20話 【女王の凱旋】3-願い巡るプリズム-

 最初に異変に気づいたのは、天空城外縁付近で戦っていたフローレンスだった。

 先程まで虹色の輝きが代わる代わる放たれていた天空城の窓は、今は打って変わって不気味な沈黙を保っている。

 そしてその代わりに、大宮殿と天空城の距離が少しずつ縮まっているのだ。


「アンゼリカ! 天空城が動き出したわ!」


 フローレンスは勢いを増して襲い来る触手を躱しつつ、大宮殿の防衛をしているアンゼリカに向けて叫ぶ。


「わかってます!」


 降り注ぐ白い泥から次々と生えてくる仮面魔法少女を撃退しつつ、アンゼリカは迫り来る天空城を睨みつける。


「何が原因なの!?」

「決まってるじゃないですか! ルシエラさんが押されてるんです! だからこっちにプリズムストーンの力を割き過ぎてるって言ったのに!」


 アンゼリカはカミナ、シャルロッテの居る方に視線を動かす。

 彼女達が戦っているであろう場所からは、絶えず光や音が響いてくる。戦闘中であることは明らかであり、援護など期待できそうもない。


「んもう! ピンクの人は何してるんですか! この感じだとルシエラさんとアルマ様一騎打ちしてますよ!?」

「ステラノワールとか言うのが居るんでしょ、ミアだってソイツの相手をしてるのよ!」


 そうこう言う間にも、天空城から降り注ぐ白い泥の雨は勢いを増していく、フローレンスは大宮殿に飛び戻ってアンゼリカの援護に入る。


「勿論わかってて言ってます!」


 アンゼリカは自らを取り囲む仮面魔法少女を一薙ぎで吹き飛ばす。

 だが数秒も経たないうちに、再び仮面魔法少女がアンゼリカを取り囲んだ。


「あー、もう! 勢い増してくれちゃって! こっちだってルシエラさんの援護をしたいのに!」

「おめー等、手伝うです!」


 そこにセリカが駆け付けてくる。


「セリカ!? 無茶するんじゃないわよ! そりゃ猫の手も借りたい状況だけど、人には得手不得手ってもんがあるんだから!」

「だ、大丈夫です。多分……!」


 セリカが仮面魔法少女を恐る恐る指差すと同時、仮面魔法少女目掛けて無数の魔力光線が突き刺さった。


「え、ええっ!?」


 思わぬ展開に驚き目を丸くするフローレンス。


「説明書読んだけどこの城やべーです、世界征服城です! この中なら、セリカも戦力になれるです!」


 そう意気込むセリカの目の前に仮面魔法少女が現れ、


「攻撃にかまけるだけでなく、己の身の守りも必要じゃがな」


 それを無数の光剣が串刺しにした。


「た、助かったです。会長」

「うむ、丁度よいタイミングで駆け付けられたの」


 胸を撫で下ろすセリカの前、箒に乗ったナスターシャが悠然と着地する。


「はいぃ? タイミング激遅ですけど! 重役出勤もいい所じゃないですか!?」

「そうです、会長! こっちはとんでもないことになってるです!」


 いつも通り余裕綽々のナスターシャを見て、二人が揃ってブーイングする。


「おおう、口うるさいのう。妾も長官代理としての責務を務めておったのじゃが、のうフローレンス」


 何故自分がブーイングされるのだと、ナスターシャは不満げに口を尖らす。


「そうなのよ、私が姉さんに頼んでたの。普段の素行が原因だけど、今回ばかりは見逃してあげてちょうだい」

「はあ、それで仲良し姉妹のお二人さんは、何を画策していたんです?」


 珍しくフローレンスが擁護したことで、相応の理由があると理解したアンゼリカが尋ねる。


「うむ、よくぞ聞いてくれた。この様子、ルシエラの奴苦戦しておるのではあるまいか」


 襲って来た仮面魔法少女の眉間に光剣を突き刺すと、ナスターシャは腰に手を当て、自慢げに胸を張る。


「そうですね。それと痴女の人が全裸で練り歩いてたのと何か関係あるんですか?」

「うむ。つまりじゃ、あれじゃろ。ルシエラの奴が劣勢になっておる理由、プリズムストーンの魔力をこちらに回し過ぎたからじゃろ」


 勝ち誇った顔のナスターシャがアンゼリカの顔をちらりと一瞥する。


「そうですけど」

「ならばその分の帳尻合わせ、こちらでしてやればよい。その準備をして来た」

「会長、帳尻合わせって何するつもりですか?」

「語るよりも見せる方が早いじゃろ。もうすぐシルミィが持ってくる手筈じゃ」


 ナスターシャが言ってすぐ、モップに乗ったシルミィが触手を避けるように蛇行運転し、生け垣の中へと転がりながら一同の前に姿を現した。


「お主、しまらんのう」

「だからなー、お前はいつも説明が足りないんだが!? こんな恐ろしい光景が広がってるんなら先に言え! 危うく触手に殴打されて死ぬところだったんだが!?」


 呆れ顔をするナスターシャに苦情を入れると、シルミィは折れたモップを投げ捨て、服についた葉っぱと埃を払う。


「してシルミィ、例のものは?」

「安心しろ、余裕がある奴からしこたまかき集めて来た。ダークプリンセスのためだって言ったら、我先にと殺到してきたぞ」


 現金な奴等め、と愚痴りながらシルミィは革袋から魔石を取りだす。


「……これってこの前の魔石、ですよね?」


 大量の魔力が蓄積された魔石を見て、アンゼリカが驚いた様子で確認する。


「そうよ、この前私が盗られた魔石。本家本元には劣るだろうけど、この魔石なら一応プリズムストーンの代わりになるのよね? だから、これに魔力を溜めれば予備になると思ったの」

