3話 ダークプリンセスは悪事ができない2
暖かい日差しが差し込む教室の窓際、カリカリと黒板に文字を書き込む音が聞こえる中、ルシエラは物憂げな表情で教室を見回しため息をつく。
昨日まで一人の欠席者も居なかった教室は今日は一目してわかるほどの空席ができていた。ネガティブビースト襲撃の影響が色濃く出ているのだろう。
もしかして、そのまま学校を辞めてしまった生徒もいるのだろうか。
──情けない限りですわ。自分本位な行動をした報いを見せられるのは堪えますわね。
打たれ強さに自信のあるルシエラではあるが、それでも全く傷つかないわけではない。
この状況はプリズムストーンの奪還を優先した自分の落ち度。ミアの言う通りに生徒達の避難を優先していればこうならなかったし、戦闘中に一度でも生徒達を優先していれば同じくこうなっていなかったはずだ。
今度こそはプリズムストーンを人々の役に立てたいと志した自分の行動が、結局人々よりもプリズムストーンを優先してしまった報い。そう考えると余計に情けない。
「ルシエラさん、授業終わってるよ」
気が付けば、ルシエラの目の前にミアが立っていた。
「あら、いつの間に。春の陽気にすっかり呆けておりましたわ」
ルシエラはミアに内心を気取られぬよう、冗談めかして笑ってみせる。
「昨日のこと……考えてた?」
「……流石はミアさん、お見通しですのね。ええ、少しだけ自己嫌悪しておりましたの。わたくしがもっと上手く立ち回れていれば、ここまでの惨状にはなってなかったと思いまして」
じっと見つめてくるミアから僅かに視線を逸らし、ルシエラは苦笑いする。
改めて思い出してみれば、ミアはルシエラの行動に疑問を呈していた。彼女にはあのやり方が正しくないとわかっていたのだろう。
「そう……。でもそれなら落ち込んでいる暇はないね、失敗したまま次に活かさず終わっちゃったら失敗は失敗のままだよ」
「そこはご安心くださいまし、負けてもめげない心だけは他人に自慢できますのよ」
ミアらしい言葉にルシエラが表情を緩めて頷く。
「そう、ならよかった」
「ミアさんのおかげですわ」
「私のおかげ?」
「ええ」
ピョコミンに抑圧されて表情に乏しくなってはいても、彼女の心根はあの頃のまま。失敗しても立ち上がれる強さこそが彼女の強さの源。失敗した時にそんな彼女が近くに居るのはとても心強い。自然と自分も負けていられないと思える。
──それに、ミアさんに負け続けた歴史に比べれば、たかだか一度の敗走ぐらい大したことはありませんもの。この程度でくよくよしていられませんわ。
ルシエラは自らの頬を軽く叩いていつもの顔に戻すと、気合を入れて立ち上がる。ミアはいつも通りそれにぴったりと寄り添った。
「そう、ならご褒美が欲しいな。エッチなの」
寄り添うついでに、耳元で爆弾発言を囁いて。
「そ、その……ミアさん? ここ教室ですの。せめて場を選んでくださいまし。この距離感でその台詞は他の方にあらぬ嫌疑をかけられますわ」
「ふふっ、素敵だね。あんなことやこんなことしてると思われちゃうんだ」
口元を歪め、美少女としてのレギュレーション違反なだらしない笑みを浮かべるミア。
流石のルシエラでも淫らな妄想をしているとはっきりと分かってしまう。
おかげさまで憂鬱な気分は一発で消し飛んだ。
「それは本当に止めてくださいまし、わたくしの社会的地位が終焉を迎えてしまいますの。せめて公共の場では節度をお願いいたしますの!」
「ん。じゃあお部屋に戻ったら悪い私にお仕置きだね。それはそれで楽しみ」
ルシエラが本気で懇願しているのを理解していないのか、はたまた理解していてあえて無視しているのか、ミアはそう言ってルシエラの腕を抱きしめて歩き始める。
──ひぎっ!? 袖! 腕! お、折れますわっ!
