19話 【ナイトパレード】6
横転する列車、途切れた線路、周囲に転がり呻く宮廷魔術師達。
それは突如訪れたこの世の地獄だった。
私、セシリアも彼等と同じように地面に転がり、動かない体で列車の残骸を見つめることしかできなかった。
私は願うことしかできなかった。
誰か助けてくれと。
その願いが通じたのだろう。列車の残骸の上、足音もなく、物音もなく、いつの間にか白い少女が座していた。
「あらあら、大変なことになっちゃってますね~。アルマ様、どうします?」
その横に侍る紅い修道女のような女、アネットが笑顔が尋ね、アルマ様は不機嫌そうな顔で私を、いや恐らく私達を見下ろしていた。
「こんな光景幾度となく見て来たのだわ。もう飽いているのだよ」
「あらま~。それじゃあ、このままにしておきます?」
アルマ様はそれを肯定も否定もせず、ただ私達を見下ろし続けるだけだった。
「……た、助けてください」
私は精一杯声を絞り出して懇願する。
「それがお前の願いかね?」
「そ、そうです」
「ふん。千年、いやもっと永く、私はお前達の願いを叶え続けた。けれど、お前達は誰一人私の願いを叶えようとしなかった。知る気すらなかった」
アルマ様はそう言うと、静かに私達を見下ろすだけだった。
助けることはせず、ただ見届けてくれるだけ。神の慈悲と言うものはそんなものなのかもしれない。
そんな悟りのような諦めを覚えた時、アルマ様の影が白く染まり、そこから浮き上がった宝石の欠片を中心にして人の形になっていく。
そして、白い影はモノクロームの魔法少女、ステラノワールとなった。
「どうしたのだね。ステラ」
まだ声も発せない仮面の魔法少女、ステラノワールはゆっくりとアルマの前に歩み出ると、驚きに目を丸くする私の前に手を差し出す。
「あら~、助けたいみたいねぇ。アルマ様、どうしちゃいます?」
「仕方ないのだわ。私の知っているアルカステラはそうするのだから」
アルマ様は渋々といった顔で私達を睥睨すると、瞬く間にその傷を癒し、更には壊れた列車や線路までも直していく。
少し前に起こっていた悲劇はもう痕跡すら残っていない。それは正しく神の御業だった。
「さて、偶然の幸運でお前の願いは叶えられた。なら、お前達はその対価を支払うのが筋ではなかろうかね」
「も、勿論です!」
「ならば私の走狗となるがいいのだわ。この願いを叶える価値もない世界に代る、私の願う新世界を創るために」
アルマ様がそう言い終えると時を同じくして、ステラノワールが白い泥に戻って消えていく。
「そうだね……。まずは私のステラがこの世界に顕現し続けられるようにして貰おうか」
アルマ様の神託に私は重々しく頷く。異議などあろうはずもない。
ただ一人、私に手を差し伸べてくれたステラノワール。
あの時、彼女は私にとって燦然と輝く希望の星だったのだから。
……されど、いつからだろうか。
その願いの奥底を見ようとしないまま、自分自身に酔いしれてしまったのは。
***
次元の狭間に浮かぶ偽りの天空城、玉座の間にはアルマに付き従う面々が一堂に会していた。
「あら~、流石にルシエラちゃん達は一筋縄では行かないわね~。まさかアルマ様の体を斬り落としちゃうなんて」
遠見の魔法で床に映しだされた外の様子を見て、アネットが愉快そうに笑う。
「人様の体を容赦なく斬りつけてくるのだからね、魔法少女と言うのは実に無礼な輩なのだわ。お前の飼っている獣どもと同じだね」
玉座に座ったアルマが不愉快そうに身を捻り、それに合わせて天空城に鈍い音が響き渡る。
アルマの体によって模されたこの天空城、その核、あるいは脳と呼べるのが玉座に座ったこのアルマなのだ。
「そんな酷いこと言わないであげて欲しいわ~。取り戻した力をこんなに早く馴染ませることができたのは、マジカルペットちゃん達と、潤滑油になっている魔法少女達のおかげなのよ~」
わざとらしい泣き真似をするアネットの横、天空城の壁がボコボコと盛り上がり、小型犬のようなマジカルペットが壁から這い出てくる。
