2話 マジカルペットは害獣です4
翌日、休日を利用してプリズムストーンの手掛かりを探そうとしていたルシエラは、寮の自室から出る所で扉と床の隙間に手紙が差し込まれていることに気が付く。
不思議に思いながら手紙を広げると、手紙には汚い字でこう書かれていた。
『列車の魔物について大切な話があります。この場所まで来てください。ミア』
ルシエラはしばし不親切極まりない地図を眺めていたが、
「……怪し過ぎませんの?」
見え透いた罠に思わずそう呟いた。
ミアはこの世界の文字にまだ慣れていない様子だが、それでも書く字はこんなに汚くない。加えて彼女の部屋はルシエラの部屋の隣、こんな回りくどい手紙を入れるよりもそのまま相談した方が断然早い。わざわざこんな地図が必要な場所に呼び出す理由など何一つないのだ。
「はぁ、どう考えてもあの害獣の仕業ではありますけれど……」
ルシエラは深々とため息を吐き出して考える。
常識的に考えればこんなもの無視一択だ。しかし、ミアがいきなり独りでピョコミンに対して毅然とした態度を取れるとも考えにくい。彼女のことを考えればさっさと縁切りさせてやる方がいいだろう。
それにミアはピョコミンが居なければアルカステラに変身できない。敵性魔法少女とプリズムストーンを巡る争いが起こった時、二対一という事態が起こらなくなるメリットは限りなく大きい。
そもそも、ルシエラは一騎打ちだろうと一度もアルカステラに勝ったことがないのだ。
「仕方ありまわせんわ。行きましょう」
結局、良心と打算をリスクとの天秤にかけてルシエラはこの罠に乗ることを決めた。
手早く身支度を済ませると手紙を折りたたんでポケットに入れる。念のため出がけにミアの部屋をノックして無人であることを確認し、不慣れな都会の街へと繰り出した。
人で賑わう休日の大通りを横切り、アパートメント立ち並ぶ通りを抜け、寂れた裏路地に踏み入って、更にそのまま奥へ奥へと歩いていく。
──あの害獣、浅知恵が過ぎますわ。罠だと分かっていなければ絶対に途中で帰ってますわよ。都会は怖い所なのですし。
目の前の街並みは既に華やかな表の姿とは打って変わっており、地元民以外は近寄らないような怪しさを漂わせている。もしかしたら地元民ですら近寄らない場所なのかもしれない。
それを更に奥深くまで歩くと、ようやく目的地らしい場所へと辿り着く。
そこは高い建物に隠された小さな広場だった。なるほど、ここならば何が起こっても容易に助けは来ないだろう。
「フヘヘ、馬鹿な奴だぜ。罠だと知らずにノコノコやってきやがった」
いかにもな台詞にルシエラが後ろを振り返ると、ガラの悪そうな二人組の女が出口を塞ぐように立っていた。
「その口ぶりだと貴方達がわたくしを呼び出したのですかしら?」
「オレ達は頼まれたんだよぉ。お前が調子に乗ってるから死ぬほど痛い目遭わせてやれってよぅ!!」
「テメーをザクロにすると礼金でクッキーが食えるんだよぉ!」
「しかもチョコチップだぁ!」
二人組の片割れが手にした鉄棒をこれ見よがしに振り回す。
しかし、ルシエラは既に二人に対する興味が失せていた。ミアもピョコミンも居ないのではわざわざ出向いた意味がない。これでは完璧に無駄足、時間の無駄だ。
「へへっ! 見ろよケイト! あいつビビッて何も言えなくなってるぜ。おら、何か言ってみろ!」
「はぁ、まるで腰の入っていない動きですわね。せっかくの鉄棒ですのにそれではゴーレムすら一撃粉砕できませんわよ」
勝手にテンションアゲアゲになっている二人に対し、ルシエラは腕を組んでため息をつく。
「バァッカ! 元々鉄棒じゃゴーレムを粉砕なんてできねぇよ! 姉貴! こいつ、バカですぜ! ハハッ、オレよりバカ初めて見た!」
ケイトと呼ばれた小太りの女がルシエラを見てゲラゲラとせせら笑う。
「……とりあえず帰ってもよろしいですかしら。わたくしも暇ではありませんの」
「ハハッ! やっぱりバカだ! こいつ、自分の置かれてる状況がわかってませんぜ!」
「仕方ねぇよ、バカなんだからよ。ケイト、目の前で鉄棒振り回して教えてやれ。そうすりゃちったぁわかるだろ」
「あいよっ!」
ニタニタと笑いながらケイトがルシエラに近づいてくる。
──仕方ありませんわ。隙を見て鉄棒を蹴り飛ばし、そのうちに逃げるといたしましょうか。
「ふへへ、怯えろ、怯えろ! こいつに当たると痛いぜぇ!」
ケイトは脅すようにそう言って鉄棒を振り上げ、そのまま勢いよくルシエラの頭部に打ち込む。
ドゴッと鈍い音がし、鉄棒がルシエラの頭の形に折れ曲がった。
「…………あ?」
「…………えっ?」
──脅しの前に直撃しているのですけれど……。曲がった鉄棒を見るに、わたくしの体が常に魔力で強化されていなければ頭蓋骨陥没で死んでいたのではありませんの?
