3話 ダークプリンセスは悪事ができない8
翌朝も技術棟の前には絶え間なく人だかりができていた。
プリズムストーンによって量産された変身アイテムを求め、生徒達は私も私もとピョコミンに殺到し、ピョコミンはそんな生徒達にいとも気安く変身用ペンダントを配布している。
「情けないほどに俗じゃのう。力を得るためにホイホイと良く知らぬ魔法少女に変身してしまう。知を扱うのが魔法使いの本質じゃろうに、これほど志の低い輩ばかりじゃとは思わなんだわ」
ナスターシャは隣接する校舎の屋上から不機嫌そうにそれを見下ろすと、屋上に紅い液体を零して魔法陣を描いていく。
描かれた魔法陣をより精緻に仕上げていくにつれ、そこから吹き出す生暖かい風も強くなる。
「おい、生徒会長。お前何するつもりですか!」
不穏極まりないナスターシャの行動に、猫耳のついた黒フードで顔を隠したセリカが慌てて止めに入る。
「ほ、愚問も愚問じゃの。乙女が正装をしてすることなぞ一つしかあるまい、戦争じゃ。昨日は装備不足で愚妹に後れを取ったゆえ、今日は完全武装で姉の威厳を教えてくれようぞ」
据わった目でそう言うナスターシャの姿は全裸に漆黒のマント。マントを留める飾りには無数のマジックアイテムが取り付けられていた。
「完全武装でむしろ装備が減ってるじゃねーですか! 魔法陣からも不穏な気配が漂ってるです。それ絶対ヤバい奴です! 技術棟の辺りに群がる生徒達もひでーめに遭うですよ!?」
「仕方あるまい。魔法少女共も一網打尽にせねばならぬからの。何、冥府と地獄と深淵が一緒に来る程度じゃ。事が終わるまで死にたくても死ねなくなる故安心せよ」
「ブーッ! 退学じゃ済まねー邪悪な所業です! 教科書乗るレベルですよ!?」
「それがどうした。妾はフローレンスの姉じゃぞ。妹と天秤にかければその程度織り込み済みというものじゃ」
必死に止めようとするセリカを引きずりながら、粛々と魔法陣を描き進めていくナスターシャ。
だが、その魔法陣は緑色の野菜汁によって妨害された。
「いけませんわね、ナスターシャさん。わたくし、そんな物騒な魔法は容認できません」
「ん、そうだね」
ミアを連れ立ったルシエラは、その手に根菜の葉を持ったまま不敵な笑みを浮かべた。
「お主なんてことをしてくれた! なんじゃこれ、その野菜汁擦っても落ちぬのじゃが!? 魔法陣が台無しなのじゃが!」
完成間近の魔法陣を野菜汁に侵略されたナスターシャは、野菜汁を取り除こうと必死に流水の魔法をかけ流す。しかし、頑固な緑の野菜汁は中々落ちてくれない。
「その程度では無駄ですわ。このお野菜は美味しいのですけれどついてしまった汁は強敵ですの。わたくしも洗濯で幾度となく煮え湯を飲まされましたわ。そして、ついに突き止めましたのこの野菜汁には……」
「主婦の知恵なぞ今はどうでもよい! あの連中の企みが校外に漏れだす前に、妾はフローレンスを連れ戻さねばならんのじゃ!」
「分かっていますわ。ですが貴方は秩序を回復させる側なのですから、手段はちゃんと選んでくださいませんこと?」
「ふん、愚かしくも大半の生徒はアレを正義の味方じゃと思うておるわ。ならば悪党にでもならねば止めれはしまいよ」
流水でも流しきれない強固な野菜汁。消すのを諦めたナスターシャは頬を膨らめて不機嫌そうに腕を組む。
「そうでしょうね。……ですから悪党役は悪党に任せ、ナスターシャさん達はその隙を衝いてくださいまし」
「悪党ですか?」
目をぱちくりさせるセリカに、ルシエラは自らの変身用ペンダントを見せた。
「つまり、お前がそうだったですか……!」
「ええ。わたくし、既にぐうの音も出ないほど悪役ですの。ですから今更悪行一つ加えても大したことありませんわ。徹底的に参りましょう」
ルシエラはそのままペンダントを掲げてダークプリンセスへと変身する。
「さ、わたくしが注意を引きます。その間にミアさんはお二人と技術棟へ向かってプリズムストーンを回収してくださいまし!」
「ん、任せて」
頷くミアを背に、ルシエラは屋上から勢いよく飛び降りる。
「ダークプリンセスだ! ダークプリンセスが来たぞぉ!!」
それに気が付いて叫ぶ魔法少女。
どよめく生徒達。
ルシエラは混乱の渦中へ優雅に踏み入ると、襲い来る魔法少女を漆黒剣で瞬く間に制していく。
「経験が足りませんわね。どんなに鋭利な刃でも使い手が素人ではなまくら以下ですのよ」
言いながら、返す刃でもう一人。
生徒達の前で全裸になって身を隠す魔法少女達には目もくれず、勇気ある少女達の魔法攻撃も意に介さず、ルシエラはゆっくりと技術棟の入口へと歩いていく。
もう大丈夫、自らには宿命のライバルがついているのだ。この程度で心乱されたりなどしない。
──さて、そろそろあの害獣も対処に回らなければならなくなるはずですけれど。
次々と襲い来る急造魔法少女を退けながら、ルシエラはピョコミンの擁する主力の到来を待ち構える。
ダークプリンセスはピョコミンにとって唯一脅威となる存在のはず。プリズムストーンの有る技術棟へ侵入されたくはないはずだ。そうやって引きつけるうちにミア達が技術棟忍び込む算段となっている。
「ペーッコッコッコッコ! 一歩遅かったペコねぇ!!」
だがその予想に反し、主力魔法少女を伴ったピョコミンはケージを手にして屋上に現れた。
「出ましたわね。害獣!」
「企みの最中みたいだけれど、残念無念時間切れペコォ!! でも、お前のおかげで目的達成に大きく近づけたのには感謝してるんだペコ! だから、その無能な頑張りに免じて! お前を懐かしの我が家に招待してやるよぉ!!」
ピョコミンがプリズムストーンの入ったケージを天に掲げ、ケージの周りで莫大な魔力が渦を巻く。
「プリズムストーンの魔力が解放されている……! いけませんわ!」
吹き荒れる魔力に何かが起こることを察したルシエラが剣を構えて跳躍。
それを迎え撃つために三人の魔法少女が行く手を阻む。
「邪魔ですわっ!」
空中でペンダントを壊せば助ける手間が増える。ルシエラはあえて無力化せず、打ち込まれる武器を弾き飛ばしながら真っ直ぐに屋上へと急ぐ。
屋上に着地すると同時、立ち塞がる三人の魔法少女を斬り伏せ、ルシエラは迷うことなくピョコミンへと駆け迫る。
だが、更に魔法少女が立ち塞がったことでピョコミンには後一歩届かなかった。
「ははははは! 急くなペコ! ピョコミンだってお前をぶち殺してやりたくて堪んねぇんだペコォ! でも、決着ってのには相応しい舞台があるだろォ!?」
ペンダントを破壊するルシエラを見ながら高笑いするピョコミン。
手にしたケージからプリズムストーンの眩い輝きが漏れ出し、その眩い輝きが技術棟の上空へと伸びて光の柱となる。
そして光の柱の先端が波紋となって空に広がり、一つの城が浮かび上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます