2話 マジカルペットは害獣です11

 遅れて修練場に駆け付けたルシエラが見たものは、プリズムストーンを手に暴れ回る魔法少女に無数のネガティブビースト。

 そして、今まさに魔法少女に弾き飛ばされたミアの姿だった。


「地獄絵図ですわ……!」


 飛んでくるミアを両腕でキャッチしながらルシエラが呟く。


「ん、ルシエラさん」

「無事でよかったですわ、ミアさん。貴方なら窮地であるここに居ると信じておりましたわ」

「……自分で決めたけど、ダメだった?」

「いいえ、それでこそ我が宿命のライバルですわ」


 恐る恐る尋ねるミアに優しくそう答えると、ルシエラはプリズムストーンで暴れる魔法少女を毅然と見据えた。


 ──なるほど、愚かしいですわ。まるでかつてのわたくしのよう。だからこそ、同じ過ちを犯したわたくしがこの蛮行を止めてみせますわ。


「んー、お呼びでねーのにお前まで来たですか? ハハッ、あの先輩はセリカと違って使えねー魔法少女ですね」

「あら、貴方セリカさんだったのですわね。認識阻害の魔法でわかりませんでしたわ」


 ミアを降ろしながらルシエラが臨戦態勢を取る。


「なんですかその態度。まさか、お前が戦うつもりじゃねーですよね?」

「無論、戦うつもりですわ。貴方こそ、恐れをなしたとは言いませんわよね?」

「ぷっ、まさか。でもウサ公と違ってセリカはお前の相手なんてしやるつもりはねーですよ。一生ネガティブビーストと戯れてろです!」


 セリカがプリズムストーンを天に掲げ、修練場を破壊していたネガティブビーストが一斉にルシエラの方へと向き直る。

 そして、ネガティブビーストが咆哮をあげてルシエラへと襲い掛かる


 瞬間、全ての仮面が一瞬で打ち砕かれた。


「なっ!?」


 驚きの声をあげるセリカ。

 ルシエラとミアも同様に驚き、ネガティブビーストを粉砕した者の姿を急ぎ確かめる。


 そして、絶句した。


「アルカステラ……」


 絞り出すような声でミアが呟く。

 天使のような衣装に翼の如く舞い踊る銀色の魔力。

それは紛れもなくアルカステラ。かつて天宮ミアの代名詞だった存在。


「ウーヒョロロロロ! ザマァペコ! 大成功ペコォ! 代替品の完成ペコォ! これでぇ、ミアちゃんはもう完全に用済み、無価値ペコォ!」


 愕然とするミアとルシエラの前、喜びの舞を踊りながら現れたピョコミンがミアを煽りに煽る。


「えうっ……」

「大丈夫ですわ、ミアさん。貴方の価値はそんなことで損なわれませんわ」


 泣きそうな顔になっているミアを抱き寄せ、ルシエラは迷いなく断言する。

 当然だ、ルシエラにとってのアルカステラは天宮ミアただ一人なのだから。


「うん」


 ミアは抱き寄せられたままぴとりと寄り添って頷いた。


「ホケェェ! エロ餓鬼共がぁ! フローレンスちゃん、こいつ等さっさとぶち殺しちゃってよぉぉん!」

「はあ? どうして二人を倒す必要があるのよ」

「まさか……フローレンスさん、貴方フローレンスさんなんですの?」

「そうよ、私魔法少女とか言うのになったの。このオバケウサギに変身用のペンダントを貰ってね」

「それ、多分騙されてる」


 ミアの言葉にフローレンスはぷいっと背を向ける。


「…………百も承知よ、それでも私は負け犬を卒業したいの。ねえ、オバケウサギ。ダークプリンセスとやらに操られてるセリカからあの石を取り戻せばいいんでしょ?」

「そうペコ! 悪事に使えないよう、取り戻すんだペコ!」

「っ! あの害獣!」


 ──やはりプリズムストーンの回収が目的でこの世界に来ていたのですわね!


