2話 マジカルペットは害獣です3
それはミアがダークプリンセスことルシエラを異世界送りにしてしばらくのことだった。
「さあ、ミアちゃん! 戦士の休息はここまでペコ! 世界にはまだまだ困っている人達が居るんだペコ! そんな人達を助けに行こう!」
「えっ、ピョコミン。ダークプリンセスをやっつけたのにまだ戦うの?」
明るくそう言ってやって来たピョコミンに、既に戦いは終わったと思っていたミア達魔法少女は大いに困惑した。
「当然ペコ! この世界だけじゃなく他の世界にもまだまだ困っている人は居るんだペコ! 君達ならきっと助けられるペコ! ダークプリンセスを倒してネームバリューが上がってる皆なら報酬も吊り上げられるペコ!」
「けど、日帰りじゃ行けないから。流石にお父様やお母様の許しが出ない」
「ボクも今度単身赴任のパパの所に遊びに行く約束してるんだ。せっかく平和になったんだし、あっちこっち遊びに行きたいなぁ……」
ミアと共に戦った二人の魔法少女が揃って渋い顔をする。
「はい、ドーン! 死んだー! くーちゃんとタマちゃんが来なかったせいで異世界の人がミンチになりましたー。彼等の夕ご飯はパパとママの挽き肉で作ったハンバーグでーす。あー可哀想ペコ。二人が助けなかったせいで死んだ死んだ、明日の夕ご飯は妹を食べた鰻のかば焼きペコね」
ピョコミンがそれを非難するように煽り、二人が泣きそうな顔になる。
「やめてよ、ピョコミン! くーちゃんもタマちゃんも今まで一生懸命戦ったんだよ! 少し位休んだっていいよ! そうやって非難するなんて性格悪いよ!」
ミアはそんな二人を庇うように毅然とピョコミンへ言い返す。
「ふーん、そうなんだペコ。それじゃ助けを求める人達の嘆きと怨嗟をBGMにして、シュークリーム食べて楽しくガールズパーティしてるのは性格が悪くないんだペコ?」
「むうっ……!」
表情を強張らせて手にしたシュークリームを置くミア。
「ピョコミンからみれば、助ける力があるのにそれを使わないなんて見殺しにしてるのと同じペコ」
見殺しと言う言葉にミアの表情がいっそう強張る。
正義感の強い彼女にとって、助けられる人々を見殺しにするなど断固許せないことであり、ピョコミンはそれを知っていて的確にその急所を抉ったのだ。
「……分かった。ピョコミン、なら私が行く。私が二人の分まで頑張るから、それでいいよね!?」
ピョコミンの言葉を聞きながら悔しげに拳を握っていたミアは、やがて決意を込めて力強くそう言った。
「ミア……」
「ミアちゃん……」
「あっははは、そんな顔しなくても大丈夫だよ。私、天涯孤独って奴だから両親の許可とか要らないし。居る場所が違ったって二人との友情は変わらないから!」
ミアは二人を心配させないためにそう笑い飛ばすと、困った人々を救うべく異世界を渡り歩いた。
悪い魔法使いと戦い、災害から人々を助け、超古代文明の遺産を滅し、強大な魔物と戦う。
数多の世界を渡り、転戦に転戦を繰り返し、人々の笑顔の為だと言い聞かせミアは戦い続けた。
だが、それは十代前半の少女にとってあまりに過酷な旅であり、数年も経つ頃にはミアの精神はすり減り、心も体も疲れ果てていた。
「ねえ、ピョコミン……。この世界の魔物はやっつけたし一度元の世界に返って休みたいな……」
立ち塞がる最後の魔物を魔法で霧散させ、ぺたんと座りこんだミアが消え入りそうな声で言う。
「HA? ミアちゃん、何寝言言ってるペコ。魔法少女アルカステラの名声は今ギンギンに高まってるペコ。あと一息でピョコミンは魔法少女派遣業の大御所になれるペコ」
「でも、私もう疲れたよ……。くーちゃんにタマちゃん、久しぶりに皆の声が聞きたい……」
「はーん、でも……きっとミアちゃんが帰って来たら二人は迷惑だと思うペコ」
「え……?」
思いがけないその言葉に、ミアは目をまんまるにして情けない声を漏らした。
「ミアちゃんと二人はもう数年も会ってないペコ。その年齢で数年も会って無いなんて疎遠も疎遠、完全に他人ペコ。今更過去の人が友達面で来たって対応に困るだけペコ。ずっと友達なんてリップサービスなんだっての。あーあ、真に受けられると迷惑なんだよなぁ」
「え、そんな……。で、でも、でも……!」
愕然とした表情になったミアは必死で反論を探す。
「あ、そういえばミアちゃんは家族も居ないんだっけ? じゃあ、元の世界で誰も待ってる人は居ないんだペコ。ハハッ、ますます帰る意味ないペコねぇ」
だが、ミアが反論の言葉を見つけるよりも早く、追い討ちとばかりにピョコミンが心無い言葉を投げつける。
「っう……!」
平然と放たれる言葉の刃に、疲れ果てていたミアの心が軋みをあげて大きく痛んだ。
「あれあれー、でもそうなると……。ミアちゃんのこと知ってる人って誰も居なくなっちゃうペコねぇ?」
「そ、そんなことないよ! 私、悪い奴を沢山懲らしめて来たもん! きっと皆感謝してくれてるよ!」
「それ、感謝しているのはミアちゃんにじゃなくって、アルカステラに対してペコ」
「え……? お、同じことだよ」
ミアは驚きと困惑の表情でその言葉を否定する。
