20話 【女王の凱旋】4-御三家の『緑』-

 次元の狭間に浮かんだ小島、白と黒の斬撃が幾度となく交差し、削り取られた魔法障壁の残滓が薔薇の花びらのように激しく舞い踊る。

 小島の表面は繰り返される攻防によって荒れ果て、緑豊かな庭園の一角であった面影は全くない。


「天空城が再び動き出しました。潮時かと」


 岩山のように突き出す浮遊島の基盤を跳び渡り、純白の剣を振るいながらユーリアが言う。


「笑止ね。グリュンベルデは女王が刃、止まる時は女王の命がある時だけよ」


 すり鉢状になった穴の中央、漆黒剣を舞わせるカミナがそれを一笑に付す。


「いいえ、アルマ様の刃です」


 白い剣閃がカミナの魔法障壁を掠め削り取り、


「カミナ・グリュンベルデはそんなものを認めない。当主が違うと言うのだもの、それは貴方の妄言に過ぎないのよ」


 返しの刃でカミナがユーリアの魔法障壁を削り取る。


「……そもそも、貴方はアルマ様のために刃を振るっているのかしら。貴方の振るう刃は貴方自身のためにしか見えないのだけれど」


 カミナは小さく飛び退いて間合いを取ると、虚空から大剣を引き抜いてそのまま鋭く投げつける。


「私のために振るう刃、それがアルマ様のための刃となるのです」


 ユーリアはそれを素手で受け止め、そのまま刀身を握り砕く。刀身を砕くその腕は獣の腕になっていた。


「自尊心の肥大もここまでくると呆れるわね。マジカルビーストを受け入れ、今更生贄の巫女気取りでもするつもり? いいえ、貴方は生贄になんてなるつもりはない。誰よりも生き汚い」

