2話 マジカルペットは害獣です10
放課後の修練場。フローレンスの目の前で起こっている光景は阿鼻叫喚の一言だった。
虹色に輝く石からは恐ろしい程の魔力が吹き荒れ、模擬戦の見物に来ていた生徒達からは次々と黒い魔物が這い出てきている。まるで魔界にでも迷い込んでしまったかのような光景だ。
「なにこれ……! どうなってるのよ、セリカ!?」
この事態を引き起こした張本人。レオタードにフリルをつけたような衣装を着た幼馴染に、フローレンスは震えた唇で問い詰める。
「クソザコ劣等生のフローレンスに本当の特待生の力を教えてやってるですよ。これがセリカの力です」
主役は自分だと主張するように、ふてぶてしく修練場の中央に立ったセリカが笑みを浮かべた。
「嘘、嘘、嘘! どこからどう見たってこんなのアンタの力じゃないわよ! 手にしてるその石とマジックアイテムのおかげでしょ!」
フローレンスは目を瞑って力一杯首を横に振る。いくら努力をしたって突然こんなことができる訳がない。
あんなにもかわいい衣装を着た幼馴染の姿が、今は異形の魔物よりもおぞましい。
「けっ、お前も分かんねー奴ですね。これはセリカの力です!」
「自分の力って……アンタ、入学試験の時もこの力を使ってたんじゃないでしょうね!?」
「当然じゃないですか。この力はセリカの力ですよ、好き勝手に使って何が悪いですか?」
「っ! ばっかみたい! 私、アンタは頑張って強くなったんだからせめて精一杯やるだけやって負けようとしてたのに……アンタがこんなインチキに頼ったなんて心底ガッカリよ! 最低! 本当にばっかみたい!」
握った拳を下に突き出し、力一杯の怒りと虚勢でフローレンスが吼える。
「黙りやがれです! 劣等生の癖にセリカを不愉快にするとはふてーやろーです!」
苛立ったセリカが手にした杖でフローレンスの腹を殴る。
「ぐふっ!」
殴られたフローレンスはくぐもった声でうめきをあげ、その場で膝をついてうずくまった。
「ふん、劣等生はクソザコらしく隅っこで怯えてろですよ! 列車の時みたいにネガティブビーストに取り込まれてめそめそしてやがれです!」
「セリカ、まさかあれアンタがやったの……? 嘘よね? いくら性格の悪いアンタでも、そんなことまでしないわよね?」
うずくまったまま、痛みと驚きと悲しみで目を潤ませるフローレンス。
「べーっ! したに決まってますよ、クソザコ!」
だが、セリカはそんなフローレンスの腹部を容赦なく蹴り飛ばし、修練場の端へと転がすと、
「感謝しやがるですよ、先輩。セリカとお前が戦う舞台の掃除をしといてやったです」
修練場の入り口で静かにセリカを見据えているミアに声を掛けた。
「セリカさん、なんてことしてるの。私、もう怒ったよ」
「怒ってどうなるですか? ウサ公の不興を買って魔法少女になれない先輩がッ!」
叫ぶと同時、杖を振りかぶったセリカがミアに迫る。
「ピョコミンの不興なんてどうでもいい。私のご主人様はルシエラさんだから」
ミアがごろりと転がって杖を躱し、杖の衝撃で砕けた床の破片をセリカに向けて蹴り飛ばす。
「なら、部屋に帰ってエロい事でもしてやがれですぅ! 最強はぁ! このセリカなんですよぉ!!」
破片を躱さずに受けながら、セリカが猛進してミアとの間合いを一気に詰める。
ミアもそれに呼応して間合いを詰めてセリカのタイミングをずらす。
更にミアはそのままセリカの脇に裏拳を叩き込むと、今度は一気に飛び退いて間合いを取った。
「っ! やり口がせせこましいですよ! そんなもの効かねーです!」
苛立ち交じりにそう言って、セリカは自らの周りに炎の壁を作り上げるが、既に間合いを取っているミアには当然当たらない。
