのだわ。それで負けたのなら、結局何も手に入らないのではないかね」
「孤独の闇の中に籠ったままではわかりませんわ。人の心にはプリズムストーンよりも眩しい輝きがありますの。だから、負けませんの」
──あの時、天空城で戦ったミアさんが何故あんな目をしていたのか、今ならはっきりとわかりますわ。
たとえ、プリズムストーンを失って劣勢であろうと、ここで戦っているのがルシエラ一人であろうと、自らの後ろで大切な仲間がついている。
だから孤独ではない。だから諦めない。だから負けない、負ける気がしない。
「そうだよ。ルシエラさんには私達がついてるから」
大広間の扉を蹴破り、黄金の羽根を舞わせてミアが大広間へと降り立つ。
「ミアさん!」
「受け取って、ルシエラさん」
驚くルシエラの手に、ミアは第三のプリズムストーンを乗せる。
「これは……」
「これは皆が貴方のために集めて、アンゼリカさんがここまで運んできた願い。叶えた願い、巡ってきたね」
ミアの言葉にルシエラが手のひらのプリズムストーンを強く握りしめる。
この輝石が蓄えた魔力自体はアルマの持つプリズムストーンよりも遥かに少ない。だが、このプリズムストーンはルシエラに無限の力をくれる。
力強い眼差しで自らを見据えるルシエラを見て、アルマが狼狽する。
それも当然なのかもしれない。ルシエラが完全に息を吹き返す切欠、それこそがアルマにとって何よりも否定したかったものなのだから。
「人の心の輝きなんて……まがい物なのだわ! そんなものがあるのなら、叶えた願いが巡るのなら、私の所に来てくれたっていいはずなのだから!」
アルマが持つプリズムストーンの光が強力な力場となって大広間を揺らし、更には空間をも歪めていく。
それはダークプリンセスとアルカステラの決戦の再現。
「ええ、ですから届けて差し上げますわ! わたくしが、今ここで!」
ルシエラが目配せし、ミアが頷く。
その手に持つ第三のプリズムストーンが眩く煌めき、アルマが歪めた空間を正しい形に修復していく。
「そんな……。理解不能だわ! どうして、さっきよりも僅かな魔力なのに、こんなにも強いのだよ!?」
「それが想いの力だから、ですのっ!」
大広間を一直線に駆け抜けてくるルシエラにアルマが恐怖する。
震える手で剣を構え、魔法を放ち、更には自らの体である大広間を蠢かせて触手を繰り出し、行く手を阻もうと必死に応戦する。
だが、ルシエラは遮るもの全てを退け、動きを鈍らせることすらしなかった。
「く、来るなっ!」
手にしたプリズムストーンを盾のように構え、アルマが目を瞑って必死に首を横に振る。
それでもルシエラは止まらない。
アルマは慄き尻もちをつき、蠢く大広間が裂けて露出した次元の狭間に転がり落ちそうになる。
が、アルマの手をルシエラが掴み、再び大広間に引き摺り戻した。
「どういうこと……なのだわ?」
ルシエラの意図が理解できず、紅い絨毯の上でぱちぱちと目をしばたたかせるアルマ。
「言ったはずですわ、今から巡る願いを貴方にも届けると。貴方の願いはかつてのわたくしの願い、嫌でもわかりますわ。……貴方は皆と共に行きたいのでしょう?」
言って、ルシエラが微笑む。
そう、それが孤独な女王だった頃のルシエラが欲しかった願い。アルマが欲しかっただろう願い。今のルシエラが渡したかった願い。
アンゼリカの時のように、渡し方を間違えれば拒絶されるかもしれない。でも、きっと今ならば大丈夫のはずだ。
アルマはじっとルシエラの顔を見つめていたが、やがて意を決したように小さく頷き、差し出されていた手を取った。
瞬間、天空城が大きく揺れて崩壊をはじめた。
「アルマさん!? もう少し我慢してくださいまし!」
「違う! 私が取り込んだ連中に体を盗られたのだわ! 恐らくアネットが仕込んでいた獣共の仕業なのだよ!」
「なんて杜撰な!」
言いながら、ルシエラはアルマを小脇に抱えて走り出す。
「ミアさん!」
「ん! 先導は任せて」
白く溶けた扉をミアが蹴り飛ばして道を開く、幸いにも扉の先はまだ部屋の形をしていた。
ミアが先導する中、アルマを抱えたルシエラが溶ける天空城をひた走る。
途中、白く溶けた壁からマジカルビーストが飛び出し、一行に向かって牙を剥く。
「マジカルビースト! やはりあの害獣共の仕業ですのね!」
──この企み、どこまでがアネットさんの意志だったのですかしら!