『メポォ……メポォ……』
「おおっ!? 心臓に悪い!」
虚ろな目で床を這うマジカルペットを見て、セシリアは思わず一歩後ずさった。
「お前の投げ入れた獣共、うるさいったらありゃしないのだわ。ユーリア、見苦しいから片付けるのだよ」
「承知いたしました」
アルマの後ろに立つユーリアは、魔法弾でマジカルペットを弾き飛ばして壁に埋めなおす。
「あら、あらあら。アルマ様もユーリアちゃんも、もう少しマジカルペットを大切に扱ってくださらない?」
そのぞんざいな扱いを見て、アネットが不満を露わにする。
「ふん、お前みたく獣のコンドミアムに成り下がるつもりは毛頭無いのだよ。私の世界にそんな賑やかな獣は要らない、ステラが居ればそれでいいのだわ」
アルマは不機嫌そうに頬杖をつくと、「ルシエラ、お前だけは一緒に来て欲しかったのに。裏切り者」と、聞こえぬほど小声でつぶやいた。
『アルマ……』
そこにステラノワールがやって来る。
「おお、よく戻ってきたのだわ。まだ言葉を喋れるぐらい力が残っているなんて、権能を取り戻した甲斐があったと言うものだよ」
不満そうな顔で玉座に座っていたアルマが一転して嬉々とした顔になり、飛び跳ねるような足取りで玉座を立ってステラノワールを出迎える。
「…………」
「今は苦しいだろうが安心するのだよ。この世界を剥ぎ取って新世界に作り替えれば、お前の存在も確定できる。ルシエラの奴が裏切った今、信頼できるのはお前だけなのだわ」
苦しそうな顔をしているステラノワールに、子供のように無邪気な顔をしたアルマがそう語り掛ける。
『……もう止めよう、アルマ』
だが、苦々しい顔をしたままのステラノワールはそう告げた。
「え?」
思わぬ言葉に目をしばたたかせるアルマ。
『このやり方は間違ってる。これじゃ貴方の願いは叶わないよ』
ステラノワールが言い終えるよりも早く、呆気にとられていたアルマの眉が吊りあがる。
「解釈違い、訳がわからないのだわ! ルシエラに続いて、どうしてお前までそんなことを言うのだよ!」
『オリジナルが持つ記憶の一部を得たんだよ。もう止めよう、それで……』
「そんなの私の知っているステラじゃない! お前もルシエラのように私を置いていくのだね!? もういい! お前なんて要らないのだわ! 新しいステラでやり直すのだよ!」
アルマが癇癪を起こした子供のようにそう叫ぶと、ステラノワールの体が白い泥となって弾け飛ぶ。
セシリアとアネットが何も言えず立ち竦む中、広間の床にステラノワールの核であったプリズムストーンの欠片が転がった。
「本当に誰も彼も! 私の中にあるはずの者でさえ、私の知らないことをする! 皆私を置いて行ってしまう! ルシエラや偽物のステラじゃなく、正しいのは絶対に私の方なのに! アルマテニアを理想の世界に創り替えて、そのことを証明してやるのだわ!」
憤慨したアルマはそう言うと、自らの体である天空城の一部を白い神域に戻してその中に消えていってしまう。
「あら、ご執心。アルマ様ったら、ルシエラちゃんと派手に喧嘩しちゃってるのね。うふふ、まるで迷子になった子供みたいねぇ」
「アネット殿。この欠片……ステラノワールはどうなるのだ?」
ぽやぽやと楽しそうに言うアネットの横、セシリアは床に転がったままのプリズムストーンの欠片を拾い上げ、不安そうな顔で尋ねた。
「あら~? この子はそれで終わりじゃないかしら。あの口ぶり……アルマ様、まっさらな次のステラノワールを産みだすつもりだと思うわよ」
その言葉にセシリアの表情が曇る。
「まっさら……。それでは私を助けてくれたあのステラ殿は居なくなるのだな」
「うーん、性能は全く同じかそれ以上の者になると思うけど、記憶って意味ではなくなっちゃうわね~」
「な、なんとかならないのか! 私にとってのステラは、あの時助けてくれたこのステラだけなのだ!」
セシリアはすがりつくようにアネットの胸を掴むと、ゆさゆさと必死に揺すって訴える。
「あらま、セシリア様もステラノワールに愛着あったのね。意外だわ~」
アネットは必死に自らを揺らすセシリアの手をやんわりと払いのけ、面白そうに笑った。
「意外となものか、アルマ様と並ぶ恩人だ! 余はステラノワールとアルマ様に助けられたのだ! だから、アルマ様の力になろうと尽力してきた。……なのにどうしてこうなったのだ!」
「あらあら~。恩人と言う割に、ステラノワールのこと話題にもしてなかったじゃない? アルマ様を復活させた後の輝かしい未来予想図を語るばっかりで」
「うっ!」
目を細めてそういうアネット。セシリアはぎくりと身震いして言葉に詰まった。
王宮でアルマを匿っていた時も、パーティの前に絵画を見上げていた時も、セシリアが想像していたのはアルマではなく、それによって何かを得た自分自身。
ステラノワールに至ってはアルマとセットのおまけ感覚でさえ居た。ステラノワールは自らの意志を持っているのに、だ。
そう、渋るアルマを動かし、セシリア達を助けてくれたのは、他ならぬステラノワールの意志だったではないか。
「余が愚かなのは認める、認めざるを得ない……。だ、だが、恩人だと思っているのは本当なのだ。アネット殿、今から打てる手はないのか」
セシリアは俯き、後ろめたさに視線を逸らしながらも、声を絞り出してアネットに懇願する。
「そうねぇ。ステラノワールの記憶を保持する方法、ないでもないわよ」
「ほ、本当か!?」
その言葉に、セシリアは縋り付くような眼差しをアネットに向けた。
「このお薬、魔法少女を調整するのに使うんだけど、アルマ様の一部を原料にしているのよ~。これ使ってその落ちている欠片を飲み込めば、飲んだ子は今のステラノワールになれるわ」
言って、アネットは白い薬液の入ったアンプルを差し出す。
セシリアはそれをひったくるように奪い取った。
「これでステラノワールに……!」
「ただし、能力と適合は飲んだ子の才能次第。半端な才能ではすぐに維持しきれなくなって、魔法が解けてしまうのよ~」
「……大丈夫だ、私には当たりがついている。そうとも、ステラのオリジナルその者なら適合も能力も完璧に決まってる」
セシリアは落ちていた欠片を拾い上げると、瞳に仄暗い決意を宿して立ち去っていく。
「悪趣味な」
その一部始終を見ていたユーリアが不快感を露わにして呟く。
「あら~、純粋な善意のつもりなのだけれど~」
「そこまで助言をしたのなら、歪めず正してやることもできたでしょうに」
「それって私達にメリットあります? アルマ様にとってもメリットがない気がするわ~」
アネットは口元を押さえて愉快そうに笑う。
「なるほど、悪趣味ではなく外道の類でしたか。まさに畜生の所業。獣が根付いたその性根は畜生に堕ちていましたか」
ユーリアは冷ややかな眼差しでアネットを非難する。
「あらあら、手厳しいわ~。でも、ユーリアちゃんが嫌うマジカルペットは、沢山の願いを叶えているのよ_」
「他者の願いを叶えたのだから、自らも願いを叶える権利がある、と?」
「そうよ~、魔法少女達の願いを沢山叶えたマジカルペットは、叶えた願いの分だけ誰よりも幸せになる権利がある」
「まるで取立人ですね。願いとは本来そう言うものではないはずでしょう」
雄弁に語るアネットに、ユーリアの向ける視線に嫌悪が混ざる。
「でも、そう思っているのはアルマ様も同じよ、叶えた分だけ報われたい。私達の本質は一緒、自らが叶えた願いの対価を支払って欲しいだけなのよ」
だが、アルマの名を出されたことで、非難するユーリアの言葉は止まった。
「あらま、そこで反論を止めちゃう」
「グリュンベルデはアルマ様に仕える巫女。主を悪し様に言うことは許されません故に」
「あらそう。うふふ、それならお好きにどうぞ。私から言わせてもらうと、ユーリアちゃんも大概に歪んでるわよ~」
アネットは一瞬だけ目を細めてユーリアを見ると、自らの影を蠢かせながらその場を去って行くのだった。
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