ミアの容赦ないパワーに負け、制圧された犯人と警備員のような格好で廊下を歩く二人。
不幸中の幸いというべきか、学校のどこしも昨日の影響が色濃く残り、寄り添い歩く二人を見てひそひそ話をする者は居なかった。
「それで、何処に行くの?」
「そ、その前に拘束を緩めてくださいまし……」
「ん」
ミアがルシエラを持つ手を緩める。
「ふぅ……。まずはフローレンスさんの所ですわ。フローレンスさんなら害獣の危険性を丁寧に説明すれば分かってくださる可能性はありますもの」
極められていた腕が楽になり、強張っていた表情を緩めながらルシエラが言う。
「でも、いないね」
窓から隣の校舎にある教室を見てミアが言う。特待生クラスの教室にフローレンスの姿は見当たらなかった。
念のため二人は教室に向かうが、やはりフローレンスの姿はない。クラスメイトが言うには今日は欠席しているらしい。
「欠席とは不穏ですわね」
「何かしてるのかな。フローレンスさん、プリズムストーンの危険性理解してないから」
「フローレンスさんが率先して悪事を働いているとは考えたくはありませんけれど……」
フローレンスの性格ならショックで寝込んでいたり、仮病で休んでいる可能性も十分ある。が、邪悪の権化であるピョコミンの姿も見えない以上、裏で何かよからぬ事が動いているのは間違いないだろう。
そしてミアの言う通り、彼女はプリズムストーンの危険性を真には理解していない。知らずのうちに悪巧みの一翼を担っている可能性は十分にある。
「ここであれこれ想像していても埒は明きませんわ。ナスターシャさんの所へ向かいましょう。生徒会は昨日の魔物の対処に当たっていたはず、何らかの情報を掴んでいるかもしれませんわ」
そうして生徒会室を訪れた二人を出迎えたのは四つん這いにされた全裸の少女。そして、それを椅子にして座るナスターシャだった。
「うむ、二人か。これは良い所に来たのう、丁度主等の意見も聞きたいと思っていた所じゃ」
至って普段通りの様子で足を組むナスターシャ。
「聞くも何も、変態以外の感想があるとでも思いまして?」
ルシエラは蔑むような表情でそう言うと、猿轡を噛まされて椅子にされている少女を指さす。
それを見たナスターシャが不思議そうに首を傾げ、
「羨ましい? 後で、する?」
顔を赤らめたミアが素っ頓狂なことをのたもうた。
「違いますわ! しませんわっ! 人、全裸! 何故全裸が全裸に乗っておりますのっ!? ナスターシャさん、どうしてこんな公序良俗に反逆した変態行為に及びましたのっ!?」
「おお、こやつの処遇が不思議かの? 丁度これが主等への用事だったのじゃ。こやつ、こともあろうか生徒会を武力占拠しようとしてきおってのう」
言って、ナスターシャは焼け焦げた木片で少女の尻を叩く。
「妾愛用の椅子が焼失してしまった故、新しい椅子が来るまで代わりになってもらっておるという訳じゃ。後、加えて言うが妾は全裸ではない。着衣、それも制服姿じゃ。状態は過不足なく正しく認識せよ」
「あー、やっぱり恨みを買っていましたのね」
「ほ、恨みなぞ買うものかよ。歴代生徒会を見ても妾ほどの仁政をしいておる者はおらぬのじゃが」
納得するルシエラを見て、ナスターシャが不愉快そうに平手で再度少女の尻を叩いた。
「違うのならば、どうしてこの方はそんな凶行に及びましたの?」
ルシエラは腕を組み、半信半疑と言った眼差しをナスターシャに向ける。
「こやつ曰く、魔法少女とやらの凄さを知らしめる示威行為らしいの。ざっくばらんに言えば、借り物の力を手に入れて調子に乗ってしまったという奴じゃろうな」
「魔法少女……。魔物に紛れて昨日も居ましたわね。昨日の一件だけで知らしめるには十分なのではありませんの?」
「ふぅむ、話には聞いていたがやはり居たのじゃな。妾は魔物の相手に尽力していた故、実際に見かけることはなかったのじゃが……。魔法少女とやらはこれを使って変身する輩で間違いないかの?」
ナスターシャは机に置かれていたペンダントをルシエラに投げ渡す。
「ん、魔法少女変身用のマジックアイテム。間違いないよ」
ルシエラにくっつきながらペンダントを確認したミアが言う。