「グリュンベルデは神託の巫女、その末裔。獣如き御せて当然なのです」


 ユーリアは獣の腕でそのままカミナの胸ぐらを掴むと、真下に向けて叩きつける。

 その衝撃であちこちに転がる小島の破片が宙に舞い、小島本体には大きな亀裂が入った。


「かはっ!」


 地面に叩きつけられたカミナは、跳ね返った反動を使って受け身を取ると、漆黒剣を滑らせて追撃の腕を受け流す。


「っ! 無駄な抵抗は止めて諦めなさい。力量差は歴然です」


 ユーリアは瓦礫を蹴散らしながら圧倒的な加速で島の端まで駆け抜け、そのままUターンしてカミナに襲い掛かる。


「自己を過大に喧伝したいのね。それは私に好き放題マジカルビーストを入れた成果ではなくて」

「されど、それでも今はそれが私の力ですゆえに」


 ユーリアが獣の脚で踏み込み、獣の腕で純白の剣を振るう。

 カミナはそれを漆黒剣で受け止める。漆黒剣は刃こぼれ一つしなかったが、代わりにカミナの腕は折れ、両足が地面にめり込んだ。


「そして、貴方は初めからこの場に立つ資格はないのです。神降ろしの後遺症はいまだ残り、本調子ですらないのでしょう?」


 カミナを気遣うこともせず、一気に畳みかけようとするユーリア。

 カミナは地面を砕いて大きく飛び退き、折れた腕に空中で治癒魔法をかけて体勢を立て直す。


「うふふ、賊らしい矮小な思考ね。資格がないのは貴方の方よ。戦場に立つ資格は力量にあらず、覚悟と矜持。それがグリュンベルデよ」


 カミナは痛みを隠すように悠然と笑い、反撃に転じる。

 漆黒剣で地面を掬い上げるように切りつけ、


「私とて、その両方を持っていますとも」


 ユーリアが一瞥もせずそれを受けとめる。


「否定してあげたはずよ。貴方の言う矜持は単なる自己保身なのだと」

「それは貴方の私見に過ぎません」


 ユーリアが大地を踏み砕きながら再び斬りかかり、カミナがそれを辛うじて捌く。

 剣戟が繰り返される度、カミナの腕が軋み、それを治癒魔法で直して急場を凌ぐ。されど、攻撃を受け止めるカミナの足は一歩、また一歩とじりじり後ろに下がっていた。


「愚鈍ね。もっと丁寧に教えてあげないと理解できないだなんて」


 だが、カミナは余裕の態度を崩さない。

 己の弱い姿など決して見せない。それがカミナ・グリュンベルデのプライドであるがゆえに。

 お節介な女王と魔法少女のおかげで、諦めないことの強さを思い出せたがゆえに。


「貴方の矜持とは自己の行動と意志によって規定される、昔の私もそうだったわ」

「それが何か?」


 一際強い剣撃を受け、カミナが体勢を崩して片膝をつく。


「その結果、他人がどうなるかは自らの矜持とは関係のないこと。それが貴方」

「他者と矜持には相関などありません。矜持とは己が内に抱く自負なれば」


 追い討ちをかけようと斬りかかるユーリア。


「他者の介在しない独善的な意志による行動、それを独りよがりと言うのよ。そんなものは矜持でもなんでもない、だから私はルシエラに負けた。そして……貴方も負けるのよ」


 カミナは先程砕けた大剣の破片を拾い上げ、ユーリアに投げつける。

 それによってユーリアの動きが僅かに鈍り、カミナは転がって躱すことに成功する。


「口だけならば幾らでも言えるのです。力なき大言壮語こそ、矜持とは程遠い」


 余裕の態度を崩さないカミナに僅かに苛立ち、ユーリアが勝負を決めるべく剣を水平に構えて一気に跳ねる。


「ルシエラがそうであるように、今のカミナ・グリュンベルデは他者の安寧にも責任を負う。だから、私は貴方を否定する。貴方の在り方は有害よ」


 カミナは静かにユーリアを見据え、その場で剣を構えて迎え撃つ。

 そして、白と黒の剣閃が一際鋭く瞬いた。


「ぐ……!?」


 純白剣の刀身が、突き出した浮遊島の基盤に突き刺さる。地面に伏したのはユーリアだった。

 意外そうな顔をしているユーリアを、カミナは心底つまらなそうに見下ろす。


「あら、不思議そうな顔をするのね。種明かしが必要だなんて想像以上に愚鈍だったようね。貴方ご自慢の獣の腕も、脚も、所詮は巣食った獣のもの。痛みに対して鈍くなっているのよ」


 カミナの言葉にユーリアが自らの腕を見る。

 そこには先程カミナが投げつけた大剣の破片が突き刺さっていた。

 知らずに傷つき鈍った腕、それが決定的な明暗を分けたのだ。


「うふふ、他者を傷つけることに無頓着であった貴方に相応しい敗因ね。実におあつらえ向きだわ」

「…………っ!」


 カミナは動こうとしていたユーリアの足を斬りつけ、喉元に漆黒剣を突きつける。


「それと、最初の言葉を訂正させて貰えるかしら。潮時と貴方は言ったけれど、私達は誰一人潮時だと思っていない。ねえアンゼリカ?」

「そこで私に振ってくるんですか、カミナさん」


 そこに丁度やってきたアンゼリカが顔をしかめる。


「うふふ、あまりにいいタイミングで来たものだから。つい、ね」

「全く……まあ、そうですね。ルシエラさんがこの程度の窮地で負けるわけがないので、私も諦めるわけにはいきません。先を行くルシエラさんに置いて行かれる訳にはいきませんから」

「……なるほど。私は見上げ妬むだけだったあの輝き、貴方達はそれを追いかける覚悟を決めているのですね」


 その言葉を聞いたユーリアが目を閉じて静かに呟く。


「当然ね。堕落し、自然と低きに流れる自分を律する、矜持とは本来より良い自分を目指すための覚悟だもの」

「なれば……私の矜持は矜持ではなく、やはり否定されてしかるべきだったのでしょう。この場は貴方に勝利を譲ります。カミナ、ならばその矜持を抱えて茨の道を果てまで進んでみなさい」


 凛とした顔で言うカミナに、ユーリアが負けを認めて天を見上げる。

 その表情はどこか憑き物が落ちたように見えた。


「勿論よ。アンゼリカ、私の残存魔力をその魔石に分けてあげる。一緒に行きたい所だけれど、貴方抜きの大宮殿、守りも必要でしょう」


 アンゼリカが脇に浮かべた魔石に手を当て、カミナが自らの残存魔力を注ぎ込む。


「わかりました。よろしくお願いします」


 ユーリアを連れて大宮殿に戻っていくカミナを背に、アンゼリカは天空城へと急いだ。

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