3話 ダークプリンセスは悪事ができない5
ルシエラが魔法少女と空中戦を繰り広げる少し前、技術棟に踏み入ったナスターシャは行く手を遮る魔法少女と戦闘になっていた。
「よくもまあ平然と殺傷力の高い魔法を人様に向けて打ち込んでくるのう。幼年学校で道徳の授業でもしこたま受けて来るがよい、魔法を学ぶ以前の話じゃ大馬鹿者」
自らを狙う風の刃をひらりと躱し、魔力の刃で変身用ペンダントを両断しながらナスターシャが毒づく。
その体には魔法攻撃によって細かい切り傷が無数につけらていた。
ナスターシャは自らの切り傷に対して通常の回復魔法では効果がないことを確認し、ようやく倒れた魔法少女を不愉快そうに見下ろす。
熟練の魔法使い同士の闘争は回復魔法による不毛な泥仕合を避けるため、魔法に回復阻害を付与して戦うのが定石。
それは魔法少女であっても同じらしい。
「ううむ、困る。実に困るのう。妾は薄着じゃて傷が余計に目立ちよる。傷が残らぬよう後で回復阻害を解呪して治癒魔法を入念に使っておかねばならんの」
メインとなる攻撃魔法の精度を下げない程度の付与であるため回復阻害の解呪自体は容易。だが、このタイプの魔法は目的通りとにかく解呪に時間を使わせてくる。この場での解呪は諦めざるを得ない。
疼く傷口の傍を撫でながら、ナスターシャは全裸でうつ伏せに倒れる魔法少女を仰向けにする。
「ふむ、やたらに戦闘慣れしておると思えばこ奴はここの生徒ではないのか。この学校は活動家の類は一切出入り厳禁なのじゃが、いつの間に入りこんだのじゃろうな」
少女の顔を確認し、ナスターシャが怪訝そうな顔で呟く。
「ん、ナスターシャさん。無事?」
そこに遅れてミアがトコトコと歩いてくる。
「なんじゃ、ミアか。見ての通り魔法少女とやらに珠の肌を台無しにされた所じゃ」
「そう、無事でよかった」
「無事ではないとアピールした所じゃが」
「えと……魔法少女と戦って生きてるから、五体満足でよかったね」
ミアは不服そうなナスターシャを見てそう言い直すと、全裸で仰向けになっている少女に目をやる。
「まあよい……その者は我が校の生徒ではないようじゃ。どうやら魔法少女とやらになれるのは唆された生徒だけではないらしいの」
「知ってる」
「……ぬしゃ本当に言葉が足りんのう」
「ん、人と話す機会がないうちにいつの間にかお喋り苦手になってたから。気を付けるね」
呆れ半分心配半分な顔をするナスターシャに、ミアは自分の喉を軽く押しながら言う。
「うむ、大いに気をつけよ。言葉が足りねば想いと意思は容易に伝わらぬのじゃからな。して本題に立ち返るが、その知っているは何を意味するのじゃ?」
「この子を知ってる。私とピョコミンが前に居た所で一緒に戦ったことがあるから」
「ピョコミン?」
「屋上に居たウサギもどき。私も少し前まで手駒にされてたから」
「ああ、なるほどのう。やはりあの奇怪な生物が元凶じゃったか」
壊した変身用ペンダントを確かめる様に手で転がしながら、ナスターシャが納得する。
「この子、これでもう戦わなくてもいいんだって喜んでたのを覚えてる。……許せない、ね」
ミアは倒れた少女を見たまま、拳を強く握って憤る。
「ふむ、主達の因縁は後でじっくり聞かねばならぬが……。この様子では他にも似た境遇の者達がおるのじゃろうな」
「多分、いると思う」
「ならばこの場は一人ひとり馬鹿正直に薙ぎ倒していくよりも、これ以上の拡散を防ぐために量産装置を壊すのが肝要かのう」
「同感、でも場所がわからないね」
「ふふん、妾を誰じゃと思っておる。わかるぞ? 前も言ったが、妾がこの格好をしておるのは魔力の感知を高めるため。人ならざる強大な魔力なぞ出所は容易にわかる。こっちじゃ」
ナスターシャは誇らしげに胸を張ると、廊下の奥を指さして迷いなく歩き出し、ミアも早足でその後を追う。
「ナスターシャさん、意外と便利だね」
「うむ、当然じゃ。お主も脱いでみたらどうじゃ、魔法使いとして得るものは大きいぞ」
「脱ぐのはルシエラさんの前だけでいいから」
前を向いたまま、素っ気なくそう返すミア。
「ぬしゃ本当に頭の中がピンクじゃのう……」
「褒めてもなにもでないよ」
「褒めとらん、妾は全く褒めとらんからの。乙女たるもの貞淑さが必要じゃと重々心得ておくがよい」
ナスターシャは呆れ顔をしながら地下へと続く階段を下っていく。
「ナスターシャさんがそれ言っちゃうんだ」
ミアもそれに続いて階段を下る。
そうして辿り着いた薄暗い地下廊下の一角、扉の隙間から光の漏れる部屋が一つあった。
「うむ、光の漏れている部屋。間違いなくあそこじゃ」
