19話 【ナイトパレード】7
「おいぃ、なんだこりゃ!?」
夜の街、魔脈分離の術式を起動させて帰ってきたシルミィは、白く穴の開いた夜空を見て驚愕の声をあげる。
大神殿の上空に開いた白い穴の下には、空に浮く島としか呼称できない物体。更にその島の上には巨大な宮殿が建てられていた。
「ルシエラの奴め、派手にやり過ぎだろ。これ本当に収拾つけられるんだろうな!」
「会長代行、街中浮足立ってます! こんなの私達だけじゃ収拾つけられませんよ!?」
ざわつきだした街を見回して魔法協会員が動揺する。
「当たり前のことを言うな! とりあえず、やれるだけやって後は魔法総省に押し付けるぞ!」
不安がる魔法協会員の鼻先に、背伸びをしたシルミィが指を突きつけて激励する。
「その心配はない! 混乱を起こさないために我々が居るのだ」
その言葉にシルミィが振り返り、見覚えのない紳士淑女連中がずらりと並んでいる姿に大きく首を傾げた。
「……誰だこいつら」
「会長代行、会長代行。あれですよ、この人達大臣とかアルマテニア神殿のお偉いさん連中ですよ」
その正体に気づいた魔法協会員がシルミィに耳打ちする。
「んあー。なんでそんなお偉いさん共がこんな所に大挙してるんだ?」
「先程まであそこに居てね。いや、この私としたことが状況に飲まれ、情けない姿を晒してしまった」
首を傾げ続けるシルミィの前、中央に立つ紳士が大宮殿を見上げて愉快そうに笑う。
「お若いの、後はワシ等に任せて派手にやりんしゃい。ひひひ、血沸く血沸く」
「安心しろ。この聖戦、大義は我々にある! 何が起こっても堂々と戦うのだ!」
一癖ありそうな紳士淑女達は、更に大きく首を傾げるシルミィの肩を叩くと、力強い眼差しで散り散りに走っていく。
「なんだありゃ。これ以上何が起こるって言うんだ、あの連中」
呆気に取られたまま、夜空に浮かぶ大宮殿を見上げるシルミィ。
突如、その視界が明るくなり、夜空に映画のシアターのような巨大ホログラムディスプレイが浮かび上がった。
「うおお!? いきなり始まったぞ! なんだあれ!?」
シルミィは無数に浮かぶホログラムディスプレイを指差しながら、隣の魔法協会員の胸元を掴んで大きく揺する。
「わ、我々がわかる訳ないですよ! 会長代行!」
小さくお手上げのポーズをして首を横に振る魔法協会員。
街の人々も異常な光景に気づき始め、あたりの様子が徐々に騒がしくなっていく。
「なんだあれは」「庭園?」「あれは」「まさか!」
ホログラムのディスプレイが大宮殿の庭を映し出し、その中心に立つ黒いアイドル衣装の少女へとフォーカスされる。
『皆のものー! 夜分遅くに申し訳ありませんのー! でも今日はこの世界の危機のため、皆の魔力を分けて欲しいんですのー!』
画面にアップで映ったルシエラが叫ぶと同時、カラフルな光が街を照らし、アップテンポのミュージックが街をジャックする。
この瞬間、街の混乱は興奮と熱狂へと変わった。
「なんだこれ、急にド派手で大迷惑な天空コンサートが始まったんだが」
「ダークプリンセスですよ、会長代行! セラにゃんとした伝説の奉納舞バトルを知らないんですか!? 今じゃ歌劇場のトップスターすら彼女の真似をしてるって噂ですよ!」
シルミィの横、興奮した様子の魔法協会員がホログラムディスプレイを指差す。
「んあー、あれか。降臨祭の時、ルシエラが空中でドンパチやってた奴か。どうして魔脈を切り離した次が奉納舞バトルなんだ? 全く理解が追いつかないんだが」
困惑しながら周囲を見回すシルミィ。
心配そうに夜空を見上げていた街の人々は、今はその顔を興奮に染め上げ、空中のディスプレイに声援を送っている。
更に人々が届ける声援と共に、微量の魔力が大宮殿へと吸い上げられていた。
「魔力吸収まで始まったんだが……。本当に大丈夫な奴なのか、これ?」
仕事そっちのけで声援を送る隣の魔法協会員を一瞥し、シルミィは不安そうに空を見上げる。
「安心せよ。一応、奪い過ぎぬよう制御できておるはずじゃ」
と、そこに夜空を切り裂いて箒に跨った痴女が舞い降りてきた。
「ナスターシャ! そっちは上手く行ったのか!? 私は全く状況に追いつけていないんだが!?」
「半々と言った所じゃな。完全復活したアルマが想定より手強いらしくての。大神殿上空にある城、ここからでは見えぬが魔法少女達からの猛攻を受けておる。このままだとアルマテニア丸ごと解体されて異次元送りもあり得るらしい」
「おいぃ!? 半々どころか完全失敗してるように聞こえるんだが!? どの半分だ、どの半分を見てお前は上手くいったと判断した!? こんな状況で成功の定義から議論させるな!」
下りてくる箒の先端を掴んでナスターシャの高度を無理やり下げると、シルミィはその耳元で力一杯叫んだ。
「なんじゃ、うるさいのう。で、今行っているのが逆転の手立て、ルシエラの奴めが新しいプリズムストーンを作りだすつもりらしい」
「はん、毒を以て毒を制す感じか。前回やられそうになったのをやり返すってことだな」
ナスターシャの説明を聞いたシルミィは、合点がいった様子で腕を組む。
「あ奴等のことじゃ、手抜かりはないじゃろ。が、ルシエラの性格を考えれば苦戦は必至、それが妾とフローレンスの見立てじゃ」
言って、ナスターシャはポーチから魔石を取りだす。
「んあ、これ家宝の魔石じゃないか。祭典も終わったのにまだ戻してなかったのか」
「うむ、おかげで手間が省けた。これを使ってお主に頼みがある」
「なんだ、私に更なる労役タスクを積み上げるつもりか。街の混乱を収めるために奔走する予定なんだが」
無茶振りが来ることを察し、露骨に嫌そうな顔をするシルミィ。
「まあ、まずは妾の話を聞くがよい。ここでルシエラが負けたなら、必死に奔走しても全部無駄足じゃろ」
そんなシルミィなど意に介さず、ナスターシャは自慢げに胸を張って説明を始めるのだった。
**
その頃の大宮殿、純白の剣の飛来は止まず、絶えず仮面魔法少女達が押し寄せていた。
純白の剣が絶えず緑の庭に突き刺さり、それが白く溶けて仮面魔法少女へと捏ね上げられていく。夜の庭園を眩く照らす、仮面魔法少女達の大行進だ。
「ん、ルシエラさんのライブ始まったね」
ミアが仮面魔法少女を投げ飛ばし、アンゼリカが空中でそれを凍結粉砕する。
「いいですか、歌って踊っているルシエラさんに代って、私が今後の動きを説明します」
アンゼリカは大宮殿をバックに歌い踊っているルシエラを一瞥しつつ、迫り来る魔法少女を近寄らせないよう氷弾を連射して氷壁を作り上げていく。
今アンゼリカが立つ位置こそが大宮殿の最終防衛ライン。ここから後ろに行かれてしまうと、ルシエラのライブに魔法少女が映りこんでしまうのだ。
「わ、わかったわ。ちょっと余裕ないから手短にお願いね!」
借りた猫飾りの杖を手にしたフローレンスが、仮面魔法少女の動向を気にしながら緊張した面持ちで頷く。
「まずルシエラさんが奉納舞の魔法陣を再利用して、アルマテニアの皆さんから魔力を貰って魔石をプリズムストーン化させます。その後、その魔力を使って大宮殿の主砲を発射、突破口を作ってルシエラさんとピンクの人を天空城内部に送り込みます」
「ま、待つですアンゼリカ。その主砲のトリガー、本当にセリカに任せるつもりですか!?」
ホログラムのゴーグルをかけたセリカが、不安そうな顔で小さく手をあげて言う。
「はい、覚悟決めちゃってください。多分、他の人達はそっちに回る余力がありません。それにアルマテニアの王族が目に見える戦果をあげておけば、後始末が楽になりそうじゃないですか」
「そ、そう言われると、セリカも弱いですけど……」
「大丈夫ですよ。目標をセンターに入れてスイッチポンですし、セリカさんは魔法列車とかの運転ができるって聞いてますよ」
「それとこれ、全然違う奴です!? 意味不明な計器がセリカの周りをぎゅるぎゅる回ってるです!」
自らの周りで展開されていくホログラムの計器類を見回し、セリカが焦る。
「はいはい、時間がありません。説明書送りますんで読んでおいてくださいね。ピンクの人、制御室まで送り届けてあげてください。内部にも侵入者が紛れている可能性は捨てきれませんから」
「ん、わかった」
「うー」
涙目で半透明の本を読むセリカの首根っこを掴み、ミアが大宮殿の制御室へと駆けていく。
「それでボクは!?」
次元を越えて襲い来る触手を真紅の剣閃で斬り落とし、庭園を疾走しながらタマキが言う。
「ルシエラさんの突入と同時に、天空城上空の魔法陣の破壊をお願いします。天空城に次々送りこまれてるマジカルペットと魔法少女の供給を止めないといけません」
「わかった。ここからじゃ魔法陣の破壊は難しいからね」
言いながら、タマキはプロミネンスレイで天空城上空にいる魔法少女達を吹き飛ばす。
「全く。ピンクの人周りの魔法少女、なんかインフレしてません? 魔法少女とは別のおぞましい何かなんですけど」
ルシエラに攻撃の余波が及ばぬよう魔法障壁を展開しつつ、アンゼリカがタマキの戦闘力に驚嘆する。
「ねえねえ、アンジェー。私もタマちゃんについていっていい?」
そんなアンゼリカの視界を遮り、手をあげてぴょんぴょんと飛び跳ねるシャルロッテ。
「どうぞ、どうぞ。シャルさん、元より勝手についていくと思っているので」
「わ、ありがたいねぇ」
「でも、行くまでは馬車馬のようにキリキリ働いてくださいね。今のシャルさん、正直戦力としてあてにしてるんで」
「了解しましたっ☆」
シャルロッテは足元に因果時計を展開。
次元の断層を作り出すと仮面魔法少女をまとめて両断していく。
「それでカミナさんとセラさんは……」
「ごめんなさい、アンゼリカ。私は先約があるの。セラ、申し訳ないのだけれど私の分まで働いて貰えるかしら」
虚空から大剣を引き抜いて、一人庭園の端へと歩いていくカミナ。
「仕方ないにゃあ。引き受けてやるから行って来いよ」
前線で戦っていたセラはカミナとハイタッチすると、カミナの代わりに後退して防衛に回る。
「ちょっと、カミナさん! 勝手に消えた痴女の人といい、協調性なしなしモンスター多過ぎやしませんかね!?」
「好きにやらせてやれにゃ。全部諦めて死んだ目をしてた奴が、せっかくいい目をするようになったんだからにゃあ」
セラは魔法攻撃飛び交う庭園を滑るように走り周り、両刃剣で仮面魔法少女達を次々切り裂いていく。
「はいはい、わかりましたよ。カミナさん、絶対に負けないでくださいね。ユーリアさんこっち来たら負担半端ないんで」
「くすっ、そんなことは当然の話ではなくって? グリュンベルデ当主が賊如きに後れを取るなんて許されないのだから」
カミナは一度振り返って微笑むと、大剣で庭の端を切り取って次元の狭間に浮かべた。
「……違うかしら?」
そして、迷いなく振り下ろされる純白剣を大剣で受けとめると、逆手で日傘を薙いで純白剣の主へと反撃する。
「っ!」
純白剣の主、ユーリアが咄嗟に飛び退き、浮島の上で間合いを取る。
「下がりなさい、下郎。ここから先は我が女王の居城。貴方の如き賊がみだりに踏み入っていい場所ではないわ」
カミナは自らの前に大剣を突き刺すと、スカートの裾をつまんで優雅な笑みで威圧する。
「グリュンベルデの当主に対し、賊とは言ったものですね」
「いいえ、貴方は賊よ。グリュンベルデ当主は私、これは
カミナは虚空から受け取った漆黒剣を引き抜き、純白剣を構えるユーリアと対峙する。
「……いつの間に」
カミナと向かい合うユーリアに一筋の冷汗が流れる。
「さあ、貴方の愛してやまない錦の御旗はなくなり、その仮面は剥ぎ取られた。ここから先の選択にグリュンベルデの意向は介在しない。さあ、さらけ出して御覧なさい、ユーリア・グリュンベルデの意志を、自分自身を」
カミナはにやりと笑みを浮かべ、見下ろすような眼差しでユーリアの回答を待つ。
ユーリアは一度目を閉じ、迷いを払うように小さく息を吐くと、
「……逆賊、それもよし。私が仕えるは魔法の国の女王にあらず、アルマ様。それこそが我が矜持なれば」
純白剣の切っ先と共に殺気の籠った鋭い眼光をカミナに向けた。
「予想通りの醜悪さね。知っていたわ、貴方の言う矜持は独りよがりに過ぎないと。さあ、おいでなさい。グリュンベルデ当主、カミナ・グリュンベルデの名の下に断罪してあげる。貴方の娘として拒絶してあげる。貴方の欺瞞はここで潰えるのよ」
その回答に失望したカミナは、凍てつくような眼差しでユーリアを見据え、静かに漆黒剣を構える。
二人が同時に踏み込み、黒と白の剣閃が次元の狭間で交差した。
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