19話 【ナイトパレード】5

 ルシエラ達はそのままエントランスから飛び出し、急ぎ外の様子を確認する。

 次元の狭間と隣り合う大宮殿の庭、茂る緑を吹き飛ばして巨大な穴が穿たれていた。


「先程の魔法障壁がもう突破されましたの!?」


 浮遊島の基礎を抉り取るほどの強烈な一撃。

 何が起こったのかとルシエラが視線を移せば、離宮を呑み込んだ白い塊はその姿を変えていた。


「ん。天空城、だね……」


 その姿を見たミアがルシエラと同じ感想を抱く。

 そこにあったのは大宮殿に勝るとも劣らない巨大な城。城壁のような浮遊島の上に造られたその姿は優美。だが、棘があってこその美しい薔薇だと主張するように、魔力砲などの武器も多数搭載されている。


 その姿はかつてルシエラが居た頃とも、ピョコミンによってアルマテニア上空に呼び出された時とも変わらない。正しく天空城と呼ぶ他ない物体だった。


 ──アルマさん、そこまでわたくしの記憶に拘りますのね。……いいえ、わたくしよりも自分が正しいと証明したいのですわね。


 ユーリアは言っていた。選ばなかった答えが輝けば輝くほど、自分の答えは間違えだったのかと悔やみ、嫉妬し、認めがたいと思うのだと。

 黒と白のアルマがそれによって分かたれたように、同じ心の傷を持っていたはずの白アルマとルシエラは、今道を違えている。

 だから、アルマは証明したいのだ。間違っているのはルシエラであり、自分の選択こそが正しいのだと。


「ルシエラ、思う所があるようだけれど、今は呆けている場合ではないのではなくて?」

「ん、そうだね。主砲、向けられたままだから」


 ミアの言う通り、天空城から突き出した魔力砲の砲身は、いまだ大宮殿へと向けられたままだ

 魔力残滓の流れからみても、大宮殿の庭に大穴を空けた犯人はあれで間違いないだろう。


「やれやれ、ご自慢の魔法障壁も存外脆いものじゃのう」

「あの収束型魔力砲が見た目通りの性能なら小動一つしませんでしたよ。でも、あれは多分そう言う代物じゃないですから」

「ええ、力を取り戻しプリズムストーンまで得たアルマの権能、ですものね」


 だとすれば、大宮殿が最初の一撃を耐えられたのは、魔力を惜しんだ相手が加減し過ぎただけに過ぎない。

 恐らく次の一撃は耐えられないはずだ。


「アンゼリカさん、急ぎ後退を!」


 幸い、まだ大宮殿は各種機能を失ってはいない。これ以上ダメージを受けぬよう、ルシエラは撤退の指示を出す。


「いいんですか!? これ以上後退したら、アルマ様に次元の狭間を突破されますよ!」


 自らの手に制御装置である半透明の本を顕現させ、アンゼリカが尋ねる。


「大宮殿を破壊されるよりマシですわ。わたくしの見立てでは次は耐えられません!」


 次元の境にある大宮殿が退けば、アルマである天空城は次元の境を越えてアルマテニアへと向かうだろう。

 だが、それでも大宮殿を失う訳にはいかない。失えば反撃の切り札がなくなってしまう。

 冷や汗を流すルシエラの目の前、天空城の魔力砲の先端が青白く輝き始める。


「ん、来るよ」

「アンゼリカさん! 急いでくださいまし!」

「もう全速力で退いてます!」


 大宮殿が急速に後退する中、魔力砲から白く輝く魔力が撃ち出される。

 白い魔力の光線は幾重にも展開されていく魔法障壁を軽々貫き、大宮殿の庭端を跡形もなく消し去った。


「ん! 危なかったね」

「青猫の! 受けきる術はもうないのか!?」

「ないですよ! 無茶言わないでください! プリズムストーンを持った全開のアルマ様ですよ!? そんなのと力比べなんて、同じくプリズムストーン持ったルシエラさんぐらいしかできませんって!」

「じゃ、じゃあ最初はどうするつもりだったのよ!」

「時間を稼いでいるうちにわたくし達が突入する算段でしたの。でも……予想より早すぎますわ」


 狼狽しながらぐるぐる駆け回るフローレンスの横、ルシエラは渋い顔で天空城を見上げる。

 さっき確認した白い塊の様子なら、アルマが力を馴染ませるまでもう少し時間的猶予があるはずだった。だが想定よりも明らかに早い、まるで一気に加速したようだ。


「その理由はあれね」


 カミナが天空城上層部を見上げて言う。

 そこには次元の境界がこじ開けられ、無数のマジカルペットと魔法少女が押し寄せていた。

 マジカルペットと、それに従っているだろう魔法少女達は天空城に張り付き、そのままズブズブと天空城に取り込まれていく。

 見るも醜悪な夜の大行進だ。


「魔法少女という魔力を蓄えた栄養、そしてそれを血液として走らせるためのマジカルペット……。悪辣なやり口ですわね」


 天空城に魔法少女とマジカルペットが取り込まれる度、大宮殿に向けられた砲身に魔力が急速チャージされる。

 次の一撃が放たれるまであと僅かだ。


「ねえ、あの天空城ってアルマテニアを目指してるのよね!? 魔脈に入ったアルマ様はもう向こうに吸収されてるんでしょ、なんで向かう必要があるのよ!?」

「まだ封じられたままの僅かな残りがあるのか、大宮殿を飲み込んで天空城へと変化したように素材としたいのか……でも一番の理由は、わたくしに見せつけたいのだと思いますわ」

「どれでも、アルマテニアがやべーって結論じゃねーですか!」

「それはその通りですわ」


 重々しい表情でルシエラが首肯する。

 既に大宮殿は次元の狭間から退却しアルマテニアの上空にある、これ以上の後退はできない。

 立ち塞がれば大宮殿は壊され、素直に道をあけてしまえばアルマテニアの大地は剥ぎ取られてしまうだろう。


「ふぅむ、難題じゃの。受けきることもできず、それでも出てこぬように阻止せねばならぬ訳か」


 眼下に映る街の夜景を見下ろし、ナスターシャが腕を組んでうなる。


「ん、専守防衛だとジリ貧だね。あの大砲を壊せるといいんだけど」


 重々しい空気の流れる一同の前、天空城の砲身に蓄えられた魔力が先端に集まり、三度撃ち出されようとしていた。


「っ! 取り合えず今回はわたくしが防ぎますわ!」

「ルシエラ、できるですか!?」

「突入するための余力を度外視すれば!」


 言いながら、ルシエラは大宮殿の庭端へと駆ける。

 反撃のことを考えれば、終わりのない防衛に魔力を裂きたくない。だが、今この瞬間を何とかしなければそれで終わりなのだ。

 苦々しい顔で魔法障壁を展開しようとするルシエラ目掛け、天空城から魔力砲が撃ち放たれる


 直前、次元の狭間に真紅の閃光が一筋走り、斬撃となって天空城の主砲を切り裂いた。


「んっ! あれは……!」

「プロミネンスレイ!」


 両断された砲身が白い泥となって次元の狭間に落下していく前、そこに居たのは一人の魔法少女。

 その姿は炎纏う天使のような赤いフリルドレスに真紅の長剣。その背後には天使の輪にも日輪にも見える魔力が燦々と輝いていた。


「水臭いよなぁ、ミアちゃんは。困ったことがあるなら声を掛けてよ。ボク達、仲間じゃないか」


 その魔法少女、タマキは皮肉っぽくそう言うと一同の前へと舞い降りる。


「タマちゃん! えと、どうして変身出来てるの?」

「それはボクのお姉ちゃんが……」

「お前、姉ちゃんとチューしたですか!」

「え、えぇ? 何言ってるんだいキミ。ボクとお姉ちゃんは双子だから、上手く魔力を循環させればボクの方も効率化できるんだってさ」


 目を丸くして驚くセリカの台詞に面食らい、困惑気味のタマキがそう説明する。


「そ、そうだったですか、マジですか……。セリカ、早とちりですっげぇ恥ずかしいこと言ったです」


 恥ずかしい勘違いをしてしまったセリカは、赤面した顔を両手で覆いながらしゃがみこんだ。


「ほ。しいたけまなこの奴、姿が見えぬと思ったらそんなことをしておったか。して、肝心のあ奴はどこにおる?」


 ナスターシャがきょろきょろと周囲を見回す。


「あれ、おかしいなぁ。さっきまでこの辺りに居たんだけど」

「奴さんなら、ここに隠れてるにゃ」


 そこに、シャルロッテの首根っこを掴んだセラがやって来る。


「ん、セラさんも来てたんだ」

「お前には借りがあるからにゃ。それに、皆のピンチに現れるのが魔法少女って奴だろ。なら来るさ」


 言いながら、セラはシャルロッテの背中を押して一同の前に突き出す。


「ん、そうだね」


 セラの言葉に、少し嬉しそうな顔でミアが頷いた。


「しっかしシャルさん、この状況下でも隠れてたんですか。本当に面倒な生き物ですねぇ」

「アンジェ、やほー。でもねぇ、コレ……タマちゃんがお友達と再会してるのに私が居たら気を遣っちゃうから」

「あのさ、お姉ちゃん。さっきも言った通り、それって逆に気を遣うんだよ」


 困った顔で言うシャルロッテに、タマキが同じように困った顔で苦言を呈する。


「わ、そう? それは申し訳ないね、以後気を付けますっ」


 シャルロッテはむむむっとうなった後、タマキに向けてびしっと敬礼してみせた。


「えと、微妙に仲良くなってる?」


 どことなく距離の縮まったシャルロッテとタマキを見て、ミアが不思議そうに小首を傾げた。


「この手の奴は見守っても焦れったいだけだからにゃ。強引に背中を押してやるのがコツなんだにゃ」 


 手間がかかる奴等にゃ。と、肩をすくめるセラ。


 ──背中を押す、ですの。今のアルマさんに必要なのものも、きっと同じですわね。


 会話を横で聞きながら、ルシエラはそんなことを考える。

 ただ、問題はいつぞやのアンゼリカと同じように、アルマは単純な説得が通じるような相手ではないことだろう。

 かつてのアンゼリカがダークプリンセスだったルシエラの鏡ならば、今のアルマは孤独な女王だったルシエラの鏡。面倒さで言えば後者の方が上だ。


「そだ、ルシエラ。私がタマちゃんにした魔力調律だけどね、おかー様の研究成果だから。そこの所、勘案しておいた方がいいよ」

「双子の魔力調律……アルマさんとクロエさんを一つに戻すための研究、その副産物ですわね」


 ルシエラの言葉にシャルロッテが頷く。


「ただ、それだけじゃなく、アレ用とかも兼ねてるかもしれないけどねっ☆」


 明るくそう言って、シャルロッテが天空城の方を指差す。


 宵闇を貫いて次元の狭間から幾本もの白い剣が飛来し、次々と大宮殿の庭に突き刺ささっていく。

 突き刺さった白い剣は泥のように溶け、その場で仮面魔法少女の姿へと捏ね上げられていく。

 夜を切り裂く仮面魔法少女の大行進だ。


「なるほど、それもあり得ますわね」


 漆黒剣を引き抜いてそれを迎え撃とうとするルシエラ。

 だが、それをカミナが手で制する。


「あら女王陛下、ここは貴方の剣たるグリュンベルデに任せるべきではなくて?」


 カミナは悪戯っぽく笑うと、大剣を大振りに薙いで仮面魔法少女達を斬り飛ばしていく。


「ふむ。あ奴等、大砲では安心できぬと魔法少女を送りこんで来たか。丁度よい、妾謹製の対魔法少女術式を試すとするかの」


 ナスターシャも箒から飛び降りて臨戦態勢を取り、


「おい、ルシエラ。この雑兵共は私等が受け持ってやるにゃ。今のうちに反撃の手筈を整えとけにゃ」


 両刃剣を手にしたセラがそれに続く。

 三人は破竹の勢いで仮面魔法少女を撃退していく。


「ルシエラ、こっちの防衛は暫く何とかなりそうだけど、ひっくり返す算段はあるの?」


 その姿を遠巻きに眺めながらフローレンスが尋ねる。


「……当初の予定通り、攻めるしかないですわ。そして、内部に居るであろうアルマさんを止めるしかありません」


 この場で防衛を繰り返していてもジリ貧になるだけだ。結局、あの天空城の内部に居るだろうアルマ本体を止める以外に解決の手立てはない。

 問題はどうやってそこまで辿り着くのか、だ。


「アルカソルのプロミネンスレイでこじ開けられねーですか」

「うーん、それはちょっと無理じゃないかな。ボクのプロミネンスレイ、大砲は斬り落としたけど天空城本体には弾かれてる」


 三人を避けて襲い来る魔法少女を炎のような魔力の奔流で薙ぎ払い、タマキは天空城へと視線を向ける。

 斬り落とされた砲身部分は白く溶けているが、天空城本体は無傷のままだ。


「ん、近づいて全力攻撃すれば通るかな」

「それができるんなら、いくらでも別解が使えますって」

「だよね」


 アンゼリカの言葉にミアがこくりと頷く。


「互角の条件……。せめてプリズムストーンさえあれば、強硬突破できますのに」

「愚かな娘」


 呟くルシエラの横を一羽の烏が通り過ぎ、目の前で羽ばたきながらクロエへと姿を変える。


「クロエさん!」

「プリズムストーンが欲しいのならば、作ればいいだけの話ではありませんか。貴方は既にそれだけのものを持っているはずですよ」


 クロエの言葉に、ルシエラは魔石を取り付けたペンダントを握る。

 確かにプリズムストーンを作るための原石はある。だが、魔石をプリズムストーンたらしめるのは中身となる魔力の方だ。肝心の魔力がまるで足りない。


「簡単に言ってくれますけれど、プリズムストーンと呼べるだけの魔力、容易くは集められませんわ」

「何を言っているのです、下準備はできているでしょう。先日、このクロエの前で貴方は人々の熱狂と信仰を集めて魔力を制御してみせた。魔脈を除いてそれと同じことをすればいいだけの話です」

「それはつまり……」


 思わぬクロエの言葉にルシエラは冷や汗を流す。

 ミア、アンゼリカと順々に視線を滑らせれば、二人は覚悟を決めろと無言で小さく頷いていた。


「あ。わたくし……なんだかとっても嫌な予感がしてきましたの」

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