ミアとナスターシャは頷きあうと、扉の隙間からこっそりと中の様子を窺う。
そこでは無数の金属線によってプリズムストーンのケージと機械が接続され、数人の魔法少女がその機械を使ってせっせと変身用ペンダントを作っていた。
「ふうむ、もはや言い逃れが出来ぬほどに黒ではあるが……」
部屋から視線を外し、廊下の壁に背中を預けてナスターシャが首をひねる。
「ん。気になること、あった?」
「あれが生産装置なのは間違いなかろう。じゃが、あの構成だと生産装置以外の用途があるように思える。……思えるのじゃが、未知の構成ゆえに専門外の妾ではその用途が何か判断しかねるの」
「ならルシエラさんに聞けばいいと思う。……多分、わかるから」
「ほ、何じゃアレはそこまで逸材じゃったのか。才あるものが相応の責務を果たさぬのは愉快でないのう。この件が終わったら相応の苦労をさせてやらねばならんの」
言いながら、ナスターシャは紐に括りつけられたポシェットから記録魔石を取り出す。
そして、装置を映像にして記録しようとしたその時、薄暗かった廊下に明かりが灯り、アルカステラの格好をしたフローレンスが階段を下って現れた。
「ちょっとー! オバケウサギ何処に居るの! 今日授業休んじゃったから早めに帰って自習したいんだけど、この服脱げない……。って! ね、姉さん!? 何でここに居るのよ!?」
別の階段から逃げる間もなく、ミア達はフローレンスと鉢合わせしてしまう。
「姉さん? となるとお主はフローレンスか!?」
「ん、そう。アレ、フローレンスさん」
互いに驚いて目を丸くするナスターシャとフローレンスに、ミアがこくりと頷く。
「やはりそうか。なんじゃフローレンス、その恰好は! お主まで恥も外聞もなく魔法少女とやらになったか!」
「恥も外聞もない格好をしてるのはそっちじゃない! ええ、そうよ。私、魔法少女になったのよ。オバケウサギ曰く才能があるんですって。おかげで魔法も自由自在よ!」
ナスターシャの物言いに機嫌を損ねたフローレンスは、むっと眉を吊り上げながら虚空から杖を取り出してみせる。
「くっだらんのう! それに目がくらんでこの企みに与したのじゃな? そんな俗物じゃったとは思わなんだ。確かにお主は特待生に相応しくなかったのう!」
ナスターシャはむすっと頬を膨らめて腕組みをする。
その姿は拗ねたフローレンスとそっくりで、流石姉妹と納得せざるを得ないものだった。
「何それ! いまさらそんなこと言うのね!? 今の私は姉さんよりも強いんですからね! 特待生に相応しいわよ! 自分の目は節穴じゃなかったって喜びなさいよ!」
その態度に更に反発し、八重歯を見せて吼えるフローレンス。
「ほ、くっだらぬのう! 喜ぶものかよ! 妾より強いからどうしたのじゃ? 空き地で子供に混ざってチャンバラでもするつもりかえ? そも主では原理すら分からぬ借り物の力じゃろうが! その眼を腐らせるだけでは飽き足りず、志まで腐らせるとは不憫な生き物じゃのう」
そんなフローレンスを見て、わざと蔑むような薄ら笑いを作って見せるナスターシャ。
「その表情、性格わっるぅ! 志は有るわよ! この変身ペンダントを皆に配るの! そうすれば昨日みたいな魔物の登場にも怯えずに済むし、ズルも何もなくて皆フェアでしょ!」
「屁理屈一等賞さんかよ! 愚物めが、それは後ろめたさの表れじゃ。己の所業を希釈する為の方便に過ぎぬと看破しておるぞ!」
更に口論をヒートアップさせていく二人。
特にナスターシャは自らが侵入者である自らの立ち位置を完全に忘れていた。
「あのね。二人とも、話、拗れちゃうから冷静に……」
おろおろしながら言い争いを見守っていたミアがなんとか声を絞り出して二人をなだめようとする。
「お主は少し黙っておれ!」
「ミアは黙ってて!」
「んっ……!」
二人に揃って怒鳴られたミアが押し黙り、大声を聞きつけて一人の魔法少女が部屋から現れた。
「あ……!」
「騒がしいのは何方かと思えば……貴方が元アルカステラのミアさんなんでしたっけぇ? あんなに強かったのにもう魔法少女になれないなんて残念ですねぇ」
ミアの姿を見つけた魔法少女は頬に手を当てると、見下すような笑みで口の端を歪めた。
「別に、残念じゃないよ」
対するミアは拳を握り、静かに魔法少女を見据えて毅然と言い返す。
「いいえ、残念ですよぅ。私、昔はアルカステラに憧れてたんですよ。でも……その最期がこんな薄暗い地下で野垂れ死になんですよ。これが残念以外の何だって言うんです?」
