20話 【女王の凱旋】5-御三家の『赤』-
天空城の屋根から次々と仮面魔法少女が湧き上がり、次元の狭間に浮かんだ転送陣からマジカルビーストが飛来する。
「どう考えてもさぁ! これ二人で相手取る物量じゃないよね!?」
「同感、どーかんですっ!」
タマキが燐火でマジカルビースト達を焼き払い、シャルロッテが
その隙にアネットの黒い裾が翻り、そこから異形のマジカルペット達が襲い来る。
それらをなんとか捌き終えた頃には次の敵が待ち受けている。アネットと二対一で戦っていたはずなのに、二人は逆に押し寄せる軍勢による際限ない数の暴力を凌ぐ羽目になっていた。
「ああ、もう! ボクの母親がここまで人間辞めてるなんてガッカリだよ!」
タマキは魔力の翼を刃代わりにして、異形のマジカルペットを切り裂き退ける。
「あら~、コレットちゃんったら酷いわ~。反抗期なのかしら~」
アネットはわざとらしく泣き真似をするが、攻撃の手は休めない。
今度はシャルロッテに向けて紅い雷撃の矢を連打。更に影から伸びた獣の腕が漆黒の爪をひらめかせた。
「わーお。えげつないねっ!」
シャルロッテはそれを空間ごと歪曲させ、屋根から現れる所だった仮面魔法少女と同士討ちさせる。
「シャルちゃんまで抵抗するのね~。お姉ちゃんなんだから痛いの我慢してみないかしら~、そうすればコレットちゃんは安心よ~」
「ふーん、それはヴェルトロン家存続のため?」
シャルロッテは尋ねながら、湧きあがる仮面魔法少女の頭を飛び石のように渡って間合いを取る。
「そうよ~。私はお姉ちゃんみたいにヴェルトロンのお家を犠牲にしないもの~」
「なら、最初からこんなことしなきゃよくない?」
シャルロッテが因果時計でアネット周辺を減速させ、
「最優先はこの子達の幸せ、二番はヴェルトロンのお家。それでこそ、お姉ちゃんを見返してやれるんだもの~」
アネットは自身と周囲の速度差で影の裾を千切りながらも、そのまま動きを止めず、次はタマキへと攻撃を仕掛ける。
「違うよね。それって結局さ、エズメさんの選ばなかった方を選んでるだけ。ただの逆張りだよ」
タマキが真紅の剣でアネットの魔法を斬って言い返す。
その言葉に、アネットの魔法攻撃が更に苛烈になってタマキへと襲いかかる。どうやらタマキの一言はアネットの癇に障ったらしい。
「あらあらあら、やっぱりヴェルトロンのお家に居ないとダメねぇ。そんな悪いこと言う子に育っちゃうだなんて」
「タマちゃんったらワルだねっ☆ おかー様の急所抉っちゃった」
「みたいだね!」
天空城の屋根を転がりながら、必死の形相で矢継ぎ早の魔法攻撃を捌くタマキ。
シャルロッテがすかさず横に駆け付けてフォローに入りつつ、「攻撃、片方は手を抜くみたいだから」と囁く。
「おかー様がどうして私の方をヴェルトロンのお家に残したか、今ならわかるよ。おかー様と私、そっくりだもん」
そして、シャルロッテは自らが囮となるべく、アネットへと突撃。
仮面魔法少女の間を器用に掻い潜り、襲い掛かる獣の腕を弾き飛ばし、瞬く間にアネットへと肉薄する。
「あら~、それって褒めてくれてる? それともけなしてる?」
「勿論、けなしてますっ!」
シャルロッテはそのまま魔力のハンマーで殴りかかり、アネットが真紅の魔法障壁でそれを受け止める。
「おかー様は私と同じで物事に優先順位をつけてるもんね」
「それは悪いことかしら? 人間誰しもがそうでしょ。そうしないと、一番大事なものまで零しちゃうわ」
真紅の魔法障壁が火花を散らす中、アネットの影がゴポゴポと泡立ち、影からマジカルペットの群れが蠢き吹き出した。
「でも……それ、自分がエズおばに選ばれなかった腹いせだよね」
それを予期していたシャルロッテが大きく飛び退き、マジカルペットを魔力弾で薙ぎ払いながら言う。
その言葉を聞いた瞬間、アネットの眼差しに憎悪が宿った。
「本当に見返したいんなら、それをやってのけるべきだよねっ☆ 少なくともルシエラやミアは全部選んで、全部守り通してみせたよ? おかー様みたいに最初から諦めないで」
更に挑発するようにウィンクするシャルロッテ。
アネットの顔から表情が消え、周囲に影が渦巻き、マジカルペットの怨嗟にも似た鳴き声が響き渡る。
「あら、あらあら、あらあらあら」
アネットが渦巻く闇全てをシャルロッテにぶつけようとするその直前、真紅の閃光が転送陣を貫いた。
「そうなんだよなぁ。ミアちゃんはいつもそうなんだよ。だからミアちゃん達と居ると、いつの間にかボクも無理だって思う先に立ってるんだよね」
アネットが思わず視線を向け直すと、そこにはプロミネンスレイを撃ち終えたタマキが居た。
「っくう!」
破壊された転送陣。
土壇場での致命傷に、アネットが思わず悔しげな声を漏らす。
「おかー様、本当に弱点わかりやすいねっ☆」
歯噛みするアネットの腕を掻い潜り、シャルロッテが再度肉薄する。
先程本人が言っていた通り、アネットは明確な優先順位をつけて戦っていた。
一番はマジカルペット、二番はヴェルトロン家の存続。つまり、ヴェルトロンの次期当主となるシャルロッテとタマキ、必ずどちらか片方は残るように攻撃を仕掛けていたのだ。
そんなもの、そこにつけこめと言っているようなものだ。
「シャルちゃん! 悪い子っ!」
「
威圧するアネットに微塵も怯まず、因果時計を展開したシャルロッテは、掌底を打ち込むようにしてアネットに時間逆流を行使する。
途端、アネットの体からマジカルペットを取り込んだ黒い闇が噴出した。
『GUBOBO……MEPOMEPO……』
「わわっ、思ってたよりまだ一杯入ってた! これは流石に予想外だねぇ!?」
噴出する闇の勢いで吹き飛ぶようにシャルロッテが後退し、
「大丈夫、お姉ちゃん!?」
仮面魔法少女を斬って退けながら、タマキがそれを受けとめる。
「ありがと、タマちゃん!」
シャルロッテを降ろしつつ、タマキがアネットの上で膨張する闇を見上げる。
アネットから管のように伸びた先、大樹のように育った闇がボコボコと無数のマジカルペットとして蠢いていた。
「お姉ちゃん、さっさとアレ倒しちゃおうよ。宿主と接続する管があるってことは、ネガティブビーストと同じ倒し方でいいよね」
言いながら、タマキが真紅の剣を構える。
「おっけー☆ タマちゃんが踏み込んだタイミングで加速させるから」
「わかった!」
真紅の翼を吹き上がらせたタマキが滑るように飛翔し、
「
「駆けろ日輪! 真紅となって!」
そこにシャルロッテが因果時計を合わせ、タマキ自身が真紅の剣閃となってひらめく。
そのままマジカルペットの集合体である闇へと疾走し、アネットと接続されている管を両断する。
『VOOOO! MEPOOOOOO!』
マジカルペットの集合体が生物とは思えない叫びをあげ、枝のように伸びた無数の闇をざわつかせる。
だがいくら暴れようとも、タマキは既にそこには居ない。
「アルカソル、いざ成敗ッ!」
蠢く大樹の後ろ、タマキが居合いのような構えを取って振り返り、闇に向けて真紅の剣を走らせる。
真紅の剣がひらめいた瞬間、闇の大樹は真っ二つに両断されていた。
「今だよ、お姉ちゃん!」
両断された黒い闇はいまだ空中で蠢きながら、ドロドロとその身を溶かしていく。
「おっけー、お掃除しますっ! 爆撃どっかんっ☆」
ばきゅんと銃を撃つジェスチャーをして、シャルロッテが魔法を放つ。
闇を飲み込むように空間が収縮した後、一気に膨張し、炸裂。溶ける闇を跡形もなく消し飛ばした。
「まーた、ド派手にやりましたねぇ。平和主義者自称する癖に、姉妹揃って広域殲滅系の魔法大得意なんですから」
そこに呆れ顔のアンゼリカがやって来る。
「アンジェおつー、ここまで出張なんて働き者だねぇ」
いつも通り大げさな動きで手を振って出迎えるシャルロッテ。
「はいはい、シャルさん、お疲れ様です。そっちはようやく終わったみたいですね」
アンゼリカは二人の傍に倒れるアネットへと視線を向けて言う。
「んー、むしろ始まった感じ? おかー様、マジカルペット満載過ぎてどこから本人なのかわかんなかったし」
「あはは、凄い量入ってたもんね。アンゼリカさんはミアちゃん達の援護?」
「はい。苦戦しているようなので、プリズムストーン代わりの魔石を届けてきます」
「それじゃ、ボク達の魔力も足していってよ。本当はついていきたい所だけど、お母さんも連れ帰ってあげないといけないしね」
言いながら、タマキがアンゼリカの傍らに浮かぶ魔石に魔力を注入する。
シャルロッテは一度足元の天空城を見つめた後、それに続いた。
「アンジェ、気を付けた方がいいよ。おかー様、戦闘中ずっと天空城にマジカルペット入れてたから、多分想定より厄介なことが起こるよ」
そして、自らの魔力を魔石に入れ終えると、珍しく真剣な表情でそう言った。
「わかってます。だからここまで確認に来ましたし、私が届けに行くんです」
アンゼリカは杖で魔石を絡めるように手繰り寄せると、自らの周囲に魔法障壁を展開して天空城への強硬突入を開始する。
「りょーかいしましたっ! 最終防衛ラインは任せてください、それではアンジェの健闘を祈ります!」
シャルロッテは大袈裟な動きでサムズアップすると、天空城に突入していくアンゼリカの背中を見送るのだった。
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