ルシエラもそれに頷いた。ミアやルシエラの使うペンダントに比べて粗悪品ではあるが、これは魔法少女に変身する為のペンダントで間違いない。
ただ、マジックアイテムである変身用ペンダントは莫大な魔力を消費して作られる。昨日のセリカやブリジットと言い、こうも容易く配れるものではないはずだ。
「それにしてもナスターシャさん、よく魔法少女に勝てましたわね。強敵だったでしょう?」
「確かにの。この者は立ち回りが下手だった故に妾の敵ではなかったが、単純なスペックで言えば中々の脅威じゃったよ」
全裸少女の上、ナスターシャは自慢げに胸を張った。
──紛いなりにも魔法少女となっている相手を倒すなんて、ナスターシャさん魔法に関しては本当に天才でしたのね。流石、服と羞恥心と一般常識を投げ捨てているだけのことはありますわ。
「でしょうね。今回は無事倒せたとは言え、学校中にこんなものを蔓延させられたら厄介ですわ。一刻も早い対処をしたいですわね」
「同感じゃな。されど校内に蔓延るうちはまだよい。これが国中にあふれ出してみよ。これがどのように作られるものかは分からぬが、恐らく計り知れぬほどの悪影響じゃぞ」
ナスターシャの言葉にルシエラが顔を引きつらせる。
あの害獣の言いなりになる魔法少女がこの世界で堂々と力を振り回したらどうなってしまうだろうか。想像するだけでも恐ろしい。
「おぞましいですわ……。ナスターシャさんを襲ったのは、蔓延させる前に試作品の品質確認をしたかったのですかしら」
「ん、違うと思う。昨日、セリカさんの持っているマジックアイテムを見たから。あれ、量産品だったと思うよ」
「つまり……既に量産品の品質確認をする段階は過ぎている。と、ミアさんは考えるのですわね」
頷くミア。
「ほう。ではこやつの言う通り、目的は再度の示威行為なのかのう?」
「そうですわね。わたくしが悪だくみをしていてナスターシャさんを狙うなら……理由は陽動目的ですかしら」
ミアに対して常に悪だくみをしていた頃を思い出しながら、自分だったらどんな狙いで襲うだろうかとルシエラは考える。
ナスターシャの実力がどの程度か。それは向こうに居るフローレンスなら十分知っているはずで、更に昨日のネガティブビースト鎮圧で実際の戦闘も見ているはずだ。
にもかかわらず、ピョコミンは勝てない魔法少女を送り込んできている。ならば、その理由は時間稼ぎである可能性が高い。
「陽動? 件のマジックアイテムを実際に量産する為の時間稼ぎじゃな」
「ええ、莫大な魔力の算段が付くとして、それを使ってマジックアイテムを加工できる場所はありますかしら」
「無論ある。技術棟でマジックアイテムの加工実習があるぐらいじゃからな、専門の工場を除けばこの国でも有数の設備じゃと自負しておるぞ。……おお、そうか、なるほどのう」
思い至ったナスターシャにルシエラが頷く。
ここまで揃えば間違いない。ピョコミン達はプリズムストーンの魔力を使って変身用ペンダントを大量生産しようとしている。だからその為の先行投資として変身用ペンダントを配り、邪魔者の足止めをしているのだ。
「妾としたことが呆けておったわ。加担している連中には揃ってキツイ仕置きをせねばならぬな」
ナスターシャは目つきを鋭くすると、椅子にしていた少女の手足を机に縛り付けていく。
そして、技術棟へと向かうべく、窓を開けて枠に足をかける。
「そのことですけれど、恐らくフローレンスさんが……」
「なんじゃ、フローレンスの奴めがどうしたのじゃ?」
窓枠に足をかけたまま、ナスターシャが不思議そうな顔で振り返ったその時、校舎の上から僅かに姿を覗かせている技術棟の屋根が眩く光輝いた。
「むぅ! 気付くのが一手遅かったようじゃ、先手を取られた! やはり愚妹の話は後で聞く!」
ナスターシャは返答を待たずに窓から飛び降り、手近な用具入れから箒を取り出して飛び乗っていく。
「私達も行こう。あれプリズムストーンの光だから」
「ええ!」
口を僅かに引き結んだミアがルシエラの手を引っ張っり、二人は技術棟へと急いだ。
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