「貴方のことは私も覚えてる。昔はそんな風なこと言う子じゃなかった、よ」
「私は貴方なんてすぐに忘れちゃいますけどね。魔法少女じゃない貴方なんて無価値ですし」
更に目を細めて邪悪な笑みを浮かべる魔法少女。
「……そう、別に好きに言っていいよ。私の価値はルシエラさんが認めてくれればそれでいい。一人でもわかってくれれば、私は戦えるから」
ミアは僅かに顔をあげて小さく息を吐く。
「あ、やる気なんですね、嬉しいです。変身してない相手を嬲っても楽しくないですけれど、抵抗してくれれば多少楽しめますもんね」
「ん、醜悪。貴方はそんな風に歪められちゃったんだ」
「それこそ好きに言ってください、どうせ負け犬の遠吠えでしょう? 二代目さん、そっちの相手は任せましたよ」
「だから姉さんは痴女だって自覚持ちなさいよ! 恥ずかしいのよ!」
「ほ! 妾にとって恥すべき点があるとしたら主の教育を間違ったことだけじゃが!」
魔法少女の言葉に返答せず、フローレンスはナスターシャと言い争いを続けたままだ。
「二代目アルカステラ! 戦闘をしなさい!」
「……ふん、そうね。わからず屋には実力見せてあげた方が手っ取り早いわよね」
「魔法使いが口で勝てぬから力で黙らせるとは情けない。驕りに驕っとるのう。ミア、そちらは任せるぞ」
フローレンスとナスターシャはお互いに構え、臨戦態勢に入る。
それを察したミアは魔法少女と対峙していた自らの構えをずらし、後ろのナスターシャとフローレンスの位置を確認する。
「ダメ、ナスターシャさん。今のフローレンスさんはさっきまでの魔法少女達とは格が違うから……」
ミアがそう言い終えるよりも早く、相対していた魔法少女が武器を構えて襲い掛かる。
「さあ、こっちも始めましょう! お人形さんみたいに愉しく手足をもいであげますよぉ!」
繰り出される槍の薙ぎ払い。
ミアは槍の柄を蹴って踏み込むと、魔法少女の顔面を蹴り飛ばし、その勢いで横の壁に着地。そのままナスターシャの方へと一気に壁を駆け抜ける。
丁度ナスターシャはフローレンスの殴打を受け止め、破壊された魔法障壁ごと弾き飛ばされる所だった。
「っうう~~!! この多重魔法障壁がまるで薄紙か!」
「無理だよ、ナスターシャさん。今の私達じゃ、勝てないから」
ミアは足を壁にめり込ませて壁を走りつつ、ナスターシャの腕を掴んで天井からフローレンスの頭上を飛び越える。
そのまま廊下へと着地し、階段に向けて一目散に走り出す。
「何をしているんですか二代目アルカステラ! 追い駆けて息の根を止めないと! 魔法少女は見敵必殺ですよっ!」
それを悠然と見送るフローレンスに、蹴られた鼻を押さえた魔法少女が怒号を飛ばす。
「ちょっと、息の根って何よ!? 私、殺す気なんてないわよ。そりゃ、姉さんに私の実力は認めさせたいけど……」
突然投げかけられた物騒な言葉に、フローレンスは面食らいながらもそう言い返す。
「ふん、せっかく力を得ても培われた負け犬根性は抜けないんですね」
そんなフローレンスの態度を見て、魔法少女は苛立ち交じりにそう吐き捨てる。
「アンタ、遠慮なく誰かを傷つけられる方が偉いって言いたいの?」
その言葉にフローレンスが再び眉を吊り上げた。
二人はお互いに睨みあい、場には一触即発の空気が漂い始めていく。
「二人とも言い争いはそこまでペコ。今のはフローレンスちゃんが正しいペコ!」
そんな場を収めたのはピョコミンだった。
「オバケウサギ!」
「君達の役目はプリズムストーンの死守ペコ。ピョコミンの大切なプリズムストーンに何かあったら大変なんだペコ! わかる? わかるよねぇ?」
「チッ!」
ピョコミンにそう言われ、魔法少女は渋々部屋に戻っていく。
「本当に危ない連中ね……。攻撃的過ぎて信じられないわ」
ピョコミンはそんなフローレンスを見てさりげなく舌打ちをする。
「フローレンスちゃん! キミは外の皆を助けて欲しいペコ! 外ではダークプリンセスが大暴れしてるペコ!」
「え? そうなの」
「そうだから、は・や・く!」
「わ、わかったわよ! 行けばいいんでしょ!」
フローレンスはむっとした顔で階段を跳ね飛んでいく。
「あーあ、もうちょっと位調子に乗ってくれると思ったのに、フローレンスちゃんは想像以上にチキンだったペコ。ピョコミンの計画も最終段階。今更どっかの乳牛みたいに逃げ出さないよう、ちゃんと首輪をつけとかないといけないペコねぇ」
それを見届けたピョコミンはそう呟いて部屋に入っていくのだった。
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