「何よこれ、こんなの生徒のレベルじゃないわ……。魔法を使ってやりたい放題じゃない。こんなのが簡単にできるなんて私のした努力が全部馬鹿みたいじゃないのよぅ……」
そんな二人を倒れたまま見ていたフローレンスが悔しげに声を漏らす。
「そうペコ。それに対抗しているミアちゃんの格闘術も魔法少女になって培われたものペコ。つまり、魔法少女になっていないフローレンスちゃんは馬鹿なんだペコ」
悔しさの滲み出たその呟きに応え、姿を現したのはピョコミンだった。
「アンタはこの前ミアを連れてった……。その口ぶり、アンタがセリカをあんな風にしたのね」
「ぺこっ? あんな風にしたなんて人聞きが悪いペコ。ピョコミンはセリカちゃんに協力してもらう代わりに、努力をショートカットする方法を教えてあげただけペコ」
睨みつけるフローレンスに対し、ピョコミンがわざとらしくおどけてみせる。
「努力をショートカットですって?」
「そうペコ。魔法少女の変身は別に怪しいパワーを注ぎ込んでいる訳じゃないんだペコ。ピョコミンが魔力調律で魔力制御のお手伝いをして、マジックアイテムによる変身で魔法を覚える手間を省く。皆が元々持っている力を引き出しているだけなんだペコ」
そう言うピョコミンの後ろ、まるで息をするように魔法を使うセリカの姿と、それを辛うじて捌き続けるミアの姿があった。
現代魔法の常識を遥に上回る二人の攻防。これが彼女達が元々持っていた潜在能力だと言うのだろうか。
「……う、嘘よ、大嘘。あの石はから吹き荒れる魔力。あれがセリカの潜在魔力な訳がないじゃない」
僅かに揺らいだ心を声音に出しつつも、フローレンスが否定する。
「そうなんだペコ! あの石のせいで魔物が這い出てきた通り、あの石プリズムストーンだけは悪い魔法少女が使っていたものなんだペコ! ピョコミンはそれを取り戻すために来たんだペコ! フローレンスちゃん、君には才能がある! 悪いあの石を回収する手伝いをして欲しいんだペコ!」
「わ、私に才能なんてないに決まってるでしょ……」
才能があるなんて言葉、今まで一度も言われたことが無かった。口では否定しながらも、フローレンスは心を大きく揺れ動かしてしまう。
「ピョコミンはマジカルペット。皆の潜在魔力がわかるんだペコ! キミには凄い潜在魔力があるんだペコ! キミが魔法少女になればきっと誰にも負けないペコ! そして、その力でセリカちゃんを助けてあげよう!」
その心の隙を見逃さず、ピョコミンは煌めく星を象ったペンダントをフローレンスの前に差し出す。
「誰にも、負けない……。クラスの皆にも、セリカにも、姉さんにも……」
フローレンスがごくりと息を呑む。
無意識に手が伸びかけ、慌てて手を引っ込める。
これを手に取れば卑屈な劣等生である自分から卒業できるかもしれない。
だが、本当に手に取ってしまってもいいのだろうか。
「大丈夫、これはズルなんかじゃないペコ! これから一杯する予定だった努力を少しだけショートカットするだけペコ! 本当にダメかは一回試してみてから考えればいいんだペコ!」
フローレンスの弱い心を肯定するピョコミンの甘い言葉。
これが平時のフローレンスなら払い除けただろう。
ピョコミンの本性を知っていれば一笑に付したことだろう。
だが、大よそ現実離れした今の光景と、刻み込まれた体と心の痛みがピョコミンの甘い言葉を心の奥底にまで届かせていく。
「さあ、キミの本当の力を見せてやるんだペコ!」
そして、フローレンスはその悪魔の誘惑に乗ってしまう。
フローレンスが恐る恐るペンダントを手に取ると、眩い光が修練場を包む。
その魔力が銀色の翼となり、制服が天使の意匠が施されたものへと変わる。
それは──
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