「え、ちょっと待つです。誰ですか、そのダークなんちゃらって。セリカはあのウサ公に……」

「さあ! アルカステラの初陣ペコ! 悪い奴らをやっつけちゃおう、フローレンスちゃん!」


 セリカの言葉を遮るようにピョコミンが叫び、フローレンスが飛翔。杖に爆炎を纏わせ、そのままセリカ目掛けて振り下ろす。


「ちくしょー! どうなってるですか!?」


 セリカはその一撃をなんとか受け止めるが、勢いを殺しきれずに地面へと衝突。修練場の床を激しく波打たせた。


「てめー! 明日の朝刊載ったですよ!」


 手痛い一撃を受けたセリカは睨みつけながら跳ね起きると、プリズムストーンから一気に魔力を湧きあがらせる。


「いけませんわ! このままでは──!」

「うん、残された人達の避難をしないと」

「いいえ、ミアさんはナスターシャさんを探してきてくださいまし。フローレンスさんが魔法少女から戻るよう説得していただかないと」

「え……。うん、そう……かも?」


 ミアは一瞬何か言いたげな素振りを見せた後、ルシエラの言葉に従って修練場の外へと走っていく。


「騙して申し訳ありませんわ、ミアさん。それでもこの状況を何とかしたい気持ち自体に偽りはありませんのよ」


 ルシエラはその後姿を見送ると、戦いを繰り広げている二人の魔法少女へと向き直る。

 プリズムストーンにアルカステラ。眼前には自らの因縁が勢揃いしている。過去の過ちを清算し、母の託した力を正しく使うには持って来いの舞台だ。


「アルカステラを相手取りながら、もう一人の魔法少女からプリズムストーンを回収する。容易ではないですけれど……それで全て解決するなら安いものですわ」

「おい、お前達何を企んでるペ……コベェ!!」


 ルシエラはピョコミンを戦闘中の二人へと蹴り込み、物陰へと滑り込んで胸元のペンダントを取り出す。

 この変身用ペンダントは今のルシエラにとって唯一手元にある母と自らを繋ぐ物。だからこそ、これを使って過去の過ちを清算するのだ。


「その為に取る手段は一つ。変身……ですわっ」


 ルシエラは小声でそう呟き、マジックアイテムである黒いペンダントを自らの影へと突き刺す。

 瞬間、身に着けていた制服が黒いゴシックドレスへと作り替えられ、その手には先程と同じ漆黒の剣。これがかつてミアと激戦を繰り広げた闇の魔法少女ダークプリンセスの正装。


「この姿も五年ぶりですわね。勘が鈍っていないといいのですけれど……」


 ルシエラは自らの衣装が無事変わっていることを確かめると、スカートを翻して物陰から急ぎ飛び出す。

 空中で争っていた二人の争いは丁度決着し、フローレンスによってセリカが床に埋め込まれた所だった。


「そこまでですわ。ふろ……アルカステラ!」


 修練場に全体に響く凛としたルシエラの声に、倒れたセリカからプリズムストーンを回収していたフローレンスが振り返る。


「アンタ、誰? ……その恰好。さてはアンタがセリカを騙した悪い魔法少女なのね」

「貴方は騙されているのですわ。その石をわたくしに返して変身を解除なさい、あの害獣の始末共々わたくしが引き受けますわ」


 言って、手を出すルシエラ。


「はぁ? 何をいきなりしゃしゃり出て。嫌に決まってるでしょ。この石が野放しになれば魔物が出てきて、私が変身解除したらそれを止める術がなくなるもの」


 フローレンスはそれを睨みつけると、敵意満載でそう返答した。

 素直に返してくれるなんて都合のいい話はない。ルシエラもそれぐらいわかっている。


「仕方ありませんわね……。申し訳ありませんけれど、プリズムストーンは実力で返していただきますわ」


 ならば武力行使しかない。言うが早いか、ルシエラは黒い魔力の奔流を纏って跳躍。纏った魔力の奔流を刃としてフローレンスへと滑らせた。


「っ! 本性を現したわね!」


 フローレンスは魔力の羽根でそれを受け止めると、自らの得物である杖を構えなおしてルシエラに殴りかかる。


「さかしいですわ!」


 ルシエラはそれを手刀で弾くと、足払いをかけてフローレンスの体勢を崩す。


「こいつ、強い──!」


 体勢を崩したフローレンスは魔力の翼で羽ばたくようにして体勢を制御。床を滑りながらルシエラとの間合いを取った。


「おいおいおいおい! やっべぇぞ! どうしてダークプリンセスがこんな所に湧いてるペコぉ!? あいつ野垂れ死にしたんじゃなかったのかよぉ!」


 その様子を見ていたピョコミンが焦りに焦る。


「フローレンスちゃん! 今の君じゃあいつには勝てないペコ! 急いでその石、プリズムストーンに魔力を流し込むんだペコ!」

「え、そんなことしたらさっきみたいに酷いことが起こるじゃない!?」

「大丈夫! 今のフローレンスちゃんなら制御できるはずペコ!」


 急かすピョコミンの言葉にフローレンスは自らの後ろを一瞥する。

 彼女の後ろにはいまだ修練場に残っている生徒が居て、ルシエラとの勝負の行方を不安気に見守っていた。


「……分かったわ」


 フローレンスはルシエラを睨みながら僅かに躊躇するが、意を決して手にしたプリズムストーンを眼前に掲げ、そのまま魔力を通す。

 途端、プリズムストーンが眩く輝いて莫大な魔力を放出し始めた。


「まずいですわ。フローレンスさんの潜在魔力がこれほどまでとは……!」


 プリズムストーンは魔力を流し込むほどに蓄積した魔力を放出する特性がある。セリカの魔力では真の力を発揮できなかったが、フローレンスならば本当の力を発揮できてしまうかもしれない。