マジカルペットの集合体となっていたらしいアネット。
純白剣でクロエとアルマを統一したこと、その前段階としてクロエを誘導して漆黒の世界樹を作らせたこと、シャルロッテとタマキを引き離しミアの居る地球に送りこんだこと。
アルマの体を乗っ取るのが最終目的だったとして、どこからがアネットの意志で、どこからがマジカルペット達の意志によるものだったのだろうか。
「と、そんなことを考えている暇はありませんわね!」
マジカルビーストは最後に残った一欠片であるアルマを取り込もうと、咆哮をあげてルシエラへと飛びかかる。
だが、それは猫飾りのついた杖による一撃で爆散した。
「ルシエラさん! 退路、確保してあります!」
奥を指差すアンゼリカ。
一面の白の中、青い魔法障壁がパイプのように一本の道を作り上げていた。
「アンゼリカさん! 見事なタイミングですわ!」
「ピンクの人に手柄を譲ってまで準備してましたからね! 後で沢山褒めてください。私、褒められて伸びるタイプなので!」
「ん、任せて」
「そこの人に褒められても嬉しくありませんけど!? とにかく急ぎましょう! 天空城、そろそろ獣の集合体になり始めています!」
アンゼリカがルシエラ達の居る上を見上げて叫ぶ。
一面の白の中、マジカルペットが血液のように蠢き、白い空間はバクバクと拍動していた。
ルシエラ達が魔法障壁のパイプに逃げ込むと、先程まで居た場所がスライム状になったマジカルペットの海に押しつぶされていく。
「えと、今度は私が殿になるね」
パイプの中までなだれ込んでくるマジカルペット達を魔法で焼却し、ミアが殿となって撤退を手助けする。
「お前達、こんな時まで本当に仲がよいのだわね。妬ましいほどに羨ましいのだわ」
パイプを走る中、アルマがぽつりとそう呟く。
「そういう時は妬まないで素直に仲間に入れてと言えばいいんですの。そも、これは貴方を助けるためにしておりますのよ」
ルシエラの返答にアルマが少し目を見開く。
「今の貴方の気持ちはかつての私の中に有った気持ちと同じ。だから、そうすればいいと断言できますわ」
──本当に、かつてのわたくしにそっくりですもの。
恐らくその想いはルシエラの中にもあったもの。自らに立ち塞がるミア達三人の魔法少女を見ていた時の気持ちなのだ。
そして、その想いは今のルシエラも変わらない。自らの隣に立つ
「だから……あの時、お前は私に手を差し伸べたのだね」
「ええ、かつてのわたくしと貴方は本当に似ていますもの。貴方の言っていた通りに、だから貴方も今のわたくしのようになれますわ」
そこで会話が途切れ、アルマは神妙な面持ちで黙りこくった。
「座標的にはそろそろ正門付近です! 気を付けてください!」
アンゼリカが警戒を促し、青いパイプの終点が見える。
一行は魔法障壁のパイプからエントランスへと飛び出す、そこは白くかすみながらも辛うじて部屋の形を保っていた。
『メポ、メポ、メポ……』
『ポヨ。ポヨ。ポヨ……』
『ケロ。ケロ。ケロ……』
だがその代わり、そこには仮面魔法少女の首から上をマジカルペットの顔に挿げ替えた生物、魔法少女ならぬ魔法害獣達が待ち受けていた。
『クゥーックックックッ! ここから先は通さないメポォ! 大人しくミー達の一部になるがいいメポッ!』
「最後の最後に気持ち悪い生き物が出てきたんですけど!? さっさと世間様の気分を害したことを平謝りして道を開けてくれませんかね!」
『黙れ、自分で魔力の調律もできない劣化種共が!』
「え、私できますけど。むしろ魔力調律如きが自慢ポイントになっちゃうんですね、他に自慢できる所とかはないんです?」
小首を傾げながら、憐れむような眼差しでアンゼリカが言う。
マウンティングした上でグーパンチでタコ殴りするような辛辣な一撃に、魔法害獣が反論に窮して言葉に詰まる。
『……うるせぇ、お前の自分語りなんて聞きたくないポヨ! お前達のボディと魔力に、この麗しいフェイスを足した優等種様に口答えするなポヨ!』
結局、魔法害獣達は逆ギレで押し流すことを選んだ。
そんなやり取りの間にも、魔法害獣達は次々と発生し、エントランスを埋め尽くしていく。
「ああ、もう! めんどくさいですね! 語尾も可愛くない残念生物の分際で!」
痺れを切らせたアンゼリカが魔法弾で魔法害獣を吹き飛ばす。
『痛てぇ! キタ! キタキタキタキタ! キターーァ! 進化! これは進化の痛みメポォ!』
だが、地面に仰向けで倒れた魔法害獣はその目を見開き、狂気に満ちた叫びをあげる。
背中から魔力を噴き上げて、その姿を別の魔法少女の姿に変えて立ち上がる。その首から下は紛うことなくステラノワールの体だった。
「や、や、や、やめてくださいまし! わたくしのアルカステラを汚さないでくださいましっ!」
「そうなのだわ! お前達には相応しくないのだわ!」
それを見たルシエラが半泣きになって猛抗議し、アルマがそれに追随する。
単なる偽ステラであるステラノワールですら精神的にダメージが入ったのに、この汚辱の極みのような物体は酷い、酷すぎる。絶対に許せない。
「えと、ルシエラさん。落ち着こう。今、そんな場合じゃないから」
仕方ないと言った顔をして、ミアが一歩踏み出し横薙ぎ一閃。
ステラノワール型魔法害獣の上半身が消し飛び、残された下半身が白い泥に戻った。
『足りねぇ……力が!』
その一部始終を隣で見ていた魔法害獣がそう呟き、
『力が欲しいか』
マジカルペットの集合体に成り下がっただろう天空城が問いかける。
『力が欲しい!』
途端、魔法害獣から白い魔力の翼が吹き上がり、ステラノワール型魔法害獣へと進化する。
『力が欲しい!』
その横でも白い魔力の翼が吹き上がり、ステラノワール型魔法害獣が誕生する。
『力が欲しい!』
『力が欲しい!』
『力が欲しい!』
『力が欲しい!』
魔法害獣達は共鳴するように次々と魔法少女型からステラノワール型へと進化していく。
「ぶえーっ!?」
それ見たルシエラが今日一番のメンタルダメージを受け、ダンプに轢かれたオットセイのような叫びをあげる。
「ピンクの人! これは茶番劇です! この空間自体が本体な以上、さっさと逃げないと際限ないです!」
「そうだね、ルシエラさん」
「わ、わかってますわ!」
慌てて顔を引き締めて、ルシエラがアルマを抱え直す。
マジカルペット連中がここまで我が物顔でアルマの体を使いこなしている以上、あの白い泥には僅かたりともアルマを触れさせられない。触れれば即座に取り込まれてしまうだろう。
クロエを救出した時以上に予断を許さない状況だ。
『逃がさん……! アルマも、お前達も、その体と魔力を置いていけ……!』
それを逃がすまいと天空城が更に白く溶けて白い空間となり、魔法少女型のマジカルペット達が次々と白の中から生えてくる。
『傅け魔力タンクの家畜どもッ! 全ては我々マジカルペットが支配する新世界のためにィ!』
襲い掛かる魔法害獣達、
『迷う心の宵闇に、きらり煌めく星一つ。心に宿ったほのかな光、照らして守る一番星』
そこに異形の声音で聞きなれた決め口上が聞こえ、白い魔力の翼を舞わせた魔法少女が魔法害獣達を消し飛ばした。
「ん、ステラノワール……!」
『よかった。アルマ、孤独の闇の中から出てこれたんだね』
白い泥に戻った魔法害獣達が白に飲み込まれていく中、割れた仮面を着けたステラノワールが振り返る。
微笑むその体からは既に白い霧が漏れ、崩壊間近だった。
「ステラ! どうしてここに居るのだよ。お前は私が壊して居なくなったはずなのだわ!」
「私の願いのために時間をくれた人がいたから」
自らの胸に両手を当て、祈るようにステラノワールが言う。
「その……私が意固地なせいですまなかったのだよ。今、私の一部を分けて治してやるのだわ」
その痛々しい姿を見て、アルマは辛そうな顔で謝罪する。
だが、ステラノワールは小さく首を横に振った。
『借りた体はちゃんと返さないと。それよりも急いで、道は私が開くから』
ステラノワールは刻々と崩壊する体を軋ませ、自らの命を弾丸として白い空間に大穴を穿とうとする。それは最後の輝きであり、捨て身の献身。
ルシエラはプリズムストーンを握りしめ、ステラノワールと代わろうとするが、ミアがそれを制止した。
「これはあの子の願いだから、叶えさせてあげて」
その言葉に白く輝くステラノワールが微笑み、白い世界に外と繋がる出口が作り上げられる。
「行きましょう。無駄にしないのが彼女のためです」
アンゼリカが一歩前に出て行動を促し、ルシエラ達がそれに続く。
『オリジナル、私は結局今の貴方みたいにはなれなかったね』
ステラノワールは白い空間の出口で満足そうに笑っていた。
「ううん、それでいいんだよ。貴方は貴方、自分自身がオリジナルだよ」
『そっか……。アルマ、人も外の世界も怖くないよ、だから私の代わりに皆と一緒に行ってごらん』
ステラノワールは優しく微笑んで、アルマが白い空間の外に出ていくのを見送る。
アルマが外に出ていくのを見届けると、限界を迎えたステラノワールの体は完全に崩壊した。その体は白い粒子となって跡形もなく消え去り、そこにはセシリアの体だけが残る。
そして、ステラノワールの核となっていた欠片も、自らの役目を終えて粉々に砕け散った。
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