3話 ダークプリンセスは悪事ができない6

「ふむ、追っては来ぬようじゃな」

「ん、プリズムストーンを守る方が大事みたいだね」


 一方、階段を駆け上ったミアとナスターシャは、技術棟の教員用出入り口から校舎の外へと脱出していた。


「すまぬのう、ミア。大口を叩いて妾もこの様じゃった」


 追手が来ないのを再確認すると、ナスターシャは赤くなった手首を撫でつつミアにそう謝る。


「ん、大丈夫。今のフローレンスさんには私でも勝てないから」

「違う、そうではない。言葉が足りねば想いと意思は容易に伝わらぬと言っておいての体たらくの方じゃ」

「そうだね。仲、良過ぎたね」

「妾が強く言えば、フローレンスが強く反発するのはわかっていたのじゃがのう……。言の葉に魔を詰めて奇跡成すが魔法使いじゃが、妾もまだまだ未熟な半端者じゃの」


 拗ねるような顔でそう言いながら、ナスターシャは表の方へと視線を向ける。

 技術棟の前にはいまだ人だかりができていた。ひっきりなしに訪れる魔法少女志望の少女達だ。


「さっきよりも増えてるね」

「のようじゃな。妾達が踏み込んでいた間に盛況になる要因があったようじゃ」

「ダークプリンセスが乱入してたから、そのせいかも。ちょっと心配」


 ダークプリンセスを口汚く罵る生徒達の話を小耳に挟み、ミアはぷうっと頬を膨らめる。

 よく知らない相手によくもまあ、あそこまで酷いことが言えるものだ。ミアのご主人様であるルシエラは彼女達が言うような悪逆の権化ではないというのに。


「……ダークプリンセス、連中の言を鵜呑みにすれば悪の魔法少女じゃったかな。ほ、どちらがという話じゃな」

「ん、同感」

「あ……先輩、生徒会長ここに居たですね」


 そう言って頷きあう二人の前に、ひょっこりとセリカが姿を現した。


「おお、セリカか。何用じゃ」

「会長じゃなく、先輩に一つ聞きたいことがあって来たです」


 セリカは二人に敵意を見せず、ただ思い詰めたような表情でそう言葉を紡いだ。


「ん、どうしたの?」

「今言ってたダークプリンセスのことです。先輩は……ダークプリンセスの正体、知ってるですか?」


 思わぬセリカの問いに、ミアはさりげなくその視線をナスターシャへ向ける。


 ナスターシャはそれに気づいたのか胸を持ち上げる様に腕を組んで目を閉じた。

 何を言っても見逃してくれるという意味だろう。


「知ってたとしたらどうするの?」

「あの、セリカは悪党ですけど……あいつは多分悪い奴じゃねーんです。だから邪険に扱わないでやって欲しいです」


 昨日の高慢な態度とは真逆の様子でそう言うセリカ。

 彼女の心境に変化があったことはミアでも容易に理解できた。


「ん、知ってる。あ、言葉足りなかったね。正体も、悪い人じゃないことも知ってるよ」

「そう、ですか。良かったです」


 ミアの言葉にセリカが表情を僅かに緩める。


「セリカさん、るし……ダークプリンセスと何かあったの?」

「セリカ、あいつに助けて貰ったですよ……。そのせいでアイツは更に悪者扱いを受けてるです」


 セリカが表の人だかりに視線を向け、ミアがなるほどと合点する。


「そう、なんだ」

「そうです。だから……セリカだけはちゃんと味方になるって言っておいて欲しいです。言いたかったのはそれだけです」


 もじもじとそう言って、逃げる様に踵を返すセリカ。


「ん、待って」


 ミアはその腕を掴んだ。


「な、なんですか先輩!」

「ねえ、セリカさん、もしかして変わりたい?」

「え……」


 セリカはじっとミアの目を見つめると、


「それは……変わりてーですよ。セリカ、自分が強くなって認められたい見返してやりたいって思ってたです。だから魔法少女にもなって……でも、あいつ見てて自分の行動が恥ずかしくなったです」


 悔しそうな声で絞り出すように言った。


「そう。ならセリカさん、今は向き合わないと。ここで逃げちゃダメだよ」

「え……」


 不思議そうな顔をするセリカ。


 ミアはセリカに微笑みを向け、その表情がまだぎこちないと気が付き、自分の唇の端を人差し指で持ち上げて笑顔を作った。


「反省したならもう一度立ち上がらないと。そうしないと失敗したまま、負けたまま終わりになっちゃうから。諦めないから魔法少女は負けないんだよ」


 諦めない。

 心折れてピョコミンの言いなりになっていた自分。そんな自分がかつての口癖であるその言葉を口にできるのもルシエラのおかげ。

 だから、ルシエラが苦しい時には自らが傍で寄り添ってあげなければならない。一人では心折れても、誰かが支えてくれたのなら再び立ち上がれる。そのことを他ならぬ彼女が思い出させてくれたのだから。

 それよりなにより、ミアにとって彼女は一番に大切な恋人でありご主人様なのだ。


「ん、言いたいのはそれだけ。ナスターシャさん、セリカさんの保護お願い。私、ちょっと押し倒してくる」

「よくわらぬが分かった。こやつ、何やら追われる立場なのじゃな。詳しい事情はセリカに詳しく聞いておくとするかのう」


 ナスターシャが頷き、ミアも一度だけ小さく頷いて背を向ける。


「……先輩もアイツも不器用すぎですよ。だからあんなにもお人好しなのに誤解されるです」


 走り去るミアを見送るセリカは小声でそう呟くのだった。

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