20話 【女王の凱旋】6-御三家の『青』-
「これは……」
満を持して天空城に突入したアンゼリカだったが、内部の状態を見て顔を引きつらせる。
天空城の内部は炙られたロウソクのようになっており、そこかしこから白い泥が溶けだしていた。
恐らくルシエラとの戦闘が激化し、アルマが他の部分に意識を割く余裕がなくなったのだろう。
「確かに私が出向いて正解でした。届けるだけで相当な難易度ですよ、これ」
白い泥は仮面魔法少女の原料にもなっている、いつどこで牙を剥いてくるかわかったものではない。更に壁ではマジカルビーストらしき獣も無数に蠢いている。
アンゼリカは杖の先に魔法障壁を展開し、傘代わりにして天空城内部を進んでいく。
幸い、天空城には何度も訪れたことがあり、うろ覚えだが構造も覚えている。
女王が座するはずの大広間へと続く扉を開け、扉の向こうが一面の白だったことで顔をしかめた。
「ああ、そうですか! アルマ様の体内ですもんね、ここ! だからって、ここが天空城だって設定投げ出すの早くありません? 大根役者だって役割完遂しようとする根性がありますよ!?」
だが、白い体に戻りかけているとはいえ、元々は天空城を模していた場所、ルシエラ達が居るであろう座標自体は天空城のもので違いないはずだ。
迂回路を探すか、強硬突破するか、迷うアンゼリカだったが、不意に回廊の壁に寄りかかっている人影を見つけてしまう。
紫の髪をしたその少女は、打ちひしがれたような顔で虚空を見つめていた。
「もう! 知らなきゃ素通りできたのに! なんでこんな時に気付いちゃうんですかね、私!」
アンゼリカは言葉では不平を言って憤るが、迷いなくその人影へと歩いていく。
気づいたからには助けるに決まっている。ルシエラの所へ向かうのに、胸を張って彼女に会えないような行動をできるはずがない。
「そこの人、大丈夫ですか!」
まさかこんな所で声をかけられるとは思っていなかったのだろう。
その少女──セシリアは驚きに目を見開きながらアンゼリカを見上げた。
「お、お前は誰なのだ……?」
「通りすがりの魔法使いです。ここはもう危険ですよ、急いで避難してください」
「知っているとも。はは、今し方それで己の無力さを思い知った所だ」
壁に背を預けたまま自嘲するセシリア。
「はあ、そうですか。それでのんびりしてるなんて暇人さんですねぇ」
「お、おお? 何故それで暇人と呼ばれる。余は己の無力を嘆き打ちひしがれている所なのだぞ」
目をしばたたかせるセシリアの姿に、アンゼリカはふうと小さく息を吐く。
「だからじゃないですか。貴方は多分、セリカさんのお姉さんで第二王女のセシリアさんですよね」
「そ、そうだが」
「ならこんな風になってる理由は大体察しがつきます。アルマ様を守れなかったとか、守っているつもりで自己満足とか、そんな感じでルシエラさん達に言われたんですよね」
腰に手を当て、そう推理していくアンゼリカ。
正直言って時間がないのだが、かつての自分を見ているようで本当に捨て置けない。
「そ、そうだ。アルマ様のためを思ってしていたつもりの行動を、利己のためであると見事に言い当てられた」
「だからです。今が分水嶺なのはわかりますよね?」
セシリアが無言で頷く。
「諦めるならきっぱりと諦め、邪魔にならない所に居てください。でも、貴方がそれでもまだアルマ様に何かをしてあげたいというのなら、時間がないのに止まっていて何になるんですか」
「…………!」
「正しくないんなら、正しい形になるように今すぐ必死に考えるべきです。そうしなければ貴方がしてきたこと、本当に全部無駄になっちゃいますよ?」
ルシエラに追いつけたと思い込み、敗北し、自暴自棄になって挑みかかった自分。その情けない過去を思い出しながら、アンゼリカは言う。
「だ、だが余はどうすれば……」
「それは自分で考えることです。貴方がアルマ様のためを思ってする行動なのに、自分自身で考えなければ意味がないじゃないですか」
そこまで言って、アンゼリカはセシリアの様子を窺う。
その言葉に思う所があったようで、彼女は無言で何かを考えていた。
──まあ、これなら大丈夫そうですかね。
「それでは私も急ぎますので。お互い、後悔のないように行動したいですね」
アンゼリカは彼女の上に魔法障壁を展開してやると、駆け足でルシエラの居るだろう場所へと急ごうとする。
「すまぬ、通りすがりの魔法使い。余も言われた通り考え動いてみる。その間、オリジナル……いや、アルカステラにアルマ様を頼んだと伝えておいてくれ」
が、一番聞きたくなかったその言葉に、アンゼリカは渋面を作った。
そんなことを頼まれてしまっては、また一番いい所を恋敵にプレゼントしなければならなくなってしまうではないか。
「ぬ。なんだ、余は悪いことを言ったのか?」
「いえ、気にしないでください! 個人的な感情の問題なので!」
これ以上余計なことを言われては困ると、アンゼリカは足早にその場を駆け去っていく。
「私がアルマ様とステラノワールのためにしてやれること、か……。余に何ができるのだ……?」
一人残されたセシリアは暫くの間思案していたが、やがて一つの結論に至る。
「わからない! 今までアルマ様の望みにすら、真剣に向き合ってこなかった! 余は、愚かだ!」
その場にうずくまったセシリアは、溶け始めた天空城の床を叩いて愚かな自分自身に絶望する。
だが、セシリアはそれで止まりはしなかった。覚悟を決めた顔で立ち上がると、
「すまない。あの時の余は見ているだけだった。都合がいいのはわかっている。だが、余にはそれしか思い浮かばないのだ。不甲斐ない余の代わりに貴方の答えを教えてくれ、ステラノワール……!」
アネットに手渡されていたアンプルを一気に飲み干した。
左右から迫るステラノワールを杖で一閃し、その隙に正面から迫る別のステラノワールを拳一発で霧散させる。
獅子奮迅の勢いで無数の敵を薙ぎ倒していくミア。
だが、襲い来るステラノワールの数は留まるところを知らず、次から次へと床から、天井から、壁から、無数に湧き続けている。
「ん、粗製乱造。また弱くなってる」
ただし、その質は劣化の一方。下手をすればもう外の仮面魔法少女の方が強いかもしれないぐらいだ。
本来、アルマにとって特別なただ一人の魔法少女であったはずのステラノワール。それがこんなお粗末な量産品に成り下がっている事実、それこそがアルマの迷走した胸中を物語っているのかもしれない。
「本当ですねぇ。こんなの私でも一発ですよ」
そこにやってきたアンゼリカが、ステラノワールを猫飾りの杖で一蹴してミアの前に立つ。
「アンゼリカさん、外はいいの?」
「よくないです。でも他の方が居るので大丈夫でしょう。それよりも、ルシエラさん苦戦してるみたいですよ。せっかく隣を譲ってあげたのに何やってるんですか」
「ん、ごめん」
二人は一瞬背中を預けあうと、取り囲むステラノワールを瞬く間に制圧していく。
「ここは完全に天空城のままですけど、他の所は白く溶けてアルマ様に戻りかけてます。ルシエラさんとの戦闘が激化している証拠です」
「そうなんだ」
敵を倒し、再び背中合わせになり、そしてまた散会して敵を倒す。
示し合わせてもいない二人のコンビネーションは抜群で、ステラノワールが大挙してきてもまるで意に介さない。何しろ同じ
「ルシエラさんが苦戦している原因は、突入前にプリズムストーンの魔力を分け与え過ぎたから。ですから……」
ステラノワールの波が一瞬途絶えるのを待って、アンゼリカがミアの前に立つ。
そして、ぎゅっと目を瞑って堪えるような顔をしたまま、上を向いて、下を向いて、うーうーとうなると、意を決したように強く握っていた魔石をミアに差し出した。
「えと、これは?」
「フローレンスさんの魔石を使い、皆の力で作った第三のプリズムストーンです。ルシエラさんに届けてあげてください」
「アンゼリカさんがしなくていいの?」
脇から迫るステラノワールを魔力で粉砕しつつ、ミアが首を傾げる。
「したいですよ! 勿論じゃないですか! ここまで頑張って持って来たんですよ、一番いい所だけ譲りたくなんてないに決まってます!」
アンゼリカは杖を後ろに向け、背後から魔法を放とうとしていたステラノワールを魔弾で貫いて撃破する。
「でも……道中、セシリアさんに頼まれちゃったんです。自分ができることを探すから、それまでアルカステラにアルマ様を頼んだって伝えてくれって」
そして、腰に手を当てて大きく息を吐いた後、そう言葉を続けた。
「だから譲ってくれるんだ」
「今回は、ですけどね。本当に損な性分ですよ、私」
「そうだね。でも私はそこ嫌いじゃないよ」
ミアがポーカーフェイスを少しだけ柔らかくして微笑む。
「ピンクの人にそう言われても嬉しくありません。悔しいだけなんでさっさと行ってください」
アンゼリカは照れるようにミアに背を向け、空中に無数の水球を展開して防衛態勢を取る。
「ありがとう、絶対に届けるから。今度、二人で一緒にルシエラさんを押し倒そうね」
「そこは次は譲るとかいう所じゃありません?」
「それは無理」
軽口を叩きながらアンゼリカがミアの背中を守り、ミアが迷いなく一直線に魔力の翼で駆け飛んでいく。
ミアの姿が消えると、アンゼリカの立つ空間がどろどろと白く溶け始めた。
「はーっ、居なくなった瞬間すぐこれですか。アルマ様にとってのアルカステラって、格好つけていい所を見せたい相手なんですねぇ」
アンゼリカは自らの頭上と背後に魔法障壁を展開すると、重火器を構えるように杖を構えなおす。
「でも、アルマ様は間違えてますね。本当にいい女ってのは、大切な人が見てない所でも気を抜かないものなんですよ。それでこそ相応しい相手になれるってもんですから!」
そして、事前に展開していた水球と構えた杖から魔法弾を乱射するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます