3話 ダークプリンセスは悪事ができない7

 寮の自室、ルシエラは明かりもつけず物憂げな表情で窓から外の様子を眺めていた。

 校庭では魔法少女に変身した少女達がその力を試そうと空を飛び回り、夜の運動場は魔法の試し打ちで色とりどりに照らされている。

 そして、変身用ペンダントを手にして外を歩く少女達は誰も彼も例外なく打倒ダークプリンセスの言葉を口にしていた。


「盛況ですわね。明日にはどれだけの人数が魔法少女になっておりますかしら」


 凍らされた腕は怪我もなく元通りのはずなのに、どことなく痛い気がするのは自らの心情によるものだろうか。

 ルシエラは憂鬱な気分でベッドに寝そべると、テーブルの上に置かれた封筒を見つめる。村から送られてきたばかりの封筒には仕送りとルシエラへの手紙が入ったままだ。


 ──村の皆は実の娘でもないわたくしに本当によくしてくださっていますわ。だからこそ、今度はその優しさを受け取ったわたくしが誰かに手を差し伸べたかったのですけれど。


 ルシエラは目を閉じて深々とため息をつく。


「結果は真逆。想いは間違っていないはずなのに、上手く行かないのはわたくしが歪んでいた時間が長すぎたせいなのですかしら」

「ルシエラさん、明かりもつけずに考え事?」


 ルシエラの呟きに、部屋に入って来たミアが照明魔石のスイッチを入れながら言う。


「え……ミアさん。な、何で普通に入って来てますの? 扉、魔法で鍵を閉めておきましたのに」


 思わぬ襲来にルシエラは目を丸くすると、大慌てで上体を起こす。


「扉、開いてたよ?」


 小首を傾げるミアの後ろ、魔法で閉ざされた扉の代わりに扉の枠が壁ごと破壊されていた。


 ──ひえっ!? そんなやり方がありましたの!? なんて恐るべし膂力の暴威。ミアさんのパワーを侮っていましたわ。


「そ、それでミアさん、何の御用ですかしら」

「姿が見えなかったから心配してきた」

「あ、そうでしたわ! あんなにも大切な場面に間に合わなかったなんて、わたくし全くもって面目ないですわ」


 セリカの危機に姿を消したことを言っているのだろうと思い、ルシエラは慌ててミアに弁解する。


「……ねえ、ルシエラさん。もう隠さなくていいんだよ」


 だが、ミアはそう言ってルシエラへと近づくと、そのまま手首をつかんでベッドに押し倒した。


「ちょ、ちょっと、ミアさん!?」

「私、気付いてたよ。ルシエラさんがダークプリンセスだって」

「えっ……?」


 押し倒されてもがいていたルシエラは、その言葉に動きを止める。


「い、いつからですの?」


 自らに覆いかぶさるようにしてじっと自らを見つめるミアに、ルシエラは早くなる鼓動を押さえつつ問う。


「なんとなく思ったのは列車の時、私のこと、宿命のライバルって呼んだ人、ルシエラさんとダークプリンセスだけだから。ん、少し嬉しかったよ」

「ミアさん……」

「確信したのはベッドに潜り込んだ時、お洋服脱がしてる時にペンダント見ちゃったから」


 ──えっ。あっ、それ酷い。わたくし、今の少し感動してましたのに。


「ルシエラさんは悪いことしようとしていたんじゃなくって、変身して皆を助けようとしてたんだよね」

「それは……勿論そうですわ。そうでなければこんな風に陰鬱な顔をしていませんもの」


 文字通り目の前でじっと見つめてくるミアに、ルシエラは気まずそうに視線を逸す。


「そうだね」

「でも、良かれと思ってしたことが全部裏目ですわ。思いは以前と真逆のはずでしたのに、結局昔と同じく悪党扱い。幾ら打たれ強いわたくしでもちょっとだけお時間頂きたいですの」

「そう。……だからルシエラさんは私に勝てなかったんだね」

「なっ……!」


 わざと挑発するミアの言葉。

 思わずルシエラの手に力が入るが、その手を掴んでいるミアは容赦なくそれを制した。


「私だったらここで迷わない。自分のしていることが皆の為だって信じられるなら、自分のしていることをちゃんと信じてくれる人が一人でもいるのなら、迷う必要なんてないから」

「でも、ダークプリンセスは以前と同じく悪党扱いですわ。この学校でダークプリンセスを信じている人なんてどこにも居ないでしょう……?」


 悔しげに言うルシエラ。


「ううん、居るよ。今も貴方の目の前に」


 挑発するような言葉から一転して優しい声音で言うミア。

 月明りに照らされるその表情は優しげでどこか艶めかしい。


「ミアさん……」

「ん、諦めていた私がもう一度立ち上がれたのも、こんな風にちゃんと自分の気持ちを言えるようになったのも、全部ルシエラさんのおかげだよ。セリカさんにだってそう、ルシエラさんの想いは少しずつだけどちゃんと誰かに届いてるよ。それじゃ、足りない?」


 そこで一度会話が途切れ、二人は静かに見つめ合う。


「……いいえ、それで十分ですわ」

「昔のルシエラさんは見ていてわかるぐらい独りぼっちだった。でも、今のルシエラさんには私も皆も居るよ」

「そうですわね。わたくし、もう独りではなかったのですものね。そんな大切なことを忘れてしまっていたなんて情けない限りですの」


 ルシエラは恥じるように言う。

 今のルシエラは独りではない、だから再びダークプリンセスに変身した。

 だと言うのに、久しぶりに過去との因縁に出会ってその初歩を見失っていた。それを宿命のライバルに諭されるなんて汗顔の至りだ。


「それでも苦しい時は私が支えるから……だから大丈夫。迷わずに進んで」


 そう言うミアの力強さはかつてのアルカステラを彷彿とさせる。

 ピョコミンのせいで雰囲気こそ変わってしまったが、紛うことなく彼女は自らの最大のライバルであり理解者なのだ。彼女の瞳の力強さはそのことを思い出させてくれる。

 ルシエラは自分の頬が緩んでいるのに気が付く。


「ミアさんの言葉、凄く心強いですわ。フローレンスさんには申し訳ないですけれど、やはりわたくしにとって宿命のライバルは……アルカステラは貴方だけですわ」

「ん、そう。ありがとう」

「ええ、ですからもう大丈夫です。宿命のライバルである貴方にこれ以上弱い所は見せられません」


 ルシエラは凛とした表情でミアの顔を真っすぐに見つめ返す。

 自らがただ一人認めた相手。その彼女が背中を押してくれるのなら何を恐れることがあるだろうか。


「ん、本当に大丈夫そうだね」


 ミアもルシエラの顔をじっと見つめていたが、やがて頬を赤らめて安堵した。


「ええ、ですから安心して退いてくださいまし。このままでは立ち上がれませんわ」

「…………それは、やだ」

「…………えっ?」

「私がずっとついてるって確認するのに、言葉よりももっと素敵なやり方があるよ。ね?」


 ルシエラを掴むミアの力が強まる。


「え、ええっ? ミアさん、ミアさん!?」

「もっとだよ。もっと身も、心も全部さらけ出していいよ。ルシエラさんは私にとってただ一人のご主人様だから。私、全部受け止めて見せるからね。欲望、さらけ出して?」


 ふしだらな表情を浮かべるミア。


 ──マズいですわ。マズいですわっ!? 完全に忘れていましたけれど、ミアさんの力で手首掴まれて馬乗りとか、これはもう完全捕食! どう足掻いても逃げられない奴ですの!


「み、み、み、ミアさん! わたくし、貴方のおかげで無事立ち直れましたわ。凄く感謝しておりますの。ですから今日はここで勘弁を……」

「えへへ、じゃあこれはご褒美だね。今からは憂鬱なこと、考えられないようにしちゃう、ね」


 手首を掴んだまま、胸と胸を押し付ける様にしてミアがルシエラへと覆いかぶさってくる。


 ──ちょっ、ちょっと待って欲しいですの、ミアさん! え、あっ、これ本当に振りほどけない。ああああ!? あーれー!?


 こうして、アルカステラ時代から続く対ミア連敗記録が今日またひとつ増えた。

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