3話 ダークプリンセスは悪事ができない1


 第三話 ダークプリンセスは悪事ができない


「ペーッコッコッコ! ダークプリンセスのあの顔! おかしくて笑いが止まらないペコォ!! あいつ、しばらく見ない間に牙抜けてすっかり大人しくなってやんの!!」


 夜の学校、技術棟の一角を占拠したピョコミンはマジックアイテム加工台の万力を枕にして愉快そうに手を叩く。


「アンタねぇ、笑いごとじゃないでしょ。一歩間違えば生徒達の命まで危うかったのよ」


 いまだアルカステラの格好をしているフローレンスは、不愉快そうにピョコミンを睨みつけた。


「分かってるペコ。分かってるから大急ぎでそれを作ってもらってるんだペコ」

「魔法少女変身アイテムの作成装置ねぇ。本当にこんな簡素で小さい装置で作れるの? なんか金属線ばっか取り付けてロングヘアの針ネズミみたいになっちゃってるし」


 フローレンスは図面を見ながら怪訝そうな顔をすると、プリズムストーン入りのケージに幾本もの金属線を取り付けていく。


「大丈夫! ピョコミン達の居た世界はこの世界よりも遥に魔法が発達していたんだペコ! 今のフローレンスちゃんが魔力ギンギンなのが何よりの証拠ペコ!」

「……それは否定できないわ。魔法の詠唱や触媒、魔法陣も一切不要、まるで息するみたいに凄い魔法が使えるんだものね。本当に今までの努力が馬鹿みたいよ」


 フローレンスが金属の棒をなぞると、それに沿って蒼い炎が燃え上がり、金属棒を瞬く間に溶かして液体に変えてしまう。

 それを鋳型に流し込むと氷の魔法で一気に凍結させて冷え固まらせる。数時間前のフローレンスでは到底できなかったような作業だ。


「才能あるフローレンスちゃんが魔法少女になってくれて本当に良かったペコ。魔力を解放したプリズムストーンはケージに入れていても並みの魔法少女じゃ近づけないんだペコ!」


 魔力を解放されて真の輝きを取り戻したプリズムストーンは現在特殊なケージに収納されている。

 このケージに収納されるまでの間、ピョコミンは全く近づけず、援護に来たと言うピョコミン配下の魔法少女からはネガティブビーストが生み出されてしまった。


「魔力の余波で人の影から魔物を産みだすぐらいだもんね。……ねえ、オバケウサギ。この石の魔力で変身アイテム作って本当に大丈夫なんでしょうね? さっきの魔物がまた生み出されない?」

「勿論だペコ! どんな力も使い方次第! 潜在魔力の使い方が分からなかったフローレンスちゃんが、魔法少女に変身して魔法を自由自在に使えるようになったのと同じペコ!」

「自由自在ねぇ……。これで魔法が使える様になって私、本当に皆を見返せるのかしら……」

「そう考えて変身用ペンダントを使わないのは自由ペコ! でもその場合、フローレンスちゃんは自分の意思でクソザコ無能の劣等生になるんだペコ。遠慮なく変身した相手に好き勝手ボコられてもそれは自己責任で文句を言う権利はないんだペコ!」


 浮かない表情をしてそう呟くフローレンスに、ピョコミンは明るくそう言ってウィンクする。


「っ! ……そうね、ならさっさと量産して学校中に配った方がまだマシよね」


 フローレンスはセリカに蹴られたお腹を撫でさすると、迷いを払うように小さく首を横に振った。


「その通りペコ! 誰かだけズルして強くなったとかもなくなるペコ! とってもフェアな世界になるペコ!」

「ふん、結局魔力次第でフェアじゃないと思うけど……。まあキッパリ諦めがつく分、まだ気楽かしらね」


 口をへの字に引き結んだフローレンスは自分に言い聞かせるようにそう呟いて、再びケージに装置を取り付けていく。

 ピョコミンはフローレンスが装置の製作に没頭していることを確認すると、こっそり部屋を抜け出して人気のない物置へと向かった。


「ふははっ、フローレンスちゃん、ちょっれええええ! ミアちゃんが逃げ出したせいで手間取っちゃったけど、ようやく全開のプリズムストーンがピョコミンの物になったペコ! おまけに魔法少女の勧誘も楽々になったし、上手く行きすぎて笑いがとまんねぇペコ。セリカちゃん、全部お前とダークプリンセスのおかげだペコ」


 物置に入ったピョコミンは愉快そうにそう言うと、柱に括りつけられたセリカの猿轡を外す。


「ウサ公っ! お前、セリカを切り捨ててフローレンスに乗り換えるつもりですか! とんでもねぇ尻軽ヤローです!」


 猿轡を外されるなり、セリカはピョコミンを睨みつけてそう吼えた。


「は? 乗り換えるも何も、元々狙いは高性能魔力電池のフローレンスちゃんペコ。お前みたいなジャンク品じゃないペコ。おまけにあの扱いにくかった最高級乳牛と違って、フローレンスちゃんの性格は適度にひねくれてて根は小心者のお人よし。扱いやすくて本当に楽ちんペコ」

「つまり、お前……最初からセリカを使い捨てにするつもりだったですか? 騙したですか? セリカ、初めて誰か認められたと思ったのに……!」


 優しさの欠片もないピョコミンの言葉。

 セリカは怒りと悲しみに声を震わせた。


「気になる? 気になっちゃうぺこぉ?」


 セリカが縛られて動けないのをいいことに、ピョコミンはセリカの眼前まで迫り、ニタニタと下卑た笑みを浮かべて挑発する。


「な、なるに決まってるですよ」

「ふふっ……あったりまえじゃあああん! ピョコミンが欲しかったのは、最初からフローレンスちゃんと魔力解放されたプリズムストーンだったペコぉ! プリズムストーンの魔力解放もできない役立たずのゴミなんか欲しいわけないペコォ!」