互いに想像外の展開だったケイトとルシエラは暫し見つめ合うと、揃って首を傾げる。
「……姉貴ィ、この鉄棒不良品みたいですぜ! 思い切りぶん殴ったら曲がっちまった」
そして、ケイトは不都合な現実を歪曲した。
「ケイト! だからちゃんと選んどけって言っただろうが!」
「でもよう姉貴ぃ、ロールケーキみたいにみっちり詰まったの選んで来やしたぜぇ!」
ケイトはルシエラを捨て置いて、姉貴の所へ戻って鉄棒の断面を見せる。
「バカ! ロールケーキは中身詰まっててもふんわり柔らかだろが!」
「そうか! 流石姉貴は賢いぜーっ! でもよう、これロールケーキみたいに柔らかくないと思うんだよなぁ」
ケイトが鉄棒を齧りながら言う。
「そうかぁ? じゃあもう一度試してみろ」
「分かったよ、姉貴ィ!」
ケイトは鉄棒を思い切り振りかぶり、隣に立っている姉貴の膝をぶん殴った。
「ヴ・ヴぉ・ヴァ・アアォぁぁぁぁァ!!! ぢょお、いでぇええよおおおおぉぉぉ!!」
絶叫をあげ、膝を本来有り得ない方向に曲げた姉貴が地べたを転げまわる。
「こ、怖いですわ……」
──行動も思考ロジックも何一つ理解できませんの。人は理解の範疇を超えた者に恐怖を抱くというのは本当ですのね。
その一部始終を見ていたルシエラは理解を超える恐怖に打ち震えた。
「姉貴、姉貴ィ!! て、ってんめぇ! 姉貴をよくもっ! ぶぶぶぶぶぶぶ、ぶっころぽんぽんしてやらぁ!」
怒りに打ち震えたケイトが鉄棒で地面をぶっ叩き、なぜかルシエラに飛びかかろうとする。
「よっ! ギンギンに盛り上がってるペコね。でもぶっ殺すのはちょっと待って欲しいペコ」
ミアを連れ立ったピョコミンが現れたのはその時だった。
「何でぇ、糞兎! お前が雇い主だからって関係ねぇ! こいつは姉貴を痛い目遭わせたんだぜぇ!」
力強くルシエラを指さすケイト。
ルシエラは呆れ顔で首を横に振った。
「どうどうどう、ちゃんとぶっ殺させてあげるからちょっと待つペコ」
ピョコミンはそう言ってなだめると、ケイトの口にチョコレートを押し込んだ。
「っ、ピョコミン。これ、どういうこと……」
二人のやり取りを見ていたミアが覇気のない声で恐る恐る尋ねる。
「これはミアちゃんの躾ペコ」
「躾……?」
「決まってるペコォ! ミアちゃんが二度とピョコミンに立てつかないよう、ピョコミンをボールにしたあの女をボッコボコのザクロにするんだよぉ!」
「や、止めて、ピョコミン。次からちゃんと言うこと、聞くから……!」
悲痛な顔をしたミアがピョコミンに懇願する。
「やっぱり躾が足りてないペコねぇ。ミアちゃんがご主人様であり飼い主であるピョコミンの言うことを聞くのは当然のことペコ。何の交渉材料にもならないんだペコ。二度とそこを勘違いしないよう、入念に嬲り殺しにしてやらないといけないペコねぇ」
「や、止めて。本当に止めて……! お願いだから!」
「止めないペコ。全部、ぜーんぶミアちゃんが悪いんだペコ。無価値なミアちゃんがピョコミンの言うことを聞かないからそうなったんだペコ!」
「そんな……」
暗示をかけるようなピョコミンの言葉に、ミアが絶望的な顔をしてその場にへたり込む。
「ミアさん! しっかりなさい! まだその害獣の言葉に耳を傾けていますの!? 貴方が耳を傾ける必要はありませんわ」
「ルシエラさん……」
絶望に打ちひしがれたミアの顔に僅かに明るさが戻る。
「お前はちょっと黙ってろペコ! ミアちゃん、お前のご主人様は誰か! 思い出すペコ!」
それを再び押し潰すように再び恫喝するピョコミン。
「えう……!」
「ミアさん! あの害獣の言葉は無視しなさい。貴方の意志で決めるのですわ!」
「ミアちゃん! ご主人様には絶対服従ペコぉ!」
代わる代わる投げつけられる二人の言葉に、ミアは涙目になってふらふらと立ち上がると、
「えうううっ……。私の、わたしのぉ、ご主人様はぁっ!」
「そうペコ! ミアちゃんはご主人様に絶対ふくじゅ……」
言いかけたピョコミンを裏拳で天高く跳ね飛ばし、
「お、おい、あの糞兎ボールみたいにポーンて……」
ケイトと姉貴を片手で掴んでぽいぽいと建物の屋根に投げ捨てる。
「ミアさん……!」
「ルシエラさん……」
ミアは顔を紅潮させ、熱に浮かされたようにふらふらとルシエラへと歩いていく。
「よくぞあの害獣の呪縛に打ち勝ちましたわ」
「うん。だって私のご主人様はルシエラさんだから」
「……はい?」
ミアはそのままルシエラを抱きしめると、その顔を近づけて
──ちょっとミアさん一体何をおっしゃって……舌? 舌! えっ、なんか舌、舌入って!? ちょっ! ミアさん、舌ぁああっ!?
そのまま口づけた。
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