20話 【女王の凱旋】2

 玉座のある大広間へと通じる回廊は次元が歪み、同じ風景を繰り返す無限回廊となっていた。

 無限回廊を進むルシエラの視界の端では、影の怪異同士が人形劇のように身振り手振りを交えて会話していた。


『まあ、酷い! 忙しい私の時間を削ってご忠告申し上げたというのに! まだ実行なさらないなんて!』


 黒い玉座に座る影人間に対し、もう一人の影人間が詰め寄って大仰な仕草で憤る。


『なんて愚鈍な女王かしら、もっと民のために粉骨砕身なさい!』


 ──これはわたくしの記憶? それともアルマさんの記憶なのですかしら。


 それは既視感があるような、それとは少しだけ違う気もする影の人形劇。

 視界の端で繰り広げられる不愉快な劇に顔をしかめながらも、ルシエラは回廊をひたすらに突き進む。


『さあ、女王様はどう思った』


 やがて目の前に白い茨で封じられた扉が姿を現し、影の怪異がそう問いかける。

 恐らく問いに答えねば扉は開かないのだろう。


 ──強行突破も十分に可能ではありますけれど。


「……わたくしだって公務に忙殺されているのに、貴方一人忙しい訳ではないですの。そもそも、民のためと言いながら、貴方の利益を主張しているだけでしょうに」


 アルマの強いた流儀に則り、ルシエラが偽りなくかつての自分が抱いていた感情を告げる。


『そう思った。私だってそう思った』


 影人間がルシエラの言葉に同意し、次の回廊へと繋がる扉を開く。


『そうやって自分で独占しようとする! なんて強欲な女王なのかしら!』

『そうよ、そうよ、ごうつくばりの女王め!』

『どうして私の言うことを聞かないの! 愚かな女王!」


 その後も気の滅入るような影人間の人形劇を見せられ続け、その感想を答えながらルシエラは無限回廊を進んでいく。

 そして、最後に見覚えのある扉がルシエラの前に姿を現した。


「ようやく大広間ですわね」


 ここにアルマが居る。そんな確信めいた直感のもと、ルシエラは扉を開く。


「道中、お前の答えを見せて貰ったのだよ。やっぱりお前の心の内は私と同じなのだわ。なのに、どうしてお前が私の邪魔をするのか不思議でならないのだよ」


 やはりアルマはそこに居た。大広間の奥に有る玉座、そこに彼女は独り腰掛けていた。


 ──かつてのわたくしは、あんな目をしてミアさんを待っていたのですわね


 寂しげな眼差しを向けるその姿に、ルシエラはかつての自分を見出す。

 ルシエラは視線を動かし、大広間の様子を確認しながら玉座へと進んでいく。

 大広間の内装はフローレンスと対決した時とは僅かに調度品や装飾などが違う。これは恐らく、ダークプリンセスとしてミアと決着をつけたあの日の再現だ。アルマの執着するものを考えれば間違いないだろう。


「わたくしが貴方を止める理由は至極単純、貴方の行いが人々をみだりに傷つけるからですわ」

「ふん、先に傷つけてきたのは人の方だろう」


 ルシエラにとって大きな転機となったあの日、まさかそれをミアの側に立って再現する日が来るとは思ってもみなかった。

 その数奇さと、そうして今この場に立つ意味を、ルシエラはしみじみと噛みしめる。


「それでも傷つけ返してしまっては、永遠にわかり合えませんわ」

「連中に好んで傷つけるほどの価値もない。ただ、見たくもないほど鬱陶しいだけなのだわ。あの時のお前だって、同じ気持ちだったろう?」

「それは……」


 アルマの言葉にルシエラが言い淀む。

 確かにあの時の、今のアルマのように玉座に座っていた頃のルシエラは、そう思っていた。

 玉座から見える人々は誰も彼も仮面を着けたように表情と心の内を隠し、自分ではない誰かのために動いている。それは母を喪ったばかりのルシエラにとって堪らない疎外感だった。


「それでも……いいえ、それでは救われませんわ、他ならぬ貴方自身が。勇気を出して玉座の檻から出るのですわ」


 ルシエラはアルマに向けて手を差し出す。


「勇気? ……そんなもの出せる訳がない!」


 だが、アルマは逆に憤って玉座から立ち上がった。


「かつて、人は私に寄り添わなかった。私と同じ心の傷を持っているはずのお前は私を裏切った。お前の記憶の欠片は私の中に有ったにもかかわらず! それで何を信じろと言うのだね!?」