「──っぅう!!」


 セリカは今にも泣き出しそうな顔で唇をかみしめる。


「お前が偶然プリズムストーンを拾ったから、高い潜在魔力を持つフローレンスちゃんや魔法学校の生徒を魔法少女にする為の道具にしてやっただけペコ! なんせピョコミンは環境に優しいマジカルペットなんだペコ! だからゴミを使って! エコで! リサイクルなプランを立てたんだよぉ!」

「お前ええっ!」


 激情に駆られたセリカがピョコミンに飛びかかろうと縄と柱を軋ませる。


「ハハッ、縛られてるっての! 魔力が無い奴は知恵もないな! マジで使い道がないペコ!」

「ちくしょー! 魔力が無いのはお前も同じじゃねーですか! 魔力調律できたってお前本体はザコザコのザコですよ!」


 セリカの言葉に、ニヤついていたピョコミンが真顔になり、


「キャオラッ!」


 セリカの額に飛び膝蹴りを打ち込んだ。


「ぴぎっ!」


 飛び膝蹴りを受けたセリカは縛られている柱に後頭部をぶつけ、情けない鳴き声を漏らした。


「ふーっふーっ! 訂正してやるペコ。お前はピョコミンをイラつかせることに関してだけは天才ペコ。不快コンテンツのファンタジスタペコ! セリカちゃんさぁ、それピョコミンが気にしてるって知ってる? 知らないよなぁ!?」


 ピョコミンは薄っすら涙を浮かべているセリカの髪を掴むと、セリカの頭をガシガシと力一杯揺らす。


「いたい! いたい! いたいっ! 髪の毛抜けるですっ!」


 顔を真っ赤にして泣きじゃくるセリカ。


「うるせえ! 頭にだけフサフサ体毛生やしてお洒落生物のつもりかよヒューマアァン! ピョコミンの心の方が数倍いてぇんだよぉ! 魔力煽りは魂の殺人ペコォ!! このクソザコ魔力のゴミ虫めぇ!」


 掴んだ髪を離したピョコミンは助走をつけてセリカの胸に飛び蹴りを入れると、興奮して荒くなっていた息遣いを整える。


「ぐすっ、ひっく……」

「はぁはぁ……。爽快だった気分が台無しペコ。もういいや、コイツ殺処分しちゃお」

「さ、殺処分……。こ、殺すですか! セリカを!?」


 ピョコミンの言葉に、セリカは怯えた顔でその身を縮こまらせる。


「あれあれー、急に殊勝な態度になったじゃーん? そうペコ、ゴミはゴミ捨て場に捨てないといけないんだペコ。ピョコミンは綺麗好きなんだペコ」

「い、いやです……」

「ほーん、嫌なんだ。じゃあさ、そのくだらないプライド全部投げ捨てて懇願してみて欲しいペコ。どうか命だけは助けてくださいって」


 怯えるセリカの態度に優越感を抱いたのか、ピョコミンはおどける様に明るく言う。


「ううぅっ……。ど、どうか命だけは助けてください……」


 セリカは俯いて暫し暗い顔をしてうなると、震えた小声でそう懇願した。


「ふふっ、やーだよっ☆」

「な、なあっ! そんな! や、約束が違うです!」

「バーカ! ピョコミンは助けるなんて一言も言ってないんだよぉ! ペーッコッコッコ! 最高に面白かったよセリカちゅぁん! 流石は才能もプライドもないゴミペコ! だから、ピョコミンは速攻ぶち殺す代わりにご褒美をあげちゃうペコ!」


 ピョコミンがどこからともなく鈴を取り出して、ちりんと揺らす。

 倉庫の風景に波紋が広がり、その中心から何人もの魔法少女が現れた。


「ま、魔法少女……。コイツ等ここの生徒じゃないですね!?」

「あったり前じゃあぁん! お前達みたいな数合わせじゃなく、ピョコミンが異世界で集めて育てた優秀従順な魔法少女ペコ! プリズムストーンの魔力を解放できたおかげで連れてこれたんだペコ!」

「ピョコミンさぁん。この子くびり殺しちゃっていいんですか?」


 魔法少女の内一人が目を細めてセリカを見下ろし、その肉食獣のような視線にセリカがびくりと身震いする。


「ダメダメ、待ってあげるんだペコ! 明日、セリカちゃんのお別れパーティーを皆の前で盛大にやってあげるんだペコ! その肥大化した自己顕示欲ギンギンに満たして皆の注目の中で潰れたトマトになるといいペコ!」

「そ、それってつまり……こ、公開処刑じゃねーですか!」

「あーあ、残念だなぁ。ピョコミンはもう一つサプライズを用意してあるのに、セリカちゃんはミンチになっててそれを見れないんだから」


 魔法少女の肩に飛び乗ったピョコミンは、クチャクチャとチョコレートを貪りながら下卑た笑みを浮かべて言う。


「ひっ、いや、いやです。セリカ死にたくねーです! いやいやいや、いやいやいやいやっ!」


 恐怖で歯をガタガタと震わせていたセリカは、その恐怖が全身に回ったかのようにその身を震わせた。


「アハハッ、セリカちゃん恐怖でおかしくなっちゃったペコ。これは愉快痛快ペコ! さあ、フローレンスちゃんに見つかって文句言われる前にこのゴミ片付けといてよ!」


 魔法少女達はセリカに再び猿轡を噛ませると、そのまま何処かへ連れ去ってしまうのだった。

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