3話 ダークプリンセスは悪事ができない3
駆け付けた技術棟の前は既に黒山の人だかり。そして、その屋根には幾人もの魔法少女とピョコミンの姿があった。
人波の上を箒で疾走し、棟の中に滑り込んでいくナスターシャ。ルシエラ達もそれに続こうとしたその時、
「皆! 驚かせてごめんペコ! でも今日は大切な話があるんだペコ!」
拡声器を手にしたピョコミンが、眼下でざわめく生徒達に向けて声を発した。
「ルシエラさん」
「ええ、ここはあの害獣の出方を窺いましょう」
二人は足を止め、他の生徒達と同じように屋根に居るピョコミンの姿を見上げた。
「ボクの名前はピョコミン! こことは違う世界にある魔法の国から悪い奴を追いかけてやって来たんだペコ! 昨日の魔物騒ぎもその悪い奴、ダークプリンセスの仕業なんだペコ! このままじゃこの世界が大変なことになっちゃうペコ!」
ピョコミンの言葉に周囲の生徒が一様にどよめく。
──あの害獣。よくもいけしゃあしゃあと! 自作自演とは正にこのことですわ!
「でも大丈夫! ダークプリンセスに対抗できる正義の味方、魔法少女が居るんだペコ! そう! 昨日、皆を助けてくれたあの子達なんだペコ!」
ピョコミンがそう言うと、後ろに控えていた魔法少女達が前に出る。だが、そこにフローレンスの姿はなかった。
「それでもダークプリンセスの力は強大凶悪! この子達だけじゃ苦戦しちゃうペコ! だから、魔法の才能がある君達の力を貸して欲しいペコ!
大丈夫、ピョコミンの力があれば誰でも"努力しなくたってすぐに凄い魔法使いになれる"ペコ!」
ピョコミンのセールストークに集まった生徒達のどよめきが違った色を持ち始める。
魔法学校に居るこの少女達は例外なく魔法使い志望。昨日見た魔法少女の闘いやネガティブビーストはさぞ衝撃的だったことだろう。その領域に努力なく即座にたどり着けるとしたら、その誘惑は計り知れない。
「悪魔の誘いですわね」
「うん、きっと私みたいにされちゃう」
ルシエラが憎々しさに歯噛みする。このセールストークに説得力を与えてしまったのが自分であれば尚更だ。
「まだ迷ってる君達に、ダークプリンセスを放置するとどうなるか……ここで教えてあげるペコ!」
ピョコミンの演説は止まらない。
続いてピョコミンの言葉と共に姿を現したのは、縛り上げられたセリカだった。
亀甲縛りをされたセリカは必死に何かを訴えようとしているが、猿轡を噛まされていて何を言いたいのかはわからない。
「こいつはダークプリンセスの手下になって、悪い魔法少女の力を手に入れて特待生になった奴なんだペコ! 端的に言って卑怯者のクズだペコ!」
ピョコミンが屋根に転がされたセリカを見えないように蹴りつける。
「んー! んーっ!!」
「それでもピョコミンはこの子を何とか助けようとしたんだペコ! でも、でも……!」
ピョコミンが後ろを向き、ハンカチに隠した目薬をさす。
「助けられなかったんだペコ! ダークプリンセスのせいで! この子はもうすぐ昨日の魔物になっちゃうんだペコ!」
泣き真似をしたピョコミンがハンカチで目薬を拭い、本当に涙目になっているセリカが首を大きく横に振る。
「だからそうなる前に、人の姿のまま天国に送ってあげるペコ! 皆は危ないから下がっているペコ! さあ、皆! この子の犠牲を胸にダークプリンセス打倒を誓おう!」
ピョコミンの叫びに「本当」「嘘でしょ」と生徒達がどよめく。
もはや全員がセリカの姿に釘付けだ。
「あの害獣ぅっ! どこまで外道ですのっ! フローレンスさんの姿が見えないと思えばこういう話でしたのね!!」
ルシエラが怒りに肩を震わせる。
口封じを兼ねた最悪のデモンストレーション。フローレンスが居なかったのは恐らくこのため、あの中に彼女が居たのならこの悪趣味なショーを止めたはずだ。
「あれ、明確な嘘。ルシエラさん、止めないと!」
「言われるまでもなくですわ!」
ここでダークプリンセスが現れればピョコミンの言葉を補強してしまう。
だが、正体を隠したままあの数の魔法少女からセリカを救い出すのは困難極まりない。
ならば悪役になるのを迷っている暇はない。ルシエラは人気のない所で変身すべく踵を返す。
「ルシエラさん……。どこに行くの?」
それをミアに咎められ、ルシエラはぎくりと足を止めた。
──ま、参りましたわ。わたくし、これでは言っていることとやっていることが真逆!
「た、助ける為には道具が必要だと思いますの! わたくしとってきますわ! 大丈夫、早急に対応すべき事態ですもの! すぐに戻ってきますから! ミアさんは先に行っていてくださいまし!」
ルシエラはしどろもどろにそう言うと、ミアの返答を待たずに駆け去って行く。
残されたミアは屋根を見上げ、セリカとピョコミン達の動向を注視していたが、
「そう……。ルシエラさん、やっぱり貴方がダークプリンセスなんだね」
やがてその一団にダークプリンセスが乱入したのを確認し、小声でそう呟いた。
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