 ルシエラはちらりと後ろに視線を滑らせ、自らの後ろにも生徒が残って居ることを確認する。彼女達がこのレベルの魔法闘争に巻き込まれたらひとたまりもないだろう。


「……ならば、先手必勝ですわっ!」


 ルシエラは自らの影から黒い槍を二本三本と放つと、もう一本漆黒剣を引き抜いて二刀流でフローレンスへと一気に駆ける。


「なっ! こいつ、さっきので本気じゃなかったの!?」


 フローレンスは目を丸して驚きつつも、慌てて目の前に銀色の障壁を張り巡らせていく。

 黒い槍が霧散し、ルシエラの振るう漆黒の刃が障壁に阻まれる。


 ──堅い! ですが、まだプリズムストーンの力は引き出しきっていませんわね。


「ならば!」


 ルシエラは刃に黒い闇を纏わせ、銀色の障壁を力でねじ切る。


「ひゃあっ!?」


 魔法障壁がガラスのように砕け、その衝撃に圧されたフローレンスがしりもちをついて情けない声をあげた。


「さあ、戯れもそこまで。その石は返して貰いますわ!」


 言いながら、ルシエラが漆黒剣でフローレンスの変身用ペンダントを斬ろうとしたその時、ルシエラの背中に火球が命中した。


「まだ新手が居ましたの!?」


 背中をぱたぱたと手で触りながら慌てて振り返るルシエラ。

 だが、火球を放ったのは意外な人物だった。


「頑張って! 悪党なんかに負けちゃダメ!」


 火球を放ったのはルシエラの後ろに居た生徒達の一人。彼女は目に涙をためながらも、魔法を放つためにその手をルシエラに向けていた。


 ──え? え? これは一体何事ですの?


 訳が分からず、ルシエラは頭に特大の疑問符を浮かべたまま攻撃する手を止めた。


「そうよ、私達も協力するわ!」


 そこに別方向から更に火球が降り注ぐ、別方向から更に更に更に。


「ふああっ!? 何ですの。これっていったい何ですのっ!?」


 次々と降り注ぐ初級攻撃魔法の雨あられ。

 威力的には何ら脅威ではないが、味方であるはずの生徒達から攻撃されている事実にルシエラは大いに困惑した。


 わたわたと情けなく逃げ惑う中、冷静さを欠いていたルシエラはようやく思い至る。

 生徒達を襲っていたネガティブビーストを倒したのはアルカステラであり、その彼女に挑みかかったのは自分。

 生徒達にとってフローレンスは正義の味方であり、それに襲い掛かったルシエラは正義の敵。

 つまり悪だ。


「そうペコ! あいつが諸悪の根源、ダークプリンセス! 列車の魔物、ネガティブビーストを産みだしたのもアイツなんだペコ!」


 追い討ちと言わんばかりにピョコミンがそう叫んで扇動し、敵意に満ちた少女達の視線が次々とルシエラに向けられていく。


「ちょっと、お待ちになって欲しいですわ! わたくし、決して貴方達に危害を加えようとしていた訳では……。むしろその逆で……」


 期せずして悪役になってしまったルシエラは、たじろぎながら違う違うと手を横に振る。

 挑みかかる前に生徒達を助けていれば申し開きもできただろうが、真っ先にプリズムストーンの回収に向かった以上、傍目から見ればその行動は悪役以外の何物でもない。とんだ勇み足だ。


「ハハッ! こりゃあいい。フローレンスちゃん、今のうちに撤退するんだペコ!!」

「ちょっと待ちなさいよ、オバケウサギ! そっち逃げたら他の生徒達が巻き込まれるわ!」

「それが狙い……。じゃなかった、とにかく急ぐんだペコ! せっかく手に入れたプリズムストーンをとられちゃ堪らないペコ!」


 生徒達に立ちはだかれて立ち往生するルシエラを横目に、フローレンスとピョコミンは修練場から駆け去って行く。


「くっ、お待ちなさい!」


 生徒達をかき分けて追いかけようとするルシエラだったが、目の前に居る少女達が自らを怯えた目で見ていることに気づき、悔しさで一瞬足を止めてしまう。


 ──いけませんわ、いけませんわ、わたくし! 反省会は後ですの、こんな時こそポジティブシンキングですの!


 だが、ルシエラはこの程度でへこたれない。こんな逆境ミアとの戦いで山ほど経験済みだ。

 根性で自らを鼓舞すると、見失ったフローレンス達を追いかけるべく走り出そうとした


「ぶへっ!?」


 矢先、ルシエラの顔面に火球が直撃。それを合図として再び火球の総攻撃が始まった。

 慌てて周囲に被害が及ばない位置まで飛び退くと、視界がみるみる真っ赤に染まっていく。


「手心頂きたいですの! やっぱりちょっとだけ手心頂きたいですの! ちょっとでいいんですの!」


 燃え盛る炎の中、少女達の怒号と悲鳴が修練場を包む。

 結局、ルシエラはフローレンス達を完全に見失い、修練場から一人逃げ帰るのだった。

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