「裏切ってなど居ませんわ! ただ、それでは貴方の願いが叶わないと知っているからですの! ステラノワールだって同じですの!」


 同じ心の傷を持つが故、それを乗り越えてこの場に立つが故、ルシエラにはそれがわかる。

 だから、心の闇に籠るアルマに共感することはできても、その答えに同意することはできないのだ。


「信じられない! 言葉はすぐに嘘をつく!」


 頑なな言葉で拒絶するアルマ。

 アルマ越しに見るかつての自分の頑なさにルシエラは内心で苦笑いする。


「だから自分の願いを叶えようとする者達に辟易し、貴方も自分自身の願いだけを叶えよう、そう思いましたのね」

「その通りだわ」

「ならば、わたくしは貴方を否定します。同じ心の傷を持つ者として、貴方を無理やりそこから引きずり出しますわ」

「そんなものはお前の高慢なのだよ!」


 アルマが虚空から取り出したプリズムストーンを輝かせ、


「高慢で結構! 覚悟の上ですわ!」


 ルシエラも自らのプリズムストーンを煌めかせて魔力を相殺する。


「っ!? そんな急場凌ぎの魔石如きが、再生したプリズムストーンと互角だというのかね!?」

「互角以上ですの! アルマの願いを集めたのが貴方のプリズムストーンだとすれば、これは皆の想いを集めたプリズムストーン。集った想いを背負っている以上、わたくしは負けませんわ」


 アルマが動揺する隙を衝いて、ルシエラが漆黒剣で斬りかかり、アルマもその手に純白の剣を顕現させて受け止める。

 鍔迫り合う二人の周囲で魔力が吹き荒れ、無数の魔法となって色とりどりに炸裂していく。


「負けられないのは私も同じだわ! 私に手を差し伸べなかった連中の想いを集めて、その力に負けたのなら! 私がみじめなだけではないかね!」


 剣を持つアルマの手に力が入る。当然だろう、アルマにとって今ルシエラが持つ力は絶対に否定したいものであり、自分が手に入れることができなかったものなのだから。

 鍔迫り合いの最中に吹き荒れる魔法の嵐を同等の魔法で相殺し、ルシエラは剣による単純な押し合いに持ち込んでいく。


「いいえ、手は差し伸べられていたはずですわ! 少なくともステラノワールは差し伸べていたはずですの、他者を信じられず意固地になった貴方が拒絶しただけの話ですわ!」


 漆黒剣で純白剣を弾き飛ばし、ルシエラが追撃の構えを取る。

 だがアルマの一部である天空上の床が蠢き、白い触手となってルシエラへと襲い掛かった。


「その手を信じられる筈がない! それはお前も同じだったはずだろう! なのに、お前はどうして信じている。どうして面と向かって真っすぐにそう言える!」


 上から襲い来る触手を躱して切り裂き、飛び退いて間合いを取り直すルシエラに、アルマが追い打ちとばかりに魔法を放つ。

 凍てつき、燃え盛り、輝き、渦巻く。空間を埋め尽くし、次元を砕き、歪曲させながら炸裂する無数の魔法。

 ルシエラは魔法の嵐の中を滑るように駆け、一部の魔法を打ち消し、弧を描くようにアルマへと迫る。


「貴方はプリズムストーンに記されたわたくしの記憶を見たのでしょう? ならばわかるはず!」


 ルシエラが漆黒剣を振り上げ、アルマがそれを拒むようにプリズムストーンを構えて魔力の力場を作り出す。


「我が宿命のライバル、アルカステラの力の源、想いの力! わたくしは心の奥底でその強さを誰より信じ、想い焦がれていたからですわ!」

「そんなもの……っ!」

「貴方も、心の奥底では信じて居るのでしょう!? だから人に焦がれたアルマは人の世に降り立ち、だから今の貴方はステラノワールを作った!」


 アルマの魔力を相殺するルシエラの魔力。

 一際大きな魔力のぶつかり合いが巻き起こり、大広間が虹色の輝きで次々と塗り替わる。


「そうとも、信じたいとも! でも、信じたいと信じられるのは別物なのだよ!」

「強情な!」


 ここから引きずり出したいルシエラ、それを拒絶するアルマ。

 二人の心情を体現する激しい衝突は、余人の付け入る余地のない意地と意地のぶつかり合い。


 そして、ついに漆黒剣がアルマの持つプリズムストーンに届く

 寸前、ルシエラが脇に浮かべたプリズムストーンの魔力が弱まり、


「っ!? まさか、ここで!?」


 全ての魔力を使い尽くした新生プリズムストーンは、ただの色褪せた魔石へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る