「全然違うペコ。アルカステラはピョコミンがあげた変身用ペンダントの力を使って、ピョコミンがミアちゃんの魔力を調律、更にペンダントと同調までさせて初めて変身できるものペコ」
「違わないよ。だって戦ってるのは私だもん……」
「じゃあ、ピョコミン一人で帰ってもミアちゃんは戦えるペコ? ……戦う以前に誰かミアちゃんのこと、覚えてるペコ?」
「え、それは……。だってアルカステラは正体露呈防止の為に認識阻害の魔法がかかってるから……」
ミアは表情を曇らせながらも辛うじてそう言い返す。
「つまりミアちゃんのことなんて誰も知らないってことでいいペコ?」
「え、えううっ……」
縋り付く心の拠り所を全て取り上げられ、軋みをあげていたミアの心がぽろぽろとひび割れていく。
「ほら見るペコ。アルカステラじゃないミアちゃんは無価値なんだペコ」
「違う! 私は無価値なんかじゃない!」
「じゃあ、何の価値があるペコ? ピョコミンに教えて欲しいペコ」
なんとか力を振り絞って否定するミアに容赦なく追い討ちをかけるピョコミン。
「それは……」
「ほら、ほらほらほらほらほら! 早く教えて欲しいペコ。早く、早く!」
「そ、そんなに急に言われても……。私、わからないよ……」
「わからない。それって知らなくって根拠もないのに否定したってことなんだペコ? ミアちゃんは嘘つきペコ。誰も価値をわからない、それを無価値って言うんだペコ。ほらミアちゃん、あるペコ? ないペコ?」
ピョコミンの言葉についにミアが涙を流す。
「えぐっ……な、ないです」
「そんなんじゃわからないペコ。嘘をついたことを謝ってちゃんと無価値だと認めるペコ。私は無価値です! はい、もう一度!」
「ごめんなさい、私は無価値です……」
「声が小さい!」
「ごめんなさい! わ、私は無価値ですっ!」
「心が籠ってない! もう一度!」
「あああああああっ! わ、私はぁっ! 無価値っ! 無価値ですううぅっ!」
完全に心をへし折られ、ヤケクソに叫ぶミア。
「そうだ! 魔法少女じゃないお前に価値はないペコ! 更に言うと! ミアちゃんが魔法少女になれるのはピョコミンのおかげペコ! つまりお前はピョコミンが居ないと無価値ペコ! はい、もう一度!」
「あ、あああああ、ああああ!」
「早く! 早く言うペコ! ハリーハリーハリーハリー!」
「わ、私はピョコミンが居ないと無価値ですぅぅうぅ!」
こうして少女の心は完全に砕け散り、今に至るのだった。
***
──外道ぅ! あの害獣ドン引きにも限度ってものがありますわ。そんなの表情も心も死にますって。それどこの洗脳系社員研修ですの?
想像以上に悪辣な展開にルシエラは心底軽蔑の表情を浮かべる。
マジカルペットは少女達を魔法少女に変身させ、代わりに戦場へと送り込む言うなれば傭兵派遣業を生業とする生物だ。
あの手この手で少女を魔法少女に変身させる悪辣なやり口が問題視され、
「だから、私はピョコミンが居ないと無価値で……」
「ミアさん、貴方は無価値ではありませんわ。わたくしがそれを保証いたしますわ」
胸に顔を埋めて涙ぐむミアの頭を撫でながら、ルシエラが優しく言う。
縋るものもなく独りである辛さはルシエラにもよくわかる。だが、誰か一人でも理解し傍で寄り添ってくれれば人は強く前を向いていけることも知っている。
そして、今の彼女に対して寄り添ってやれるのは、いまだ彼女のライバルを自称している自分以外にあり得ないだろう。
「でも……」
「貴方が語ってくださった中でおっしゃってましたわよね。誰も価値を知らないから無価値だと、ならばわたくしが貴方の価値を知っていれば貴方は無価値ではなくなるのでしょう」
「ルシエラさん……」
ルシエラの言葉に涙ぐんでいたミアが顔を赤くしてルシエラの顔を見上げる。
「だから大丈夫ですわ。わたくしが貴方の価値を保証しますわ。もうあんな獣のことなど気にしなくてもいいのですわよ」
縋りつくような顔をするミアに、ルシエラは優しく微笑んで言う。
「えう、ああ……! うん……!」
その表情を見たミアは再びルシエラの胸に顔を押し付けてただひたすらに泣きじゃくる。
その後、ミアはひとしきり泣きじゃくるとルシエラの胸から顔を離し、
「あの、本当にありがとう。ルシエラさん……」
真っ赤な顔に潤んだ瞳でルシエラを見つめた。
「礼には及びませんわ。わたくしは貴方を正当に評価しただけですもの。またあの害獣が何かしたら迷わずわたくしの所へと来るのですわよ」
「うん、分かった。でもルシエラさんのおかげでもう大丈夫、だから」
ルシエラの言葉に小さく頷くミア。
──ふう、この様子ならミアさんも大丈夫、ですかしら。
泣きはらしたミアの顔を見て安堵するルシエラ。
しかし、この時ルシエラは一つ勘違いをしていた。自らに向けられたミアの潤んだ瞳と赤らんだ顔は涙のせいでなく、ルシエラという信仰対象に対する愛と陶酔の産物。
そう、ルシエラがした行動はミアをピョコミンの呪縛から解き放つ行動などではなく、呪縛を自らへの依存で完全に上書きする行為だったのだ。
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