20話 【女王の凱旋】1


  第四話  女王の凱旋


 シャルロッテとタマキの二人は天空城の外壁を駆け上り、絶えずマジカルペットと魔法少女を供給している魔法陣へと急ぐ。


「タマちゃん、先制攻撃よろしくっ!」

「任せて!」


 シャルロッテが魔法陣を指差し、タマキが先制攻撃のプロミネンスレイを放つ。

 だが、そんな安易な一撃を通してくれるはずもなく、


「あらあらあら、誰かと思えばウチのシャルちゃんとコレちゃんじゃないの~」


 魔法陣を制御しているアネットによって防がれた。


「わーお。おかー様、蠢いてるねっ☆」


 バンザイのポーズをして急停止するシャルロッテ。明るい声と大袈裟な動きとは違い、その表情は渋い。

 それも当然の話、アネットが着ている修道女のような服の端は黒く闇に溶け、その闇の中では無数の何かが蠢いているのだから。


「あれ、全部マジカルペット? あ、あはは、ゾンビみたいだね」


 剣を構えたまま苦笑いするタマキ。

 闇と半分同化し、亡者のように呻き蠢くマジカルペットの群れ。それを統率するアネットの姿は、獣使いというよりも死霊術師と呼ぶ方が相応しく見えた。


「二人とも、ママちょっと忙しいのよ~。暫く余所の世界で時間を潰していてくれないかしら~?」


 アネットは頬に手を当て困り顔で言う。

 話している最中も、闇に溶けた服の端は天空城の屋根に突き刺さり、拍動のように絶えずマジカルペットを送りこんでいる。


「アネットさん……あ、お母さん。マジカルペットを送りこむの止めてくれないかな。この世界の人やボクの友達が迷惑してるんだよ」

「あらー、勿論ダメよ~。これはこの子達マジカルペットにとって種の悲願なんですもの~」


『メコ……』

『ペコ……』

『ポヨ……』


 アネットを守るように闇が蠢き、ネガティブビーストの如く影の怪異となったマジカルペットが這い出て二人を威嚇する。


「うーん、全く話が通じないねっ☆」

「仕方ないなぁ。悪いけど、強行解決させてもらうよ!」


 ルシエラ達が既に天空城内部へ突入している以上、アネットの遅延行為に付き合うことはできない。

 二人が並んで臨戦態勢を取る。


「あらー、困っちゃうちゃんねぇ。どうしましょ~」


 困り顔のままアネットがキラキラまなこを細める。

 瞬間、タマキとシャルロッテの影に紅い目が爛々と輝き、黒いマジカルビースト達が吹き上がった。


「タマちゃん、下っ!」

「知ってる!」


 だが、それを予期していたタマキは真紅の翼で自らの影を裂く。

 マジカルビースト達は潜む影から引きずり出さる形となり、タマキの纏う魔力の熱波によって一網打尽に撃退された。


「あら、あら、あら~!? 魔法少女ってこんなに強かったかしら~」


 アネットは闇を蠢かせてマジカルビーストの断片を回収しつつ、細めていた目を僅かに見開く。


「どうしましょ、二人も相手をするのは少し厳しいのよね~。……片方、間引いちゃおうかしら?」


 酷薄な言葉を紡いだアネットは、一層激しく闇を蠢かせて二人へとけしかけた。


「来るよ、お姉ちゃん!」

「タマちゃん、大丈夫? あの人、もうマジカルペットの巣だよ」


 因果時計を展開し、シャルロッテが蠢く闇の侵攻を阻む。


「大丈夫だよ。それならボク達が助けてあげないと」


 タマキが真紅の剣閃を放ち、闇を切り取り引き裂いていく。


「わーお、タマちゃんは優しいねえ。私はもうやっつけちゃうつもりだったけど。……でも、それだと凄く頑張らないといけないよ」

「承知の上さ! 魔法少女の力は、元々それを乗り越えるための力だからね!」


 アネットの後ろに仮面魔法少女達まで姿を現す中、二人は魔法陣を破壊し、アネットを助けるために駆けた。


  ***


 同刻の天空城、正門を開けたルシエラとミアを爆炎の魔法が出迎える。


「いきなりですのね!?」


 ルシエラは対魔法で炎を打ち消すと、魔法攻撃を仕掛けてきた相手を確認する。

 扉の先、エントランスホールには、爆炎で紫紺の髪を揺らすセシリアが立っていた。


「ほう、お前が件のルシエラだったのだな。だが今はお前の相手をするつもりはない、下がっていて貰おう」


 先程追いかけまわされた時とは違う、思い詰めたような顔でセシリアが言う。

 その視線はルシエラではなく、その横に立つミアへと向けられていた。


「ん、私に用事?」


 ミアがルシエラに目配せし、一歩前に出る。ここは任せてくれという意思表示だ。


「そうだ。厳密にはお前の体に、なのだがな!」


 言うと同時、セシリアが不意打ちのように氷の矢を飛ばし、アンプルの小瓶を持ってミアへと突撃する。

 だが、ミアは氷の矢を打ち消して突撃を悠然と躱してしまう。


「ぐうっ!」


 セシリアが体勢を崩しながら歯噛みし、再度氷の矢を飛ばす。

 だが、ミアはそれも危なげなく捌いた。


「理由、あるなら話してくれないと」

「うるさい!」


 必死の形相で何度も挑みかかるセシリアだが、その度ミアに軽くあしらわれてしまう。

 当然だろう、宿命のライバルであるルシエラですら、ミアへ一撃を加えることは容易ではないのだ。その上、セシリア使う魔法はアルマテニアの魔法、ミアに有効打など与えられるはずがない。