「保証してやるよ。そのためにアネさんは盗ったんだからにゃ」


 絶えず攻めてくる仮面魔法少女を撃退しながら、セラがフローレンスに太鼓判を押す。


「なるほど、相応の理由だったって認めないといけませんね。……それで、この状況下で誰が届けるつもりなんですか」

「それはアンゼリカ、アンタしか居ないでしょ。私達は防衛だけでえいやっと、流石に天空城に突入するのは荷が重いわ」


 白い泥を魔力で吹き飛ばしながらフローレンスが言う。


「そうしたいのは山々なんですけどね。私抜きでこっちの防衛、成り立たないじゃないですか」

「その心配はない。遅くなったが防衛は私が引き継ごう」


 そこにローズを伴ってエズメがやって来る。


「本当に遅い登場だな。私達は散々走り回った後なんだが?」

「まあまあ、シルミィ。こっちもこっちで色々奔走してたんだよ? それに無理言って着いてきてくれた面々も居るしさ」


 苦笑いして視線を後ろに向けるローズ。

 そこには先程地上に戻ったはずの、パーティ参加者達が居た。


「我々がこの場にいても大した戦力にならないのは重々承知だったのだがね。それでも居ても立っても居られなかった」

「そういうことだ。盾にしてくれても大いに結構。このアルマテニアの行く末を君達だけには任せられんよ」


 力強い目をして言う一堂を見て、アンゼリカが困惑する。


「大丈夫です、アンゼリカ。セリカもこの世界征服城の力で多少の戦力にはなるですからね。レクチャーすればおっちゃん達だって戦えるです!」

「ま、まあ、そうなんでしょうけど……」

「アンゼリカ、アンタはルシエラをライバル視してるんでしょ? なら、ここでライバルに相応しいんだって見せてやりなさいよ」


 心配そうな顔をしたままのアンゼリカを見かねて、フローレンスは任せろと胸を叩いて猫飾りの杖を返す。


「……本当にいいんですか。指揮してる私が居なくなって、瓦解しても知りませんからね」

「大丈夫よ。私だって必死になるし、他の皆だって頑張って守り切って見せるわよ」

「ほ、いつの間にやら威勢のいいことを言えるようになったのう。まあ、任せよ。珍しく意気込む愚妹に恥はかかせられぬからの」

「わかりました。ではちょっと突っ込んできます。皆さん、後はお願いします」


 アンゼリカは神妙な面持ちで魔石を受け取ると、目の前の仮面魔法少女を軽々蹴散らしながら天空城へと急ぐ。


「姉さん、私も天空城外縁に戻って迎撃してくるわ!」


 それを見届けた一同も、飛来してくる仮面魔法少女を迎え撃つべく動き出す。


「…………叶えた誰かの願いは巡り巡って己に戻る、ですか」


 そんな人々の姿を、クロエは遠い目をして眺めていた。


「大丈夫かね、システィナ。力を奪われているのだろう、無理をせず後ろに下がっていたまえ」

「問題ありません、昔のことを思い出して感傷に浸っていただけです。私はこんな人の姿に焦がれ、人の姿を取ったのだと。ですが私はついぞその中に入れなかった、私と人を隔てるものは何だったのでしょう」

「君は本心を隠し過ぎる。仮面は己の表情を隠すだけではなく、相手の表情をも隠す。互いの顔が見えねば距離は埋まらない」

「そうですね。そのことにもう少し早く気づいていれば……いいえ、傷ついたかつての私はその答えを認められないでしょう。ままならないものです」

「えーと、ならこれが最良だったんじゃないですかね」


 小さく手をあげながら、ローズが恐る恐る会話に割り込む。


「クロエさんも今はルシちゃん……娘さんを認めて、全部託して、他の人とこの場に居るじゃないですか。それって、ちゃんとクロエさんも巡る願いの輪の中に入ってるってことですよ」


 いつも通りの笑顔でそう言うと、ローズはさりげなくエズメの表情を確認する。

 エズメは愉快そうに笑っていた。


「いい意見だ。システィナ、悲観的になる必要はない。つまり君が叶えた願いは巡り戻ってくるまで時間がかかった。ただ、それだけのことだよ」

「なるほど……ブランヴァイス長官、貴方のおかげで気づくことができました。感謝します」


 クロエは少しだけ驚いた顔をしていたが、やがて柔和な微笑みでローズを褒めた。


「え、ええと、恐縮です」

「ならばあとは信じるとしましょう。私からの願いを受け取った私の娘が、もう一人の私にも願いを巡らせてくれると」


 そして、クロエは柔和な微笑みのまま、次元の狭間に浮かんだ天空城を、もう一人の自分であるそれを見上げるのだった。

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