「ぐぐぅ! ……た、頼む! ステラノワールの体になってくれ!」


 そして、自らの攻撃が一切通じないことを悟ると、セシリアは床に頭をこすりつけてそう懇願した。


「だ、ダメに決まってますの! ミアさんは私のなんですの!」


 その言葉を聞くや否や、ルシエラはタックルするようにミアに抱きついてそう主張する。


「そうだね、私の身も心もルシエラさんの所有物だね。でもセシリアさん、ちょっと真剣な話してるから聞いてあげよう、ね」


 ミアに窘められた所で我に返り、赤面しつつミアから離れるルシエラ。


「ステラノワールがどうしたの?」

「アルマ様の行動は間違っていると言ったせいで、怒ったアルマ様の手によって欠片に戻されてしまったのだ……」


 ミアに変なことをしないよう、ルシエラがセシリアを厳重警戒する中、セシリアはステラノワールに起きた出来事を語っていく。


「そう……。アルマさんは頑なで、もう言葉じゃ届かないんだね」


 セシリアの話を聞いたミアがそう呟く。


「だが、私にとってのステラは、あの時助けてくれたあのステラだけなのだ! だから諦められない!」

「それでセシリアさんはステラノワールをどうしたいの?」

「維持したいに決まっている! だからお前にはそのための依り代になって欲しい! 本物であるお前なら維持し付けられるはずだ!」


 言って、深々と頭を下げるセシリア。


「なんて自分勝手な!」


 その姿を見て憤るルシエラを、ミアが手で制止する。


「セシリアさん、それは誰のため? 貴方、それともステラノワール?」


 それは思わぬ問いだったのだろう。ミアの問いにセシリアは目をしばたたかせて返答に詰まった。


「セシリアさん自身の為だって言うなら断るし、ステラノワールはそんなことを望んでいないよ」

「どうして望んていないなんて……」


 そこまで言いかけて、セシリアが押し黙る。

 そう、わかるに決まっている。彼女こそがステラノワールのコピー元、正真正銘オリジナルのアルカステラなのだから。


「勿論、ステラノワールを想っての行動だった。だが私の願いは自分勝手、なのだな……。だが、それで諦められる訳がない」

「なら、他の誰かを助けてあげて。貴方が他の誰かを助けてあげたのなら、きっとその願いはステラノワールの願いから巡ったもの、無駄じゃなくなるから」


 ──ミアさん、本当に根っからの正義の魔法少女ですわね。


 自分ではなく他の誰かを助けること。

 それがステラノワールの願いだと迷いなく言ってのけるミアの姿に、ルシエラはそう再確認する。


「それがアルカステラなのか……?」

「そうだよ。だから……正義の心のないアルカステラは、もう紛い物なんだよ」


 ミアはそう言って花びらのような魔法障壁を展開。

 直後、魔法障壁目掛けて杖が振り下ろされた。


「ステラノワール……!」


 杖を振り下ろした主を見て、セシリアが愕然と呟く。

 その姿は白い魔力の翼を持ったモノクロームの魔法少女、件のステラノワールその人だった。


『迷う心の宵闇に、きらり煌めく星一つ……』


 魔法障壁に弾き飛ばされたステラノワールが、人ならざる声音でそう呟き、


「違う、貴方は紛い者。貴方には一番大切な心がない。だから煌めく星になれない」


 ミアはその口上をそう断じ、杖を構える。


「ミアさん!」

「ルシエラさん、見てて。さっきステラノワールに私を重ねて苦戦してたよね。偽物にこびりついた私の影、払うから」


 ステラノワールが杖を構えて突撃し、ミアが一歩踏み込んで迎え撃つ。

 二人の動きは一見同時、だが結果は対照的だった。ステラノワールの杖はミアに届かず、ミアの杖は一撃でステラノワールを霧散させてしまった。


「……アルカステラをアルカステラたらしめているのは、正義の心ですものね」

「うん」


 その圧倒的な差を見て、暫し無言だったルシエラが噛み締めるように言い、ミアがその言葉を肯定する。

 最初からわかっていたはずの強さの理由。ステラノワールの姿に惑わされて見失っていたその理由を、ルシエラは今はっきりと思い出した。


「そうか、これが本物か……」


 その姿に思うところがあったのはセシリアも同じのようで、俯いて震える拳を強く握っていた。


「ん。セシリアさん、ここは危ないから退いて。ルシエラさんは先に」

「ミアさん」

「まだ居るみたいだから」


 ミアは視線を鋭く滑らせ、杖を構えて魔法障壁を展開。

 天井、床、壁、エントランスのそこかしこからステラノワールが次々と生えてくる。


 ──アルマさん、見失ってますわね。動揺しているのですかしら。


 アルマはダークプリンセス時代のルシエラに共感し、ステラノワールを作り出した。

 それはルシエラにとってアルカステラが特別な存在だったからに他ならない。ならばアルマにとってもステラノワールは唯一絶対の存在であるはず。

 だが、今のステラノワールの扱いは仮面魔法少女達となんら変わらない。使い捨ての駒だ。


「ミアさん、この場は任せましたわ。貴方の宿命のライバルとして、過去のわたくしを助けてきますの」

「うん、よろしくね」


 ミアが目の前のステラノワールへと杖を振り下ろし、その余波でエントランス奥の扉をこじ開ける。

 ルシエラはステラノワールの魔法攻撃を防ぎ、魔法障壁を展開してセシリアをその余波から守ってやる。

 そして二人は頷きあって交差し、お互いのポジションを入れ替えた。


 ミアはセシリアを守りながら次々量産されるステラノワールを撃退し、ルシエラはこじ開けられた扉からアルマの待つ天空城最奥を目指す。


 かつての自分の写し鏡であるアルマを止めるために、あの日の自分に手を差し伸べるために。

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